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『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


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184/201

第184話 最後の一行を足す前に、本当に必要な一行なのかを確かめる



 翌日の昼休み。


 梅桜高校中央棟二階の廊下には、窓から差し込む明るい日差しと、昼食を終えた生徒たちのざわめきが重なっていた。


 購買へ向かう生徒。


 教室へ戻る生徒。


 友人と窓際へ寄り、紙パックの飲み物を片手に話し込む生徒。


 階段の踊り場では、一年生らしい女子生徒が二人、時間割を見ながら次の教室を確認している。


「これ、三階?」


「二階じゃない?」


「教室番号、三から始まってる」


「それ棟の番号じゃない?」


「分かんない」


 そんな会話が聞こえる。


 少し離れた場所。


 なつきは、最初の青い案内の二つの試作を交互に見ていた。


 一案目。


 青い丸。


 第二実習室。


 大きな右向き矢印。


『青い丸が目印です』


 その下へ、小さく。


『次は大きな窓』


 二案目。


 青い丸。


 第二実習室。


 大きな右向き矢印。


『次は大きな窓の青い案内』


 昨日。


 この二案まで絞った。


 どちらも、中継案内が窓側にあることを事前に伝えるためのもの。


 ただし。


 一案目は。


 今まで実際に利用者へ届いていた『青い丸が目印です』を残す。


 その代わり。


 一行増える。


 二案目は。


 一行で済む。


 文字量は少ない。


 でも。


 青い丸という形を言葉で覚える手掛かりは消える。


 どちらも。


 良いところと。


 失うところがある。


「まだ見てる?」


 隣から春樹が言った。


「うん」


「昨日の夜も考えた?」


「考えた」


「どっち?」


「決まらなかった」


「僕も」


 なつきは二案目を少し持ち上げる。


「春樹はこっち寄りじゃなかった?」


「昨日は」


「今日は?」


「一案目も残したい理由が分かってきた」


「青い丸?」


「うん」


 春樹は机の端に置いてある、第179話でまとめた九枚の意見記録へ視線を向ける。


 三枚目。


『最初の案内に青い丸が目印と書いてあったので、同じ丸を探しました』


 実際に届いた声。


 想像ではない。


 利用者が。


 その言葉を使った。


「これを消すの、少し怖い」


 春樹が言った。


「私も」


「でも一案目は文字増える」


「四枚目」


『最初の案内に文字が多くて、どこを見ればいいか少し迷いました』


 こちらも。


 実際に届いた声。


 だから。


 どちらかを簡単に優先できない。


「声同士がぶつかるね」


 なつきが言った。


「同じ人じゃないから」


「一人には必要」


「別の人には多い」


「どうする?」


「今日見る」


 春樹は言った。


 なつきも頷く。


「うん」


 答えを作るために。


 今までの声のどちらかを捨てるのではなく。


 二つを。


 利用者へ返してみる。


 十一組ラボの教室へ入る。


 黒板には。


 紅秋が今日の流れを書いていた。


『中継位置予告 二案初見確認』


『午後:記録整理』


『条件を満たせば、最終通し確認申請へ』


 最後の一行を見た瞬間。


 島中が嬉しそうにしている。


「ついに」


「まだ」


 田辺がすぐに返した。


「分かってる。でも『最終通し』って書いてある」


「今日の結果次第」


「それでも近い」


「うん」


 今度は紅秋も否定しなかった。


「近い」


 島中が少し驚いた顔をする。


「今日、素直だな」


「何が?」


「いつも『まだ』って」


「まだなのは本当。でも、近づいてるのも本当」


「じゃあ喜ぶ」


「少し」


「それも最近毎回言ってる」


 教室に笑いが起きる。


 机の中央。


 二案。


 左右に並ぶ。


 美優が、それぞれの文字数と配置を記録している。


 一案目。


 目的地名。


 右向き矢印。


 青い丸。


 二行。


 二案目。


 目的地名。


 右向き矢印。


