第二話 〜けぇ
儀庭の朝は、ゆるりと騒がしくなるのが常であるため、
前髪騒動が落ち着いたあとも、白い石畳 of の庭にはまだ熱気が残っていた。
そんな中、芳華がぽつりと言った。
芳華:「昨日、露香小路で変な人見たんよ~……」
※ 露香小路:朝霞街の南側に位置する、美味しい食と華やかな香りに満ちた賑やかな通り。瑠映と夜凛がお気に入りの場所で、二人でよく訪れている。
黒耀が巻物を抱えたまま振り返る。
黒耀:「また妙な話ですか。儀庭の静けさが一瞬で消えますよ」
芳華:「ほいでね、玉露珠のお店で、その人が玉露珠を三十個入れてほしいって言いよったんよ~……」
白い石畳の庭が一瞬、静まり返った。
瑠映:「三十……?」
瑠映が色壺を落としそうになる。
黒耀:「三十章の詩でも長いのに、三十個は無理です!」
黒耀が巻物を抱え直しながら叫ぶ。
夜凛:「器がはち切れるわ!」
夜凛が舞の袖をひらりと揺らす。
芳華:「ほいじゃけぇ、店の人が困っとったんよ~。『そんなに入れたら器が沈む』って言われとったんよ~」
芳華はなぜか楽しそうに笑っている。
夜凛:「舞で器を広げちゃげるけぇ! ほら、風で——」
夜凛が袖を上げた瞬間、黒耀が慌てて止めた。
黒耀:「広げなさんな~! 器がどっか飛んでいくんよ~!」
琴雪はすでに深読みを始めていた。
琴雪:「これは“甘味欲の暴走”じゃ。
欲が膨らめば器が沈む。器が沈めば文化も沈む。
つまり昭華王朝の——」
紅牙:「……違う。全部なくせ。」
芳華:「なくしたら玉露珠の意味がないんよ~!」
芳華が両手をぶんぶん振る。
白い石畳の庭は、また騒がしくなった。
詩が揺れ、色が光り、舞が風を起こし、深読みが飛び交い、
紅牙が静かに片付け、芳華が天然で締める。
昭華王朝の儀庭は、今日もゆるりと賑やかである。
この国では、街で起きた小さな騒ぎも、時に文化として語られることがある。
玉露珠を三十個入れようとした客の話も、後の世ではこう呼ばれた。
【昭華の豆知識】
●『玉露珠三十個』
昭華王朝において、甘味の器に過剰な量を求める行為を指す言葉。当時の甘味文化では「器と量の均衡(整い)」が極めて重んじられていたため、玉露珠の数がわずかに多いだけでも「知性や美の象徴」として深く語られていた。
●“欲は器を沈める”
昭華の美意識では、欲の膨らみは器の沈みと結びつけられていた。今回の芳華の話に出てきた三十個の玉露珠も、当時の価値観に照らし合わせれば、人間の尽きない強欲さを風刺する象徴的な事象として解釈される。
儀庭の朝は、今日もゆるりと始まり、そしてゆるりと騒がしくなる。
それこそが昭華王朝の、いつもの日常であった。




