最終章『選択』『未観測の未来』
病室の前。
ドアの向こうに、娘がいる。
入れば、見る。
見れば、確定する。
だが。
もう、関係ない。
選ぶべきものは、決まっている。
ポケットから、キーホルダーを取り出す。
小さな、安っぽいもの。
それを、ドアの前に置いた。
「……悪いな」
呟く。
ドアは、開けない。
最後まで、“見ない”。
その代わり。
振り返らずに、歩き出す。
誰にも見られない場所へ。
記録されない場所へ。
存在しない場所へ。
足音が、消えていく。
記録には、何も残らなかった。
相沢 恒一という人間は、
最初から存在しなかったことになった。
事件も。
記録も。
観測も。
すべてが、整合性を持って再構築される。
ただ一つを除いて。
病院のベッドの上。
少女が、目を開ける。
「……あれ」
ゆっくりと、体を起こす。
生きている。
理由は、わからない。
だが。
枕元に、一つだけ。
見覚えのないキーホルダーが置かれていた。
それを、手に取る。
なぜか、涙が出た。
「……誰」
答えは、どこにもない。
だが。
確かに、何かがあった。
観測されなかった、何かが。
この世界には。
まだ、確定していない未来がある。
誰にも知られないまま、
静かに、存在している未来が。
それでも。
それでもきっと。
それは、消えない。
それは、誰にも観測されなかったはずの未来だった。