 青い丸。


 一行。


「一案目、前の二行よりは少ない」


 茜が言う。


「文章量は」


 美優が答える。


「前は『青い丸が目印です』『詳しい確認は、第二実習室前でできます』」


「二行目が長かった」


「今は『次は大きな窓』」


「短い」


「でも視線の入口が二つある」


 蓮が言う。


「青い丸が目印。次は大きな窓」


「読む順番、迷わない?」


「上から読むなら」


「急ぐ人は?」


「矢印だけ見る可能性」


「そこは中継で確認済み」


「文字を読まない人には?」


「どちらの案でも大きく変わらない」


 なつきは二案を見る。


 文字を読む人。


 読まない人。


 全部読む人。


 矢印だけ見る人。


 青い丸を探す人。


 利用者は。


 一つではない。


「今日の確認項目」


 紅秋が黒板へ書く。


 最初に何を見たか。


 文章をどこまで読んだか。


 中継案内が窓側にあると予測できたか。


 青い丸という形を覚えていたか。


 情報量を多いと感じたか。


 分かれ道で窓へ視線が向いたか。


「最後が大事」


 島中が言う。


「実際に窓を見るか」


「言葉を覚えたと言っても、見なければ」


「そう」


 蓮が頷く。


「だから回答だけじゃなく歩行も見る」


 協力者は六人。


 一案目。


 三人。


 二案目。


 三人。


 全員。


 今回の試作に初めて触れる生徒。


 第二実習室へ頻繁には行かない。


 学科も学年も少しずつ分けた。


「昼に全部?」


 島中が尋ねる。


「三人」


 紅秋が答える。


「残り三人は放課後」


「条件変わらない?」


「時間帯が変わる」


「じゃあ比較しにくい?」


「むしろ見たい」


 美優が言う。


「昼と放課後で、光と人の流れが違う」


「案ごとに時間が偏らないように」


 蓮が表を見せる。


「一案目、昼二・放課後一。二案目、昼一・放課後二」


「完全に同じじゃない」


「人数少ないから、結果だけで勝敗は決めない」


「勝敗って言ってない」


 島中が笑う。


「でも気持ちはそんな感じ」


「どっちが勝つとかじゃない」


 なつきが言う。


「使える方を見る」


「両方使えるかも」


「その場合は?」


「正式案でどちらを採用するか、負担と役割で決める」


「また判断」


「うん」


 昼休み。


 一人目。


 普通科一年の女子生徒。


 一案目。


『青い丸が目印です』

『次は大きな窓』


 開始前。


「これ、昨日までと違う?」


 女子生徒が尋ねる。


「前の案を見たことある?」


 紅秋が聞く。


「遠くからだけ」


「内容覚えてる?」


「青い丸があった」


「じゃあ、今日は今見えるものだけで」


「はい」


 開始。


 最初の案内へ近づく。


 女子生徒は。


 最初に大きな矢印を見る。


 その後。


 第二実習室。


 青い丸。


 文字。


 立ち止まる。


 約四秒。


 上の一行。


 次の一行。


「大きな窓」


 小さく口にする。


 右へ曲がる。


 渡り廊下。


 途中。


 友人らしい生徒とすれ違い、軽く手を振る。


 分かれ道へ近づく。


 二歩手前。


 女子生徒の視線が。


 正面から。


 窓へ動く。


 大きな窓。


 青い丸。


 矢印。


 すぐ左へ。


 第二実習室。


 到着。


 既存表示。


 教室名右横の黄色い三角。


 そこも見る。


『到着後の確認』


 表示を読む。


 全てつながった。


 作る側の誰かが声を出しそうになる。


 けれど。


 全員我慢した。


「どうだった?」


 終了後。


「分かりました」


「最初の案内、何を見た?」


「矢印」


「次は?」


「文字」


「全部読んだ?」


「はい」


「多かった?」


「多いとは思わなかったです」


「『青い丸が目印』は覚えてた?」


「少し」


「『次は大きな窓』は?」


「覚えてました」


「分かれ道で何を探した?」


「大きい窓」


「青い丸じゃなく?」


「窓見たら青い丸があった」


「どうして窓を見た?」


「最初に書いてあったから」


 成功。


 そう言いたくなる。


 一案目。


 狙った流れ。


 そのまま。


「黄色は?」


