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『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


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185/201

第185話 全部をつないだとき、初めて見える迷いもある



 二日後の放課後。


 梅桜高校中央棟二階には、朝から降り続いていた雨の湿った空気が残っていた。


 昼過ぎには雨脚こそ弱まったものの、窓の外には細かな水滴がまだびっしりと付いている。中庭の木々も、普段より濃い緑色に沈み、風が吹くたび葉の先から雫が落ちた。


 廊下へ差し込む光は弱い。


 晴天の昼。


 夕方の強い反射。


 曇天。


 短期試験ではいくつかの条件を見てきた。


 今日は。


 雨上がり。


 窓の外に水滴が残り、景色が少しぼやける日。


 最終通し確認の日として、作る側が選んだ天気ではない。


 予定していた日に。


 たまたまこうなった。


「条件としては悪くない」


 窓の外を見ながら、蓮が言った。


「何が?」


 島中が尋ねる。


「作る側が都合のいい日を選べないこと」


「そりゃそうだけど」


「正式設置したら、雨の日もある」


「晴れの日も」


「曇りも」


「冬は窓曇るかも」


「夏は日差し強い」


「全部見る?」


 島中が少し嫌そうな顔をする。


 田辺が隣で笑った。


「今から一年試験する気か」


「そこまで言ってない」


「顔」


「最近、顔で判断されすぎ」


「積み重ね」


 いつものやり取り。


 けれど。


 その声にも。


 今日は少しだけ緊張が混ざっていた。


 最終通し確認。


 今の段階で。


 正式設置申請へ進むかどうかを判断するための最後の利用者確認。


 もちろん。


 これで永遠に案内が変わらなくなるわけではない。


 正式設置後も。


 利用者の声が届けば見直す。


 学校の状況が変われば。


 位置も。


 表示も。


 管理方法も。


 変わる可能性がある。


 それでも。


 今の十一組ラボにとっては。


 一つの大きな節目だった。


 なつきは、最初の青い案内を両手で持ちながら。


 いつもより慎重に端を確認していた。


 青い丸。


 第二実習室。


 大きな右向き矢印。


『青い丸が目印です』


『次は大きな窓』


 二行。


 昨日まで何度も見た。


 何度も議論した。


 今日も変わっていない。


 でも。


 最終通し確認へ使うとなると。


 同じものなのに、少し違って見える。


「なつき」


 春樹が隣から声を掛ける。


「何?」


「そこ、三回見た」


「何を?」


「右下」


「浮いてない?」


「浮いてない」


「本当に?」


「僕も見た」


「先生は?」


「さっき確認した」


「もう一回」


「なつき」


「……分かってる」


 なつきは小さく息を吐いた。


「緊張してる」


「うん」


「春樹は?」


「してる」


「同じくらい?」


「測れない」


「そこは適当に言ってよ」


「じゃあ同じくらい」


「合わせた?」


「今のは合わせた」


「正直」


 二人で少し笑う。


 恋人になってから。


 同じ意見かどうか。


 合わせていないか。


 そんなことを何度か確認した。


 今は。


 冗談にできるくらいには、少し慣れた。


 それでも。


 活動中の春樹は。


 恋人として隣にいる春樹とは、少し違う。


 案内を見る。


 記録を見る。


 条件を考える。


 なつきの顔より。


 利用者の動きを見る。


 それが嬉しかった。


 恋人になっても。


 自分だけを見てほしいわけではない。


 この場所では。


 一緒に、同じ課題を見る。


 それが。


 なつきにとって。


 春樹の隣にいることだった。


「設置前確認」


 紅秋が声を掛ける。


 全員が集まる。


 最終通し確認の仮設置は。


 施設管理の教師立ち会い。


 歩行確認の時間のみ。


 終了後即撤去。


 最初の青い案内。


 渡り廊下。


 分かれ道の中継案内。


 第二実習室前の既存表示。


 教室名右横の黄色い三角。


『到着後の確認』


 そして。


 試験表示へ学校の校内試験掲示承認印。


 全て。


 今まで別々に確かめてきたもの。


「通行」


 田辺が言う。


「問題なし」


「避難経路」


「隠してない」


「採光」


「中継の窓は、雨で外側に水滴。案内自体の判読は可能」


「反射」


「ほぼなし」


「黄色い三角」


「既存表示の教室名右横。予定表と教室名へ干渉なし」


「承認印」


「試験表示右下」


「粘着」


「全部仮設用」


「異常時」


「即撤去」


「協力者」


 紅秋が一覧を見る。


「今日は八人」


「多い」


 島中が言う。


「最終だから?」


「学年と利用傾向を少し分けた」


 蓮が答える。


「一人で歩く人、二人組、掲示を読む人、あまり読まない人」


「急ぐ人?」


「本人へ急ぐようには頼まない」


「普段の歩き方」


「うん」


「全部同じ説明?」


「第二実習室へ行ってください」


「案内改善?」


「歩行確認への協力だとは説明済み」


「どこを見るか?」


「説明しない」


「途中でやめられる?」


「いつでも」


「間違っても?」


「正解当てじゃない」


 確認。


 一つずつ。


 もう。


 何度もやった。


 それでも省かない。


 今日が最後に近いからこそ。


 いつもどおりにする。


「観察地点」


 紅秋が役割表を出す。


 最初の青い案内。


 茜、美優。


 渡り廊下。


 島中、田辺。


 分かれ道。


