とんでもない朝の幕開け
「僕たち…全員、この土地に閉じ込められてるみたい。」
甲のその言葉を、要の起き抜けの頭では理解しきれなった。
ただでさえ早朝に見た悪夢で心が疲弊しているのに、立て続けに起こる不測の事態に頭は混乱するばかりだ。
だが、それは応も同じだったようで彼女は自分の片割れの手を掴みながらブンブンと腕を振っていた。
「閉じ込められるって何!?土地って?!この出雲のこと!?」
応の声量は険悪な空気の中にいるイズモや桔梗の方へ聞こえないように配慮はされていたが、彼女の混乱ぶりは目に見えていた。
だが、甲はそんな彼女を落ち着かせるように「うんうん、混乱してるね。はいはい、聞いて聞いて。」と宥める様に応に掴まれたままの手で肩をぽんぽんと優しく叩いていた。
「僕も寝てたから、清照さんや桔梗さん達がいつ頃来たのか分からないんだけど。」
「うん、それで!?」
「清照さん達が、自分達の守地に帰ろうとしたらしいんだよ。」
「え?昨日来たばかりなのに?」
甲の言葉に驚いた要はつい声をあげてしまった。
要は咄嗟に自分の口に手をやり、桔梗の方をチラリと横目で見たがどうやら彼女の耳には届いていなかったようだ。
ホッと胸を撫で下ろす要に、応が声をかけてきた。
「そっか、要ちゃん知らないのか。…清照さん達はね、毎年神在月には1日しかここに来ないの。」
「そうなんだ。」
「そもそも、その1日も仕方なく来てるって、前に桔梗さんが言ってた。本当は清照さんを守地の外に出したくないんだって…でも、挨拶にくるのがしきたりだからって。」
「しきたり…」
「10月ってどこもお祭りとか多いしね。清照さんは自分の守地にある各神社の神様の依代として参るんだよ。すごい数があるから大変みたい。だから直ぐに帰ってしまうの。」
「え、じゃあ今ここにいるのって…本当に帰れないってことなんじゃ?」
要の言葉に双子はうんうんと重なるように頷いた。
「「「そう…なるよね。」」」
そして3人が目を合わせるように一つ頷いた…が、問題は何も解決していないので、応はまた勢いよく甲に詰め寄るのだった。
応の鮮やかなピンク色の髪の毛が要の前を荒れ狂うように舞い上がった。
「もう、甲ちゃん!もっと詳しく教えてってば!」
「いや!だから朝早くに帰れないって清照さんが言い出して、桔梗さんが激怒して、今に至る。」
「なんで帰れないのよ!?」
「閉じ込められたからでしょ。」
「なんで、閉じ込めれられんの?」
「知らないよ。」
「清照さんだけじゃなくて、私達も閉じ込められたってわけ!?」
「さっきも言ったでしょ、李人兄と恩じぃがそれを確かめに行ったんだってば。」
「どこによぉ!?」
「知らない…朝からそのテンション辛いよ、応〜…」
応から矢継ぎ早に問い詰められた甲は、とうとう降参と言うように両手をあげてそのままその手を耳に押し当てた。
それでも彼女は片割れを気にすることなく「ちょっと!甲ちゃん!?応の声ちゃんと聞いでる!?」と彼の腕を掴んでいた。
このままではいつ桔梗から苦言が来るかと要がハラハラしていると、すぐ後ろから急に怒鳴るような声が上がった。
「お前ら五月蝿せぇ!」
「うわぁ!李人!?」
「もう、李人!突然現れんでよ、驚くでしょ!?」
「知らねーよ、こっちは朝から叩き起こされて気分最悪なんだぞ。」
「それは僕も同じだよ。」
要の後ろから急に現れたのは李人だけではなかった。
彼の直ぐ後ろに見慣れた巨体が「よっこらせっと、」と現れたのだ。
その顔を見て、要はホッと息を吐いた。
「恩じぃ、」
「おお、要。おはよう。」
「おはようございます。」
恩地は要を穏やかな目で見ると、そっとその手を要の頭にやった。
彼の手は朝の空気で冷やされていたが、それでも要にはほんのりとした温もりを感じるものだった。
「随分早起きだな?ああ、まあこんだけ大勢来とるからな。起こされてしもたか?」
「え、あ、いや、そんなことは。」
苦笑いを浮かべる要に恩地は小さく笑いかけると、その視線を階段の上へとやった。
