00 Prologue
空が揺れる。
冷たい雨が大地を打つ中、泥濘んだ道を走る2つの人影があった。
片方はもう片方を気遣いながら、剣を片手にひたすらに走る。
息が上がる。体力も底をついている。
それでも走らなければ、逃れなければ。
背後には魔物が迫っていた。
少女の手を引く剣士に、もう戦う力は残っていない。その脇腹にはどす黒い血が滲んでいる。
走って走って、追い詰められて、少女は決意した。
彼ならば、この海を超えられる。
少女は、剣士を突き落とす。
「愛していますよ」
そう言い残して。
◆
その日、国が1つ滅んだ。
アルディニア大陸は、アルチェアリは、絶海の孤島になってしまった。
◇
残骸の散らばる海岸を歩く、1人の老人がいた。
船であったのだろう木っ端を退かし、破けた布片を拾い上げ、捨てる。
老人は何かを探しているようだった。
しかし、集めれば金になる鉄屑には目もくれない。
今日もまた、砂浜には船と人の残骸が散らばっている。
この海を渡ろうとして、船ごと海魔に襲われたのだろう。服と見られる布片から行って、おそらく商人。
それは老人の探しているものでは無かったが、全てスコップで掬って集め、高台から捨てる。
それが老人の日課で、仕事だった。
しかしその日はいつもとは少し違った。
綺麗な死体があったのだ。
老人の目の前に広がるこの海は、アルセパリア海と呼ばれている。
アルセパリア海には、今や外海など比較にならないほど凶暴な海魔が蔓延っている。
海魔が棲みついた海は死ぬ。その海の全てを海魔が破壊してしまうから。
その海を人が渡ろうとすれば、船を破壊され、あっという間に食い散らかされてしまうだろう。
つまり、難破した船の船員は殆どの場合五体満足ではないのだ。
酷いものは頭だけ残されたり、逆に頭だけ無かったものもある。
「.........」
しかしこの死体はどうだろう。
裂傷は激しいが、見た所四肢は欠けていない、外套がへばりついているせいで顔までは見えないが、おそらく首も繋がっている。
ため息が漏れる。この大きさを捨てるのは手間がかかるからだ。
直接触っては厄介な毒をもらうから、ある程度大きな死体は砕かなくてはならない。
そうなるといよいよ、気が進まない。
しかし死体を放置すれば魔物が集る。
海水にさらされた人体というものは、いとも簡単に崩れるから、老人にとっても難しいことではない。
致し方無し。スコップを振り上げる。
その時、突風が吹いた。
へばりついていたフードが煽られ、死体の顔が顕になる。
まだ若い、青年だった。
その茶髪は、思わず老人の手元を狂わせる。
その時、青年の瞼がかすかに動いた。




