九話 挑戦状
夢花という名前の宗教団体がある。
夢花に所属する多くの信者達は教祖であり【合戦場】の七つある島の一つ、【日の島】の将であるものを崇めている。
流浪ぶっ殺すの会に所属しているもの全員が夢花に所属しているが、別に【日の島】の将を信仰しているわけではない。
ではなぜ夢花に所属しているのか。
それは以前【日の島】の将が【血盟書】を使い天野と以下の契約を交わしたからだ。
【日の島】の将の血液や髪などの体の一部を定期的に天野に渡す代わりに、天野は夢花に所属する信者達が【合戦場】内で起こす騒動を見逃す。
この契約のせいで夢花にも所属する流浪ぶっ殺すの会に所属しているもの達は天野には罰せられないため流浪や名無しの権兵衛に対しての嫌がらせ行為を続けてきた。
そのため周囲のもの達は大迷惑。
【合戦場】の支配者であるカミサマ、天野が何もしないため被害を受けた島のもの達がなんとかするしかないが、いくら取り締まっても流浪ぶっ殺すの会のもの達の行動を止める事はできなかった。
その島を支配する将が流浪ぶっ殺すの会のもの達の立ち入りを禁止すればいいのでは? という意見があったが、それは天野が許さなかった。
「【合戦場】はみんなが殺し合いを楽しめる所なんだよ。特定の人達を一方的に立ち入り禁止にしたら可哀想じゃないか。」
向こうの方が一方的だろ。それなのに、お前のせいで自分達は大変な目にあっているのに何を言っているんだ。
天野のこの発言を聞いたもの達はそう思い、軽く殺意が湧いた。
【火の島】の将であるクリムゾンも過去にこの発言を聞いた。
そしてそれから時が経ち、クリムゾンは天野の発言を踏まえた上で流浪ぶっ殺すの会のもの達の所業を何とかしようと行動を起こした。
◆◇◆◇◆
「おーい。流浪ぶっ殺すの会のみんな。クリムゾンからのお手紙を持ってきたよー。」
天野がやって来たのは【日の島】にある夢花の本拠地。
この日は定例会が行われていたため大勢の人が、信者達が、流浪ぶっ殺すの会のもの達が甘い香りが漂う大部屋の中で大勢集まっていた。
部屋の奥には分厚い幕で閉じられている箇所がある。
堂々と侵入して来た天野に対して信者達は座ったままではあるが無言で一斉に天野を睨む。
天野は信者達からの睨みを気にする事なく数多くいる信者達の中から流浪ぶっ殺すの会に所属しているものを見つけると近づいてクリムゾンからの手紙を押し付けるように渡す。
「はいこれ。読んで読んで。」
「今読めるわけないだろ。」
「かまいませんよ。皆にも分かるよう大きな声で読み上げなさい。」
「教祖様! …わかりました。」
手紙を今この場で読めと強要する天野に対して嫌がったが、幕の向こうにいるものからの許しが出てしまったため立ち上がり渋々と手紙を読み上げた。
そして全て読み終えた後、信者達は揃って叫んだ。
「「「「「「「「「「ふざけるな!!」」」」」」」」」」
手紙の内容は要約し直接的にするとこうだ。
《近日、流浪ぶっ殺すの会のもの達一万人対名無しの権兵衛一人で【ムソウ】を行いたいと思っています。
もちろんそんな事をしないと思いますが、もし万が一参加を断ったら夢花に所属するもの達全員【火の島】への立ち入りを禁止します。これは決定事項です。指定されている日時までに【ムソウ】に参加する一万人を決めて指定されている日時に指定の場所まで来てください。
名無しの権兵衛に負けた場合は期限付きではありますが【火の島】への立ち入りを禁止します。一万対一という圧倒的な人数差でさえも負けるのであればそれは名無しの権兵衛のせいではなくあなた方の鍛錬不足のせいです。その状態でいくら戦っても一生名無しの権兵衛には勝てませんので立ち入り禁止の間は修行でもして力をつけてください。》
手紙に書かれている文字だともう少し間接的な表現ではあるが、内容は概ねこうだ。
