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『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


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第141話 十一組ラボの失敗は、会議室で歓迎される



 翌日の放課後。


 梅桜高校中央棟二階の廊下には、冷たい空気と、授業を終えた生徒達の熱が混ざっていた。


 教室から部活動へ向かう足音。


 階段を駆け下りかけ、教師の視線に気づいて急に歩き出す男子生徒。


 窓際で立ち止まり、スマートフォンを確認する女子生徒。


 掃除用具入れの前では、当番らしい二人が箒の取り合いをしている。


「昨日、私が使った」


「使ったんじゃなくて、持ってただけでしょう」


「持つのも役割」


「掃いて」


 そんなやり取りを横目に。


 なつきは、両手で小さな段ボール箱を抱えて歩いていた。


 中に入っているのは。


 昨日の十一組ラボで作り直した、試作カード。


 青。


 桃色。


 黄色。


 緑。


 種類ごとに色を分け。


 番号をつけ。


 短い説明を書き。


 箱の中には、厚紙で簡単な仕切りまで作った。


 箱の蓋には。


 圭が今朝、勝手に書き足した文字がある。


『十一組ラボ 試作一号』


 その下。


 少し小さく。


『所長 三浦圭』


 さらに。


 紅秋の字で。


『所長制度は存在しない』


 と訂正されていた。


 朝。


 圭は、その文字を見て。


「所長がいなくても研究所は動くのか?」


 と真剣に尋ね。


 紅秋は、


「そもそも研究所ではない」


 と答えた。


 そのやり取りを思い出し。


 なつきは、箱を見下ろしながら少しだけ笑った。


「重い?」


 隣を歩く春樹が聞いた。


 春樹の手には。


 試運転の記録。


 十一組で出た質問。


 合同企画の第一次案。


 改善前と改善後のカード一覧。


 それらをまとめた、厚めのファイルがある。


「箱は軽いよ」


 なつきは答えた。


「でも、気持ちは少し重い」


「昨日より?」


「昨日は、やってみて分からないところが増えたでしょう?」


「うん」


「今日は、それを他のクラスへ見せるから」


 なつきは。


 箱の蓋へ添えた指を、ほんの少し動かした。


「勝手に十一組だけで試したって、嫌がられないかなって」


 その心配は。


 昨日の夜から残っていた。


 合同企画。


 十一組だけのものではない。


 五つのクラス。


 複数の学科。


 それぞれの意見を混ぜて作った第一次案。


 十一組は。


 その案を持ち帰り。


 クラス内で意見を出し。


 さらに。


 正式な許可を取る前に。


 自分達だけで、試作カードまで作った。


 もちろん。


 本番を決めたわけではない。


 企画の流れを確認しただけ。


 それでも。


 受け取る人によっては。


 十一組だけで先へ進めた。


 そう見えるかもしれない。


「言われる可能性はあると思う」


 春樹は、安易に否定しなかった。


「大丈夫だよ、とも言わないんだね」


「大丈夫かは、相手が決めるから」


「うん」


「でも」


 春樹は。


 なつきが抱えている箱へ目を向けた。


「完成案として持っていくわけじゃない。分からなかったことを見せるために持っていく」


「説明できるかな」


「昨日、クラスへ説明した時より、話す内容は決まってる」


「何を?」


「十一組の答えじゃなくて、十一組が止まった場所」


 なつきは。


 その言葉を胸の中で繰り返した。


 答えではない。


 止まった場所。


 対象者が決まらない。


 選択肢が多い。


 役割の希望者がいない。


 説明が足りない。


 時間が足りない。


 外部との協力は、学校内だけで決められない。


 それらを。


 自分達が正しい形に直したと見せるのではなく。


 みんなで考えるために持っていく。


「最初に、それを言う」


 なつきは答えた。


「完成版ではありません。十一組だけで決めるつもりもありませんって」


「うん」


「春樹くんは?」


「俺は、試した条件を説明する」


「昼休みだけ。教室内だけ。体験ブースなし」


「参加十八人。三班。残りは観察」


「正式な試運転と条件が違う」


「だから、結果をそのまま本番へ当てはめない」


「一緒に言おう」


 春樹は頷いた。


 歩幅。


 揃う。


 会議室へ近づくにつれ。


 廊下を歩く実行委員らしい生徒の数が増えていく。


 資料を抱えた者。


 紙袋を持った者。


 大きな模造紙を丸めて運ぶ者。


 各クラス。


 それぞれ。


 何かを持ち帰り。


 また。


 持ってきている。


 十一組だけが。


 先へ進みすぎたわけではないのかもしれない。


 そう思う。


 けれど。


 安心しきらない。


 相手の反応を見るまでは。


   ◇


 会議室の扉は。


 すでに半分開いていた。


 中から。


 机を動かす音。


 椅子の脚が床を擦る音。


 何人かの笑い声。


 前回より。


 入る前の緊張は少ない。


 知っている顔が増えたから。


 それでも。


 胸の中には。


 新しい種類の緊張があった。


 十一組ラボの箱。


 持ってきた結果。


 受け入れてもらえるか。


「入ろう」


 春樹が言う。


「うん」


 二人は。


 会議室へ足を踏み入れた。


「あ」


 最初に気づいたのは。


 二年十組の菊池だった。


 前回。


 五案をまとめるグループで進行役をした女子生徒。


 彼女は。


 なつきの箱を見ると。


 少し目を丸くした。


「それ、何?」


「試作カード」


 なつきが答える。


「作ったの?」


「うん。昨日、クラスで少し試してみて」


「もう試したの?」


 菊池の声。


 驚き。


 その言葉に。


 近くにいた実行委員達も振り返る。


「十一組、進むの早くない?」


「正式な試運転って、まだ決まってないよね」


「何を試したの?」


 視線。


 箱へ集まる。


 なつきの胸が。


 一度だけ強く鳴る。


 予想していた反応。


 だが。


 実際に聞くと。


 少し怖い。


「正式な試運転じゃないです」


 なつきは。


 急いで弁解しすぎないよう。


 一度息を整えた。


「十一組の中だけで、企画の流れが分かるか確認しました。昼休みだけで、教室からも出てません。体験ブースも作ってなくて、紙のカードを使っただけです」


