第25話 味乱《みらん》
王城の中で、若い娘たちが自由に使える庭はただ一つ——儀庭。
儀庭の朝は、白い石畳の上に澄んだ光が落ち、風が細く庭を滑っていった。東屋の影が心地よく伸びるなか、庭っ娘たちは白石の上に集まり、思い思いのくつろいだ姿勢をとっている。
修行の合間に交わされる、昨日の“味の乱れ”にまつわる賑やかな話題は、庭っ娘たちの間でいつも心地よい笑いを生み出している。朝の清々しい空気の中で、芳華は前髪を整えながら、昨日の苦い記憶を思い出して小さく肩を落とした。
芳華:「あの甘味……見た目は綺麗じゃったのに、ひと口食べたら“味の影”が濁っとったんよ……」
瑠映は色壺を抱えた腕をゆったり揺らし、朝の光の反射を見ながら苦笑した。
瑠映:「色は完璧じゃったのにね。味の層が崩れとって、甘味のはずが塩の気配がしたよ。」
夜凛は舞衣の袖を軽く払って、昨日のその場でのみんなのコミカルな動きを思い出しながら言った。
夜凛:「芳華がひと口食べた瞬間、袖が“まずい舞”みたいに跳ねとったよ。」
琴雪は深読み書を胸の高さで静かに開き、ページの間に落ちる余白の揺れを見つめながら言った。
琴雪:「味の余白が広すぎたんじゃろうね。甘味のはずが“何味か分からん余白”になっとった。」
黒耀は巻物を美しく整え、白石に落ちる光の角度を確かめながら言った。
黒耀:「芳華の影が一瞬で沈んだけぇ、あたいは“あ、まずいんじゃな”ってすぐ分かったよ。」
紅牙はみんなの顔を静かに見渡し、場を締めた。
紅牙:「……味の乱れは、静の気配より強烈じゃな。」
儀庭の光はゆるりと安定し、白い石畳の上には、昨日の“味の乱れ”の愉快な余韻だけが柔らかく残っていた。
不意の苦笑いから始まった大騒ぎの余韻が、朝のぽかぽかとした陽だまりの中に柔らかく溶けていく。
【昭華の豆知識】
●『味乱』
昭華王朝の食文化および感覚美学において、料理や甘味の調和(味の層の重なり)が著しく崩れ、美味とは言いがたい状態に陥っていることを指す言葉。当時の王朝文化では、味覚は単なる味だけでなく「光・影・色・余白」といった高い精神的価値観と密接に結びつけられていたため、この「味の乱れ」は時に詩的な比喩を用いて風流に、そして集う者たちの格好の笑いの種として語られていた。
●“味は心の層”
昭華の美意識においては、提供された味の調和や完成度は、そのまま「作り手、あるいはそれを食す者の精神の調和(内なる心の整い)」を映し出す鏡であるとされていた。
作中において、あまりに不出来な甘味に五感を心地よく圧倒され、「味の影が濁っている」「塩の気配がした」と微笑み交わす大騒ぎも、作り手の心の揺らぎを風流なユーモアとして受け止め、日常の些細な不調法すらも愛おしい思い出に変えてしまう庭っ娘たちの雅で生き生きとした日常の名残なのである。
儀庭の朝は、今日もゆるりと始まり、そしてゆるりと騒がしくなる。
それこそが昭華王朝の、いつもの日常であった。




