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みんな素直で不器用で愛しくて笑っちゃう。


皆の耳に、また滝の音が戻ってきたころ、甲は話の続きを語りだした。


要はそっと、気づかれぬように、俯きながら自分の頬を伝う涙を手で拭った。

もちろん甲だけでなく、李人やイズモにもその姿は見えていたけれど、皆それに触れることはしなかった。


甲は、自分が要と同様に国の重要人と面会したことや、その後の生活の話を口にした。


国の偉い人が言ったことは、幼い甲には難しいことだらけだった。

ただ分かったことは2つ。

自分に何かあると、応にも影響してしまうこと。

そして、二人になにかあるときは、多くの人を傷つけてしまうこと。


【怖い】…初めて、自分のことをそう思った。


話を聞いた時、甲は父や祖母や集落の人たちの目を思い出した。

自分たちを見るあの目には、そういった意味があったのだと初めて気づいた。

自分たちの存在と「災い」が結びつく意味を知った片割れは、今の自分と同じ気持ちでいるのだろうかと心配になった。


自分たちの存在は…あまりにも、大きなものだったのだ。

だから、自分の意思とは関係なく扱われても異論しようなど考えようともしなかった。


「当たり前だけど、応と僕は厳重に隔離された。皆みたいに縁のある場所とか神社とかじゃなくて、衣食住を細かく管理された場所で別々にね。そこは、家の蔵と違って明るいし、湿気とか寒さもなくて…ネズミにも怯えなくていいし。本当に快適な生活だったと思う。」


そこには、自分たちを災い扱いした人間もいなかった。

それでも、やはり自分を推し量ろうとする人間は、子供の甲でも分かってしまう。


施設に入った最初のころ、周りの大人が怖くて仕方なかった自分は、分かりやすく警戒心を丸出しにしていた。

でも、綺麗なお風呂に入れられ、清潔な服を着て、出来立てのご飯を食べた時、「きっと今頃、応もこの生活ができているんだ。」と心から安心した。

このまま…こうやって生活していれば、すべてが上手くいくのだと、そう思っていた。



「でもね、どんなにお腹いっぱいになっても、暖かい布団で寝れても…人って、心の辛さには叶わないだよね。僕は1人が好きだけど…、それでも長い間1人ぼっちになると心がおかしくなるんだ。」



要は甲の言葉を聞いて、高知での生活を思い出した。

要は幼い甲と応のことを思い、きゅっと強く握りしめた手にさらに力を込めた。

甲は、要を見てそして障子の方へと目を向けた。


あらゆる危険から守るように外部の人間とは隔離された、あの、なにもない白い建物の部屋の中で、自分が眺めていたのは…窓から見える大きな空だった。

「帰りたい。」とつぶやいて、すぐに「どこに?」と自分に問い直した日々。

そんな毎日を送った幼いころの自分は、気づけばどこか他人事のように…いや、心が無いように日々を過ごしていた。



「1人は楽だよ。他人の事気にしなくて良いし、ご飯だって好きな時に好きな物食べれるし、生活音とか衛生面とか関係ない・・・本当の自由だよ。」


「だけど…だけど、多分1人が楽なのって、嫌いな奴とか気を使う奴と関わりたくないだけなんだよ。」


「居心地の良い人や好きな人と離れると、気づかない内に弱っていっちゃうんだよね。」


「それは…まあ、夜眠れなくなって、初めて気づいたんだけどね。」



施設に移って半年もしないうちに眠れなくなった自分は、元から細かった食欲もなくなってしまい、起き上がるのも辛くなってベッドの上でだるそうに眠っていた。

少しでも栄養や水分を取るようにと、腕には点滴が繋がれている。

自分が人神である限り、寿命が来ない限り死ぬことも許されない。

自分の意思とは関係なく生かされている自分は、やはりどこか実感のない存在に思えた。

施設の中に勉強する部屋や運動するする部屋、遊び場だってあったのに、どこにいても心が落ち着くことはなかった。

 ベッドの上で、ぼんやりと窓の外を見ていたら、急に頬に違和感が起きたから、なんだろうと思って手をやるとそこが濡れていて…そこで自分が無意識のうちに泣いていたのだと初めて気づいた。


