11.告白
城に帰ると、アダミノは広間の王座の横に用意された椅子に座らされ、ウィル王と並び、集まった皆からの賞賛を受けた。その後、ウィル王はアダミノを寝室へ連れて行き、ベッドへ寝かせた。
「今日は疲れたろう。やっと城に帰って来れたのにすまなかった」
ウィル王はアダミノの髪を優しく撫でた。
「いいえ、皆に会えて良かったですわ」
アダミノは微笑んだ。ウィル王は、そんなアダミノにそっとキスをした。
「見事、敵国の王を殺し、国土を奪還に貢献したそなたに、褒美を与えようと考えている。何か欲しい物はあるか?」
アダミノは、ウィル王の瞳を見つめた。この上ない澄んだ目をしていた。この人は今、幸福なのだとアダミノは感じた。この人をきっと怒らせるであろうと思いながら、アダミノは言った。
「1つ、お願いがございます。恩赦をお願いしたいのです」
「恩赦?」
「はい。マーロ国にいた時に、修道士のサン様よりお聞きしました。……クロウと言う男が捕らえられてると。彼を釈放して頂きたいのです」
「なぜだ?」
ウィル王は哀しそうな表情をした。
「彼は、私の幼なじみです」
「彼が何をしたか知っているのか?」
「……はい。ウィル様のお命を狙ったと聞いております」
「そうか、知っていたのか……」
ウィル王はアダミノの寝ているベッドから離れ、窓際に立ち夜空を見上げた。
「お命を狙った者の釈放なんて、無理を言っているのはわかっています。でも、どうか彼にお慈悲を。私が説き伏せて、ウィル様の前に2度と現れないようにいたします」
アダミノは身体を起こし、頭を下げた。ウィル王はしばらく無言だった。
「アダミノよ、実は彼を既に釈放しておる」
「いつですか?」
「そなたがマーロ国から山城に戻って来た翌日だ」
「なぜでしょうか?」
ウィル王はアダミノを見て、ふっと笑った。
「そなたが釈放を願って、その通りになっているのに、なぜ驚く?」
アダミノは自分がウィル王を質問攻めにしていることに気が付いた。
「失礼いたしました。お命を狙った男を釈放しているとは思ってもいなかったので」
ウィル王は再び哀しそうな表情をして、アダミノに近づいた。
「私は、……彼の家族を殺したそうだ」
アダミノは言葉が出なかった。クロウはどこまで話したのだろうか? ウィル王はアダミノの驚いた表情を見て、アダミノの手を握った。
「私が若かりし頃に行った過ちで、今も苦しんでいる者がいる事を私は知ったのだ。私は、今まで過去の過ちは無かったかのように、正しい国政を行うことに一生懸命だった。だが、過ちは取り返せないんだ。彼らには本当に申し訳ないことをしたと思っている。そなたが山城に自力で戻って来た夜、彼を思い出した。そして彼を許そうと思った。その日に早馬を出して釈放した。だから、そなたの望みは既に叶ってしまっている。他の褒美を考えておくが良い」
ウィル王は、アダミノの驚いた表情に笑顔を向け、おでこに軽くキスをした。
「今日はもうお休み」
翌朝、ドゥルフ王子が美しい花を摘んで持ってきてくれた。ドゥルフ王子は15歳になり、立派に成長していた。
「アダミノ様、御身体の調子はいかがですか?」
「アダミノ様などと、以前のようにアダミノと言ってください」
「いいえ、あなた様は父の妃、そしてこの国の英雄です。昔のように失礼な事はできません」
ドゥルフ王子は微笑んだ。
「私がいない間に、お母様が亡くなられて辛い思いをされましたね」
「いいえ。アダミノ様の6年間の苦労に比べれば、辛いなどとは言えません。母からはしっかりとお別れの言葉を頂きましたので覚悟は出来ていました」
「また、一緒に剣の稽古がしたいですね」
アダミノが笑顔で言うと、ドゥルフ王子の顔がうっすらと赤くなった。
「そうですね。アダミノ様のご回復までに剣の腕を磨いておきます」
ドゥルフ王子はそうに言うと一例をして部屋を出て行った。ドゥルフ王子が出て行くと二ナが笑顔でアダミノに言った。