 春樹も続ける。


「合同案の内容を十一組だけで決めるためではありません。分からなかったところを、今日の会議で共有するためです」


 菊池は。


 二人の説明を聞き。


 すぐに何かを判断せず。


 箱へ目を向けた。


「分からなかったところ?」


「かなり出た」


 なつきは苦笑した。


「企画は完成しなかった。昼休みでも終わらなかったし。役割も決まらない班があった」


「それを、持ってきたの?」


「うん」


「成功例じゃなくて?」


「失敗したところ」


 なつきが答えると。


 菊池の表情が。


 少し変わった。


 驚きから。


 興味。


「見たい」


 短い言葉。


 なつきは。


 少しだけ肩の力を抜いた。


「あとで、グループの時に」


「今少しだけ見てもいい?」


「うん」


 なつきは。


 机へ箱を置いた。


 蓋を開ける。


 青。


 桃色。


 黄色。


 緑。


 色分けされたカード。


 菊池は。


 一枚ずつ。


 慎重に手に取る。


「題材」


「対象者」


「体験」


「役割」


「対象者、最初の合同案にはなかったよね?」


「昨日やってみたら、学校紹介を選んでも、誰に向けて紹介するのか決まらなくて止まったから」


「なるほど」


 菊池は。


 桃色の『中学生』カードを見る。


「誰に伝えるかを先に決める」


「でも、これを必ず入れるかも、まだ決めてない」


「試作?」


「試作一号」


 春樹が言う。


 箱の蓋。


 圭の文字。


 菊池が気づく。


「十一組ラボ?」


「クラス内の呼び方」


「所長、三浦圭」


「所長はいない」


 春樹が即座に答える。


 菊池が。


 小さく笑った。


「三浦くん、会議にいないのに存在感あるね」


「本人は、今日は部活」


 なつきも笑う。


「名前だけ参加してる」


 周囲の実行委員達も。


 少しずつ箱へ近づく。


 カードを覗く。


 説明を読む。


 反応。


「色が違うと分かりやすい」


「役割カードって、学科ごとじゃないんだ」


「高齢者向けもある」


「観光客向けなら地域企画に使える」


「体験カード、全部使うの?」


「それが未定」


 春樹が答える。


「昨日、最初に止まった」


「もう問題出てるんだ」


「問題を見つけるために試したから」


「十一組、思ったより真面目」


「思ったより?」


 なつきが聞く。


 男子実行委員が。


 少し気まずそうに笑う。


「三浦くんの恋愛優先道路の印象が強くて」


「圭くんだけです」


「本人いないから言える?」


「本人がいても言う」


 なつきが答えると。


 周囲から小さな笑いが起きた。


 張っていた空気が。


 少しだけ緩む。


   ◇


「全員、席についてください」


 前方。


 副会長の声。


 集まっていた生徒達が。


 それぞれの席へ戻る。


 なつきは。


 箱を閉じ。


 春樹と並んで、前回と同じ辺りへ座った。


 机の下。


 箱。


 足元へ。


 少し気になる。


 忘れないように。


 なつきは。


 椅子へ座ったあと。


 もう一度、箱があることを確認した。


 春樹が。


 小さく言う。


「一回目」


「何が?」


「忘れ物確認」


「今日は数えてるの?」


「箱は目立つから」


「企画書は?」


「ある」


「会議前から確認会?」


「昨日の経験」


 二人は。


 声を抑えて笑った。


 やがて。


 会議開始。


 前回の内容確認。


 各クラスの持ち帰り結果。


 今日の目的。


「今回は」


 副会長が黒板へ項目を書く。


「第一次案を、実施可能な形へ近づけるための再協議を行います。各クラスで出た意見や、追加提案を共有してください」


 黒板。


『目的』


『流れ』


『時間』


『役割』


『安全』


『必要場所』


 六つ。


 なつきは。


 十一組ラボで出た質問が。


 いくつも当てはまることに気づく。


「なお」


 副会長が続ける。


「一部のクラスでは、独自に企画案の確認や試作を行ったと聞いています」


 なつきの身体へ。


 少しだけ力が入る。


 十一組。


 たぶん。


 話が届いている。


「試作や確認自体を禁止しているわけではありません。ただし、合同企画の内容を一つのクラスだけで決定することはできません。行った内容と結果を共有し、全体で検討してください」


「はい」


 なつきと春樹。


 二人の返事が。


 ほぼ同時に出た。


 会議室の何人かが。


 こちらを見る。


 責められた。


 わけではない。


 注意。


 必要な確認。


 なつきは。


 胸の中で。


 今日の目的を思い出す。


 十一組の答えを通すのではない。


 止まった場所を。


 持っていく。


   ◇


 全体報告。


 まず。


 二年十組。


「うちのクラスでは、普通科が伝え方を担当するという表現へ反対が出ました」


 菊池が発表する。


「文章や説明が得意かどうかは、学科ではなく個人差がある。学科ごとの役割ではなく、体験内容として『分かりやすく伝える方法を学ぶ』形にした方がいいという意見です」


 なつきは。


 前回の話し合いを思い出す。


 学科ごとに。


 役割を固定しない。


 その方向が。


 クラスへ持ち帰っても支持された。


「また」


 菊池は続ける。


「選択肢が多すぎるという意見もありました。初めての人へは、ある程度決められた流れが必要だと思います」


 十一組と同じ。


 なつきはメモへ丸をつける。


 二年十二組。


 藤田。


「スポーツ特待では、実演を必須にしない方がいいという意見が出ました」


 なつきは。


 顔を上げる。


 昨日。


 第三班。


 実演をやりたい人がいなかった。


「身体を使う表現を提案したのは俺達です。でも、全班が必ず実演する形にすると、苦手な人へ負担が偏る。動画、写真、模型、声、配置も見せ方に入れたいという意見です」


 また。


 同じ問題。


 違うクラスでも。


 似た答え。


 春樹も。


 ノートへ線を引いている。


 二年三組。


 蓮と美優。


「特進科では、調査と根拠確認の体験を、答え合わせにしないでほしいという意見が出ました」


 蓮が説明する。


「作った案が正しいか判定するのではなく、調べた情報から新しい方向を見つける。必要なら、最初の案を変える。調査が最後だけにあると、採点のようになるので、制作途中に置いた方がいいという意見です」


