人神ってやつは…
「それでは、要さんはこちらにお座りください。」
「はい…ありがとうございます。」
イズモに促され、彼の前に腰を下ろした要は、正面に座る他の人神に気づかれないように、そっと小く息を吐いた。
座布団の上で正座し、2、3度足を動かして座りの良い場所を探る。
その間にも、要は清照やオロチのことが頭から離れなかった。
正直、先程自身の身に起こったことがまだ信じられないが、それでも逃げてはいけないのだと己に言い聞かせて、膝の上に乗せた自身の手にぐっと力をこめた。
イズモは顔を強張らせる要に気を遣って何かと声をかけた。
「要さん、お茶はいかがですか?」
「あっ、どうも、」
「お菓子もありますよ?」
「あっ、あの、イズモさん…」
「はい?」
「本当に、私もう、大丈夫ですので…」
「…本当ですか?」
イズモは清照達が邂逅の間から去った後で、要に対して丁寧に頭を下げていた。
彼は戸惑う要に「邂逅の間に怯えるあなたを見て、僕の中で当たり前のことを誰もが受け止めると思っていけないんだと身に沁みました。清照は緩慢と言いましたが、それでもあなたの嫌がることはしたくないのです。」と言ってくれた。
イズモは要の成長に対して厳しいが喜んでくれる。
要の好物を知っただけで食事に盛り込んでくれる人だ。
そんな人が自身のために…要の知りたいという申し出にここまで場を設けてくれたのだ。
ー イズモさんの言葉は嬉しい。でも、清照さんの言葉も私の中で引っかかっているのなら…それは図星なんだわ…ちゃんと、今度こそ向き合わないと!
要は背を正し、イズモの目をちゃんと真っ直ぐ見つめて頭を下げた。
「はい、お願いします。私に、人神のことを教えてください。」
要の小さな肩を見てイズモは少しだけ眉を顰めたが、小く頷くと自分も真っ直ぐに背を正した。
彼の凛とした空気が、要達のいる部屋中に張り詰めていく。
「…分かりました。では、お話ししましょう。」
イズモは「僕らが把握する範囲ではありますが…」と言うと続けて言葉を紡いでいく。
「以前もお話ししたことではありますが、人神という存在が文献…書物に明確に書き残されているのは江戸時代からです。しかし僕の考えでは、それよりも古い時代から人神がいたのではないかと考えています。それこそ人神という名前以外で存在していてもおかしくは無いはずです。」
「はい。」
「この日の本の国にいる人神は、上から北海道を収めるもの…東北地方を収めるもの…中部地方を収めるもの…関東地方を収めるもの…中国地方を収めるもの…九州地方を収めるもの…要さんが守り地とする四国地方があり……清照が収める近畿地方を収めるもので成り立っています。」
イズモの言葉に、要はすぐさま反応した。
「それは、人神が実は8人いる…ということですか?私は7人と聞いていたんですが。」
この質問は、清照という存在が現れて要が1番驚き、聞きたかったことだった。
しかし、イズモは眉を少しばかり寄せるとチラリと応達を見て言いづらそうに言葉を濁した。
「それは…、後で話します。」
「え、」
「すみません。それに関しては少し複雑なんです。」
「はぁ…?」
「後でちゃんと説明しますので。」と言ってイズモはまた説明を続けていく。
要がチラリと応や甲を見ると、彼らは珍しく静かにぼぉっと畳の目を数えている様でもあった。
「そして人神の性質は、文献や僕達のように生きた者からの証言を合わせると、いくつかの大きな特徴があります。」
「性質?」
「まず1つ目ー、人神になる人間には生まれてきて7歳までに神の使いが現れる。」
要がイズモの言葉を聞いてすぐに思い出したのは応の言葉だった。
『この八咫ちゃんのように、神の使いが人神である私達の前に現れ、そして祝詞をあげ祈願する。すると人神が誕じょーう!!ってわけ。』
要は納得するように「うん、うん。」と2度頭を縦に振った。
「そして2つ目ー、人神になったものは、自身の守り地で暮らすこと。」
要の脳裏に高知の病室で久我正規に言われた言葉が蘇った。
『…要様、どうか健やかにこの守り地でお過ごしくださいませ。』
要は少しだけ息苦しさを覚え、ふと自身の手を見た。
力強く握られた拳を見て、どうやら気付かぬうちに力が入りすぎていたようだと初めて気づいた。
目を伏せた要を見て、イズモはそれでも言葉を続けた。
「もし、僕達… 人神が守り地から出てしまった時は…何らかの症状が現れ体は弱り、最後には死に至ります。」
彼もまた、特急電車の中で初めて見た要の姿を思い出していたのだ。
イズモの声は淡々と、でも厳しさを含めた口調で部屋の中にいる要達を含めた全ての人神たちに言い聞かせているよだった。