クリムゾンは殺し合いが絡めば天野が文句を言わないとふみ、将としての立場を利用して強硬手段に出た。
「ふざけるなあいつ!」
「そもそも、【ムソウ】は最大千人までしかできないはずだぞ! 一万などできるわけが」
「できるよ。」
「できるの!?」
一万対一の【ムソウ】は可能だと言ったのは天野だ。
天野は怒りで阿鼻叫喚のもの達に構わずなぜ可能なのか説明を始める。
「たしかに【刀持ち】が【ムソウ】で戦えるのは最大で千人。だけど、厳密に言うと【合戦場】は殺し合いをする場所。ここで相手を倒すという事は殺すという事。つまり千人までしか戦えないという事は千人殺さなければ【ムソウ】での千人斬りは達成できず、ランキングのポイントを稼げない。」
「…つまり、どういう事だ?」
「要するに【刀持ち】が指定した人数分よりも参加人数が多くても容認されているって事。前に行った【ムソウ】で【写し持ち】達が勝手に仲間割れして殺し合って数が減っちゃって【刀持ち】が【ムソウ】に失敗した事があったんだ。だからもうそんな事が起きないように例え千人以上の参加でも双方が納得すればオイラからは何もい言う事はないよ。名無しの権兵衛が殺す人数は最低百人。最大で千人なのは変わらないからね。」
天野の説明にひとまず納得はしたが、信者達の怒りは収まらなかった。手紙を書いたクリムゾンと一万対一の【ムソウ】を受け入れた名無しの権兵衛に信者達は自分達がナメられていると判断したからだ。
この屈辱を何十倍にも返してやると信者達は一致団結し、早速【ムソウ】に参加させる人員の選抜を始めた。
◆◇◆◇◆
一方その頃名無しの権兵衛は。
【ツジキリ】の後、文太から話があると言われた名無しの権兵衛はファミレスに向かい、文太から近日行われる流浪ぶっ殺すの会のもの達との一万対一の【ムソウ】の話を聞いた。
「いや、勝手に話を進めないでくれます?」
話を聞き終えた名無しの権兵衛は真っ先にそう答えた。
「すみません。クリムゾン様は考えるよりも先に行動する人なもので。」
「だからっていきなり一万人と戦えは急ですよ。」
「ですが殺す数は名無しの権兵衛さんに決定権があります。百人斬りに指定してその数殺せば一時的とはいえ流浪ぶっ殺すの会のもの達からの嫌がらせがなくなります。名無しの権兵衛さんにとっても悪くない話かと。」
それを聞いて名無しの権兵衛は確かに、と思った。
日に日に過激さを増す流浪ぶっ殺すの会のもの達からの嫌がらせに名無しの権兵衛は嫌悪していた。
そこで、文太の話を聞いて気になっている事を質問する。
「ちなみに、【火の島】の立ち入り禁止期間はどれくらいなんですか?」
「【ムソウ】で殺した人数分ですね。百人斬りならば百日。五百人斬りならば五百日。千人斬りならば千日。」
それを聞いた名無しの権兵衛は悩んだ。
殺す人数が増えればその分難易度は上がるが、達成する事ができれば長期間流浪ぶっ殺すの会のもの達と関わらなくて済む。
「【ムソウ】を断る事は残念ながら名無しの権兵衛さんもできませんが、殺す数は当日に決められるのでゆっくりと考えてください。」
「…わかりました。」
文太にいくら文句を言っても何も変わらないため、名無しの権兵衛はひとまず一万対一の戦いを受け入れた。
「ありがとうございます。さすがは名無しの権兵衛さん。【ムソウ】を突破した暁にはクリムゾン様から詫びを兼ねた報酬が与えられますので楽しみにしていてくださいね。」
急で勝手に決められた一万対一の【ムソウ】に名無しの権兵衛はかなり不満だったが、文太の言う通りこの【ムソウ】は名無しの権兵衛にとって悪い話ではない。
流浪ぶっ殺すの会のもの達の事もある。だがそれとは別の事情が名無しの権兵衛にはあった。その事情のせいで名無しの権兵衛は【合戦場】で多くの人を殺さなければならない。
そのため名無しの権兵衛は【ムソウ】が行われる当日まで殺す相手の数をどうするか悩み続けた。