第53話 若娘珍事《じゃくじょうちんじ》
儀庭の朝は、白石の上に澄んだ光が落ち、東屋の影が柔らかく庭へ伸びていた。
街の甘味処で起きた若娘の小さなミスは、庭っ娘たちの間でよく笑い話になる。
今日も庭っ娘たちは白石の端に集まり、昨日みんなで見かけた、あるお茶目な若娘が引き起こした「微笑ましいやらかし」について顔をほころばせながら語り合っていた。
芳華は前髪を綺麗に整えながら、昨日見た光景を思い出して楽しそうに頬をゆるめた。
芳華:「昨日さ、甘味処で前に並んどった若い女の子がね、お茶にストローを刺そうとしとったんじゃけど……手元が狂ったんか、カップの横のペラペラなところに思いっきりグサッと刺しよったんよ! あのおっちょこちょいな姿、ぶち可愛かったわぁ。」
瑠映は色壺を抱えた腕を揺らし、光の反射を見ながらつられて笑った。
瑠映:「そうそう、あのプラスチックの蓋がちょっと固くてねぇ。最初は蓋の真ん中を狙って、ストローを持った手でフンフンって一生懸命に格闘しとったんよね。そしたら勢いが余って横に滑ってしもうたんよ。」
夜凛は舞衣の袖を軽く払って、その若娘の注文時の様子を思い出しながら言った。
夜凛:「しかもその子、ストローだけじゃなくて、注文する時も甘味の名前を大胆に読み間違えとってね。本人はお目当てのものを頼んだつもりなのに、全然違うお茶が出てきて『あれっ?』って顔をしとったんよ。」
琴雪は深読み書を開き、余白の揺れを見つめながら静かに言った。
琴雪:「いざお茶を受け取った瞬間もね、ちょっと緊張しとったんか手が滑って、お盆の上で器をカタカタッてさせて少しこぼしとったねぇ。深読みするまでもなく、一挙手一投足がぜんぶ愛らしい失敗じゃったんよ。」
黒耀は巻物を整え、光の角度を確かめながら当時の店内の温かい温度感を思い出して言った。
黒耀:「でも、本人が顔を真っ赤にして恐縮しとるのを見て、店員さんも周りのお客さんもみんなクスクスって優しく笑うてくれてね。お茶はこぼれたけど、その場の空気がぶち柔らかくなって温かかったよ。」
紅牙は腕を組み、その若娘の姿を我が身の初心に重ねるように、場を締めた。
紅牙:「……一生懸命やろうとして空回りしとる姿よ。ああいう些細なミスって、なんか見ていてぶち可愛いし、心が和むんよねぇ。」
儀庭の光はゆるりと安定し、街の甘味処から持ち帰った、柔らかくて温かい空気の余韻だけが庭にそっと残っていた。
【昭華の豆知識】
●『若娘珍事』
昭華王朝において、若い娘や市井の人々が日常のなかで引き起こす、悪意のない些細な失敗や物忘れが、結果としてその場にいる人々の心を和ませ、笑顔を生み出す現象を指す言葉。当時の宮廷文化では、厳格な規律だけでなく、人間味あふれる「柔らかさ(調和)」も重んじられていたため、こうした愛らしい失策は「場のこわばりを解きほぐす美徳」として語られていた。
●“柔は心の和み”
昭華の美意識では、他者を笑顔にするような柔らかい失敗は、凝り固まった心を解きほぐす「和み」と結びつけられとった。
今日の、ストローに翻弄された若娘をめぐる微笑ましい笑い話も、日常のなかにそっと美しさを見出そうとする、庭っ娘たちの優しい価値観の名残が息づいとる証拠なんかもしれんね。
儀庭の朝は、今日もゆるりと始まる。
そして、ゆるりと騒がしくなる。
それが昭華王朝の、いつもの日常じゃった。