 美優が続く。


「それと。体験ブースを選んだら、必ず完成案へ使うのか決めてほしいって。試してみて合わなかったら使わない選択も必要だと思う」


 なつきは。


 思わず春樹を見る。


 昨日。


 同じ質問が出た。


 春樹も。


 なつきを見ていた。


「同じ」


 なつきが小さく言う。


「うん」


 十一組だけが。


 分からなかったわけではない。


 合同案自体に。


 まだ。


 同じ穴がある。


 そのことが。


 少し安心で。


 同時に。


 企画の未完成さを強く感じさせた。


   ◇


「次、二年十一組」


 副会長の声。


 なつきは。


 箱を抱えて立ち上がった。


 春樹も。


 ファイルを持つ。


 二人で前へ向かう。


 会議室の中央。


 長机。


 その上へ。


 段ボール箱を置く。


 蓋の文字。


『十一組ラボ 試作一号』


 下。


『所長 三浦圭』


『所長制度は存在しない』


 会議室の前方からも。


 文字が見えたらしい。


 何人かが。


 小さく笑う。


 副会長も。


 箱の蓋を見て。


 一瞬だけ表情を止めた。


「これは?」


「試作カードの箱です」


 なつきが答える。


「下の所長については?」


「クラス内でも認められてません」


 会議室に笑いが広がる。


 圭。


 本人不在。


 それでも。


 場を緩める。


 なつきは。


 笑いが収まるのを待った。


「最初に確認します」


 声。


 会議室へ。


 以前より。


 自然に届く。


「これは、十一組が完成案として作ったものではありません。昨日、クラス内だけで、企画の流れが分かるか確認するために作りました」


 なつきは。


 箱の蓋を開ける。


「正式な試運転ではありません。昼休みだけ。教室内だけ。体験ブースは作らず、カードを使って三班が企画案を考えました」


 春樹が。


 条件を書いた紙を掲げる。


「参加は十八人。六人班を三つ。残りの生徒は、流れと会話の偏りを観察しました。実際の合同企画と条件が違うため、結果をそのまま本番へ当てはめることはできません」


 言い切る。


 言葉を濁さない。


 自分達の試し方にも。


 限界がある。


 最初に伝える。


「それでも」


 なつきが続ける。


「紙の上では分からなかったことが、いくつか見つかりました。今日は、それを共有したいです」


 カードを。


 机の上へ並べる。


 題材。


 対象者。


 体験。


 役割。


 色ごと。


 順番に。


 会議室の視線が集まる。


「最初の合同案には、題材を選ぶとありました。でも、『学校紹介』を選んだ班が、誰へ何を紹介するのか決まらず止まりました」


 桃色のカード。


『中学生』


『保護者』


『地域の人』


「そのため、対象者を決めるカードを試作しました。ただし、対象者カードを正式に入れるかは、十一組だけでは決めていません」


 春樹が。


 質問一覧を読み上げる。


「おすすめ体験は固定か選択か。選んだ体験を完成案へ必ず使うか。必要な役割に希望者がいない場合どうするか。時間配分。発表形式。地域など、学校外との協力を扱うか」


 黒板へ。


 副会長が書く。


 質問。


 一つずつ。


 会議室の空気が。


 少しずつ変わる。


 最初は。


 十一組が作ったカードを見る空気。


 今は。


 自分達の企画の問題を見る空気。


「昼休みでは、最後まで完成しませんでした」


 なつきは言った。


「三班とも、企画をまとめる途中で時間がなくなりました。だから、十一組の試運転は成功例ではありません」


 一度。


 言葉を置く。


「でも、どこで止まるかは分かりました」


 会議室。


 静か。


 誰も笑わない。


 なつきは続ける。


「私達は、十一組のやり方が正しいと通したいわけではありません。このカードも、変えていいです。使わなくてもいいです。ただ、同じ問題がほかのクラスでも出るかもしれないと思って、持ってきました」