「ドゥルフ様は、最近は熱心に政治の勉強をしていらっしゃいます。モリス様にもどんどん質問をして、モリス様が頼もしい方だと言っていました。今回のマーロ国と講和も、ウィル様はマーロ国を滅ぼそうと思っていたのですが、ドゥルフ様が国土はそのままで講和を結ぼうと提案したそうですよ」
「そうですか」
アダミノはドゥルフ王子が成長してしまったことが少し寂しくもあった。それから毎日、ドゥルフ王子はアダミノの顔を見に来た。
数日が経ち、アダミノは普通の生活ができるところまで回復した。体力を取り戻すためにドゥルフ王子に剣の相手をお願いした。ドゥルフ王子の剣の腕は、アダミノを超えていた。
「なんだか、寂しいです。この6年間のあなた様の成長を見て来れなかったのは」
アダミノがドゥルフ王子に笑顔で言うと、ドゥルフ王子の顔が赤くなり、不機嫌な表情になった。
「そんな言い方はしないでください。まるで私の母親のよう」
アダミノは、ドゥルフ王子がクラレッタを思い出したのかと思った。ドゥルフ王子は下を向いてしまった。
「大変失礼しました。出過ぎた事を言いました」
アダミノはドゥルフ王子の顔を覗き込んだ。彼は顔を更に真っ赤にした。アダミノは申し訳ない思いで彼の肩に手を置いた。彼はその手から逃げるように、すうっと一歩下がった。そして、アダミノを見た。
「私は……、私は、あなたが父の妃である事が絶えられません。私は……あなたの事がずっと好きでした」
ドゥルフ王子は突然、アダミノを抱きしめた。アダミノは小さかったドゥルフ王子を思い出して、やはり寂しくなってしまった。彼は成長してしまったのだ。
「王子様、ありがとうございます。そんな事を言っていただけるなんて私はうれしいです。でも私はそのお気持ちには答えられませんわ」
アダミノはドゥルフ王子の腕から離れ、微笑んだ。ドゥルフ王子は再び俯いた。
「すみません。でも、どうしても言いたかった」
王子は、一礼すると去って行った。
それから更に数日後、アダミノが回復した事を祝うパーティが開かれた。その席にサンとクロウも現れた。アダミノは満面の笑顔を浮かべ彼らを迎えた。クロウにウィル王がどこまでを知っているのかを聞きたかったが、その場では無理であった。人々は初めに、ウィル王とアダミノに踊ることを要求した。ウィル王は静かに手をとり、優雅にアダミノをエスコートした。アダミノは静かに微笑んだ。2人の踊る姿を見て、会場の誰もが、アダミノは王の后、正室として迎えられるであろうと思っていた。
音楽が奏でられ、人々は大いに踊り、食べ、飲んだ。アダミノは、クロウが見当たらない事に気が付いた。アダミノはクロウを捜し、庭に出た。クロウは庭で月を見ていた。
「クロウ」
アダミノが声を掛けるとクロウは、アダミノを手招きした。そして、2人並んで月を見た。
「よく帰ってきたな」
「ええ」
「……もう、国民の英雄だな。復讐はどうする?」
「……クロウ、私、この前思い出したの。あの日のあの光景」
「……俺は、ウィルに恨みを全部しゃべった。それなのに奴は命を狙った俺を釈放しやがった」
クロウはそうに言い、ニヤッと笑った。
「安心しろ、お前の素性は話していない。お前は流行り病で両親を亡くしたと言う事に変わりない」
「話しても良かったのに……」
クロウは、すっきりとした笑顔でアダミノの頭を軽く叩いた。
「自分の事は自分で言え。俺は奴に命を救われた。そんな奴の命を狙うのはもう、意味がねえ。復讐をやめる。ここには2度と来ない。樵としてあの森で生きていくことにする。じゃあな」
クロウはアダミノに背を向けながら、歩き出した。アダミノは寂しかった。クロウは同士だ。あの10歳の時を一緒に過ごした同士だ。でも、自分の生き方は自分で決めていかなければいけない。アダミノは室内に戻った。城中が酔っていた。ウィル王は王座に座り、杯をかざして飲んでいた。アダミノはウィル王の所へ行き、挨拶をした。
「少し疲れました。一足早く部屋に下がります」
「そうか、では私も下がろう」
ウィル王とアダミノは一緒に寝室へ向かった。
寝室に入るとウィル王は優しくアダミノを引き寄せた。そして軽くキスを交わした。アダミノの目から涙が流れた。
