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沼

前髪をピンで留めて、朝、雑に施したメイクを落とした。


「早速。取り掛かりますか」


他人にメイクをされたことのない私は、少しの恥ずかしさに襲われていた。

どんなメイクが合うのか考えているのだろうか。私の顔を霞はじっと見つめる。


「茜ちゃん。肌きれいやね。まつ毛も長いし黒目も大きい。裸眼だよね。羨ましいなぁ。やっぱ小動物って感じ」

「あの〜。恥ずかしいんですけど」

「茜ちゃんってこういうの恥ずかしがるんだ」

「恥ずかしいよ!」

「なんか、こういうこと言われてもノハハンってしてんのかと思った」

「私にだって羞恥心はありますから」


それでもなお、まじまじと霞は見つめ続ける。


「よし決めた!小動物らしさを活かしてやろうか」


霞は慣れた手つきで取り掛かり始めた。


「ちょっと。じっとして」

「ごめんなさい」


真剣な姿が目を閉じていてもひしひしと伝わってくる。


メイクはどんどん進む。


「シェーディングするよ」


摩擦で本当にすり減っているのではないか、と思うくらいにブラシで輪郭を削っていく。


「小動物感を残すのに顔はシュッとさせるの?」

「多少の丸みは残すけど、キュートみ溢れる男の子でもやっぱりシュッとしてた方がいいと思う。これは私の主観」

「そうなのか」


霞の手際が良すぎるからなのか、メイクはあっという間に終盤に差し掛かった。


「最後微調整して...」


いろんな部位をブラシや指で擦られる。


「ちょっと!笑っちゃダメ!」

「だって、こそばゆいんだもん」

「我慢して」


さらに擦られる。


「はい!メイク終わり!」

「もう終わったの!?」

「私、セミプロなんで」

「そこはプロって言わないんだ」

「ちょっと待っててね。かつら持ってくる」


かつらという言葉を聞いて、心が湧いた。

もっとちゃんとコスプレをしている感じが嬉しかった。


私にかつらを被せ、スプレーやワックスなど様々なスタイリング剤で形を整えた。


「私天才かも」

「こりゃ天才だ」


霞も馨もお互いに感嘆し合うので、またさらに心が湧いた。


「茜ちゃん。今の自分見たい?」

「すごく気になる」

「はい。鏡」


少し大きめの手鏡を差し出された。


「え?誰?」


鏡に映っていたのは、自分の顔を見て驚く、可愛い系イケメンだった。


「どう?」

「...ハマるかも」


霞の小さなガッツポーズを馨は目撃した。


「私。イケメンすぎる。私とは思えない」

「衣装着たらもっと入り込めるよ。馨!可愛い系男子に合う服を貸して」

「いいよ!」


奥の部屋から服を持ってきた。

私はあまりの喜ばしさに、人目も気にせずきていた服を脱いだ。


「待て!早まるな!部屋を出るぞ」

「ごめん。嬉しくなっちゃって、歯止めきかなくなってたわ」

「勘弁して」


馨は急いで部屋を出ていった。


「まって。私似合いすぎてない?」

「胸潰した方がいいかも。私の使いな」

「私、あまりないけど」

「あまりでもあるものはあるの」


胸潰しなんて初めて見た。盛るのはよく見るけど。


つけてみるとより男らしさが増した(気がする)。


「どう?パーフェクト男装茜は?イケメン?」

「茜ちゃんやっぱ素質あったね。それを引き出した私もすげぇ」


すごい自画自賛だ。

見つけてしまった新たな自分。この沼にハマっていってしまいそうだ。


「じゃあ早速向かいますか」

「え。この格好で行くの?」

「もちろん」


私は慣れない姿で街を歩かなければならないことに緊張した。


「大丈夫だって。すごくかっこいいから」


霞に励まされ、私は満を辞して外に出た。

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