 言い終える。


 胸。


 少しだけ速い。


 春樹が隣にいる。


 机の上。


 未完成のカード。


 答えではない。


 だから。


 怖さもある。


 自分達が頑張ったものを。


 使わないと言われるかもしれない。


 でも。


 前より。


 その可能性を。


 受け止められる。


「以上です」


 春樹が締めた。


 短い沈黙。


 そのあと。


 最初に手を上げたのは。


 美優だった。


「その対象者カード、使いたい」


 はっきり。


 迷いのない声。


 副会長が。


 発言を許可する。


「特進科のクラスでも、何を調べるか広すぎるって意見が出た。誰へ伝えるか決めれば、必要な情報も絞れると思う」


 蓮も続ける。


「対象者だけではなく、目的も必要かもしれません。知ってほしいのか。参加してほしいのか。買ってほしいのか。目的で調べ方が変わるので」


「目的カード?」


 菊池が言う。


「増やすと、また選択肢が多くなる」


「カードにしないで、記入欄?」


 別の男子。


「最初に一文だけ書く。誰に、何をしてほしいか」


「それなら選択肢は増えない」


 言葉。


 すぐに広がる。


 対象者カード。


 目的。


 カードか。


 記入か。


 十一組が持ってきたものへ。


 他クラスの意見が重なる。


 なつきは。


 その様子を見ながら。


 少しだけ胸が熱くなった。


 取られる。


 ではない。


 入ってくる。


 また。


 企画が。


 十一組だけのものではなくなる。


 でも。


 今度は。


 その変化を。


 最初から見ている。


   ◇


「一つ、気になる」


 二年十二組の長谷川が手を上げた。


「十一組が先に試したことで、このカードを基準に話が進みすぎない?」


 会議室が。


 少し静かになる。


 なつきの指が。


 机の端へ触れる。


 来た。


 予想していた意見。


 勝手に進めすぎ。


 基準になる。


 十一組の形へ。


 全体が引っ張られる。


 長谷川は。


 責めるように言っているわけではない。


 慎重に。


 問題を示している。


「カードがあると、分かりやすい。その分、ほかの方法を考える前に、この形を直す話だけになりそう」


「確かに」


 菊池が頷く。


「対象者をカードじゃなくて、くじにする案もあるかもしれない。最初から自由記入でもいい」


「体験を選ばず、順番に全員が同じものを受ける形もある」


「十一組の試作を使う前提にはしない方がいい」


 意見。


 静か。


 でも。


 はっきり。


 なつきは。


 一瞬だけ。


 カードを守りたい気持ちが出た。


 昨日。


 みんなで残った。


 色を切った。


 文字を考えた。


 対象者カード。


 必要だと思った。


 実際に。


 保留だった女子が動きやすくなった。


 使ってほしい。


 そう思う。


 でも。


 そのまま言う前に。


 なつきは。


 一度息を吸った。


「そうだと思います」


 声。


 少しだけ。


 最初より低い。


「私達も、カードを使う形が正解とは決めてません。昨日は、紙で試せる方法がカードだったから使いました」


 長谷川を見る。


「ほかの方法も出してほしいです。カードを使わない方が分かりやすいなら、そっちも試したいです」


「せっかく作ったのに?」


 美優が。


 少し驚いたように聞く。


 なつきは。


 カードを見る。


 色。


 字。


 圭の小さな絵。


「使わなかったら、少し寂しい」


 正直に言う。


「でも、試したから分かったことは残る。カード自体を残すことが目的じゃないから」


 春樹も。


 その言葉を受けて続ける。


「基準にするのではなく、比較の一つにしたいです。十一組のカード方式。自由記入方式。最初から決められたコース。可能なら、複数試して比べる」


 長谷川は。


 少し考え。


 頷いた。


「それならいいと思う。十一組が勝手に決めたっていうより、試した一案として扱える」


「ありがとう」


 なつきが言う。


 胸の中。


 少しだけ。


 痛み。


 カードを。


 使わないかもしれない。


 でも。


 言えた。


 守るために。


 相手を敵へしなかった。


   ◇


「じゃあ」


 藤田が。


 黄色の体験カードを一枚持ち上げる。


『実演・見せ方』


「これ、昨日の十二組の意見と合う。実演だけじゃなくて、写真、音声、配置、模型も入れるなら、名前を『見せ方・伝え方』に変えたい」


「普通科の言葉の整理と重ならない?」


 菊池が尋ねる。


「普通科は、文章や説明を分かりやすくする。十二組は、身体や物を使う。って分ける?」


「また学科で分けてる」


 美優が言う。


「体験ブースの内容として分けるならいい。でも、誰が担当するかを学科で決めるのは違う」


「じゃあ」


 藤田は。


 自分の言葉を直す。


「『言葉で伝える』と『言葉以外で伝える』」


「それなら分かる」


「でも、音声は言葉」


「声はどっち?」


「両方に入る」


「分け方が難しい」


 会議室。


 笑い。


 大きな笑いではない。


 困りながら。


 考える笑い。


「一つにまとめる?」


 蓮が言う。


「伝え方の体験ブース。その中で、文章、声、動き、配置、写真から選ぶ」


「選択肢増える」


「また戻った」


 菊池が苦笑する。


 副会長は。


 黒板へ。


『体験ブースを細かく分けるか、一つにまとめるか』


 と書く。


「今、決めない方がいいかもしれません」


 春樹が言った。


「どうして?」


 副会長が尋ねる。


「名前を決める前に、実際にどれくらい違う体験になるか確認したいです。内容が似ていれば一つ。時間や必要な準備が違えば分ける」


「試す?」


「はい」


「また十一組ラボ?」


 菊池が笑う。


 なつきも。


 少し笑った。


「今度は合同ラボ?」


 その言葉。


 会議室の何人かが反応する。


「合同で試す?」


「各学科の人が入った班で」


「昨日の十一組は、商業科だけでしょう?」


「学科混合にしたら、時間も会話も変わる」


「それ、必要かも」


 声。


 増える。


 十一組ラボ。


 失敗。


 止まった場所。


 それを見せた結果。


 今度は。


 みんなで試す。


 という案が生まれている。


   ◇


「正式な試運転の前に」


 副会長が。


 黒板へ新しい見出しを書く。


『合同確認会』


「まず、企画の基本構造を比較するための小規模な確認を行うのはどうでしょう」


 会議室が静かになる。


 副会長は続ける。


「先生方へ場所と時間を相談する必要があります。ですが、全企画を準備する正式試運転ではなく。複数の進行方法を、少人数で比較する程度なら可能かもしれません」


「何を比べる?」


 菊池が聞く。


 春樹が。


 自分のノートを見る。


「一、十一組のカード選択方式」


 長谷川が続ける。


「二、題材と対象者を自由記入する方式」


 蓮。


「三、最初からおすすめの流れが決まっているコース方式」


 美優。


「同じ題材で試した方が比べやすい」


「参加者も同じ条件?」


「班は変える?」


「同じ人が全部やると、二回目以降は慣れる」


「別班にする」


「でも、班ごとの違いが結果に出る」


 質問。


 次々。


 十一組ラボと同じ。


 やろうとした瞬間。


 分からないことが増える。


 なつきは。


 以前なら。


 また決まらない。


 そう思ったかもしれない。


 今は。


 何が分からないかを。


 みんなで見つけている。


 そう見えた。


「全部を厳密に比べるのは難しいと思います」


 なつきが手を上げる。


「どういうこと?」


 副会長が聞く。


「班の人も違うし、題材も完全に同じにはできない。でも、最初に迷った場所。説明にかかった時間。最後まで進んだか。参加しにくい人がいたか。それなら見られると思います」


