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昭華の庭でゆるり  作者: 鑫鑫


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第87話 珠茶迷子《しゅちゃまいご》

昼の儀庭は、白石の熱が心をふわっと揺らして、天然の気配がよう響いていた。

修行の合間の穏やかな空気の中、庭っ娘たちの間でいつも転がるのは、お気に入りの甘味処の話題であった。

庭っ娘たちは白石の端に集まり、昨日甘味処の只中で直面した、類似した色彩の注文札がもたらした奇妙な受け渡しの揺らめきについて口々に語り始めた。


芳華は水盤に映る前髪を指先で整えながら、昨日の店先での騒ぎを思い出して小さく肩をすくめた。


芳華:「玉露珠頼んだはずなのにさぁ、また違うの渡されたんよね」


瑠映は色壺に寄りかかり、手元にある色札を並べ替えながら首をかしげた。


瑠映:「いつもそうじゃね。注文札の色が似すぎてから、どれが誰のか分からんかったねぇ」


夜凛は舞衣の袖を軽く揺らし、昨日の店員の慌てた様子を真似るように手を動かす。


夜凛:「そうじゃね、店員さんが同じ名前ばっか呼びよってな、さらに混乱しとったよ」


琴雪は深読み書を開いたまま、昨日の行列の様子を脳内で再現するように静かに言った。


琴雪:「もしかしたら、甘味処の新戦略じゃったんかねぇ」


黒耀は巻物を胸の高さで広げ、昨日の受け取りの瞬間を昨日のことのように思い返す。


黒耀:「受け取った瞬間、みんな『違う!これ誰のん?』ってなったんよ」


紅牙は自分の影を踏まないように一歩引き、珍しく少しだけ眉をひそめて呟いた。


紅牙:「……玉露珠って、なんで毎回迷子になるんじゃろねぇ」


昼の儀庭は、白石がぽかぽか温かくて、影が短く跳ねていた。

心地よい空気の中に、昨日の甘味処の微笑ましい混乱だけが柔らかく残っていた。



【昭華の豆知識】


●『珠茶迷子(しゅちゃまいご)』


昭華王朝の風俗文化において、宮廷御用達の甘味処などで人気の銘菓「玉露珠(ぎょくろしゅ)」の給仕が混雑によって取り違えられ、注文した者たちの間で微笑ましい混乱が沸き起こる現象を指す言葉。当時の宮廷文化では、計算された調和の空間を不意にかき乱す市井の活気を「生活の豊かさ」として面白がっていた。洗練された庭っ娘たちが、手元の注文札の色合いの類似に心地よく翻弄され、互いの甘味を見比べながら声をあげる様子は、人間味溢れる瑞々しい日常の象徴として尊ばれていた。


●“珠は心の迷い”


昭華の美意識では、丸く愛らしい形状の甘味が手元に届くまでに経る「迷子」の過程は、人間の内に秘められた愛おしい感情の揺らめきである「心の迷い(精神の無垢な惑い)」そのものと結びつけられていた。

今日の、色彩の類似に五感を心地よく圧倒されて「これ誰のん?」「毎回迷子になる」と微笑み交わす大騒ぎも、街の賑わいがもたらす無邪気なエネルギーを身体全体で受け止め、自らの笑いの糧にしてしまう、庭っ娘たちの雅で生き生きとした日常の名残なのである。


儀庭の昼は、今日もゆるりと始まる。

白石の熱が心をふわっと揺らして、天然の気配がよう響いていた。

そして、ゆるりと迷子になりはじめる。

それが昭華王朝の、いつもの日常であった。

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