願い
「……えっと、こんばんは、でいいのかな。色々とごめんね、新里」
【……いえ、どうか謝らないでください、斎宮さん】
冷たい微風が頬を撫でる、その日の夜のこと。
そう、淡く微笑み謝意を告げる斎宮さん。そんな彼女に、僕はそっと首を横に振り答える。今、僕らがいるのは小さな公園――昨日、告白をした例の公園で。
――何度も、連絡しようと思った。日坂くんのことはもちろん心配だし、一刻も早く意識が戻ることを心から祈ってる。だけど、僕に今出来るとすれば、僕と同じかそれ以上に苦しんでいるであろう斎宮さんに少しでも寄り添うことだと思ったから。
……だけど、結局しなかった。今、僕が何かを言っても何の……どころか、逆効果になりかねないと思ったから。
すると、つい数十分前のこと――自室にて無い頭を振り絞っていた最中、彼女の方から連絡が。今夜、公園で会えないかと。……そして、その用件はきっと――
「…………あたしの、せいなんだ」
そう、ポツリと呟く。今まで聞いたことのない、痛ましいほどに震えた声で。そして、同じく震えた唇をゆっくりと開き言葉を紡ぐ。
「……あたしの、せいなんだ。巧霧が……巧霧が、こうなったのは……全部、あたしのせいなんだ」
「…………斎宮さん」
そんな彼女をじっと見つめ、ポツリと声を洩らす僕。すると、彼女は再び口を開いて――
「……昨日、言ったと思うけど……あの後、巧霧に会いにいったの。ちゃんと、けじめをつけるために。……それで、駆け足で向かったあたしは、歩道橋で足を滑らせて……それで、ちょうど近くまで来ていた巧霧があたしを庇って……それで……」
「……そう、だったのですね」
そう、顔を俯かせ告げる。もちろん、当時の詳しい状況なんて僕には知る由もない。……だけど、一つ分かるのは……決して、どちらも悪くないということ。……いや、流石に分かってたけど、そんなことは。
「……ねえ、新里」
すると、ポツリと僕の名を口にする斎宮さん。縋るように、僕の上着をぎゅっと掴みながら。そして――
「……あたし、どうすれば良いのかな……? 巧霧をこんな目に遭わせておいて、自分だけがのうのうと……」
「…………斎宮さん」
そう、続けて告げる。その声は……身体はひどく震えていて、もう立ってることすら限界のようで。そんな彼女を支えつつ、ゆっくりと腰を下ろす。そして、そっと膝をつき俯いたままの彼女をじっと見つめつつ思考を巡らせる。
……僕は、斎宮さんが好きだ。思い上がりと言われても構わない。それでも……僕は、誰よりも斎宮さんが好きだ。だから、分かる――彼女は、耐えられない。今の状態の日坂くんをおいて、自分だけが幸せになることにどうあっても耐えられない。そのくらい、どうしようもないほどに優し過ぎる人だから。……ならば、僕のすべきことは――
【……大丈夫ですよ、斎宮さん】
「……新里」
【……日坂くんは、生きています。そして、必ず目を覚まします。だから、これからお二人で幸せになれば良いんです】
「……っ!? ……でも、あたしが好きなのは……」
【……大丈夫です、斎宮さん。だって、以前はお付き合いなさっていたのでしょう? 尤も、そこには複雑なご事情があったのかもしれませんが……それでも、斎宮さん。貴女が、全くそういう好意を抱けないと思っている相手とお付き合いするとは思えません】
「……それは、そうだけど……」
【だから、大丈夫です。日坂くんは、あんなにも素敵な人――そして、貴女を救ってくださった人。これから共に時間を過ごすことで、必ずや好きになることが出来ます。日坂くんと同じ好意を、必ずや貴女も抱けるようになります。そして、微力ではありますが、どうかそのための協力を僕にさせてください。……だって、約束したでしょう? 僕は、貴女の恋を応援すると】
「…………新里」
【……ねえ、斎宮さん。覚えていますか? 去年のこの日、僕に仰ってくださった言葉を】
「……去年の、今日……っ!! ……まさか、新里……」
すると、僕の問いにハッと目を見開く斎宮さん。そんな彼女に、そっと頷き微笑む僕。そう、これは去年の今日――聖なる夜に、彼女がくれたあの言葉。
『……いつか、ちゃんと聞かせてね? ――新里の、本当の願いを』
――今でも、鮮明に覚えている。そして、きっと忘れない。誰よりも優しく暖かい、陽だまりのようなあの笑顔を、生涯きっと。……良かった、あの時思いつかなくて。
「……遅くなりました、斎宮さん。これが、僕のお願いです」
そう、じっと見つめ告げる。息を呑むほどに美しい、水晶のようなその瞳を。そして、ゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。――目一杯、精一杯の笑顔を見せて。
「…………どうか、僕を振ってください」