「琉宝は…まだ寝とるか?」
「え、あ、うん。多分。」
要の返答に恩地はポリポリと頬をかく仕草を見せた。
「なら起き出す前に、今から朝飯を作ってやりたい所だな。…が、そうもいかんなった。」
「え?」
恩地の視線の先は、いつの間にかイズモや桔梗のいる部屋へと移っていた。
そしてその穏やかな声も少しばかり固くなっている。
「…まずは皆に報告をば、せにゃならん。」
「ほう、こく?」
「ちと、大変なことになっておるでな。」
「…え、」
恩地の言葉に、要の瞳が揺らぐように瞬いた。
それは、何か得体の知れない…恐怖になりきれない不安のようなものが自分の足首を捉えられたかのような感覚があったからだ。
要の中でパズルのピースのようなものがカチリ…カチリと動いていくのがわかった。
でも、なんと言葉にしていいのか分からない。
「とりあえず、恩じぃ!イズモに報告だ!」
自分の冷えた足先を見ていた要は李人の発した言葉にビクリと分かりやすく肩を揺らした。
「おお、そうしよう。皆も来るとええ。これは、皆に関わることだ。」
「「はーい。」」
「・・・。」
しかし、そんな彼女に誰も気づくことなく、皆が視線とその足先をイズモ達の方へと進ませていった。
「イズモ、今戻ったぞ。」
「朝からまじで疲れた〜…」
李人や恩地達を鋭い視線で見つめる桔梗を、皆は気にすることなくその横を通り抜けると次々に腰を下ろしていく。
イズモと桔梗が向かい合う中で、イズモの右隣に座ったのが李人と恩地だった。
そして彼らに向かい合うように座ったのが双子と要だった。
要はなんだかこの部屋の空気に萎縮してしまい、双子の影に隠れるような形だった。
イズモは、自身の体を少しだけ右向きに傾けると浅く礼をした。
それは恩地や李人に向けたものだった。
「恩じぃも李人も朝早くからありがとうございました。…それで、状況は?」
イズモの言葉に、まずは恩地が返答した。
「とりあえず、まずは清照が足止めをくった場所さ李人に飛んでもらった。後は南の岡山、西の山口に行っとった。」
「そんなに!?」
「おぅ、マジで死にかけた。神在月じゃなかったら、こんなに飛べるかよ。」
応の驚く声に李人はうんざり顔で呟いていたが、そんなことどうでも良いように声を上げたのは桔梗だった。
「それで、いかような事になっていたのです?」
彼女の鋭い声とその視線に、要はまるで自分が責められているような感覚になり、自然と肩を萎めてしまっていた。
しかし、誰もが桔梗と同じ考えを持っていたのだ。
皆が李人や恩地に視線を集めていく。
返答したのは恩地だった。
彼は深い息を吐きながらこう言った。
「…清照の言うとおり、ワシらもこの中国地方からは出れんかった。」
「なっ!?」
「どういうこと、李人!」
「分かんねぇよ…でもいつもの俺ら自身の守地の中にいる感覚と同じだ。多分、いま俺らがここにいれるのは神在月だからだ。でも、外は普段の守地の外と同じ感覚なんだよ。多分一歩でも外に出たら、俺らみんな倒れるぜ。」
「そ、そんな。」
「本当なの?」
「どうして?」
「いや、だから俺には分から、」
要、応、甲からの立て続けの言葉に、李人がゲンナリと返答しようとした時だった。
「この責任どうおとりするつもりですか!?イズモさんッ!!」
「桔梗さん、」
「皆が皆、あなたに呼び出されたからこそ参ったというのに!あなたも、誰も原因が分からないど…そんなことありましょうか!?聞いて呆れます!」
これまで静かに話を聞いていた桔梗が荒げるように声を上げたのだ。
彼女の睨みつけるような瞳と、責め立てるような言葉を受けたイズモは咄嗟には言葉を紡ぐことができなかった。
「うわ、五月蝿せーのがいたわ…。」
桔梗がイズモの方を向いていることを良いことに、ボソリと本音を溢す李人に対し、応は「ちょ、李人、怒られるよ!」とすぐさま釘を刺したのだが、彼はどこ吹く風のように親指で桔梗を指して言った。
「もう、噴火してらぁ。」