「そして、新たな人神を持たぬまま人神という存在を失う守り地は…あらゆる災害に見舞われ…疫病が流行り、土地は作物も育たぬ荒野となり、住まう人々にも多大なる影響を及ぼすことになります。」
その言葉を放ったイズモ、そして周りの李人たちの顔を見て、要は理解した。
『言うなれば、この国の命綱みたいなものでしょうか。』
『要様の存在が、この日の本の命運を…国民の命を握っているのです。』
きっと、要が久我正規に言われた言葉を目の前にいる皆んなは、ずっと前から聞かされ続けていたのだと。
自分だけが重荷や制限をかけられ喚いていたことへの羞恥心。
でも、再びイズモの言葉で思い知らされた抗いようの無い現実や、呪いのような自身の人生の残酷さに要は泣きそうになった。
【 なぜ、私が?なぜ私、ここに座ってこんな話聞いてるんだろう…】
そんな声が、どこかで聞こえたような気がした。
「ただ、例外があります。」
イズモの、ほんの僅かに希望を宿した言葉に要の視線は上を向いた。
「例外…?」
「一時凌ぎではありますが、同じ人神と手でも良いので触れていると、なぜか守り地の外にいても人体に影響が受けにくいのです。」
要は瀕死の自分に手を差し伸べてくれたイズモ、そして李人の顔を見た。
そうか、自分の手を繋いでいてくれたのには大きな訳があったのだと要はようやく理解できた。
彼らは自分の命を守るために、必死で己の手を取ってくれていたのだ。
「ただ四六時中、手を繋いでいる訳にもいきませんし、神社にいるからといって元気でいるわけではないですから、いつか綻びが出ます。」
「あの、」
「はい?」
「では…なぜ今、ここに人神が集まっているんですか?なぜ、皆んな守り地から出て無事に出雲に来れているんですか?皆んなの守り地に影響は出ていないんですか?」
要はここに来てからずっと不思議だったことを、思わず矢継ぎ早に口にしてしまった。
それは要が四国を出てここに来てから何度もテレビを気にして見ていたから。
もしかして四国に大きな災害が起こっていないかと、心配でしょうがなかったのだ。
要の質問にイズモは少しだけ表情を緩めると、こう返事を返した。
「それは、今が10月だからです。」
「…はい?」
イズモの言葉にすぐに理解できない要は目に見えて狼狽えた。
顔にはバッチリ「我、補助ヲ欲ス。」と書いてある。
見かねた応がブンブンと手を振って要に助言を送った。
「神・無・月!神無月だよ!要ちゃん!」
「え?」
「しかし、僕達がいるここ島根県では神在月なんですよ、要さん。」
神在月、そしてここが出雲と呼ばれる土地であること…この2つが重なったことで思いつく事を要は思わず口に出していた。
「神様が、集まる場所…?」
要の言葉に、イズモは頷いた。
「はい。実際にここ出雲では11月に神迎祭を行い、八百萬の神々をお迎えします。しかし我々人神は、この10月の神在月に皆が集うことができるのです。」
あの夜、稲佐の浜で穏やかな波音を聴きながらイズモに言われた言葉の意味を、要はようやく理解ができた。
『僕ら、人神にとって明日からの10月は特別なんですよ。』
普段ならば守り地の外を出ることは、自分だけでなく守り地の民まで命に関わる重大問題となる。
しかし、年に1度だけこの神在月の間だけは人神は出雲へと移動することができるだなんて…それは確かに特別なことに違いなかった。
ただ、四国の土地から列車で出ただけで呼吸困難で意識を失った要にとって、にわかに信じがたい内容だった。
「みんな…守り地を出ても本当に大丈夫なんですか!?」
イズモは要の言葉に小く頷くと「要さんの心配される気持ちも分かります。」と言ってニコリと小く笑った。
「これには、皆さんの腕にある“結びの輪”が関係しています。」
「結びの輪?」
「これだよ!要ネーネー!ほら!」
琉宝の元気な声に視線を向ければ、彼女は細い日に焼けた右腕を高く上げていて、その手首には風変わりなバングルが飾られている。
「これは?」
琉宝が嬉しそうに要の側にやってきて、近くまで見せてくれた。
よく見れば何十にも重なった水引でできたもので、まるで本当に縁を結ぶように小さな輪っかが幾つにも重なり綺麗な模様を描いていた。
「これは僕が作ったものです。これを皆さんのところへ送って、肌身に離さず触れさておけば出雲にいる僕との縁が結ばれ、ここまで安全に渡ることができるのです。」
よく見れば、李人や恩地達の腕にもバングルが装着されていて、イズモのシャツの袖からも同じものが見えた。
要は琉宝のバングルとイズモの顔を交互にマジマジ見ながら、それでも半信半疑の気持ちでイズモに質問した。
「そんなこと…本当にできるんですか?」
「縁を結ぶのが、僕の力の様です。」
「ちから?」
ー え、力って何?聞いてないんですけど…それ。
ー バングルの力…じゃなくてイズモさんの力ってこと!?