「点数をつけるんじゃなくて、困ったところを比べる?」


「はい」


「十一組と同じ」


 菊池が言う。


「成功させるんじゃなくて、失敗を見つける」


「圭くんが、『失敗を取りにいく』って言ってた」


 なつきが答えると。


 美優が少し笑った。


「三浦にしては、良いこと言う」


「本人に言う?」


「言わなくていい。調子に乗る」


「もう所長名乗ってる」


 蓮が箱を見る。


「遅かったね」


 会議室へ。


 笑いが広がる。


   ◇


 合同確認会。


 仮。


 決定すること。


 一、参加者。


 二、題材。


 三、比較する方式。


 四、記録項目。


 五、時間。


 六、場所。


「参加者は、各学科二人ずつ?」


「多い」


「一班六人なら、三学科二人ずつ」


「特進、普通、商業、スポーツ特待。四つある」


「八人班?」


「大きすぎる」


「一人ずつ四人?」


「人数が少ないと、役割の問題が分からない」


「二班作る」


「人が足りない?」


「実行委員以外にも協力頼む」


 話し合い。


 複雑。


 だが。


 以前のように。


 全員が同時に声を上げ続けるだけではない。


 菊池が人数。


 春樹が時間。


 藤田が体験。


 美優が参加者の負担。


 蓮が比較条件。


 なつきは。


 発言していない人へ目を向ける。


 地域紹介案を出した男子生徒。


 資料を見ている。


 でも。


 まだ話していない。


「地域協力の案については、どう思う?」


 なつきが尋ねる。


 男子は。


 少し驚いたあと。


 自分の企画書を開いた。


「合同確認会では、地域の人を呼ぶのは無理だと思う」


「うん」


「でも、題材に地域イベントを使うなら、学校の中だけで決められないことが出る。そこを、できないから除外するのではなく。外部確認が必要な案として残したい」


「確認会では、企画の完成まで?」


「完成させなくていい。どこから先に地域の協力が必要か分かればいい」


 なつきは頷く。


「第三班も、同じところで止まった」


「十一組の?」


「地域の秋祭りを高校生が手伝う企画。学校内だけでは決められないって」


「同じ」


 男子の表情が。


 少し明るくなる。


 十一組の失敗。


 自分の案を。


 弱くするものではない。


 必要な確認を示すもの。


「じゃあ、合同確認会の題材に地域イベントも入れてほしい」


「全部の班で同じ題材にしない?」


 春樹が聞く。


「商品。学校紹介。地域イベント。三方式を比べるなら、題材まで違うと分かりにくい」


「それなら、最初は商品企画?」


 菊池。


「十一組で一度やってる」


「十一組の人が有利」


「十一組以外の班で」


「商業科の人は必要」


「別の商業科クラス」


「商業科、一クラスしかない」


 なつきは。


 思わず笑いそうになった。


 二年の商業科。


 十一組。


 自分達だけ。


「じゃあ、春樹となつき以外の十一組生徒」


 美優が言う。


「三浦とか」


「圭くんは」


 なつきが。


 一度考える。


「比較条件を壊すかもしれない」


 会議室に笑いが起きる。


「でも、参加者としては大事」


 春樹が言う。


「予想外の行動をする人がいるか確認できる」


「耐久試験?」


 藤田が笑う。


「圭くんを何だと思ってるの?」


 なつきが聞く。


 美優が答える。


「負荷」


「否定できない」


 春樹の返事。


「春樹くんまで」


 笑いが。


 さらに広がる。


   ◇


 最終的に。


 合同確認会は。


 三つの班。


 各班六人。


 学科が偏りすぎないよう調整。


 同じ題材。


『中学生向けに、梅桜高校の新しい体験企画を考える』


 商品だけではない。


 学校紹介だけでもない。


 学校の中でできる。


 地域協力を必須にしない。


 それでいて。


 学科ごとの視点を入れられる。


「体験企画って広くない?」


 美優が言う。


「広すぎると、また止まる」


「対象者は中学生で固定」


 蓮。


「目的は、梅桜高校へ興味を持ってもらう」


 菊池。


「題材と対象者と目的を、最初から固定する?」


「方式を比べるため」


 春樹が言う。


「今回は、何を作るかではなく、どう進めるかを見る」


 三班。


 進行方式。


 一班目。


 カード選択方式。


 二班目。


 自由記入方式。


 三班目。


 おすすめコース方式。


 時間。


 三十分。


 最後に。


 三十秒発表。


「十一組と同じ」


 圭のいない場所で。


 三十秒発表が残る。


「三十秒、短くない?」


 藤田が聞く。


「短いけど、何が決まったかは分かった」


 なつきが答える。


「完成度ではなく、入口が見えるか」


 春樹。


「それなら」


 副会長が黒板へ書く。


『合同確認会 仮決定』


 会議室。


 小さな拍手。


 まだ。


 先生の許可。


 場所。


 参加者。


 日程。


 決めることは残る。


 それでも。


 形。


 見え始める。


   ◇


「十一組のカード」


 副会長が尋ねる。


「合同確認会で使用してもいいですか?」


 なつきは。


 一瞬だけ。


 カードを見る。


 使われる。


 嬉しい。


 でも。


 さきほど。


 基準になりすぎると言われた。


「一班目だけなら」


 春樹が答える。


「カード方式を試す班で使用します。ほかの班には見せない方がいいと思います」


「理由は?」


「自由記入班が、カードの選択肢へ引っ張られるから」


「確かに」


「カードへ追加した方がいい説明は?」


 菊池が聞く。


「今日の意見を入れると、また変わる」


 なつきは。


 少し迷う。


「確認会までは、今のまま使いたい」


「直さない?」


「昨日の十一組ラボと同じカードを使えば、学科混合で何が変わるか分かるから。説明不足も残ってるけど、それも結果になる」


 春樹が。


 なつきを見る。


「俺も同じ」


「でも、分かりにくいまま参加する人が困らない?」


 美優が言う。


 なつきは。


 すぐに答えず。


 少し考える。


「開始前に、分かりにくいことを調べる試作だと伝える。質問していい。でも、説明を増やしすぎない」


「昨日の十一組と同じ条件?」


「できるだけ」


「じゃあ、カードが悪いのか、学科混合で変わるのか比較できる」


 蓮が整理する。


「ただし、参加者へ負担がかかりすぎたら途中で止める」


「それは必要」