 なつき、春樹。


 第二実習室前。


 蓮、紅秋。


「また一緒」


 なつきが言う。


「嫌?」


 春樹がすぐ返す。


「聞かなくても分かるでしょう」


「聞いてみたかった」


「嫌じゃない」


「好きだから?」


「活動中」


「はい」


 島中が笑う。


「最近、大國強くなったよな」


「何が?」


「返し」


「なつき相手だけ」


「それ一番強い」


「島中」


 田辺が見る。


「活動中」


「分かってる」


 紅秋が苦笑する。


「最終確認だからって、空気まで固くしなくていい。でも記録は雑にしない」


「了解」


 全員が持ち場へ。


 なつきと春樹は。


 分かれ道の少し離れた位置へ移動する。


 中継案内は。


 二日前の短期試験と同じ。


 青い丸。


 大きな左向き矢印。


 薄灰色の文字背景。


『第二実習室は左です』


 つや消しの細い枠。


 窓の外。


 雨粒。


 濡れた木。


 その中でも。


 青は。


 はっきり残っている。


「見える?」


 春樹が小声で聞く。


「私には」


「作った側」


「分かってる」


「でも見える」


「うん」


 二人は少し離れる。


 利用者の動線を妨げない位置。


 声は掛けない。


 必要なら。


 安全だけ。


 それ以外は。


 利用者へ任せる。


「一人目」


 少し離れた場所で。


 紅秋が合図する。


 普通科一年の女子生徒。


 一人。


 第二実習室は初めて。


 歩き出す。


 なつきからは。


 最初の青い案内は見えない。


 茜たちの記録。


 後で重ねる。


 今は。


 分かれ道だけ。


 女子生徒の姿が渡り廊下の向こうに見える。


 歩調。


 普通。


 周囲を見る。


 前。


 右。


 窓。


 分かれ道の五歩ほど前。


 視線が。


 窓へ向く。


 青い丸。


 少し遅れて。


 矢印。


 速度が少し落ちる。


 でも止まらない。


 左。


 通過。


 なつきは記録する。


『約五歩手前で窓側へ視線。青い丸付近→矢印。減速あり、停止なし。左へ』


 それだけ。


 成功。


 とは書かない。


 春樹も別に記録している。


 女子生徒が第二実習室へ。


 蓮と紅秋の地点。


 しばらく後。


 終了。


 全員が教室へ戻る前。


 一人目の聞き取り。


 紅秋。


「最初の案内、何を覚えてた?」


「青い丸と、大きな窓」


「両方?」


「はい」


「分かれ道では?」


「大きい窓見ました」


「その後?」


「青い丸」


「文字は?」


「左って書いてあるのは見ました」


「矢印は?」


「一番分かりやすかったです」


「第二実習室前は?」


「教室名。その横の黄色」


「黄色、どう思った?」


「何か確認するんだなって」


「注意?」


「少し。でも怖くはないです」


「承認印は?」


 女子生徒は少し考える。


「右下のマーク?」


「見た?」


「見ました」


「どう見えた?」


「学校の案内っぽい」


「全部通して、迷った?」


「迷ってないです」


「情報、多かった?」


「そんなに」


 一人目。


 大きな問題なし。


 島中が。


 聞き取りが終わって協力者が離れた後。


 小さく拳を握る。


「よし」


「一人目」


 田辺。


「分かってる」


 でも。


 嬉しい。


 隠さない。


 二人目。


 商業科一年男子。


 一人。


 掲示物はあまり全部読まない。


 開始。


 渡り廊下へ現れる。


 歩調。


 少し速い。


 分かれ道。


 四歩。


 三歩。


 視線。


 正面。


 窓へ。


 一瞬。


 また正面。


 二歩。


 そして。


 もう一度窓。


 矢印。


 左。


「二回見た」


 なつきが小さく呟く。


「うん」


 春樹も。


 記録。


 第二実習室へ。


 聞き取り。


「最初の案内、文字読んだ?」


「全部は」


「何覚えてる?」


「右。あと大きい窓」


「青い丸は?」


「あったのは覚えてます」


「分かれ道は?」


「最初、窓かなって見たけど、何か分からなくて」


「もう一度見た?」


「矢印が見えた」


「文字は?」


「読んでない」


「第二実習室前の黄色は?」


「見ました」


「読んだ?」


「読んでないです」


「なぜ?」


「教室分かったから」


「必要なら?」


「見ると思います」


「承認印?」


「気づいてないです」


「案内、正式かどうか気になった?」


「別に」


 なつきは。


 少しだけ考える。


 承認印。


 見なかった。


 黄色。


 見た。


 読まなかった。


 でも。


 目的地へは到着。


 必要な情報だけ。


「全部使われてない」


 島中が言う。


「でも困ってない」


 美優が答える。


「承認印、見なかった」


「正式性を気にしてない人には必要なかった」


「黄色も」


「教室名で足りた」


「じゃあ成功?」


「そこはあと」


 紅秋が止める。


「全部を見ることを目的にしてない」


「分かってる」


「最終だから、使われなかった要素も見る。でも、使わないこと自体を失敗にはしない」


「必要な人が」


 なつきが続ける。


「必要な時に」


「うん」


 三人目。


 普通科二年女子。


 掲示を比較的よく読む。


 最初の案内。


 全部読む。


 渡り廊下。


 分かれ道。


 大きな窓へ早い段階で視線。


 中継。


 停止。


 文字。


 矢印。


 青い丸。


 全て読む。


 左。


 第二実習室前。


 教室名。


 黄色。


 承認印。


 既存表示。


 ほぼ全部。


