元カノと俺
海に沈む夕日を見つめて雫が言う。
「…今も毎日楽しいけど、高校時代はもっと楽しかった。涼がいたからだよ」
「俺も…。俺も楽しかったよ」
「本当?」
雫があの素敵な笑顔をみせてくれた。
「ああ」
それは本当だ。大学生活も楽しいけど、高校時代、多分人生で一番楽しかった。
友達も今より多かったし、雫もいた。
中学時代は苦しいこともあったけど、高校生活は楽しいことばかりだった。
雫と付き合っていた頃は雫が一番好きで棗のことを思い出すこともほとんどなかったように思う。
それなのになんでたった今、横にいて目が合えばふと微笑んでくれる、多分今も俺を好いてくれる雫じゃなくて、再会してしまった棗のことを気にしてしまうのか。
きっと棗への恋は片思いだったからだ。
切なくて甘くて、そして苦しかったから、記憶により残っているだけなのだ。未練があるだけなのだ。自分でも分かっている。
親友である八雲に聞かれて棗の前で雫と復縁する気はないと言った。
でも、こうやって雫と会ってるのは、もし雫が俺と付き合ってくれると言うなら棗への未練を捨てられると思ったからだ。
それは誠実ではないかもしれない。けど元カノと復縁して、今好きな人を諦めるというやり方は無しではないはずだ。
きっとそうするように努めれば俺はまた雫のことを好きになれるし、棗のことも少し時間がかかったとしても忘れられる。そういうやり方もある。
でも誰かを忘れるために恋愛するなんて少なくとも俺のやり方じゃない気がしたし、何より雫に失礼だ。
「ねぇ、涼。私たちさ」
やり直せないかな?
そう雫が言葉を続ける前に俺は言った。
「俺さ、大学で好きなやついるんだ」
雫が目を見開いた。俺は続ける。
「片思いなんだ」
「片思い…」
呆然と雫が呟いた。好きな人がいるなら今日どうして私と会ったの?雫がそう思ってるのか分かった。
「…そうなんだ。頑張ってね」
雫が笑った。その笑顔は彼女らしくなく、ぎこちなかった。悲しそうで寂しそうだった。そんな顔をさせてしまうのが苦しかった。
今日、俺はすごく楽しかった。雫もそうだと思う。
でも今日、彼女をこうやって傷つけるくらいなら会ってはいけなかったのだ。
帰り道は気まずかった。俺は何か言ったほうがいいと思いつつ、海から駅まで歩く時間無言だった。
電車に乗ってからは沈黙に耐えかねて俺は適当な話題を見つけて雫を笑わせた。
雫は心底楽しそうに笑い、
「もう夕方だしお腹すいたねー。今日の夕飯うちカレーライスなんだ!いいでしょ!」
なんてとぼけた発言までした。
俺は彼女の笑顔を見ながら、高校時代、彼女がこういうふうに気を遣ってくれたから雫とのデートは楽しかったのだと思った。
俺の人に媚びたり合わせたりする性格は雫の前でも変わらなかったけど、それでも俺が比較的自然体で楽しく過ごせたのは雫が気を遣ってくれたからなのだ。それでいて付き合っていた頃は雫は決して無理していたわけじゃなくて雫はきっと心から俺と一緒にいるのを楽しんでくれていたのだろう。
俺たちの街の最寄り駅で俺は分かれた。
「じゃあ元気で」
「うん。そっちも片思いに決着つけなよ?」
雫は笑ってそう言った。その言い方で失恋が確定してることもバレていたのかと思いながら手を振った。