 なつきは頷いた。


 試す。


 だから。


 何をしてもいい。


 ではない。


 困っている人を。


 実験のために置いていかない。


 昨日。


 保留していた女子。


 分からなかったら言おうと思った。


 そう言ってくれた。


 合同確認会でも。


 同じ場所を作る。


「最初に書きたい」


 なつきが言う。


「分からなかったら、途中で止めてくださいって」


「十一組の黒板に書いてた言葉?」


 春樹が聞く。


「うん」


 副会長が。


 黒板の端へ書く。


『分かりにくかったら、途中で止める』


「合同確認会の共通ルールにしましょう」


 その言葉。


 なつきの胸へ。


 静かに届く。


 十一組の中だけで。


 なつきが書いた言葉。


 それが。


 合同の場へ。


 残った。


   ◇


 休憩。


 会議室の空気が。


 少しだけ緩む。


 生徒達が席を立ち。


 飲み物を飲み。


 ほかのグループへ話しかける。


 美優が。


 なつき達の机へ来た。


「カード見せて」


「さっき見てなかった?」


「遠かった」


 なつきは。


 箱を開ける。


 美優は。


 一枚ずつ見る。


『中学生』


『保護者』


『高齢者』


『観光客』


「春樹、これ書いた?」


「説明文は」


「字は?」


「亜衣」


「そう」


 美優は。


 少しだけ安心したように言った。


 なつきは。


 すぐに意味が分かった。


「嫉妬した?」


「少し。二人でカード作ったのかと思った」


「亜衣ちゃんと茜ちゃんと紅秋くん。ほかにも何人か残ったよ」


「なら、少し減った」


「少しだけ?」


「春樹と一緒に企画やってることは変わらないから」


「私も、美優さんと春樹くんが会議で同じ意見だった時、少し思う」


「今日?」


「体験を必ず使うかってところ」


「私が先に言った」


「うん」


「勝った?」


「勝負にしない」


 なつきが笑う。


 美優も。


 少しだけ笑った。


「でも」


 美優は。


 緑色の役割カードを見ながら言う。


「これ、いいと思う。学科じゃなくて、班の中で役割を選ぶ」


「十一組では、発表したくない人がいたから」


「私、調査をやるって勝手に決められるの嫌」


「美優さん、調査得意でしょう?」


「得意でも。毎回それだけは嫌」


「じゃあ、何やりたい?」


 美優は。


 少し考える。


「説明」


「人前?」


「春樹に、私の言葉は感情が先に出るって言われたから。分かりやすく話す練習したい」


 春樹が。


 少し離れた場所から顔を上げる。


「俺、悪い意味で言ってない」


「分かってる。祐衣にも、大事なものが分かりやすいって言われた」


「なら」


 なつきが。


 説明の役割カードを美優へ向ける。


「合同確認会、参加する?」


「する」


「説明担当?」


「最初から決めない。班で決める」


 美優は。


 自分から。


 そのカードを戻した。


 得意。


 やりたい。


 でも。


 始める前から。


 役割を固定しない。


 会議で話してきたことを。


 自分にも使っている。


   ◇


 祐衣は。


 今日の実行委員会には参加していない。


 図書委員会からの協力は。


 まだ正式に決まっていない。


 ただ。


 図書委員会の担当教師へ。


 企画の概要を伝える予定だと。


 美優が教えてくれた。


「祐衣、今日の放課後に話すって」


「図書室の発想ブース?」


「うん。まだ参加できるか分からないって」


「圭くんの名前案も伝えないと」


「共同制作って言ってたやつ?」


「本人の許可」


「祐衣、困ると思う」


「だから、圭くんの言い方はそのまま伝えない」


 春樹が言う。


「名前を組み合わせる案が出た。使っていいか聞く」


「圭が共同制作だと言ってることは?」


 美優が聞く。


「別に伝える」


「伝えるんだ」


「隠すと、あとで本人が言う」


「確かに」


 三人。


 同時に。


 圭の姿を想像した。


 図書室へ入り。


 大声で。


「祐衣! 俺達の共同作品!」


 と叫ぶ。


「止めよう」


 なつきが言う。


「絶対、先に止める」


 美優も。


「図書室だから」


 春樹も。


 三人の意見が。


 完全に一致した。


   ◇


 休憩終了。


 会議。


 後半。


 合同確認会の日程。


 来週。


 放課後。


 空き教室。


 候補。


 参加者。


 各クラスへ持ち帰り。


 立候補を募る。


 ただし。


 発言が得意な人だけに偏らない。


 参加へ迷いがある人。


 企画へ反対や保留の人。


 そういう生徒にも。


 希望があれば参加してもらう。


「反対してる人を入れるの?」


 男子生徒が聞く。


「賛成の人だけだと、困るところを言いにくい」


 なつきが答える。


「十一組で保留だった人が、一番分かりにくいところを言ってくれたから」


「でも、やる気ない人が来たら?」


「無理に頼まない」


 春樹。


「参加したいけど、まだ賛成ではない人。そういう人なら」


「意見が偏らない」


 蓮が続ける。


 副会長が頷く。


「各クラス、積極的な参加者だけでなく、企画へ慎重な意見を持つ生徒にも募集を伝えてください。ただし、強制はしないこと」


 また。


 十一組で見つけたもの。


 合同へ残る。


 なつきは。


 ノートへ。


 小さく書いた。


『保留の人を置いていかない』


   ◇


 会議終了時刻。


 予定より。


 十分超過。


 それでも。


 前回ほど。


 疲労だけが残る会議ではなかった。


 決まったこと。


 合同確認会。


 比較する三方式。


 共通題材。


 参加者募集。


 記録項目。


 途中で止めていいルール。


 未定。


 日程。


 場所。


 先生の許可。


 担当者。


 カードの最終確認。


「今日は、ここまでにします」


 副会長が言う。


「二年十一組」


 なつきと春樹。


 二人が顔を上げる。


「試作カードと確認結果の共有、ありがとうございました」


 なつきの胸が。


 少しだけ熱くなる。


「ただし、次回以降も、合同案の変更は全体協議で行ってください」


「はい」


 春樹が答え。


 なつきも続ける。


「十一組だけで決めません」


「カードは、合同確認会まで保管をお願いします」


「分かりました」


「それと」


 副会長は。


 箱の蓋を見る。