 終了。


「情報、多かった?」


 紅秋が尋ねる。


「私は読むので」


「読むもの多いと思った?」


「最初は二行。途中は短い。最後は元からある掲示なので、そんなに」


「最初の二行?」


「どっちも必要だと思いました」


「どうして?」


「青い丸探すのと、大きな窓探すの」


「両方使った?」


「はい」


「中継は何を最初に?」


「青い丸」


「矢印じゃなく?」


「丸探してたので」


「黄色い三角は?」


「注意かと思ったけど、『到着後の確認』で分かりました」


「承認印?」


「見ました」


「正式な案内だと思った?」


「はい」


「もし印がなかったら?」


「学校が貼ってるとは思うけど、誰が作ったかは気になるかも」


 九枚の声で。


 承認印が必要だと感じた利用者。


 その系統に近い。


 今回は。


 印が働いた。


「三人目」


 島中が言う。


「全部使った」


「全部使う人もいる」


「使わない人も」


「同じ案内」


「うん」


 四人目。


 特進科一年男子。


 歩き始める。


 渡り廊下。


 分かれ道。


 中継へ。


 窓を見る。


 青い丸。


 矢印。


 左。


 迷いなし。


 第二実習室。


 教室名。


 黄色。


 少し立ち止まる。


 表示。


 読む。


 その後。


 扉へ。


 終了。


「何か気になった?」


「最後」


「黄色?」


「はい」


「どうした?」


「注意かなと思って」


「不安?」


「少し」


「何が?」


「ここに入っていいのか」


 教室が。


 少し静かになる。


 なつきの胸も。


 小さく動く。


 以前。


 一瞬の注意感。


 強い不安や誤行動ではない。


 そう判断した。


 今回は。


「ここに入っていいのか」


 少し。


 強くなった。


「それでどうした?」


 紅秋が聞く。


「文字読んだ」


「到着後の確認?」


「はい」


「その後は?」


「入っていいんだと思いました」


「入るのをやめようとした?」


「そこまでは」


「誰かに聞こうと?」


「ちょっと思った」


「実際には?」


「表示読んだ」


「黄色い三角が違う形だったら?」


 聞きかけ。


 紅秋が一瞬止まる。


 比較誘導になりかねない。


「今見た黄色について、他に感じたことは?」


「黄色い三角だと、注意って感じはします」


「それは嫌?」


「嫌ってほどじゃないです」


「気になった?」


「はい」


 聞き取り終了。


 教室へ戻るまで。


 十一組ラボのメンバーは。


 すぐには話さなかった。


 なつきも。


 春樹も。


 それぞれの記録を見る。


「出たね」


 島中が言う。


「強め」


 田辺が答える。


「昨日までより」


「入っていいか少し迷った」


「でも読んで解決」


「誤行動は?」


「なし」


「教師に聞こうと少し思った」


「実際には聞いてない」


「どうする?」


 なつきは。


 すぐに。


「形変えたい」


 と言いそうになった。


 でも。


 止める。


 一人。


 今日の四人目。


 これまで。


 黄色い三角へ反応した人。


 複数。


 注意。


 追加情報。


 確認。


 不安。


 その強さ。


「今は記録」


 島中が言った。


 全員が。


 島中を見る。


「何」


「島中が言った」


 なつきが答える。


「俺だって言う」


「成長」


「今日はもういい」


 少しだけ。


 空気が緩む。


 そう。


 今は。


 四人目。


 残り四人。


 五人目。


 普通科一年男子。


 二人組。


 友人と一緒。


 今回。


 会話してもいい。


 開始。


 二人は。


 最初の青い案内へ。


 一人が読む。


 もう一人は。


 友人の肩越しに見る程度。


「こっちだって」


「右?」


「うん」


 会話。


 渡り廊下。


「雨やんだ?」


「まだちょっと降ってる」


「傘持ってきてない」


「貸さないよ」


「二人で入る」


「嫌」


 分かれ道。


 二人。


 話しながら。


 窓へ。


 今回は。


 一人が先に見る。


「大きい窓、これじゃね?」


 その声。


 もう一人も。


 窓。


 青。


 矢印。


「左」


 進む。


 第二実習室。


 教室名。


 黄色。


 一人は見る。


 もう一人は見ない。


「着いた」


 終了。


 聞き取り。


「最初の案内、何覚えた?」


 一人目。


「大きな窓」


 二人目。


「右」


「青い丸は?」


 一人目。


「覚えてる」


 二人目。


「あった」


「分かれ道は?」


「こいつが窓言った」


「自分では?」


「正面見てた」


「一人だったら?」


「分からない」


「黄色い三角は?」


 一人目。


「見た」


 二人目。


「見てない」


「見た人はどう思った?」


「確認するやつ」


「注意?」


「少し」


「不安?」


「別に」


 二人組。


 また。


 違う入口。


 同行者。


 役割を補う。


「会話してても」


 春樹が言う。


「大きな窓が言葉に出た」


「予告が共有された」


 なつきが続ける。


「一人が覚えてれば」


「もう一人にも届くことがある」


「前は会話が見落とし要因」


「今回は会話が案内を共有する手段」


「両方」


 島中が言う。


 今度は。


 誰も笑わなかった。


 本当に。


 両方だった。


 六人目。


 商業科二年女子。


 一人。


 最初の案内。


 文字へ少し長く視線。


 右。


 渡り廊下。


 分かれ道。


 大きな窓を見る。