「教室名の横だったので見ました」


「注意に見えた?」


「少し。でも確認って書いてあったから」


 昨日の結果と同じ。


 強い不安なし。


「良い」


 島中が協力者が離れてから言う。


「一人目」


 自分で続ける。


「分かってる」


 二人目。


 商業科一年男子。


 一案目。


 開始。


 最初の案内。


 男子生徒は。


 矢印。


 第二実習室。


 青い丸。


 そこまで。


 文字を読まない。


 すぐ右へ。


 渡り廊下。


 分かれ道。


 正面へ近づく。


 窓。


 見ない。


 一歩。


 その瞬間。


 青い矢印が視界の端へ入ったのか。


 男子生徒が顔を横へ向ける。


「あ」


 左へ。


 到着。


「最初の文字、読んだ?」


「読んでないです」


「どうして?」


「矢印で分かったから」


「分かれ道は?」


「青いのが見えました」


「窓を探した?」


「探してない」


「青い丸は?」


「丸より矢印」


 一人目とは違う。


 予告文は。


 この人には使われなかった。


 でも。


 案内は機能した。


「文章が増えても、この人には負担になってない?」


 美優が尋ねる。


「読んでないから」


「視界として邪魔?」


 男子生徒は最初の案内へ戻る。


「別に」


「文字多い?」


「読もうと思ったら、ちょっとある」


「多い?」


「普通?」


「どっち?」


「分からないです」


 無理に選ばせない。


 紅秋が。


「分からないで大丈夫」


 と答える。


「青い丸が目印、必要?」


「読んでないので」


 分からない。


 それも結果。


 三人目。


 普通科二年男子。


 二案目。


『次は大きな窓の青い案内』


 開始。


 最初の案内。


 男子生徒。


 矢印。


 文字。


 立ち止まらない。


 右へ。


 渡り廊下。


 分かれ道。


 少し手前。


 正面を見る。


 その後。


 視線が窓へ。


 大きな窓。


 青い案内。


 左へ。


 到着。


「何を覚えてた?」


「大きな窓の青い案内」


「そのまま?」


「はい」


「青い丸は?」


「最初にあったのは見ました」


「形は覚えてた?」


「丸だった気がするくらい」


「分かれ道で、何を探した?」


「窓」


「次は?」


「青いもの」


「案内って何を想像した?」


「青い紙か何か」


「実際は?」


「丸と矢印だった」


「違った?」


「でも青かったので分かりました」


「文字量は?」


「これくらいなら」


 三人。


 昼。


 一案目二人。


 二案目一人。


 どちらも。


 窓へ視線を向けた人がいる。


 予告文を読まなかった人も。


 中継は見つけた。


「昼だけじゃ決められない」


 島中が言う。


「成長した」


 なつきが言う。


「今日一回目」


「数えてないから」


「今言った」


「回数は数えてない」


「ズル」


 昼休みが終わる。


 午後の授業。


 なつきは。


 ノートへ小さく二つの言葉を書いていた。


『必要だった一行』


『読まれなかった一行』


 同じ案内でも。


 誰かには。


 必要。


 別の誰かには。


 存在しても使わない。


 では。


 使わない人がいるなら。


 いらないのか。


 そうではない。


 必要な人へ届くなら。


 残す理由がある。


 でも。


 そのために。


 読む人を迷わせるほど増やしてはいけない。


 どこまで。


 その境界。


「横田」


 教師の声。


「はい」


「また考え事?」


「……少し」


 教室の何人かが笑う。


「今日は何だ」


「案内です」


「本当に?」


 朝から噂を知っているらしい女子生徒が。


 後ろで笑っている。


「本当です」


 なつきの顔が少し熱くなる。


 教師は深く聞かず。


「授業も案内してやってくれ」


「どういう意味ですか」


「今、教科書の三十七ページだ」


「……すみません」


 また笑い。


 日常。


 恋人になったことを知っている人が増え始めても。


 授業は普通に進む。


 放課後。


 残り三人。


 光は昼より低い。


 人通りも違う。