李人の言葉通り、桔梗は怒りを露わにしたままイズモに向かって攻める口調でジリジリとその身を前に進めていた。
「このまま、ここにお姫様を閉じこめておくおつもりか!?守り地にも戻れず、神在月が終われば…お姫様はどうなるのです!?ただではすみますまい!日本を揺るがすほどの…取り返しのつかない甚大なことになりますぞ!」
桔梗の言葉に、要を含めたこの場にいる全員が息を呑むのが分かった。
双子の後ろにいた要は、自分の心臓の脈がどんどんと速くなっていくのが分かった。
重く、苦しい、嫌な空気が部屋の中を支配していくのが肌で感じていた。
その中でイズモの声は救いのようでもあったが…
「桔梗さん、まずは事の原因を究明しないと…」
「原因は誰にも分からぬと言ったばかりではないですか!?」
「そうですが…、」
それを裂くように声を荒げる桔梗の声に、要だけでなく、応や甲も段々と暗く俯いていった。
桔梗は自分の求める答えを誰も提示しないことを察したのか、その場でスッと立ち上がると部屋の出入り口の方へと体の向きを変えた。
「こんなこと、ここで話しても埒があきませぬ。急ぎ政府に報告せねば!」
「待ってください!」
必死で桔梗を止めに入ったイズモの言葉に、その場に立ち上がった桔梗は彼を見下ろす形となった。
桔梗の目には怒りしか映っていなかった。
「なぜ、待たねばならぬのです?事は一刻を争うのですよ!?本当ならば今頃、守地に戻っているころであったのに!いや、そんなことよりも」
桔梗の責め立てる荒々しい声に怯えていた要が、握り締める自分の手を見つめるしかなかった時だった。
耳の端で「お姫様!お待ちください!」と言う声が聞こえたのだ。
「え?」と思い、顔を上げた時にはすでに桔梗の前には清照が向き合うように立っていた。
扉の入り口には焦るように刀を所持していた従者が二人、肩で息をしていた。
彼女は小さく「騒がしい…」とだけ言うと、一瞬…瞬きの間だけイズモを見た。
「お姫様…!」
桔梗はその場で急ぎ膝をつき清照に向かって一礼したのが要からも見えた。
「清照、」
自身の名前を呼ばれた清照はイズモの言葉を待たず、桔梗向けて口を開いた。
「桔梗、大蛇と話した。」
「な、」
その瞬間、桔梗の表情が固くなるのが見てとれた。
しかしそんなこと気にするそぶりもなく、清照は淡々と言葉を紡いでいく。
「…さしあたって、今は急ぎ私の代わりが必要となろう…。」
「か、変わりなど!」
清照の言葉に「とんでもない!」と言うように眉間に皺を寄せた桔梗だったが、清照はどこまでも涼しい口調で返事を返した。
可笑しなことに、要にはどうしてか清照が笑っているように見えたのだ。
それは自分がよくしていた、あの悲しげに笑う口元をしていたからだった。
「いるだろう。代わりなど…幾らでも。」
「お姫様!」
「二度、同じ言葉は言わぬ。屋敷に私の代わりを立て事を為すように伝えよ。」
「…」
グッと奥歯を噛み締める桔梗に、視線さえも向けようとしない清照はそのまま彼女の名前だけを口にする。
しかし、その声にはなんの温度も感じられなかった。
「桔梗」
名前を呼ばれた桔梗は、まるで痛みを覚えたかのようにキツく目を閉じると、その首を下げた。
「…しょ、承知つかまつりましてございます…。」
要にはそれが項垂れたかのように見えて、小さく息を呑んだ。
しかし清照の言葉は続きがあったようだ。
彼女は淡々と、感情を乗せないままに指示を出していく。
「桔梗、そなたも急ぎ守地へと行け」
今度こそ、桔梗の目から動揺の色が隠せなくなった。
桔梗は揺れる視線を清照の方へと向けた。
「わ…私が、お姫様の側を離れるなど…」
しかし、やはりそれを止めたのも清照自身だった。
「人神の神事を取り仕切る者、今はお前が筆頭だろう。桔梗…己が立場を考え事を進めよ。」
「立場」と言う言葉で、桔梗の肩が僅かに揺れたのに気づいたのは、図らずもずっと彼女達を見てきたイズモだけだった。
今度こそ、桔梗は覚悟を決めたのだろう、スッと背を伸ばすと清照に向かって返事を返した。