 中継。


 左。


 第二実習室。


 教室名。


 黄色。


 表示。


 承認印。


 到着。


「最初の文字?」


 紅秋が尋ねる。


「少し多い」


 また来た。


「困った?」


「困ってはないです」


「どこが多い?」


「二行あるから」


「両方読みました?」


「はい」


「役に立った?」


「大きな窓は役立ちました」


「青い丸は?」


「途中で同じだって分かりました」


「なら?」


 女子生徒は少し考える。


「必要なら、これくらいはいいと思います」


「必要かどうか?」


「私は使いました」


「急いでたら?」


「多分読まない」


「それでも方向は?」


「矢印あるので」


 文字量。


 少し多い。


 でも。


 必要。


 役立つ。


 以前と同じ。


「ゼロにできない」


 なつきが小さく言う。


 春樹が。


「何を?」


「多いって感じる人」


「うん」


「でも、削ると困る人もいる」


「だから、困る程度か」


「使われる役割か」


「両方見る」


 七人目。


 普通科二年男子。


 掲示物をあまり見ない。


 最初の案内。


 矢印だけ。


 右。


 文字。


 ほぼ見ない。


 渡り廊下。


 分かれ道。


 正面。


 窓。


 見ない。


 一歩。


 二歩。


 なつきの胸が強く鳴る。


 大きな窓。


 予告。


 読んでいない。


 だから。


 働かない。


 教室番号。


 男子生徒が止まる。


 周囲を見る。


 後ろ。


 窓。


「あ」


 中継発見。


 左へ。


 第二実習室。


 教室名。


 黄色。


 見ない。


 到着。


 終了。


「最初の文字、読んでない?」


「はい」


「大きな窓も?」


「読んでないです」


「中継見落とした?」


「一回」


「何で気づいた?」


「教室違ったから」


「戻れた?」


「はい」


「黄色は?」


「見てないです」


「困った?」


「途中ちょっと」


「どのくらい?」


「違うなって」


「不安?」


「誰かに聞こうかと思ったけど、戻ったら案内あった」


 九枚目。


 短期試験の意見と。


 ほとんど同じ。


 予告文を足した。


 でも。


 読まない人には届かない。


 それでも。


 戻れる条件は働いた。


 なつきは。


 自分の記録用紙を見つめる。


 文字を足した。


 必要な一行だと判断した。


 それでも。


 全員を救うものではない。


「意味なかった?」


 島中が呟いた。


 なつきは顔を上げる。


「大きな窓」


「この人には」


「うん」


「でも他の人には働いた」


 春樹が言う。


「だから意味がないじゃない」


「分かってる」


「でも」


 島中は悔しそうだった。


「足したのに、同じ見落としした」


「読むこと自体を強制できない」


 蓮が答える。


「なら」


「見落としゼロを条件にしてない」


「戻れる」


「実際戻った」


「でも困った」


「少し」


「そこをどう見る?」


 紅秋が止める。


「八人目まで」


「まだ一人」


「うん」


 最後。


 八人目。


 特進科二年女子。


 一人。


 歩く。


 最初の青い案内。


 全体。


 読む。


 右。


 渡り廊下。


 途中。


 前を歩く別の生徒が。


 急に止まり。


 友人を待つため端へ寄る。


 協力者の女子生徒が。


 少し避ける。


 視線が。


 その生徒へ一瞬向く。


 進む。


 分かれ道。


 なつきは。


 その瞬間。


 少し嫌な予感がした。


 視線が別へ移った。


 予告。


 覚えていても。


 人がいる。


 普段と違う動き。


 中継案内へ。


 女子生徒は。


 気づかない。


 正面へ。


 一歩。


 その時。


 先ほど端へ寄った生徒が。


「そこ左だよ」


 何気なく声を掛けた。


 女子生徒が止まる。


「え?」


「あ、第二実習室なら」


 指差す。


 窓。


 青い案内。


「あ、ありがとうございます」


 左。


 到着。


 十一組ラボの全員が。


 一瞬。


 固まる。


 想定していない。


 協力者ではない第三者。


 普通に通った生徒。


 案内を知っている。


 その人が。


 教えた。


 確認終了。


 聞き取り。


「最初の案内、何覚えてた?」


「青い丸と、大きな窓」


「分かれ道では?」


「忘れてました」


「どうして?」


「前の人避けた時に、そっち見てて」


「案内見落とした?」


「はい」


「声掛けられた?」


「はい」


「もし声掛けられなかったら?」


「多分そのまま行ってたかも」


「その後、戻れたと思う?」


「教室違ったら」


「黄色い三角は?」


「到着してから見ました」


「どう思った?」


「確認の印」


「注意?」


「少し」


「不安?」


「ないです」


 そして。


 もう一人。


 声を掛けた生徒へも。


 邪魔にならない範囲で。


 簡単に確認する。


「どうして左だと分かった?」


「前に案内あったから」


「中継?」


「はい」


「今は試験用です」


「あ、また置いてたんですね」


「友達?」


「知らない人です」


「声を掛けた理由は?」


「第二実習室って案内を最初に見たのが見えたから。まっすぐ行ったので」


 十一組ラボの観察者ではない。


 でも。


 別の利用者が。


 前の案内を見ていた。


 そして。


 誰かの見落としを補った。


「人を通した案内」


 なつきが小さく言う。


「前にもあった」


 春樹が答える。


 前を歩く人についていく。


