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第3話 筋肉と覚悟

「ルシアー!! 大丈夫かあぁぁぁ!!」

「へぶっ!」

 

 筋肉《父親》が飛んで来た。痛い。


「ルシアア゛ァァァ!!! よがっだぁぁ!!」

「ブラッド、落ち着いて。ルシアが窒息するわ」

「ふがぁ……っ!」


 硬い、ゴツい、暑苦しいぃぃ!

 退いてぇぇ! と暴れるが、ゴツい筋肉のかたまりはびくともしない。 


「ルジア゛ァァァ!!!」

「ブラッド……ていっ!」

「あだっ!!」

「ぷはぁぁ!!」


 空気! 空気ぃぃぃ! 酸素がおいしいよぉぉぉ!!


「はぁっ、はぁぁ」

「ブラッド。ルシアが目を覚まして嬉しいのはわかるけど、あれじゃあルシアが息できないじゃない」 

「う、嬉しくてつい」

「ついじゃない。トラウマになったらどうするの?」

「ごめんなさい……」


 もうトラウマだよ! 突然筋肉が飛び付いて来て、息ができなくなるとか普通の五歳児なら絶対トラウマだよ!!


 まったく……と思いながら、情けなく項垂れてる筋肉もとい父親を見る。

 子どものように諭され落ち込む姿からは哀愁が漂っている。涙拭けよ。


 その状態から一転。バッと顔を上げ肩をがっしり掴んでくる。ひいっ……!!


「すまんルシア。代わりと言ってはなんだが、やって欲しいことはあるか?」

「そうね、どんなことだってやるわ。ブラッドが」

 

 そう言われ、怯えながら考えてみる。私に今必要なこと……。


「もじ……」

「ん?」

「文字を教えて欲しい」


 私がそう言うと二人とも面食らったような顔をする。

 おそらく、もっと小さなお願いを予想してたんだろう。

 でも、これから新しい世界に馴染むためにはまず読み書きが出来なくては。


「……わかった。今日はもう遅いから、明日始めよう」


 筋肉塊もといお父さんに言われて窓を見ると少し暗くなっていた。

 五歳児なら七時くらいには寝るのだろうか。

 

「わかった」

「じゃあ、ご飯を食べよっか」

「はーい」

「作って持ってくるから待っててね」


 どうやら私はまだ安静らしい。みんなで食べたかったけどしょうがないね。

 両親が部屋から出ていくのを横目に見ながら、これからやることについて整理する。

 

 まず、最優先はダンジョンにいくこと。だいぶ先になるだろうが、神様へ恩返しもしたいし、必ずやらなければならない。

 直近では読み書きだろう。ステータスは日本語だったけど、あれは神様のサービス。これからは読み書きが必要になる。

 この世界について知るためにも習得は早いほうが良いはず。


 明日からは勉強かぁ〜。面倒だけど楽しみでもある。すぐに面倒でしかなくなるような気がするけども。

 足音がする、戻って来たようだ。  

 

「持ってきたわよー。はい、おかゆ」

「わあぁー!!!」


 思わず子どもみたいな声が出た。子どもだけど。

 でも気持ちは分かるんじゃないかな。米が出てきたんだから。

 何を隠そう私はお米が大好きだ。三度の飯よりも好きだ。

 というか三食全てお米だった。


 おにぎり、炒飯、リゾット、オムライス、ソバめし、卵かけ、etc……。

 私の得意料理は全て米料理。そもそも米料理以外作ったことが無い。

 とにかく、この世界に来てから密かに感じていた、お米が無いかもと言う懸念はキレイに吹き飛ばされた。お米があるだけでハッピーだ。


「いただきま〜す!」

「はい、どうぞ」


 うわー! ちょっと味濃いけど美味しい。お米おいしい!!

 あと、癖でいただきますしちゃったけど、何も言われなくてよかった。

 でもちゃんと気を付けなきゃな〜、と反省しながらおかゆを口にはこぶ。

 お水の時の反省を生かして、なるべくゆっくり、お上品に食べた。


「ごちそーさまでした!」

「はい。よく食べました」


 ごちそうさまもセーフ。これは過去の転生者が日本の文化を持ち込んだと見てよさそうかな? そもそも転生者が日本人だけとは限らないけど。


「もう寝ようかな」


 お皿を下げようとしてるお母さんに言う。

 病み上がりで体力がないのか、それとも子どもだからなのか、夕方だけどもう眠くなってきた。


「そう? じゃあ、おやすみなさい」


 そう言い残して部屋から出ていった。

 ……いつも一人で寝てたのかな? 私が一人で寝れるようになったのは十歳くらいだ。それまでは寝るまで子守唄を歌ってもらってた。

 一人っ子だからってのもあるかもだけど、ずっとお母さん子だった。

 

 やっぱルシアちゃんすげー。

 そんなことを思って眠りについた。

 おやすみー。



 ********



 夢を見た。


 小さな女の子の夢。

 最初は赤ちゃんだった。それがだんだん成長していって、優しい両親に二人の姉と一人の兄と一緒に日常を積み重ねて。


 そうして五歳になったある日、少女――ルシアちゃんは倒れた。

 

 家族で食卓を囲み、今日は何をしたとか、将来何になりたいとか、そんなありふれた家族の会話の中で、ルシアちゃんは突然胸を押さえ、椅子から転げ落ちた。

 ルシアちゃんは額に大粒の汗を浮かべ、荒い呼吸を繰り返す。

 父が揺さぶり、呼びかけるが返事は帰らない。

 姉も、兄も、母も、驚愕と不安がないまぜになった目で見ている。

 

 そうして突然に一家団欒の時は壊れる。


 そして、その三日後、私はルシアになった。




 ********


 私はルシアちゃんの記憶を見た。

 五年、一人の人生としては短い時間。でも確かに生きていた、その証。


 きっとこれからこの世界で認識されるルシアは私になる。

 中身が替わっていたことを知られることも無く、五歳のルシアちゃんが正しく成長した姿だと思って私を見るんだろう。

 

 両親も、兄妹も。


 それでも私は嘘をつく。

 その嘘が世界を救うための優しい嘘だと信じて。


 この嘘を嫌だと思わない訳では無い。

 それでも、私がこの世界で生きていくって決めたんだ。

 だから、大丈夫。ルシアちゃんの分まで幸せになってやる。

  

 でも、偽善でも、これだけは言わせて。


 ルシアちゃん、ごめんなさい――


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