 十一組ラボは。


 また最初の青い案内から確認を始める。


 四人目。


 特進科一年女子。


 二案目。


『次は大きな窓の青い案内』


 女子生徒は。


 最初の案内へ近づく。


 文字を全部読む。


 少し首を傾げる。


 右へ。


 渡り廊下。


 分かれ道。


 大きな窓へ視線。


 中継。


 左。


 到着。


「迷った?」


「迷ってないです」


「最初に首傾げた?」


「『青い案内』って何だろうって」


 教室の空気が少し動く。


「どう考えた?」


「青い紙?」


「実物見て?」


「これのことかって」


「困った?」


「困ってはないです」


「最初の案内に青い丸があった?」


「ありました」


「『青い丸が目印です』と書いてある方が分かりやすい?」


 紅秋が少し止まる。


「比較させない」


「ごめん」


 なつきが先に言った。


 危ない。


 聞きたい。


 どちらが良いか。


 でも。


 この人は二案目しか見ていない。


 もう一案を言葉で出せば。


 比較を意識させてしまう。


「『青い案内』で気になったのは?」


 美優が聞き直す。


「何を探せばいいか、最初は少し曖昧でした」


「大きな窓は?」


「分かりやすかった」


「実物を見つけた後は?」


「青かったので、すぐ分かりました」


 位置予告は働いた。


 でも。


『青い案内』


 という言葉が少し曖昧。


 五人目。


 普通科二年女子。


 一案目。


 最初の案内。


 女子生徒は。


 全部読む。


「次は大きな窓」


 声には出さない。


 でも。


 視線が文字へ止まる。


 右。


 渡り廊下。


 途中。


 友人に声を掛けられる。


「あ、今日部活?」


「あとで行く」


「これ終わったら?」


「うん」


 短い会話。


 それでも。


 分かれ道。


 女子生徒は。


 大きな窓へ視線を向けた。


 青い丸。


 矢印。


 左。


 到着。


「友達に声掛けられたけど」


 紅秋が終了後に聞く。


「案内覚えてた?」


「大きな窓」


「青い丸?」


「それも。でも窓の方が覚えてました」


「どうして?」


「場所だから」


「『青い丸が目印です』は?」


「丸を見つけたとき、同じだって思いました」


 二つ。


 両方使われた。


 青い丸。


 大きな窓。


 一案目の強み。


「文字多かった?」


「少し」


 全員が静かになる。


 来た。


「どこが?」


「二行あるので」


「困った?」


「困ってないです」


「急いでたら?」


「矢印だけ見るかも」


「全部読もうとしたら?」


「普通に読めます」


 文字が多い。


 でも。


 困ってはいない。


 四枚目の意見より弱い。


 負担。


 でも許容範囲かもしれない。


 最後。


 六人目。


 商業科二年男子。


 二案目。


 この生徒は。


 最初の案内を。


 ほとんど止まらず見る。


 矢印。


 文字。


 右。


 渡り廊下。


 分かれ道。


 正面。


 一度。


 窓を通り過ぎかける。


 なつきの胸が動く。


 だが。


 二歩目。


 止まる。


 顔を上げる。


 大きな窓。


 中継。


「ここか」


 戻らず。


 少し斜めに左へ。


 到着。


「予告覚えてた?」


「何でしたっけ」


 教室が静かになる。


「最初の案内で読んだもの」


「第二実習室。右。あと……大きい窓?」


「青い案内は?」


「そこは覚えてなかった」


「窓は?」


「途中で思い出しました」


「いつ?」


「通り過ぎそうになったとき」


「どうして思い出した?」


「大きい窓見えたから」


「じゃあ予告がなかったら?」


「通り過ぎてたかも」


 強い。


 二案目の文章。


 全部は残らなかった。


『青い案内』は忘れた。


 でも。


『大きな窓』だけが残った。


 そして。


 見落としかけたところで。


 戻る前に視線を向けるきっかけになった。


「これ」


 島中が言う。


「予告、いるよな」


「少なくとも、この人には」


 蓮が答える。


「大きな窓という場所手掛かりが働いた」


「青い案内の言葉は?」