ああ、壊れてしまう。…そう思った。



「そんな時にね、イズ兄から手紙が届いたんだ。」



そう言いながら頬をかいた甲は、イズモの方へと視線を移した。

イズモは口元に笑みを浮かべて、優しい目で甲を見ていた。



『中国地方の人神様より、甲さんへ招待状だそうです。』


『しょう、たいじょう?』



甲はその小さい手で白い大きな封筒を手にすると不思議そうに頭を傾げる。

中を開けてみると、手紙と緑の水引が綺麗に編み込まれたバングルが手の中に転がってきた。

手紙に書かれた「イズモ」という名前にはもちろん覚えがない。

初めて聞いた名前だ。


でも、手紙には自分と、そして応を心配するような言葉が書かれていた。

そして応と一緒に島根県に招待したいと書いてあった。

甲はそれを読んですぐさま、「応にまた会えるんだ!」と思った。

ただ、やはり双子を施設から出すこと…ましてや守地から出すことは一筋縄ではいかないらしく、多くの話し合いが行われたようだ。


ただ、甲の「応に会えるなら頑張る」と言って食事をとろうとする仕草を見せたことが大きかったのか、それともイズモや恩地の口添えがあったせいなのかは分からないが、なんとか2人の島根行きの話は進んでいった。


 イズモの手紙には、バングルを付けておけば10月の間だけは守地を離れられると書いてあったけれど、当日は怖くて怖くて堪らなかった。


でも、そんなこと応の顔を見たら、どうでも良くなった。

応が「甲ちゃん!」と叫びながら抱きしめてくるのを、甲は泣きながら受け止めた。

甲だけでなく、応も丸かった頬が細くなっていた。



「僕らが初めてイズ兄に神在月に招いて貰った時、気づいたんだ・・・大切な人と離れた時の苦しみを。応は僕の顔を見てわんわん泣いてた。僕も応のあの小さな手をずっと離せなかった。」


「ご飯もね…施設では刃物とか絶対触らせてくれないから、自分が料理できることに感動したよ。自分達にはいろんな可能性を持っているんだって知れた事が、僕には堪らなく感動したんだ。」



『応も甲も、なまら呑み込みが早ぇなぁ!』

『応、初めて料理した!』

『ぼ、僕も…』

『まあ、俺の方がもっと作れるけどな!』

『イズモさん、用意が整いましたよ。』

『じゃあ、みんなでご飯食べましょうか。』



どんな料理だって、あの時食べた料理の味には叶わないだろう。

応の作った目玉焼きは黄身がつぶれていたけれど、そんなこと気にならなかった。

二人とも、李人やイズモや恩地や…そして前の九州地方を守っていた人神に甘えて1カ月を過ごした。

皆が、二人の話に耳を傾け、二人のしたいことを決めさせてくれて、そして挑戦させてくれた。

街に行って二人だけでお菓子を買うとか、そんななんでもないことだ。

それでも、甲は今でもあの頃の思い出を忘れられずにいる。



「だからね、要さん。僕らは今はとっても…とは言えないけど、それでも幸せの中にいるよ。もっともっと望んで良いとイズ兄は言ってくれるけど。僕の幸せは、僕の幸せを自分で決めれることだから。」