要の目を丸くした表情に気づかずに、イズモは微笑みながらでなんでもない様に会話を続けていく。
「あの、力って?」
「はい。僕は神在月に人神と人神を結ぶ力があります。」
「え?」
要が「何その力?」とツッコミを入れる前に、すぐ側にいた李人も胡座をかいた足をさらに崩しながら会話に割り込んできた。
「俺は、自分の守り地の中…今ならこの敷地内でも足を使わず移動できるぞ。」
「は?それって…テレポーテーションってやつ…では?」
「私はね、結構力もちだよ!」
ー え、え、応ちゃんまで!?
「いや、お前のは異常だわ。抑えていても馬鹿力が隠せてねぇ。」
「なんですって!?」
「おやめなさい、応。李人は後でお灸を据えますから。」
「いや、あのちょっとお待ちください。」と言う要の声が小さすぎたせいなのか、それとも皆んなの力自慢のせいで声が大きくなっているせいかは分からないが…要は完全に蚊帳の外だった。
「あの、皆さま普通に力とか仰っておりますけれども…」
「ワシは言わずもがな長寿じゃな!ハハハハハハハハハハハ!!」
要もなんとか会話に入ろうとしたのだが、1番声の大きい人の言葉にかき消されてしまっている。
かき消されそうになっているのは要だけでは無いようで、甲が小く手を上げてボソリと自己申告を済ませていた。
しかし、内容といえば…
「僕は…内緒…」
ー なんで!?なんでなの、甲くん!?
会話どころか、ツッコミすら追いつかない要に、琉宝がまた元気いっぱい突撃してきた。
「要ネーネー!私は動物の言葉がちょこっと分かるよ!」
「琉宝ちゃんまで!?嘘でしょ!?」
「琉宝は人神になってまだ日が浅いですが、これからもっと力が安定してくると思います。」
「そこ!?いや、そういう問題ではなくてですね!?」
「要ネーネー!私、すごい?ねえ、すごい?」
要は分かりやすく、目をぐるぐると回した。
本当にここにきて、何回目眩を起こせばいいのだろうか…そんな思いで、一度大きな柏手を打った。
ぱんっ!と小気味よい音に、自分の力自慢をしていた李人や応達も目を瞬かせて、視線を要の方へと集合させた。
要は柏手を打った両手を前に突き出して、声高らかに発言した。
「あの、ちょっと待って!待ってください!」
同じく目を瞬かせていたイズモは、要に向かって「はい?どうされました、要さん?」と不思議そうに首を傾げていた。
要はもう問答無用で質問するしか無いと、己の目を据わらせてイズモの胸ぐらを掴む勢いで迫った。
「か、 要さん!?ち、近いですよ…!」
「いやいや、あの普通のことのように言ってますが、それって人神だからですか?」
「それ、とは?」
要の大胆な行動と珍しく焦るイズモの姿に、周りの皆んなはギョッと驚いていた。
「人神にはそんな不思議な力があるんですか!?本当に?」
ー な…なんつーオプションだよ!?聞いてないよ!!?
要の頭の中には「ヤバイよヤバイよヤバイよ…」と同じ単語が支配していく。
お願いだ、夢なら覚めてくれ…とキャパオーバーのお知らせが要の脳内でサイレンのように鳴った時、李人が要の肩をポンっと叩いて「お前、今更すぎんだろう?」と鼻で笑ってきたのだ。
「お前、俺が病院から連れ出しただろう?覚えてないんか?」
へっと笑う男に、要はこれほど怒りを覚えたことがなかった。
ー イケメン?金髪?ヤンキー?
ー そんなもの知ったことかぁぁぁ!!!
「あんときゃぁ、こちとら死にかけてんだよ!?覚えてるわけないでしょ!?」
要の渾身の叫びに、イズモは耳を押さえ、双子は目を瞬かせ、琉宝はブーイと抱き合い、恩地は「なまら大きい声だなぁ!負けたぁ!」と笑っていた。
ハァハァ…と肩で息をする要を李人は何でも無いように見下ろすと、一言だけ言った。
「そりゃ、そうか。」
要は、思った。
ー 人神ってやつは…変なやつらばっかりだーーーーッ!!!!
それが最大のブーメランになるとも知らず、要は心の底からそう思っていた。