「忘れてた」


「じゃあ」


 島中が言いかける。


「待つ」


 自分で止める。


「六人まとめる」


 全員で教室へ戻る。


 外は夕方。


 今日も。


 黒板へ結果を並べる。


 一案目。


『青い丸が目印です』

『次は大きな窓』


 三人。


 一人目。


 両方読む。


 大きな窓を探し、青い丸で確認。


 二人目。


 文字を読まない。


 中継は青い矢印で発見。


 五人目。


 両方読む。


 会話で一度注意が逸れても、大きな窓を覚え、青い丸で同一性を確認。


 情報量。


 一人が「少し多い」。


 ただし。


 困り・停止・誤行動なし。


 二案目。


『次は大きな窓の青い案内』


 三人。


 三人目。


 大きな窓+青いものを探索。


 問題なし。


 四人目。


『青い案内』が何を指すか少し曖昧。


 実物を見て理解。


 六人目。


『青い案内』部分は忘れた。


『大きな窓』だけ残り、見落としかけた時の気づきにつながった。


「共通してる」


 美優が言う。


「何?」


 島中が聞く。


「大きな窓」


「全員?」


「文章を読んだ人には、かなり残ってる」


「青い丸は?」


「一案目では、実物確認の手掛かりになった人が二人」


「青い案内は?」


「一人には少し曖昧。一人は忘れた」


 教室が静かになる。


「じゃあ一案目?」


 島中が言う。


 以前のような勢いではなく。


 本当に確認するような声。


 紅秋はすぐには答えなかった。


「なつきは?」


 視線が集まる。


 なつきは。


 二案を見る。


 昨日まで。


 二案目の短さを良いと思っていた。


 文字量。


 負担を減らせる。


 でも。


 今日の声。


 実際の歩行。


「私は一案目」


「理由は?」


「青い丸の役割を消さないから」


 なつきは九枚の意見記録を見る。


「『青い丸が目印です』が実際に届いた人がいた」


「うん」


「今日も、二人が『大きな窓』で場所を探して、『青い丸』で同じ案内だと確認した」


「でも文字は少し多い」


 蓮が言う。


「うん」


「そこは?」


「今日の三人では、少し多いと感じた人はいた。でも困ったとは言ってない。読まない人は矢印だけで進んだ」


「四枚目の『文字が多くて迷った』声は?」


「前の二行より短い。あと、前は二行目が『詳しい確認は第二実習室前』で、行く途中に必要じゃない情報だった」


「今は?」


「二行とも行く途中に使う」


 美優が頷く。


「情報量だけじゃなく、必要性」


「同じ二行でも」


 春樹が言う。


「役割が違う」


「春樹は?」


「僕も一案目」


「最初から?」


「今日の最後で」


「何が変わった?」


「二案目の『青い案内』が曖昧だった人」


「うん」


「僕は短い方が良いと思ってた。でも、短くして意味が曖昧になるなら、その分だけ利用者が頭の中で補う必要がある」


「負担が消えるんじゃなくて」


「文字から解釈へ移る」


 なつきは。


 その言葉を聞いて。


 少し驚いた。


「それ、分かりやすい」


「本当?」


「うん」


「記録する?」


「して」


 美優が黒板へ書く。


『文字を減らしても、解釈負担が増える場合がある』


「すごいな」


 島中が言う。


「何が?」


「短くすればいいって思ってた」


「今も?」


「短い方が好き。でも意味分からなくなるなら駄目」


「成長」


 田辺が言う。


「田辺からなら今日は許す」


 笑い。


「茜は?」


 紅秋が尋ねる。


「一案目」


「田辺」


「一案目」


「島中」


「一案目」


「蓮」


「一案目。ただし、文字量は最終通しで再確認」


「美優」


「同じ」


 全員。


 一案目。


『青い丸が目印です』


『次は大きな窓』


 残す。


 なつきの胸が。


 少しだけ高鳴る。


「決定?」


 島中が聞く。


「最終通し確認案として」


 紅秋が答える。


「正式設置決定ではない」


「分かってる」


「でも」


「一つ決まった」


「うん」


 島中は笑った。


 なつきも。


 春樹も。


 全員が。


 少しだけ笑う。


 最初の青い案内。


 何度変わっただろう。


 文字。


 色。


 見る順番。