中学にあがってから、用意されていた施設は出ることにした。

学校にも歩いて通っている。

今住んでいるところは、セキュリティーのしっかりと管理されたマンションだ。

当たり前のようにお隣さんはいないし、どう見ても警備員が多くて窮屈さはある。

外出するときも、ああ、これ完全に見張られてるなと思うこともある。

それでも、甲は自分で起きて、勉強しに学校へ向かい、休みの日は好きな場所へ遊びに行っている。

学校では同級生と何でもないことを話すし、ご飯もできるだけ自炊して、相談したいことはイズモや恩地、時々李人にも連絡している。

そして、ほぼ毎日応からの笑顔や大声をスマホから摂取している。

静かさを求める自分には、それがたまに本気でウザいこともあるけれど、それでも片割れが元気でいてくれるだけで自然と夜眠れるから…まあ、良しとしよう。



「だから他人に、自分の不幸も幸せも勝手に決められたくないんだ。伝わった?」


「うん…私も、同じ気持ちな所あったよ…」


「そう…」


「とりあえず、僕からの話はこれで終わり。……応に、普通に接してね。」


「…うん。甲くんにも気をつけるからね!」



そう言って、努めて明るい雰囲気を作ろうとする要に、甲は「優しくて、めちゃくちゃ不器用な人だな。」と思った。


ー 言った傍から、気を使っちゃってるよ、この人は。


甲はこの新しい人神を存外嫌いになれないなと思った。

だからつい、意地悪心がでてきてしまった。



「気をつけるって言った時点でね…要さんらしい。」



そう言うと要は「う、ごめん。」と分かりやすくたじろいだが、すぐさま李人から突っ込みが入った。



「甲、お前それは捻くれMAXだぞ。」



李人の後ろで、イズモも静かに頷いていた。

なので甲は頭を下げて要より背の高い体を小さくした。



「ごめんなさい。」  

「たちまち素直。」

「恩じぃとイズ兄の教えだよ。」



そう言うと、イズモの後ろに後光がさしたように見えたが、すぐさま李人から「そこにおれも加えとけ」と言われたので、甲は分かりやすくため息をついた。



「定員オーバーです。次のご乗車お待ちしております。」


「あ!?なんだよそれ?」



李人の突っ込みに要がつい笑ってしまうと、李人は「笑ってんじゃーぞ、要!」と分かりやすく怒って向かってきたので、要は甲と一緒に障子の近くまで駆け足で逃げていた。

この時ばかりは部屋の広さに感謝したが、突然要たちの足元からニョキニョキと木が生えてきたので驚いた。



「き、樹が生えた!!!」


「うるせえよ、要。」



苔も生えれば、木も生えるって…本当にここはどうなってんだと要が思っていると甲は何でもないように「あっ、応が来たね」と言う。

要が不思議そうに「そうなの?」と言うと、甲は「うん。」と頷く。



「応はね、木の上で寝るのが好きなんだよ。苔もおすすめしてるんだけどね。」



好きなものが現われるということかな?と要が頭を傾げていると、廊下に続く襖が控えめに開いて、そこから本当に応が入ってきた。



「甲ちゃん…。」


「ご飯できた?」


「…うん、みんなを呼びに来たよ。」


「ありがとうございます、応。」


「お前、皿とか割ってないだろうな?」


「わ、割るわけないでしょ!?」



李人が応にちょっかいをかけている間も、応は要の方をチラチラと様子を伺っているのが見てとれた。

彼女は甲から自分たちの話を聞いた要が、自分に対してよそよそしくするんじゃないかと恐れているんだと甲には分かっていた。


ー さあ、要さん。応になんて声をかけるのかな?


甲が見つめる中で、要はさっそく彼女の方へと近づいていく。



「応ちゃん、」


「か、要ちゃん、」



要の背中には「普通に接しないと!」とありあり書かれていて、甲は「うーん…意識させすぎちゃったな…。」と反省した。

それでもイズモに習って、自分の片割れと、新しい人神の会話を見守ることにした。

お互いが、ガチガチに緊張した中で、要が応にゆっくりと言葉を紡いだ。


「私ね、」


「うん、」


「お料理全然できないの!」


「え?」



目を開けてぽかんとする応の後ろで、李人は素早く「見りゃわかる」と言ったが、それよりも俊敏にイズモが李人の首を腕でキュっとホールドして「ちょっと黙りましょうか、李人。」と微笑んで止めた。

甲が「流石、いず兄。」と拍手している間にも、要は懸命に応に向き合っていた。



「だ、だからね!応ちゃん達にお料理とか教えて貰いたくて!…あと、これは応ちゃんにしかお願いできないことなんだけど…」


「な、何、要ちゃん?」


「洋服…。私ずっと入院してたから、どんなのが流行ってるかとか分からなくて。応ちゃんに教えて貰いたいんだ!」


「・・・駄目かな?」と、伺うように応を見つめる要。

要の方が年上なのだが、応の心には何かとてつもなく愛しさの矢のようなものがギューンと刺さった感覚になった。

応はブンブンと頭を振ると、要の両手を自分の手で包み込んだ。



「駄目じゃないよ!全然良いよ!というか、今来てるその服も、実はそれ私のなんだよ!」


「え!?そうだったの!?」


「イズ兄から連絡あって、要ちゃんにも着て欲しかったから大丈夫って伝えてたんだよ!」


「クローゼットのって、」


「全部私のだよ!」


「えー!凄い!」



「でしょー!」と笑う応を見て、甲もいつの間にか口元に笑みを浮かべていた。

イズモの方を見れば、彼も嬉しそうにこちらを見て「良かったですね。」と小声で伝えてきてくれる。



「ご飯食べたら、一緒に着せ替えごっこしようよ!琉宝ちゃんも呼んでさ!」


「したいしたい!」



甲たちを他所に応と要は楽しそうに話していたが、ふいに応がこちらを見て「可愛いワンピ手に入れたからイズ兄も見てね!あっ、甲ちゃんもだよ!」とあんまりに幸せそうに笑うので、元来人見知りで騒がしいのが苦手な甲も仕方なく返事を返した。



「ハイハイ…」


「お前のコーデ、ジャンルがバラバラ過ぎてついてけねぇわ。」


「さしねじゃ!なんでもチャレンジする事からオシャレは始まるの!足が長いだけの李人には永遠に分からないよ!」


「なんだと!こら!」


「因みに、さしねはうるさいって意味だよ、要さん。」


「甲君、いつもありがとう。でも、今は応ちゃん達を落ち着かせないと。ヤバいよ、あの2人。」


「そうだね、ハハハハ。」



ー 甲君が笑った。



「…なに、要さん?」


「な、なんでもないよ!」



要が甲の笑った顔に意表を突かれていると、イズモが軽く手を叩いた。

彼が「はい。では、早速ご飯にしましょうか。」と言うと、まるで揃えたように皆がイズモを見て「はーい!」と言うので、要はおかしくなって笑ってしまったのだった。



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