別れ
その後も、私達は二人で時間を過ごした。教室のみならず、二人で遊びに行ったりもして。まあ、小学生だし自分で稼げるわけじゃないから、公園とか図書館とかある程度場所は限られてくるんだけど……でも、場所なんてどこでも良かった。ただ、彼といられるだけで良かった。
そして、その過程で吃音も治っていた。何か治療したわけじゃない。何か、特別なことをしたわけでもない。ただ、声を出して話せるようになっただけ。どれだけ変でも、たどたどしくても彼は決して嘲笑わない。いつも優しく微笑み受け入れてくれる――そんな安心感が、私に声を出す勇気をくれた。すると、不思議なことにいつしか……病は気からって言うけど、あれは存外ほんとらしくて。ともあれ、彼には感謝してもしきれなくて……そして、これからずっと――
――だけど、そんな幸せな日々はある日、唐突に終わりを告げた。理由は、私の転校――両親の離婚に伴い、卒然この町を離れることになったから。
……もちろん、分かってる。きっと、仕方のないことなんだって。お父さんもお母さんも、氷兄と私に本当に申し訳なさそうに謝ってくれた。……うん、だったら別れるなんて、ここから離れるなんて言わないで――なんて思ったけど、それは口にはしなかった。私達を悲しませることになっても、それでも離婚しなくちゃいけない事情があった――理由は分からずとも、それだけは子ども心にも察せられたから。
ともあれ、そういうわけで私達は離れ離れに――氷兄はお母さん、私はお父さんと共に新たな生活を送ることに。ちなみに、我が家ではお父さんがお母さんの家――神代家に婿入りしたようで、離婚からほどなくお父さんの旧姓、斎宮へと苗字が変わった。そして、それから数年後お母さんは再婚――今の氷兄の姓、郁島へと苗字が変わったようで。
ところで……こういう場合、父親と息子、母親と娘といったように同性同士の組み合わせになるのが普通かなと思うけど……両親の話にすると、敢えてこの組み合わせにしたとのこと。と言うのも、やはり異性だと同性以上に分からないことも多いだろうから、その際きっとお互いを頼る必要が出てくる。なので、敢えて異性同士の組み合わせにすることで、離れていても家族の繋がりが切れないようにしたとのことで……うん、そこまでするならそもそも別れなきゃいいんじゃないかと思うんだけど……まあ、そこに関しては何か退っ引きならない事情があるのだろう。尤も、お父さんのことも大好きなのでその判断に不満があるわけではないんだけど。
だけど、もちろん辛かった。お母さんも氷兄も大好きだから、やっぱり辛かった。でも……二人には申し訳ないかもだけど、私にとって離れ離れになって一番辛かったのは、紛れもなく――
だけど、いつまでも沈んでいても仕方がない。辛いけど、こうなってしまったからには仕方がない。今生の別れでもないのだし、いつか絶対にまた会える。だから、その日までにハッとするような子になろうと決めた。一目で、彼が見蕩れるような女の子になろうと。
そういうわけで、まずは見た目から。以前の地味な黒髪から、パッと明るい栗色に染めた。ただ、そう言えば彼の髪色の好みは知らなかったけど……まあ、違ったらまた変えれば良い。今は、内面も含め自分を変えるために思い切ったイメチェンが必要だっただけで。
そして、勉強も運動も頑張った。まあ、勉強は当時から好きで普段からしていたので改めて頑張るという感覚もほぼなかったけど……うん、運動はしんどかった。今でこそもう慣れたけど、当時はそんな習慣なんてなかったから最初は特にしんどかった。……まあ、でも思いの外楽しかったし……何より、少しずつでも成長を感じられるのが嬉しかった。
そして、話し方も少しずつ変えた。当時、クラスで人気だった女の子達を参考にし、自称もその子達の多くが使ってた『あたし』へと変えた。……まあ、自称を変えたところでとは我ながら思うけども……うん、まずは形からということで。
すると、そんな改革(?)が身を結んだのか、いつしかあたしの周りに人が集まるようになっていた。男女問わず話し掛けてくれる人が増えて、放課後とかに遊びに誘ってくれるようにも――まあ、端的に言えば友達が増えていったということで。
更には……まあ、いわゆる告白を受けることも増えていって。その気持ちは嬉しいし、あたし自身が多少なりとも魅力的になったという証拠だと思うので、きっと良いことではあるのだけども……それ以上に、申し訳ない気持ちもあって。だって……あたしが好きになってほしいのは、結局のところ一人だけだから。
そして、あの日から数年――めでたく高校生となった去年の春、とうとうその瞬間が訪れた。