 青い丸。


 黄色い三角。


 詳しい案内。


 中継。


 そして今。


 最初の案内は。


 以前より短く。


 でも。


 必要な二つの手掛かりを持つ形へ来た。


 青い丸。


 大きな窓。


 形と場所。


 二つ。


「これで」


 紅秋が黒板を見る。


「最終通し確認の案が、一応そろった」


 教室の空気が止まった。


 島中が。


 今度はすぐ声を出さない。


 全員が。


 黒板を見る。


 最初の青い案内。


 中継案内。


 到着後の黄色い三角。


 承認印。


 管理方法。


「管理方法は?」


 蓮が確認する。


「先生から返事来た」


 紅秋が別の紙を出す。


「正式運用の場合」


 朝。


 担当者一名が簡易状態確認。


 週一回。


 二名で詳細確認。


 異常時。


 近くの教職員、または十一組ラボ担当教師へ連絡。


 清掃担当にも。


 案内へ異常があれば触らず連絡。


 長期休暇前。


 一度撤去して状態確認。


「毎日三回じゃない」


 島中が言う。


「短期試験と正式運用は違う」


 蓮が答える。


「続けられる回数」


「当番は?」


「十一組ラボだけに固定しない」


「どういうこと?」


「正式設置なら、施設管理側の確認項目にも入れられる」


「学校の案内になる?」


 なつきが尋ねる。


「承認されれば」


 紅秋が答える。


「十一組ラボが作った試験案から、学校管理の案内へ」


 教室が静かになる。


 少し。


 意味が変わった。


 今までは。


 十一組ラボが作る。


 管理する。


 試す。


 利用者へ渡す。


 でも。


 正式設置になれば。


 学校の一部になる。


 作った人が卒業しても。


 残る可能性がある。


「それって」


 島中が言った。


「俺らが毎日見なくても残る?」


「正式に採用されたら」


「……すごいな」


 声が。


 少しだけ小さい。


「嬉しい?」


 なつきが聞く。


「嬉しい」


「寂しい?」


「少し」


 昨日。


 案内を外へ出したときと同じ。


 自分たちだけのものではなくなる。


 正式設置なら。


 さらに。


 十一組ラボの手から離れる。


「でも」


 島中が続ける。


「その方がいいんだよな」


「何が?」


「俺らがいないと使えない案内じゃ意味ない」


 誰もすぐには返事をしなかった。


 なつきは。


 胸の奥が少し温かくなる。


「島中」


「何」


「今日一番成長した」


「回数じゃなく?」


「質」


「何それ」


 笑い。


 でも。


 田辺も。


 少しだけ笑っていた。


「最終通し確認」


 紅秋が言う。


「申請する」


 島中の顔が明るくなる。


「いつ?」


「早ければ明後日」


「明日じゃない?」


「協力者調整。仮置き許可。施設管理立ち会い」


「分かってる」


「今回は」


 紅秋は全員を見る。


「最初の青い案内から、第二実習室前の到着後確認まで、全部通す」


「途中だけじゃない」


 なつきが言う。


「うん」


「利用者の経験を分けない」


「最初から最後まで」


「見る?」


「見る」


 紅秋は条件を読む。


 一。


 最初の青い案内で、目的地・最初の方向・青い丸・大きな窓の手掛かりを受け取れるか。


 二。


 中継案内を見つけられるか。


 三。


 見つけた場合、矢印・文字・青い丸の異なる入口から左へ進めるか。


 四。


 見落とした場合、安全に誤りへ気づき、戻る・尋ねる行動が可能か。


 五。


 第二実習室到着後、必要な利用者が黄色い三角と既存表示へ気づけるか。


 六。


 黄色い三角が強い不安や誤行動を生まないか。


 七。


 承認印から、学校の正式な案内として認識できるか。


 八。


 通行・採光・避難経路へ問題がないか。


 九。


 全体の情報量が利用者の負担になっていないか。


「九つ」


 島中が言う。


「また増えた」


「七つを歩行確認用に分けた」


 蓮が答える。


「中身は大きく増えてない」


「ならいい」


「全員分の記録を一人で取らない」


「地点分担」


「追跡しすぎない」


「個人特定しない」


 以前の短期試験で学んだことも。


 全部残っている。


