境界線の向こう側
ほんと、軽いノリだった。
深夜二時。寝れなくて、なんとなくスマホをいじってたとき。
トーク一覧の下の方に、久しぶりにその名前を見つけた。
白石。
指が止まる。
もういないやつの名前。
去年の冬、事故で死んだ。
葬式にも行ったし、現実だってわかってる。
なのに、その名前を見ると、まだどこかで生きてる気がしてしまう。
「……バカみたいだな」
苦笑しながら、トークを開いた。
最後の会話は、事故の前日で止まっている。
『明日さ、ゲームやろうぜ』
既読は、ついていない。
当然だ。
もう、読めるわけがないんだから。
でも。
なんとなく、ほんとにただのノリで。
俺は打ち込んだ。
『元気?笑』
送信。
送った瞬間、ちょっとだけ後悔した。
「何やってんだ俺……」
既読なんて、つくわけないのに。
ついた。
画面の右下に、小さく「既読」。
一瞬、意味がわからなかった。
時間が止まる。
呼吸が浅くなる。
「……は?」
バグ。絶対バグ。
そう思って、アプリを閉じる。
もう一度開く。
やっぱり、「既読」。
消えない。
ただそこにある。
そのまま、数分。
何も起きない。
既読だけ。
返事は来ない。
でも――
“読まれた”ことだけは、確実にわかる。
指が震える。
でも、やめられない。
『誰?』
送る。
すぐに既読がつく。
やっぱり。
見てる。
誰かが。
既読のまま、また時間が過ぎる。
返事はない。
でも、画面を閉じる気になれない。
そのとき。
ふと気づいた。
画面の上。
「オンライン」の表示。
心臓が、嫌な音を立てる。
白石の名前の下に、小さく表示されている。
オンライン
「……やめろよ」
思わず声が出る。
そんなはずない。
そんなこと、あるわけない。
通知音。
ビクッと肩が跳ねる。
画面を見る。
新着メッセージ。
送り主は――白石。
『そっちはどう?』
スマホを落としそうになる。
呼吸がうまくできない。
喉がカラカラになる。
既読が、つく。
勝手に。
白石は触ってないはずなのに。
触れないはずなのに。
画面の中の文字が、じっとこっちを見ている気がする。
『元気?って聞いたじゃん』
『こっちはさ』
『まあまあかな』
連続で届く。
止まらない。
『でもさ』
『ちょっと困ってる』
指が動かない。
なのに、既読だけは増えていく。
勝手に。
『一人なんだよね』
『ずっと』
背後で、何かが軋む音がした気がした。
振り返れない。
『だからさ』
スマホの画面が、ゆっくりと暗くなる。
でも、メッセージだけははっきり見える。
『来てよ』
その瞬間。
部屋の隅。
暗いところに、何かが立っているのが見えた。
細くて、見覚えのあるシルエット。
スマホが震える。
最後のメッセージ。
『もう既読ついてるし』
逃げなきゃ、と思った。
でも、体が動かない。
画面の下。
最初に送ったメッセージ。
『元気?笑』
その横にある「既読」が。
やけに、はっきり見えた。
消えない。
ずっと。
まるで、
“今もそこにいる”みたいに。




