鏡中の闇より出たるは闇色の呪怨
そして、ある地の、ある場所でー、
唯一分かるのは、どこか洞穴のような鬱蒼とした場所ということだけ。
岩肌から滴り落ちるピチャリー、ピチャリー、と水滴の跳ねる音がすぐ足元で聞こえる。
そしてその音は、不気味なまでに静かで暗い闇夜の奥へと誘う様に反響していた。
湿気を帯びた洞の中は、しかし嫌に冷気を帯びていて外気との温度の差のせいだろうか纏わりつくような霧が立ち込めている。
そんな霧の中、一つの人影が揺らぐ。
その人影はまるで洞の中を熟知しているかのように、迷わず一点を目指して奥の方へと歩みを進めていた。
「ハァ…っ、ハァ…っ、ふ、」
その影が奥へ奥へと進むと同時に、ずりずりと何か重たいものが引き摺られる音が洞穴に響いていた。
そして人影が、洞穴の奥…光も届かなくなった場所まで辿り着いた時、その先に見えたのは鈍い小さな光。
目を凝らして見てみれば、それは丸い鏡だった。
ひび割れた台に置かれたその鏡は、信じ難いことに漆黒の色に染まっていた。
そして、その鏡が置かれているのは木の板や柱を組み合わせた大きめの八足台…これは一見すると祭壇にも見えるが…。
しかも鏡の前の一段低い棚の上には、欠けた徳利や榊立て、苔が生し汚れた白皿が粗末に置かれているではないか。
「…、ククク…」
ぞんざいな扱いが目に取れるこの異様な祭壇であるのに、上段にあるその鏡だけが黒々と漆塗りの様に光っているのが異様に目につく。
割れた陶器の蝋燭立てが足元に転がるのを目にしたのだろう…、人影はゆらりと動くと祭壇の横にある廃材…元は前に置かれた祭壇の名残に火を放った。
パチパチという音と共に鈍く燃える火の光に照らされて、漆黒の鏡はさらに不気味さを増していった。
人影はドサリという音と共に祭壇の前に何やら投げ捨てると、今度は所々黒い染みが目立つ棚上に拳を叩きつけた。
なんとその拳に握られていたのは、生きたままの黒蛇。
蛇は自分の体を掴むその影に向かって「シャーァッ!!!」と威嚇を込めて口を開いたのだが、その瞬間蛇の脳天には太く錆びついた五寸釘が打ち込められてしまった。
ピクッ、ピクッと震える蛇の体から溢れ出たのは赤い血潮。
それが、黒蛇の体を伝いゆっくりと尾の方へ滴り落ちていく。
奇妙なことに、黒蛇の長い尾からその血が雫のようにこぼれ落ちた時…なんと血液の色が鈍い鉄紺の色を成していた。
それは、まさに呪われた血となっていたのだった。
そしてその血がこぼれ落ち先にあったものは…
すでに生き絶えた…若い雄鹿の屍体だった。
祭壇前に投げ捨てられたのはコレだったのだ。
雄鹿のもう正気も感じさせない虚を捉えた瞳もまた、どんどんと鉄紺の色へと飲まれていった。
呪いの力が増幅していくのを感じとった影は口元を嬉しそうに歪ませると、最後に鏡の前にあるものを置いて一言だけこう言ったのだ。
「災いは…、全てカナメに…。ウエサカ、カナメへと向かえへ…。」
呪いを創り出した祭壇が、大きく燃え広がる炎に照らされていく。
最後に闇の鏡が映し出したもの…それは…白と朱色で編み上げた水引の腕輪だった。