「これが通ったら」


 島中が尋ねる。


「正式設置?」


「すぐではない」


「また?」


「最終通し確認の結果をおかえり会で読む」


「それで正式設置条件を満たしたと判断したら」


 美優が続ける。


「最終申請」


「許可」


「設置」


 島中は。


 深く息を吐いた。


「本当に最後が見えてる」


「うん」


 今度は。


 なつきが答えた。


「見えてる」


 夕日が。


 教室の机を橙色に照らしている。


 試作品。


 青い丸。


 矢印。


 黄色い三角。


 承認印。


 どれも。


 一見すれば。


 小さなもの。


 でも。


 ここへ来るまでに。


 たくさんの声があった。


 良かった。


 迷った。


 見えた。


 見えなかった。


 不安だった。


 安心した。


 全部を背負って。


 今の形がある。


「片付けよう」


 紅秋の声。


 作業終了。


 最初の青い案内。


 一案目を。


『最終通し確認候補』


 と記載した封筒へ入れる。


 二案目も。


 捨てない。


『不採用候補・理由記録』


 として保管。


「捨てない?」


 島中が尋ねる。


「理由残す」


 美優が答える。


「短さには利点があった」


「でも青い案内が曖昧だった」


「今後、別の場所では使えるかもしれない」


「失敗じゃない」


 なつきが言う。


「残った役割」


「うん」


 教室を出る。


 今日は。


 全員の足取りが少し軽かった。


 廊下。


 茜がなつきの隣へ来る。


「もうすぐだね」


「正式設置?」


「うん」


「まだ怖い」


「何が?」


「最終通しで、また全然違う問題出るかも」


「出たら?」


「見る」


「直す?」


「必要なら」


「戻る?」


「必要なら」


 茜は笑った。


「前なら『出ないでほしい』だけだった?」


「今も出ないでほしいよ」


「でも出ても受け取れる?」


「前よりは」


「なら進んだ」


「茜、最近先生みたい」


「委員長です」


「それ違う」


 二人で笑う。


 昇降口。


 校門。


 帰り道。


 なつきと春樹は。


 いつものように。


 人の少ない場所まで歩く。


 少しずつ。


 手が近づく。


 今日は。


 春樹から差し出した。


「つなぐ?」


「うん」


 自然に。


 手が重なる。


「今日」


 なつきが言う。


「うん」


「春樹、意見変えたね」


「一案目?」


「うん」


「昨日は二案目寄り」


「今日は一案目」


「なつきも昨日は決まってなかった」


「私は青い丸残したかった」


「少し」


「でも文字多いの怖かった」


「今は?」


「必要な二行なら残したい」


「同じ」


「合わせた?」


 なつきが笑って聞く。


 春樹も笑う。


「違う」


「理由は?」


「今日の声」


「同じ」


「なつきは?」


「今日の声」


「同じ」


「恋人だから?」


「違う」


「良かった」


 二人は少し笑う。


「でも」


 春樹が言う。


「何?」


「同じ意見になった時、前より嬉しいかも」


「私も」


「違っても大丈夫」


「同じだと嬉しい」


「両方?」


「両方」


「島中みたい」


「最近島中が一番言ってる」


「成長」


「今日何回目?」


「数えてない」


「本当に?」


「たぶん」


 夕暮れの道。


 二人の影。


 つないだ手。


「最終通し確認」


 なつきが言う。


「うん」


「緊張する」


「僕も」


「短期試験より?」


「少し」


「どうして?」


「これで正式設置の判断へ行くから」


「最後みたい」


「でも」


「完成じゃない?」


「正式設置しても、声が届けば変える」


「うん」


「だから最後じゃない」


 春樹の言葉。


 なつきは少し考える。


「最後の確認じゃなくて」


「今の段階の最後」


「うん」


「その後も見る」


「うん」


「なら」


 なつきは。


 つないだ手を。


 少しだけ握る。


「怖いけど楽しみ」


「僕も」


 その時。


 後ろから。


「あ」


 女子生徒の声。


 なつきと春樹が振り返る。


 同じ学校の制服。


