第52話 灯焦観《とうしょうかん》
儀庭の朝は、白い石畳の上に柔らかい光が落ち、東屋の影が静かに庭へ伸びていた。東屋の柱や木々の影がゆったりと石畳を滑り、清々しい朝の空気を運んでくる。
庭っ娘たちは祭りの疲れを抱えながら、ふわっと白石の端へ集まってきた。
芳華は前髪を揺らしながら、昨日の自分の“事件”を思い出して顔を赤くした。
芳華:「昨日、祭りの灯に近づきすぎて…… 前髪が一寸焦げたんよ……」
夜凛は袖をひらりと揺らし、思い出して笑いをこらえた。
夜凛:「焦げたいうより……跳ねとったんよ。 前髪が祭りに参加しとったんじゃ。」
瑠映は色壺を抱え直し、芳華の前髪を見て困ったように言った。
瑠映:「色壺の層まで跳ねたんよ。 前髪の焦げが“心の焦げ”って読まれそうじゃった。」
黒耀は影の角度を確かめながら、昨日の騒ぎを思い出して静かに言った。
黒耀:「前髪の影が一寸短うなっとった。 琴雪が『心が縮んどる』って言いよったんじゃ。」
琴雪は深読み書を開き、前髪の余白を見て真顔で言った。
琴雪:「前髪の焦げは心の焦げなんよ。 昨日は心が祭りすぎとったんじゃ。」
芳華は涙目で言った。
芳華:「……前髪ってそんなに語るん?」
紅牙は静の気配をまとい、前髪を一度だけ整えるように言った。
紅牙:「……語らん。焦げただけじゃ。」
庭の賑わいはゆるりと薄れ、白石の影が静けさを取り戻した。
祭りの夜の夢のようなきらめきと余韻が、ぽかぽかとした朝の陽だまりの中に柔らかく溶けていく。
【昭華の豆知識】
●『灯焦観』
祭礼の華やかな夜、高揚感から灯火に近づきすぎて髪や衣服の袖をわずかに焦がしてしまう現象にまつわる独自の解釈。当時の宮廷文化では、火による焦げ跡を「灯火がその者の心の純粋さを試した痕跡」として捉える風習があり、特に前髪が焦げてしまうことは、その者の「心が祭りの熱気に当てられて跳ねすぎた(浮かれすぎた)証」として風流に(あるいはからかいを込めて)語られていた。
●“焦げは心の揺れ跡”
昭華の美意識では、過って生じた焦げ跡さえも、激しい心の揺らぎが形となって現れたものと結びつけられとった。
お祭りが終わった朝の光のなかで、芳華の少し短くなった前髪をめぐって「心が縮んどる」とみんなで大騒ぎするひとときも、祭りの熱がまだ冷めきっていない、庭っ娘たちの愛おしい日常の一コマなんかもしれんね。
儀庭の朝は、今日もゆるりと始まり、そしてゆるりと騒がしくなる。
ただ、前髪の焦げだけがそっと残った。
それが昭華王朝の、いつものお茶目な日常じゃった。