 友達が矢印を指す。


 同行者が気づく。


 そして今日は。


 知らない人が声を掛ける。


「案内の役割が」


 茜が言う。


「人の中にも残る?」


「案内を覚えた人が、次の人へ伝える」


「それって」


 島中が少し笑う。


「俺らが作った矢印がしゃべったみたいだな」


「変な言い方」


 田辺が言う。


「でも分かる」


 美優も笑った。


 八人。


 終了。


 案内を撤去。


 原状確認。


 問題なし。


 全員。


 十一組ラボの教室へ戻る。


 外は。


 もう夕方。


 雨雲の隙間から。


 少しだけ赤い光が差している。


 机へ。


 八人分の記録。


 地点ごとの観察。


 聞き取り。


 並べる。


「まず」


 紅秋が言う。


「成功・失敗を言わない」


 島中が。


 口を開きかけ。


「分かってる」


 自分で言う。


「でも言いたい顔」


 田辺。


「少し」


「何を?」


「良かったって」


「あとで」


「うん」


 黒板へ。


 一人ずつ。


 事実。


 一人目。


 最初の二行を使う。


 大きな窓→青い丸→中継。


 黄色確認。


 承認印認識。


 二人目。


 最初の文字ほぼ読まず。


 矢印・青い中継のみ。


 黄色は見るが読まず。


 承認印未認識。


 困りなし。


 三人目。


 全て読む。


 青い丸を追う。


 黄色・承認印も使用。


 四人目。


 黄色い三角を「注意」と強く感じ。


「ここに入っていいか」少し迷う。


 文字で解消。


 五人目。


 二人組。


 大きな窓を同行者が共有。


 片方が案内役。


 黄色は片方のみ。


 六人目。


 最初の二行を「少し多い」と感じる。


 ただし両方使用。


 負担で停止なし。


 七人目。


 最初の文字を読まず。


 中継見落とし。


 教室番号で誤りに気づき戻る。


 黄色未使用。


 八人目。


 最初の二行を覚えるが、周囲の人へ注意が逸れ中継見落とし。


 第三者が案内を覚えており、声掛けで左へ。


 到着後黄色使用。


「これ」


 島中が黒板を見る。


「どう判断する?」


 誰もすぐには答えなかった。


 良い。


 問題。


 両方。


「条件一」


 蓮が言う。


「最初の青い案内で、目的地・最初の方向・青い丸・大きな窓の手掛かりを受け取れるか」


「文字を読んだ人は」


 美優が答える。


「受け取った」


「読まない人は?」


「矢印で最初の方向」


「青い丸と大きな窓は受け取らない」


「条件満たしてない?」


 島中が尋ねる。


「全員が全部読むことを条件にしてない」


 紅秋が答える。


「案内に手掛かりがあり、必要な利用者が受け取れること」


「なら?」


「満たしていると考えられる」


「情報量」


 六人目。


 少し多い。


 でも。


 必要。


 停止なし。


「許容?」


 なつきが尋ねる。


「今の記録では」


 蓮が答える。


「負担で利用を妨げた事例はない」


「四枚目の過去意見は?」


「旧二行」


「内容が違う」


「今回の二行で再確認した」


「じゃあ条件一」


 島中が黒板へ。


「丸?」


「まだ全員合意」


 紅秋。


「賛成?」


 全員。


 うなずく。


 条件一。


 暫定達成。


「条件二」


 中継案内。


 見つけた人は。


 矢印。


 文字。


 青い丸。


 異なる入口から左へ進めた。


「達成」


「条件三」


 見落とした場合。


 七人目。


 教室番号で戻る。


 八人目。


 第三者の声掛け。


「安全に戻れる」


「少なくとも今日と過去の確認では」


「達成?」


 島中が聞く。


「ここ」


 なつきが止める。


「八人目は、自分で戻ってない」


「第三者」


「でも危険へは行かなかった」


「声掛けがなければ?」


「分からない」


「過去では戻った人いる」


「いる」


 九枚目。


 以前の歩行確認。


 正面視線利用者。


 戻った。


「条件は『必ず自力で戻る』じゃない」


 春樹が言う。


「戻る・尋ねる行動が可能」


「第三者に教えられるも含む?」


 茜が尋ねる。


「本人が尋ねたわけじゃない」


「周囲が補う」


「条件を書き直す?」


 紅秋が黒板を見る。


『見落とした場合も、安全に誤りへ気づき、戻る・尋ねる行動が可能か』


「今日」


 八人目は。


 誤りへ自分ではまだ気づいていない段階で。


 他者が補った。


「これも戻れる道の一つ?」


 なつきが尋ねる。


「物理的な道だけじゃない」


 春樹が答える。


「人へ聞ける」


「人から教えてもらえる」


「学校なら」


 美優が言う。


「完全に一人きりの環境じゃない」


「でも人がいる前提にしすぎない」


 蓮。


「案内として自立することが基本」


「うん」


「ただ補助要因として、周囲の利用者が案内を共有することがある」


「記録に残す」


「条件自体は?」


「過去の自力帰還確認と合わせて、満たしている」


 全員。


 うなずく。


 条件三。


 暫定達成。


「条件四」


 到着後。


 必要な利用者が黄色い三角と既存表示へ自然にたどり着ける。


「見る人」


「見ない人」


「必要な人?」


 問題。


 二人目。


 黄色を見たが読まない。


 必要なし。


 七人目。


 黄色見ない。


 困りなし。


 三人目。


 必要情報として読む。


 四人目。


 読む。


 五人目の片方。


 読む。


 八人目。


 読む。


「過去の七枚目みたいに」


 なつきが言う。


「詳しい案内を探してるのに見つからない人」


「今日は?」


「確認できた範囲ではなし」