「君には感謝しても仕切れない。私は死ぬまで君を大切にしていくよ」
「私も王に感謝しています。私はこんなに愛をいただける価値などない人間なんです。そんな事はおっしゃってはだめです」
「何を言い出すんだ?」
アダミノは覚悟を決めた。
「私は、ハッシュとノアの娘です」
ウィル王はわからないような不思議な顔をした。そして、思い出したように驚いた表情をした。
「ハッシュ将軍か?」
「そうです。そうか。両親は2人とも死んだと言っていたが、ハッシュとノアだったのか。なぜ、価値が無いなどと?」
「なぜなら、私はあなたを恨んでいるからです」
アダミノはそうに言って、護身用の短剣を両手に持った。ウィル王は静かにアダミノを見つめていた。
「そうか。私を恨んでいるか」
「はい。……私が10歳の時です。あなたから逃れてきたブノフ様が、私達の住んでいた家に助けを求めてやって来ました。あなたの……あなたの命令で、兵士達がブノフ様を見つける為に私達の村を焼きました。そしてブノフ様を見つけ、匿った両親と弟を殺したのです」
「そうだったのか」
ウィル王は哀しい表情をした。そして次の瞬間、アダミノを正面から抱きしめた。
「何を! あなたは一体何を!」
アダミノはあまりの事に動けなかった。アダミノの握り締めた短剣は王の腹を深く刺していた。
「ここに来たのは私を殺すためだったのだろう?」
ウィル王の声が苦しそうな吐息とともに、アダミノの身体に響いた。
「そうです。でも、でも、あなたを愛してしまった」
アダミノは彼を助けようと、離れようとした。ウィル王はアダミノを力強く抱きしめた。
「悪かった。フールの言いなりになっていたとは言え、辛い思いをしたのだな?」
アダミノは首を振った。
「辛い気持ちを忘れていました。幸せでした。でもフールとニカを殺した後に思い出してしまいました。あなたに対してのどうしようもない怒りを」
「そうか、そうか」
ウィル王はアダミノの髪を優しく撫でた。
「アダミノ、お願いだ。もう一度キスをしてくれ。もう一度」
アダミノは上を向いて、ウィル王の唇に自分の唇をゆっくりと重ねた。そのまま、ウィル王はアダミノの短剣を握った手を取り、自身の腹にさらに深く刺した。アダミノは思わずウィル王から離れた。ウィル王は倒れこんだ。アダミノはまた駆け寄った。
「私が死んだことを後悔するな。お前は私の若き時代の罪を裁いてくれたのだ。そして、お前の長年の恨みを果たした事は私の喜びだ。この国はもう若きドゥルフに譲ろうと思っていたのだ。お前はこのまま、あの森に帰るがよい」
ウィル王はそうに言うと動かなくなった。アダミノは静かに彼を抱き続けた。
ふと、ドアをノックする音が聞こえた。
「父上、何か倒れる音がしましたが大丈夫でしょうか? 父上」
アダミノはドゥルフ王子とわかり、答えた。
「お入りください」
「失礼します」
王子が入ってきた。
「父上!」
駆け寄る王子にアダミノは答えた。
「もう、息をしていません」
「あなたが父を殺したのですか?」
「はい、あなたの父上をずっと恨んでいました」
「なぜ?」
「ずっと昔、家族を殺されました」
「仇を取ったと?」
「はい」
ドゥルフ王子は、アダミノの手を握った。
「私とここから逃げましょう?」
アダミノは首を横に振った。
「いいえ、あなたはこの国の新王です。この国を立派に統治して頂かなければいけません」
「では、では、あなただけ逃がしましょう」
「いいえ、私は罪を犯しました。そして、あなたのお父様と一緒にいたいのです」
「どういう意味ですか?」
アダミノは不意にウィル王の胸に刺さった短剣を抜き、自分の首を切った。王子は短剣を取り上げ、アダミノを抱き、首からの出血を手で押さえようとした。しかし、傷は深かった。アダミノの顔の表情は安らかな顔であった。
アダミノの左手はウィル王の手をしっかりと握り締めていた。
長い間、この物語を読んでいただき、ありがとうございました。ドゥルフ新王が、立派に国を統治した事は、言うまでもありません。