 普通科らしい女子生徒二人。


 昨日。


 十一組ラボの教室前で。


「付き合ったって本当?」


 と聞いてきた二人だった。


 視線。


 二人の顔。


 そして。


 つないだ手。


 なつきの身体が固まる。


 女子生徒二人も。


 一瞬。


 止まる。


「あ……」


「ごめん」


 何を謝っているのか分からない。


 その後。


 一人が。


 小さく両手を合わせる。


「見なかったことにする?」


 なつきは。


 恥ずかしさで顔が熱い。


 でも。


 春樹の手を。


 反射的に離しかけ。


 止めた。


 春樹も。


 離していない。


「……別に」


 なつきが答える。


「見られたのは恥ずかしいけど」


「ごめん」


「謝らなくていい」


「言わない方がいい?」


 もう一人が聞く。


 なつきは。


 春樹を見る。


 春樹も。


 少し困った顔をしている。


「付き合ってることは」


 春樹が先に言った。


「もう隠してない」


「うん」


 なつきも続ける。


「でも、どこで何してたとかは、あんまり広げないでほしい」


「分かった」


「絶対言わない」


「絶対は怖い」


「じゃあ言わないようにする」


「それで」


 女子生徒たちは。


 少し笑う。


「でも、本当にお似合い」


「ありがとう」


 なつきの声は小さい。


 春樹も。


「ありがとう」


 二人は。


「じゃあ」


 と手を振って離れる。


 その姿が遠くなってから。


 なつきは。


 大きく息を吐いた。


「死ぬかと思った」


「僕も」


「手」


「うん」


「離さなかったね」


「なつきが離さなかったから」


「春樹も」


「うん」


「恥ずかしかった?」


「すごく」


「私も」


 それでも。


 手は。


 まだつながっている。


「言わないでって」


 なつきが言う。


「うん」


「お願いできた」


「うん」


「付き合ってることは隠さない」


「でも全部は広げない」


「うん」


「これも」


「案内みたいって言ったら怒る?」


「今日は私も思った」


 二人で笑った。


「必要な情報だけ」


「誰にでも全部見せない」


「でも隠しすぎない」


「難しい」


「毎日言ってる」


「恋愛も難しい」


「案内も」


「でも」


「何?」


 なつきは春樹を見る。


「どっちも嫌じゃない」


 春樹も。


 少し笑った。


「僕も」


 夕方の風。


 川沿いの草が揺れる。


 正式設置へ向けて。


 最後の一行が決まった。


『青い丸が目印です』


『次は大きな窓』


 二行。


 以前より。


 少しだけ多い。


 でも。


 今日の利用者の声を重ね。


 必要だと判断した二行。


 短ければ良いわけではない。


 多ければ丁寧なわけでもない。


 必要なものを。


 必要なだけ。


 残す。


 最後の一行を足す前に。


 本当に必要な一行なのか。


 確かめた。


 そして。


 必要だと分かったから。


 今度は。


 迷わず残す。


 明後日。


 最終通し確認。


 最初の青い案内。


 大きな窓。


 中継の青。


 左向きの矢印。


 第二実習室。


 黄色い三角。


 到着後の確認。


 承認印。


 今まで別々に確かめてきたものを。


 初めて。


 一つの流れとして利用者へ渡す。


 そこで。


 何が見えるのか。


 まだ分からない。


 でも。


 分からないから。


 見る。


 聞く。


 返ってきたものを受け取る。


 それが。


 今の十一組ラボの進み方だった。


 そして。


 なつきと春樹も。


 同じ意見になった今日を喜びながら。


 違う意見だった昨日を消さず。


 誰かに見られて恥ずかしかったことも。


 それでも手を離さなかったことも。


 全部抱えたまま。


 明日へ向かう。


 完成していないから。


 進めないのではなく。


 向き合えるところまで来たから。


 次へ進む。


 二人の歩幅は。


 今日も。


 夕暮れの道の上で。


 自然にそろっていた。

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