「所長名は、消しても構いません」


 会議室へ。


 大きな笑い。


 なつきも。


 春樹も。


 思わず笑った。


「本人が反対します」


 なつきが答える。


「では、正式な役職ではないと分かるようにしてください」


「紅秋くんが書いてます」


「確認しました」


 笑いのまま。


 会議が終わる。


   ◇


 生徒達が。


 椅子を戻す。


 資料を集める。


 机の上から。


 十一組のカードを回収。


 一枚。


 二枚。


 番号順。


 春樹が確認する。


「題材、三枚」


「ある」


「対象者、七枚」


「ある」


「体験、六枚」


「ある」


「役割、六枚」


「ある」


「合計二十二」


「箱」


「ある」


「企画書」


「ある」


 菊池が。


 近くで聞いて。


「毎回そこまで確認するの?」


「一回忘れたから」


 なつきが答える。


「二人で?」


「二人とも忘れた」


 春樹。


「どうやって?」


「机の上に置いたまま帰った」


「二人とも?」


「うん」


 菊池は。


 一度だけ黙り。


 それから笑った。


「意外と似てるね」


「どこが?」


 なつきが聞く。


「一人だとしっかりしてそうなのに、二人で安心すると同じ物を忘れるところ」


 なつきの頬が。


 少し熱くなる。


 春樹は。


 すぐには意味を理解できなかったようで。


 少し考えている。


 菊池が。


 春樹の表情を見る。


「今、意味考えてる?」


「うん」


「考えなくていい」


 紅秋と同じような言葉。


 なつきは。


 思わず笑った。


「大國くん、ほかのクラスでも止められるようになったね」


「何を?」


「そこも考えなくていい」


 菊池は笑いながら。


 自分の資料を持って離れていった。


   ◇


 美優と蓮が。


 なつき達を待っていた。


「祐衣のところ行く?」


 美優が聞く。


「図書委員会の話も聞きたい」


 なつきが答える。


「合同確認会のことも伝える」


 春樹。


「祐衣、参加するかな」


 蓮が言う。


「図書委員としてじゃなくても、慎重な意見を持つ参加者として入れるかもしれない」


「本人へ聞く」


 美優は。


 少しだけ嬉しそうに答えた。


 四人で。


 会議室を出る。


 廊下。


 夕方。


 窓から差し込む光は。


 薄い橙色。


 冷たい空気。


 会議室の熱。


 身体の中に。


 まだ残っている。


「横田さん」


 春樹が。


 少し後ろから呼ぶ。


 なつきは。


 歩きながら振り返る。


「何?」


「カードを使わないかもしれないって言われた時」


「うん」


「少し苦しかった?」


「分かった?」


「箱の方を見たから」


 なつきは。


 少しだけ歩く速度を落とす。


 美優と蓮は。


 少し前。


 自然に。


 二人の会話が聞こえる距離を残している。


「苦しかった」


 なつきは答えた。


「昨日、みんなで作ったから。使ってほしいって思った」


「うん」


「でも、カードを残すために企画を作ってるんじゃないって。前より早く思えた」


「長谷川に、ほかの方法も出してって言えた」


「春樹くんが、比較の一つにするって言ってくれたから」


「横田さんが先に、正解じゃないって言った」


「二人で?」


「うん」


 また。


 一人ではない。


 一人が。


 全部できたわけではない。


 なつきが。


 手放す。


 春樹が。


 次の形を示す。


「でも」


 なつきは。


 箱を抱え直す。


「カードが一班目で使われるって決まった時、かなり嬉しかった」


「顔に出てた」


「また?」


「箱の蓋を閉める時、少し丁寧だった」


「そんなところまで見るの?」


「見てる」


 短い言葉。


 春樹は。


 何でもないように言う。


 でも。


 なつきの胸には。


 何でもない言葉ではなかった。


「春樹くんも」


「俺?」


「合同確認会が決まった時、ノートの字が少し大きくなってた」


 春樹が。


 ファイルを見る。


「分かった?」


「隣にいたから」


 春樹は。


 少しだけ。


 照れたように目を伏せた。


 なつきも。


 小さく笑った。


   ◇


「今日さ」


 美優が。


 少し前から振り返る。


「十一組のカード、みんなに歓迎された感じだったね」


「全部ではないよ」


 なつきが答える。


「基準になりすぎるって言われた」


「でも、必要だって意見も多かった」


「うん」


「失敗を持ってきたのに、怒られなかった」


「少し注意はされた」


「勝手に決めるなって?」


「うん」


「それは当然」


 美優は。


 さらりと言う。


「でも、失敗したことは責められなかった。むしろ、みんな自分達も試したいって言った」


 なつきは。


 会議室を思い返す。


 カード。


 質問。


 止まった場所。


 時間不足。


 それを。


 隠さなかった。


 だから。


 合同確認会が生まれた。


「失敗が歓迎されたというより」


 蓮が言う。


「失敗を共有したことが歓迎されたんじゃないかな」


「どう違うの?」


 美優が聞く。


「失敗そのものが良いわけではない。でも、自分達だけで隠して直そうとせず、全員の問題として持ってきた。だから、ほかの人も参加できた」


「十一組だけで直して、完成版を持ってきたら?」


「また十一組の企画になってたかもしれない」


 なつきが答える。


 合同。


 一緒に作る。


 それは。


 完成したものを配ることではない。


 未完成の途中へ。


 他の人を入れること。


「失敗したまま持ってきてよかった」


 なつきは呟いた。


「恥ずかしかった?」


 春樹が聞く。


「少し。でも、昨日よりは」


「昨日より?」


「自分達だけで全部直さなくていいって思えた」


 春樹も。


 静かに頷いた。


   ◇


 図書室へ向かう途中。


 階段の踊り場。


 外から。


 運動部の声が聞こえる。


 圭達のいる方向。


 今日は。


 姿は見えない。


 だが。


 なつきは。


 会議結果を伝えた時の圭の顔を想像した。


「合同ラボ、決まったって言ったら」


 なつきが口にする。


「圭くん、所長から総所長になるって言いそう」


 美優が笑う。


「絶対言う」


 蓮も。


「名札作る」


 春樹。


「今度は止める?」


 なつきが尋ねる。


「呼び方だけなら」