「はい、お姫様。」
「ならば、私からは終いだ。」
「はい。」
その言葉を皮切りに、清照にもう一度だけ深く礼をした桔梗は部屋の入り口でこちらの様子を伺っていた男女二人を視界に入れると、厳しく声をかけた。
「右京、左京これえ!」
「「はっ!」」
腰に帯刀していた二人は、しかし慣れた様子で足音も立てずに桔梗の前で膝をついた。
要は応達の背中から右京と左京をマジマジと見たのだが、二人の目元がどこか桔梗に似ていることに気づいた。
もしかしたら身内なのだろうか…と思っていると、桔梗は右京たちに空気を張るような声で話し始めた。
「右京、左京。私は守地に戻り指揮を取らねばならぬ。そして、ここからの護衛はお前達2人に任せることとなる。良いな?」
「「御意!」」
「お姫様から片時も離れることのないように。…忘れぬな。失態は許されぬぞ…。」
「「この命代えましても!」」
ザッと頭を下げる右京達を見て、李人は小さく「怖ぇ…戦国時代かよ。」と小さく漏らし、恩地からお口チャックのジェスチャーをされていた。
桔梗は、最後にもう一度だけ清照の方へと手を添えて頭を下げ深く礼をすると、まるで祈りを捧げるように深く声を出した。
「…お姫様、それでは桔梗は参ります。お側を離れます事お許しくださいませ。」
「許す」
「はっ。」
清照は、やはり感情をのせない瞳で桔梗の結い上げられた白髪の混じった髪を見ながら静かに返答するに留めたのだった。
要にとって目の前で起こったことが、どこか異質なやり取りに見えて落ち着かなかった。
桔梗は見送りをしようとしたイズモに「不要です。」とだけ言うと足早にこの屋敷から出ていったようだ。
急にがらんと静かになった室内で、中央にいる清照にみんなの視線が集まった。
誰もがどう彼女に声をかけるべきかあぐねていた時、そっと彼女の傍に寄ったのはイズモだった。
「清照、」
イズモの声に、清照はゆっくりと身体ごと彼の方を振り返った。
彼女は視線をイズモに渡したままで、右京達に言葉を投げた。
「2人とも…さがれ」
「「し、しかし、お姫様!」」
右京達の背後に桔梗の睨みを効かした表情が見えたが、それよりも逆らえないものが目の前にあった。
「…2度同じ事を言わせる気か」
「「申し訳ございません!」」
二人は頭を勢いよく下げると、部屋の入り口にまで下がっていった。
「弱ッ!」「鬼弱!」とツッコミを入れる李人や応達に右京達は番犬のように睨み唸っていたが、李人達も負けじと舌を出して応戦していた。
そんな中でもやはり要の視線の先には清照がいて、イズモと並ぶ彼女から目が離せなかった。
清照の薄く開いた唇から紡がれる言葉…いや、音の葉と言うべきか。
どこまでも澄み切ったその声色は人に多幸感をもたらすと同時に絶望までも与えるようだった。
その清照に正面から見つめられたイズモは、まっすぐに彼女の瞳から目を逸らすことなく凛と背をただし向き合っている。
まだ清照から多くは畏怖しか感じられない要にとって、イズモのその清照を見つめる眼差しには何か二人にしか分からない、絆…繋がりがあるような気がしたのだ。
それは、彼の名を呼ぶ声からも伝わってくる。
「イズモ、」
「はい。」
清照の瞼が一瞬だけ、ふるりと揺れたのを知っているのは、きっとイズモと要だけ。
「此度の騒動、早急に解明せねばならぬ。…世界に、気づかれぬうちに。」
「ええ…。」
「たとえ気づかれぬこととなろうとも…新しい月を跨ぐ前に、この日の本が崩れ落ちてしまう。そなたの守地と…我が守地の他は…」
ー え、なんで清照さんが収める守地も助かるの?
このまま清照さんも閉じ込められたままなら、その守地にだって影響が出るはずじゃ…?
要がそう思った時、ふとつい先ほどの清照と桔梗とのやりとりが思い出された。
『 いるだろう。代わりなど…幾らでも。 』
『 お姫様! 』
ー あれ、そういえば清照さん…自分には代わりはいるって言ってた?
あれはどういう意味なの?