「教室名横にした効果」


「ありそう」


 美優。


「自然な視線動線」


「達成?」


「暫定」


 条件五。


 黄色い三角。


 強い不安や誤行動を生まない。


 四人目。


 ここへ入ってよいか少し迷う。


 教師へ聞こうと少し思った。


「これ」


 なつきが黒板を見る。


「私は気になる」


「僕も気になる」


 春樹が答えた。


 以前。


 春樹は。


 三角が注意に見えても、表示へ読む入口として機能すれば残せると考えていた。


 なつきは。


 不要な不安を減らしたいと考えていた。


 その後。


 記録を見て。


 なつきは三角を残す方向へ変わった。


 今日は。


 また少し強い声。


「形比較する?」


 島中が尋ねる。


 以前なら。


 なつきが一番に。


「する」


 と言ったかもしれない。


 でも。


 今日は。


 記録を見る。


 四人目。


 不安。


 少し。


 入っていいか迷う。


 文字を読む。


 解消。


 誤行動なし。


 強い停止なし。


「条件の言葉」


 なつきが言う。


「『強い不安や誤行動を生まない』」


「うん」


「今回、少し不安はある」


「でも強い?」


 茜が尋ねる。


「本人は嫌ってほどじゃない」


「行動停止?」


「ない」


「誤行動?」


「ない」


「なら条件は満たす?」


 なつきは。


 すぐには。


 答えなかった。


 自分が。


 不安という言葉に敏感なのだと思う。


 利用者を困らせたくない。


 ゼロにしたい。


 でも。


 案内を見る。


 新しい情報。


 少し立ち止まる。


 何だろうと思う。


 それ自体まで。


 消す必要があるのか。


「私は」


 ゆっくり言う。


「満たしてると思う」


 春樹がこちらを見る。


「理由は?」


「不安がゼロじゃない。でも、文字を読んで意味が分かってる」


「うん」


「黄色い三角が、表示を見る入口になってる」


「うん」


「ただ」


「ただ?」


「正式設置後の意見で、『入っちゃ駄目だと思った』『怖くて入れなかった』みたいな声が来たら、形を見直す条件を残したい」


 紅秋が。


 すぐに黒板へ書く。


『黄色三角:正式設置後も誤認・行動抑制の声を継続確認。強い不安や入室回避が出た場合、形の再検討』


「これなら?」


 紅秋が聞く。


「私は」


 なつき。


「賛成」


「僕も」


 春樹。


 全員。


 うなずく。


 今。


 直さない。


 でも。


 見ないことにしない。


 条件付きで残す。


「条件五」


 暫定達成。


「条件六」


 承認印。


 見た人。


 見ない人。


 見た人は。


 学校正式の手掛かりとして機能。


「採用」


 全員。


「条件七」


 安全。


 通行。


 採光。


 避難。


 問題なし。


「条件八」


 管理。


 学校側から。


 正式設置時。


 朝簡易確認。


 週一詳細。


 異常時連絡。


 施設管理と十一組ラボ担当教師の共同管理。


「可能」


「条件九」


 全体情報量。


 一部。


 少し多い。


 でも。


 利用を妨げるほどではない。


 読まない人は必要な入口だけ使う。


「……全部?」


 島中が尋ねる。


 誰も。


 すぐには答えなかった。


 黒板。


 九項目。


 一つずつ。


 暫定達成。


 条件付き。


 継続確認。


 そうした言葉もある。


 でも。


 正式設置へ進むための。


 今決めた条件。


「全部」


 紅秋が言った。


 島中が。


 息を吸う。


「満たした?」


「今日までの確認では」


 蓮が答える。


「正式設置申請へ進める条件を満たしている」


 教室が。


 静かになる。


 誰も。


 すぐに歓声を上げなかった。


 短期試験の時もそうだった。


 何度も。


 良いと思った。


 次に問題が出た。


 また戻った。


 だから。


 条件を全部満たしたと聞いても。


 一度。


 自分の中で。


 確かめる時間が必要だった。


「……本当に?」


 島中が言う。


「本当に」


 紅秋。


「正式設置?」


「申請へ進める」


「許可されたら?」


「正式設置」


 島中は。


 両手で顔を覆った。


「どうした?」


 田辺が尋ねる。


「嬉しい」


 声が。


 少しだけ。


 震えていた。


「泣いてる?」


「泣いてない」


「顔隠してる」


「嬉しいだけ」


 なつきも。


 胸が熱くなる。


 最初。


 意見箱。


 案内。


 文字が小さい。


 矢印が見つけにくい。


 色。


 見る順番。


 選択肢。


 青。


 黄色。


 分ける。


 中継。


 窓。


 素材。


 試験。


 九枚の声。


 見落とした人。


 詳しい案内が見つからなかった人。


 承認印。


 大きな窓。


 黄色い三角。


 何度も。


 何度も。


 変えた。


「なつき」


 春樹が呼ぶ。


「何?」


「泣く?」


「泣かない」


「目」


「春樹も」


「僕は」


「少し赤い」


「雨のせい」


「室内」


 二人で。


 笑う。


 茜も。


 美優も。


 少し目元が緩んでいる。


 蓮は。


 黒板を見ながら。


 何度も条件を確認している。


 紅秋は。


 申請ファイルを手に。


 静かに笑った。


「おめでとうは?」


 島中が顔を上げる。


「まだ正式許可前」


 田辺が言う。


「分かってる。でも」


 紅秋は。


 少し考え。


「正式設置申請へ進めるところまで来た」


 全員を見る。


「ここは喜んでいい」