 春樹は少し考え。


「本人が参加者として話を聞くなら、少し残してもいい」


「圭くんに甘くなった?」


「昨日、保留なら置いていかれないって言ってたから」


 春樹の言葉。


 なつきは。


 少しだけ胸が温かくなる。


 圭の冗談。


 圭の大声。


 それだけではなく。


 言った気持ち。


 春樹は。


 覚えている。


「じゃあ」


 なつきは笑う。


「総所長は保留」


「役職自体が存在しない」


 春樹の返し。


 美優と蓮。


 二人の笑い声。


 階段へ。


 やわらかく響く。


   ◇


 図書室の扉。


 近づく。


 今日。


 なつきの胸の中には。


 昨日とは違う重さがある。


 十一組ラボの失敗。


 会議室へ持っていった。


 勝手に進めたのでは。


 そう言われる可能性。


 実際に。


 基準になりすぎると指摘された。


 少し痛かった。


 それでも。


 手放さなかった。


 カード自体ではない。


 試したから分かったこと。


 保留の人を置いていかないこと。


 分からなかったら止めていいこと。


 それらは。


 合同企画の中へ。


 残り始めている。


 そして。


 次は。


 十一組だけではなく。


 違う学科の生徒達と。


 同じように試す。


 カード方式。


 自由記入。


 おすすめコース。


 どれが正しいか。


 まだ分からない。


 だから。


 比べる。


 試す。


 止まる。


 話す。


「横田さん」


 春樹が。


 図書室の扉へ手を添える。


「箱」


「ある」


「企画書」


「春樹くんが持ってる」


「ある」


「今日の記録」


「ある」


「所長名」


「消えてない」


「なら大丈夫」


 なつきは。


 少しだけ笑った。


「今日は忘れ物なし?」


「図書室を出る時、もう一回」


「まだ入ってないよ」


「先に覚えておく」


「成長だね」


「昨日より」


 扉が開く。


 静かな空気。


 紙と本の匂い。


 カウンターの向こう。


 祐衣が顔を上げる。


 なつきは。


 箱を胸へ抱えたまま。


 一歩。


 中へ入った。


 十一組の失敗は。


 会議室で。


 笑われなかった。


 隠すようにも言われなかった。


 完成させてから来いとも。


 言われなかった。


 むしろ。


 ほかのクラスの失敗と。


 並べられ。


 比べられ。


 次の試し方へ変わった。


 失敗を歓迎されたのではない。


 失敗を。


 みんなの前へ置いたこと。


 そこから。


 一緒に考えようとしたこと。


 それが。


 受け取られた。


 なつきは。


 そのことを。


 まだ上手に言葉へできなかった。


  けれど。


 胸の奥には。


 確かな感触が残っている。


 完成していないものを。


 見せてもいい。


 分からないことを。


 持っていってもいい。


 一人で。


 正解にしてから。


 誰かへ渡さなくてもいい。


 春樹がいる。


 茜がいる。


 圭がいる。


 紅秋がいる。


 十一組のみんながいる。


 そして。


 特進科。


 普通科。


 スポーツ特待。


 違う学科の仲間達も。


 同じ場所で立ち止まり。


 同じように悩み。


 同じように答えを探していた。


 それが。


 なつきには、少しだけ嬉しかった。


「横田さん?」


 図書室の入口で立ち止まったままのなつきを見て、春樹が小さく声を掛ける。


「あ、ごめん」


 なつきは慌てて笑い、図書室へ入った。


 静かな空間。


 夕方の図書室は、人も少ない。


 本棚の間から差し込む西日が、長い影を床へ伸ばしている。


 カウンターでは。


 祐衣が貸出処理を終えたところだった。


「お疲れ様」


 祐衣が微笑む。


「会議、終わった?」


「うん」


「かなり長引いた」


 春樹が苦笑する。


「合同確認会まで決まったから」


「えっ、本当に?」


 祐衣は目を丸くした。


「そこまで進んだの?」


「まだ仮だけどね」


 なつきは箱をカウンターへ置く。


「これが原因」


「箱?」


 祐衣は蓋を見る。


『十一組ラボ 試作一号』


『所長 三浦圭』


『所長制度は存在しない』


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 祐衣は黙ったあと。


「……三浦くんらしいね」


 静かに笑った。


「本人はいないのに存在感だけある」


「会議でも笑われた」


「消していいって言われたけど」


「本人が反対しますって答えた」


「想像できる」


 祐衣は肩を震わせながら笑う。


 図書室らしく。


 声を抑えて。


 でも。


 楽しそうに。


「それで?」


 祐衣はカードへ視線を向ける。


「これは何?」


 なつきは。


 今日の会議で話したことを。


 一つずつ説明した。


 十一組で試したこと。


 失敗したこと。


 共有したこと。


 合同確認会が決まったこと。


 カード方式。


 自由記入方式。


 おすすめコース方式。


 三つを比較すること。


 そして。


「図書委員会にも協力してもらえたらって」


 そう言うと。


 祐衣は少し考え込んだ。


 すぐに答えは出さない。


 その沈黙が。


 祐衣らしかった。


「……発想を整理する場所なら、図書室は向いてると思う」


 やがて。


 ゆっくり口を開く。


「でも、本を読む人の邪魔にはできない」


「うん」


「だから、図書室全部じゃなくて、一角だけなら相談できるかもしれない」


「本当?」


 なつきの表情が明るくなる。


「先生にも相談してみる」


「ありがとう!」


 思わず身を乗り出したなつきへ。


 祐衣は柔らかく笑う。


「まだ決まったわけじゃないよ」


「それでも嬉しい」


 その言葉は。


 素直だった。


 祐衣にも伝わる。


 嬉しかった。


 少しずつ。


 企画が広がっていくことが。


 一人。


 また一人。


 仲間が増えていくことが。


 図書室の静かな空気の中。


 夕日が四人を優しく照らしていた。


 合同企画は。


 まだ始まったばかり。


 答えは。


 誰も知らない。


 だからこそ。


 この未完成な時間が。


 少しずつ。


 かけがえのない思い出へ変わっていくのだった。


 

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