第86話 露香布観《ろこうふかん》
儀庭の朝は、白い石畳の上に薄い光が流れ、東屋の影がゆるやかに庭へ伸びていた。
庭っ娘たちは白石の端へふわっと集まり、
昨日、露香小路で堪能した屋台巡りの余韻を
楽しげに語り合いながら、
今日もどこかに漂う香りへそっと耳を澄ませた。
芳華は前髪を揺らしながら、露香小路の方角を見て目を丸くした。
芳華:「あれ……露香小路、もう屋台が出とるん? 祭り明けの屋台は、香りが強いんよ!」
夜凛は舞衣の袖をひらりと揺らし、風の流れを読むように首をかしげた。
夜凛:「露香小路の風は香りを運ぶんよ。 袖が勝手にそっちへ寄っていくんじゃ」
瑠映は色壺を抱え直し、露香小路の入口に揺れる色布を見て嬉しそうに言った。
瑠映:「あの色布、浮いとるねぇ…… 今日の屋台、絶対当たりじゃ」
黒耀は影の角度を確かめながら、露香小路の影が白石に落ちるのをじっと見た。
黒耀:「露香小路の影は細いんじゃ。 細い日は香りが強うて、心が軽うなる」
琴雪は深読み書を開き、露香小路の屋台布の余白を見て目を輝かせた。
琴雪:「屋台布の余白は心の期待なんよ。 今朝の布、いつもより広かったんじゃ」
芳華はぽかんとした顔で言った。
芳華:「……布ってそんなに語るん?」
夜凛は袖をそっと下ろし、風が静まるのを確かめてからふっと笑った。
夜凛:「語るんよ。語るけぇ、琴雪がいつも聞き間違えるんじゃ」
◆ 1軒目:香草焼きの屋台
昨日の記憶を辿れば、露香小路の入口近くには、香草の香りが白石にふわっと落ちる見事な屋台があった。
瑠映:「香草の色、沈んどらんねぇ。 焼き加減がちょうどええんよ」
黒耀:「香草焼きの影は細い。 細い日は心が軽うなっとる」
芳華:「心が軽うなるん? 前髪も軽うなるん?」
夜凛:「ならん。軽うなるんは心じゃ」
◆ 2軒目:白蜜団子の屋台
小路の真ん中あたりでは、甘い香りが風に乗って跳ねる、格別の団子屋に足を止めていた。
芳華:「白蜜団子じゃん! 前髪まで甘うなるんよ!」
瑠映:「蜜の色、浮いとるねぇ…… 今日の団子、絶対当たりじゃ」
黒耀:「団子の影が丸い日は、心も丸うなるんじゃ」
◆ 3軒目:香冷菓の屋台
そして露香小路の南端、風舞坂の手前でひっそりと並んでいた冷菓の屋台が、昨日の締めくくりだった。
夜凛:「冷菓の揺れは静なんよ。 食べたら心が落ち着くんじゃ」
紅牙:「……揺れん。静じゃ。 今日はこれが締めじゃろ」
庭っ娘たちは昨日の冷菓の味わいを口々に称え合い、儀庭に流れる朝のざわめきがゆるりと薄れていった。
白石の影だけがそっと残り、屋台の思い出の余韻が静かに漂った。
【昭華の豆知識】
●『露香布観』
祭り明けの露香小路に立ち並ぶ屋台の「日除け布(屋台布)」にまつわる独自の風習。当時の宮廷文化では、布の揺らめきや余白の広さによって街全体の「心の期待(高揚感)」を推し量る文化があり、布が大きく跳ねる日は「人々の心が香りを追いかけて躍動している」と語られ、布の余白が広く見える日は「人々の感情の層が軽やかに浮き立っている」として、その日の商いの大盛況を占う指標とされていた。
●“露香は心の香り場”
昭華の美意識では、露香小路から漂う豊かな香気は、そこに集う人々の心の揺らぎやときめきそのものと結びつけられとった。
屋台が賑やかに並ぶ日に「心が香りに浮く」と表現するように、お祭りの余韻を美味しい食べ物の思い出とともに引きずりながら、朝の儀庭で楽しそうに振り返るひとときも、庭っ娘たちの日常を彩るささやかな名残なんかもしれんね。
儀庭の朝は、今日もゆるりと始まる。
そして、ゆるりと騒がしくなる。
それが昭華王朝の、いつもの日常じゃった。