 島中が。


 両手を上げた。


「よし!」


 今度は。


 誰も止めなかった。


 教室に。


 拍手が起きる。


 大きすぎない。


 でも。


 前より。


 長い。


 廊下を通った生徒が。


「何?」


 と覗く。


 島中が。


「案内!」


 と答えかけ。


 田辺に口を塞がれる。


「説明長くなる」


「一言じゃん」


「そこから聞かれる」


 笑い。


 なつきも。


 拍手しながら。


 春樹を見る。


 春樹も。


 こちらを見る。


 目が合う。


 笑う。


 恋人だからではない。


 同じ活動を。


 ここまで一緒にやった。


 その嬉しさ。


 それも。


 今は大きかった。


「申請書」


 紅秋が言う。


「今日まとめる?」


 島中。


「明日提出」


「今日じゃない?」


「最終記録を整理して、条件付き継続確認項目も添える」


「黄色い三角」


「そう」


「分かった」


「もう急かさない?」


「急かしたい。でも待つ」


 なつきが笑う。


「それ、島中らしい」


「進みながら待つ」


「上手くなったね」


「今日は言っていい」


 その後。


 おかえり会。


 最終通し確認で使った案内が。


 また教室へ戻る。


 青い丸。


 矢印。


 文字。


 黄色い三角。


 承認印。


 全部。


 机の中央へ。


「今日の声」


 美優がまとめる。


 正式申請時。


 良い結果だけを添えない。


 黄色い三角で。


 少し入室を迷った利用者。


 中継を見落とした利用者。


 情報量を少し多いと感じた利用者。


 それも。


 全部。


 報告する。


「不利にならない?」


 島中が尋ねる。


「何が?」


「正式許可」


「隠す?」


 紅秋が聞き返す。


「隠さない」


 即答。


「なら書く」


「うん」


「そのうえで、どう対応したかも書く」


「見落としは戻れる条件」


「黄色は強い不安・誤行動なし。正式設置後も継続確認」


「情報量は、必要な手掛かりとして働いた事例と併記」


「承認印は正式性に寄与」


「管理方法」


「学校側と共同」


 書く。


 成功しました。


 ではなく。


 こう使われた。


 こう困った。


 こう戻った。


 こう考えた。


 だから。


 正式設置を申請する。


「完成したって書かないんだ」


 島中が言う。


「完成してないから」


 なつきが答える。


「正式設置なのに?」


「正式設置しても変える」


「声来たら」


「うん」


「じゃあ」


 島中が少し考える。


「正式設置って、完成じゃないんだな」


「学校が管理を引き受けて、継続して使える形になったってこと」


 蓮が答える。


「なるほど」


「難しい?」


「今日は分かる」


 片付け。


 外は。


 雨が止んでいた。


 校舎の窓に付いた水滴も。


 少しずつ乾き始めている。


 全員が教室を出る。


 茜が。


 なつきの隣へ。


「良かったね」


「うん」


「正式設置まで」


「まだ許可」


「言うと思った」


「でも」


「でも?」


「すごく嬉しい」


 茜が笑う。


「それでいい」


「茜は?」


「嬉しい」


「委員長っぽくなく普通」


「今日は普通でいいでしょう」


「うん」


 校門。


 いつもの帰り道。


 今日は。


 なつきと春樹。


 二人。


 雨上がり。


 道路の端には。


 小さな水たまり。


 夕日が。


 そこへ映っている。


「正式設置」


 なつきが言う。


「申請」


「分かってる」


「島中みたい」


「今日は言わせて」


「うん」


 二人は。


 少し歩く。


 人が減る。


 春樹の手。


 なつきの手。


 近づく。


 つなぐ。


「濡れてる?」


 なつきが尋ねる。


「手?」


「うん」


「緊張で少し」


「私も」


「案内?」


「それも」


「それも?」


 春樹が見る。


 なつきは。


 少し笑う。


「手つなぐの、まだ毎回ちょっと緊張する」


「僕も」


「もう何日目?」


「数えてない」


「嘘」


「少し数えた」


「何日?」


「言わない」


「私は分かる」


「なら聞かなくていい」


「一緒に言いたかった」


「帰ってから?」


「何を?」


「何日目」


「送る?」


「嫌」


「何で?」


「恥ずかしい」


「今さら」


 笑い。


 雨上がりの道。


 足元に。


 濡れた葉。


 少し冷たい風。


「今日」


 春樹が言う。


「うん」


「最後の八人目」


「知らない人が教えたやつ?」


「うん」


「あれ、びっくりした」


「僕も」


「案内って」


「人に残る?」


「うん」


「見た人が、別の人へ渡す」


「声で」


「それ、何かいいね」


 春樹が少し笑う。


「島中の『矢印がしゃべった』?」


「あれは言い方変だけど」


「意味は分かる」


「うん」


「案内を作ったのは私たち」


「でも使い方は利用者の中で増える」


「前を歩く人」


「友達」


「知らない人」


「先生」


「全部」


 なつきは。


 つないだ手を見た。


「恋人ってことも」


「何?」


「広がってる」


「噂?」


「うん」


「案内とは違う」


「知ってる」


「でも?」


「私たちが全部決められない」


「見られること?」


「うん」


「それは昨日話した」


「今日、教室でも何人か見てた」


「知ってる」


「春樹気づいてた?」


「少し」


「嫌だった?」


「恥ずかしい」


「私も」


「でも」


「隠したくはない?」


「うん」


 手を。


 少し強く握る。