要がそんなことを思っている間も清照はまるで先を読むかのように、陽の高くなり始めた空の方へと視線を移していた。
「災いが起こる前に事を急がねば。」
「清照…」
「期限は神在月の間。」
清照のその言葉に、皆が一様に息を呑むのが要には分かった。
自分の震える手を、同じく震える手で押さえつけていた。
そんな時、要の前で座っていた応が急に立ち上がろうとしたのが、彼女の長い髪の揺れで分かった。
応がここに来て清照に話しかけるのを、要は初めて見たし、隣で座っている甲も驚いた顔をしていた。
「げ、原因は分からないの!?…あ、あの、清照さん…」
最初こそ勢いのついた大声だったが、次第に尻すぼみになっていく応の声。
彼女は清照の名前を言いながらその場にしゃがみ込むと、まるで甲を盾にするように顔を彼の背中に隠した。
応のその一連の流れを清照は表情を変えることなく静かに見ていた。
呆れた表情をしたのは甲で、ビビる片割れのつむじを見ながら声をかけていた。
「自分で聞いといて何隠れてんのさ、応?」
「ご、怖いよ…圧が…」
「はぁ?」
応の言葉に李人が「何言ってんだ、お前?」と言うと、応は甲の背中越しに李人をキっとキツく睨んだ。
二人の口喧嘩が始まると要が慌てたその時、清照の言葉が二人の間に落ちた。
「…原因は我にも分からぬ。」
まさか、そんなすんなりと清照から返事を貰えると思っていなかった応は目を見開いたまま「そ、そうですか。」と素直に頷いた。
応と清照のやりとりを目にした李人や甲が清照の方へと視線を向けた時、イズモがまた彼女の名前を口にした。
それは、かけがえのない大事なものを失わないための慎重なやりとりをする時に出る彼の声なのだと、要は後になって知った。
「…清照、」
「なんだ」
「この問題が解決できるまで…どうか、こちらで過ごしては頂けませんか?」
イズモの突然の提案に、どの人神も声を出さなかった。
いや、出せなかったのかもしれない。
とりあえず要や李人、応と甲は人生で1番大きく目を開いてイズモと清照の二人を交互に見ていた。
イズモの言葉に釘を刺したのは、鬼軍曹である桔梗から清照のことを任された右京達だった。
彼らはすぐに応達を押し退けて清照の元へと駆け寄る体制に入っていた。
「イズモ様!その提案には賛成しかねまする!!誰の同意があって、」
右京の怒りを含む声を、清照の鋭い視線が遮った。
「 口を挟むな 」
「はっ、…も、申し訳…ございません。」
畏怖なのか、権力なのか…何かに負けた2人。
自分たちの意見が通らなかった右京達は、要が可哀想になる位しょんぼりと肩を落としていた。
応達はそれでも気にすることなく「ドンマイ!」とか「やっぱ劇弱じゃない?」と言い涙目の右京達に睨まれていた。
イズモは、右京達を諌めた清照の姿を見て、僅かばかりだが肩に入っていた力を落とした。
「清照、貴方の部屋は…まだあのまま置いてます。」
「…そうか。」
「はい。」
清照がイズモの言葉で、何を感じ何を思い返したのかは誰にも分からなかったが、彼女はそっと目を閉じた。
その仕草だけでも、要には息を呑むほど美しいと感じたのだ。
部屋の中に差し込んだ朝日に照らされた彼女のまつ毛は、その髪同様にキラキラと淡い光に照らされていた。
清照は目を閉じたまま、イズモに問うた。
「イズモ、…雪は息災か?」
その言葉を聞いて、イズモから安堵の息が漏れた。
彼は目元を緩めると、一つ頷いた。
「ええ、呼びますか?」
「後でいい。…イズモ、」
「はい。」
清照は彼の名前を呼ぶと視線をイズモの方へと真っ直ぐに戻した。
「しばしの間…ここに身をおく事にする。」
「「「「 え!? 」」」」
「お姫様!」
誰も予想していなかった清照の言葉に、イズモと恩地以外の人たちの驚きの声が上がった。
右京や左京は今度こそ、応達を押し退け清照の側まで駆け寄るとその場で首をブンブンと横に振った。
彼らの背後には、般若顔の桔梗から恐ろしい毒息を吐かれているのが誰の目にも見えた。
見たくなくても見えた。
なのに、なのに、なのに!
「他言無用にせよ。桔梗にもだ。」
「……」
神様って…いや、人神って残酷ですね。
まじで、うちの桔梗様の恐ろしさご存知ないんですか?
いや、お姫様もご存知の筈ですよ?
そんな右京達の心の声が聞こえそうなほど、彼らの顔からは血の気がどんどん失われていく。
それでも、己が支える主人には返事を返さなければならない。
右京達は生きてきた中で1番、奥歯を噛み締めながら是と口にしたのだった。
「…わ、わかりました。」
「なんか、あいつら可哀想じゃねぇ?」
李人の素直な言葉に、即座に恩地はまたお口チャックの姿をしたのだった。