「正式設置みたいに」


 なつきが言う。


「また案内」


「学校中に正式交際申請」


「やめて」


 春樹が本気で困った顔をする。


 なつきは笑った。


「冗談」


「心臓に悪い」


「でも、付き合ってることは」


「隠さない」


「細かいことは」


「二人のもの」


「うん」


「正式設置じゃなくて」


「正式交際」


「言わないで」


「春樹が言った」


「今だけ」


 二人で笑う。


 少しずつ。


 恋人としての距離にも。


 自分たちなりの条件ができていく。


 学校では。


 無理に手をつながない。


 帰り道。


 つなぎたい時はつなぐ。


 交際は隠さない。


 でも。


 告白の場所。


 最初に手をつないだこと。


 メッセージ。


 それは。


 二人だけ。


 嫌なら言う。


 違う意見なら話す。


 合わせない。


 待ってほしい時は伝える。


 決めたわけではない。


 話すうちに。


 そうなった。


「私たちも」


 なつきが言う。


「何?」


「正式設置後も継続確認?」


「恋人?」


「うん」


「不具合あったら?」


「不具合って言わないで」


「なつきが言った」


「困ったら話す」


「うん」


「強い不安や誤行動が出たら?」


「何の誤行動?」


「分からない」


「じゃあ使わない」


「はい」


 また笑う。


 今日。


 案内は。


 正式設置申請へ進めるところまで来た。


 全部をつないだ。


 すると。


 部分確認では見えなかったことも出た。


 黄色い三角で。


 少し入室をためらう人。


 最初の文字を読まない人。


 大きな窓の予告が届かない人。


 第三者が声を掛けることで進める人。


 部分だけ見ていれば。


 それぞれ。


 もっと簡単に「良かった」と言えたかもしれない。


 でも。


 全部をつなぐと。


 利用者の注意は途中で逸れる。


 必要な情報だけ拾う。


 使わないものもある。


 誰かに助けられることもある。


 それが。


 実際の利用。


 全員が。


 全部を。


 作る側の想定順に使うわけではない。


 それでも。


 進める。


 見落とせば戻れる。


 必要なら読める。


 困れば人へ聞ける。


 そして。


 誰かが。


 次の誰かへ声で渡すこともある。


 完璧ではない。


 だから。


 正式設置できないのではなく。


 完璧ではないことを知ったうえで。


 安全に使い続け。


 声が届けば直せる形にする。


 そこまで。


 来た。


「春樹」


「何?」


「今日、すごく嬉しい」


「案内?」


「うん」


「僕も」


「恋人になった日と、どっち?」


 春樹が。


 足を少し止めた。


「比べるの?」


「聞いてみた」


「種類違う」


「逃げた」


「逃げてない」


「じゃあ?」


 春樹は。


 少し考え。


「恋人になった日は、なつきと二人のこと」


「うん」


「今日は、みんなでやったこと」


「うん」


「どっちも嬉しい」


「上手い」


「本当」


「私も」


 二人は。


 また歩き始める。


 誰か一人で作った案内ではない。


 誰か一人の声で変えた案内でもない。


 利用者。


 仲間。


 先生。


 施設管理。


 色々な人が。


 少しずつ。


 今の形へ関わった。


 だから。


 今日の嬉しさは。


 なつきと春樹だけのものではない。


 でも。


 帰り道に。


 その嬉しさを。


 最初に分け合いたい相手が。


 春樹であることは。


 なつきにとって。


 やっぱり特別だった。


「明日」


 なつきが言う。


「申請」


「うん」


「許可、いつ?」


「分からない」


「待てるかな」


「待つしかない」


「一緒に待つ?」


「うん」


「結果出たら?」


「みんなで聞く」


「その後?」


「帰る」


「一緒に?」


「うん」


「手?」


「人少なくなったら」


「良かった」


 春樹が少し笑う。


「最近、確認多い」


「安心する」


「毎日答え同じ?」


「同じでも聞きたい時ある」


「しつこい」


「嫌?」


「嫌じゃない」


「好きだから?」


 春樹が。


 一度。


 なつきを見る。


 最近。


 何度も。


 同じ流れ。


 でも今日は。


 少しだけ。


 返事までの間が短かった。


「好きだから」


 なつきは。


 笑った。


「私も」


「聞いてない」


「言いたかった」


「ならいい」


 雨上がりの夕暮れ。


 二人の影が。


 濡れた道路の上へ。


 長く伸びる。


 明日。


 十一組ラボは。


 正式設置申請を出す。


 許可が下りるかは。


 まだ分からない。


 修正を求められるかもしれない。


 追加確認が必要と言われるかもしれない。


 それでも。


 今日。


 全部をつないだ。


 だからこそ。


 新しい迷いも見えた。


 そして。


 その迷いを隠さず。


 正式設置へ進めると。


 みんなで判断した。


 完璧だからではない。


 戻れるから。


 聞けるから。


 直せるから。


 その条件を。


 自分たちで確かめたから。


 なつきは。


 春樹の隣を歩きながら。


 明日の申請書を思った。


 そこに書かれるのは。


 成功した案内ではない。


 使われ。


 見落とされ。


 戻られ。


 読まれ。


 読まれず。


 人から人へ伝わった案内。


 その全部。


 だからこそ。


 今度こそ。


 学校へ渡してみたいと。


 そう思った。

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