八話 【火の島】の将
「クリムゾン様。対局中のところ申し訳ありませんが、お時間をいただけないでしょうか。」
文太が声をかけたのは動きやすい赤色の服を着ているまだ幼さが色濃く残っている少年。
声をかけられた少年は盤上の駒の配置を考えるのに集中しているためか文太の声かけに気がついていない様子だ。文太はもう一度、先ほどよりも大きめの声で少年に声をかける。
「クリムゾン様。」
「…ん? おぉ、文太か。悪い悪い。気がつかなかった。」
今度は文太に気がついた少年は目線を盤上の駒から文太へと向ける。
「どうした? 何か問題でも起こったか。」
「はい。以前にもお話ししましたが、流浪ぶっ殺すの会に所属するもの達がまたやらかしました。」
「またか。」
「被害の状況をまとめたものがこちらになります。」
そう言って文太はまとめられた書類を少年に手渡す。書類を受け取った少年は一通りそれに目を通すと顔をしかめる。
「結構多いなぁ。」
書類に書かれているのは流浪ぶっ殺すの会がここ最近行った名無しの権兵衛に対する嫌がらせとそれによって生じた周りの被害が記録だ。
「何度か阻止をしていますが、焼け石に水ですね。」
「向こうは数がいるからなぁ。おまけに【血盟書】のせいで捕らえる事も出来ないし、あいつらの大将はあの女だ。迂闊に手を出せない。」
【血盟書】とは【合戦場】にある一部の店で売られている赤い契約書。【刀持ち】だけが購入する事ができる。
【血盟書】を持った状態でカミサマに叶えてもらいたい望みを言うとカミサマは対価を条件に願いを叶えてくれる。その際、【血盟書】にその願いの内容と対価と両者の名前が自動的に刻まれる。
「だったらクリムゾンもオイラと契約しちゃう?」
少年と対局しているものが駒を置きながらそう言うと、眉をひそめた少年は自分の駒を手にし駒を移動させ相手の駒を奪える位置に置くと相手の駒を倒す。
「やだ。お前と契約すると後が怖い。」
後が怖い、というのは対価の事だ。
願いの代償にカミサマは契約した【刀持ち】に対価を要求するが、これがひどい。願いと対価が釣り合っていない事がほとんどだ。
例えば、寿命を伸ばしたいという願いに対しては【ぶっ殺ランキング】で死ぬまで一位を取り続けろと要求。
例えば、逃げたいという願いに対しては一人で一万人殺せと要求。
例えば、悪事を見逃せという願いに対しては血液などの体の一部を定期的に要求。
【刀持ち】が支払う対価の値段は完全にカミサマの気分次第。それゆえ大抵の【刀持ち】は【血盟書】を使わない。もし万が一、対価が支払えなくなったらカミサマの都合のいい玩具として扱われてしまうからだ。
「残念。クリムゾンならお安くするのに。」
そう言って相手は自分の駒を手に取り、少年の持ち駒を奪える位置に置き少年の駒を倒す。
その次は少年が相手の駒を倒し。
その次は相手が少年の駒を倒し。
何回かそのやりとりをしていくうちに、盤上遊戯の勝敗が決した。
「あー負けた!」
少年は悔しそうにすると相手は嬉しそうに両手をあげる。
「いえい。オイラの三十二連勝!」
「げ。そんなに負けてんのか。やっぱり天野は強いな。」
「そりゃあそうだよ。なんたってオイラはカミサマだからね。」
「それ、関係あるのか?」
少年の相手、カミサマは得意げな顔で胸を張ると少年の側に控えていた文太が少年に声をかける。
「それで、どうされますか? クリムゾン様。名無しの権兵衛さんが来てから流浪ぶっ殺すの会のもの達が暴れ、【火の島】の治安が悪化しております。早急な対応をせねばなりません。」
「そうだよなー。俺達だけでなんとかしないとな。」
「いっその事名無しの権兵衛さんを流浪ぶっ殺すの会に差し出しますか?」
「それは駄目だ。あいつを向かい入れた俺が一方的にそんな事をするわけにはいかない。それに、名無しの権兵衛は何も悪くない。」
「確かに、その通りです。では他に解決策が?」
「んー。」
少年は腕を組んでうつむき、寸刻ほどその場で考え込む。
そして、解決策が思いついたのか勢いよく顔を上げ声も上げる。
「よし、決めた! おい天野まだ帰るなよ。手紙書くから。」
「えっうん。いいけど。」
少年は立ち上がりどこかへと向かう。
そしてしばらく経った後、少年は封筒を手にして戻ってきた。
「お待たせ。これ帰るついでに流浪ぶっ殺すの会の奴らに渡してきてくれ。」
「えー。なんでオイラがそんな使いっ走りしなくちゃいけないの。オイラ、カミサマだよ。」
「これを渡してきてくれたら絶対に面白いものが見れるぞ。」
「詳しい話を聞かせてもらおうかな。」
少年が手紙の内容と事の詳細を話すと、カミサマは少年から手紙を受け取る。
「そういう事なら喜んで引き受けるよ。」
「頼むぞ。」
「うん。天野 一の名にかけてね。そっちこそちゃんとやってよ。」
「もちろん。【火の島】の将、クリムゾン・ビッグベルの名にかけて。」
【合戦場】において将とは担当する島の支配者の名称だ。
カミサマ、天野と盤上遊戯をしていた少年、クリムゾンは【合戦場】の七つの島の一つ、【火の島】の支配権を握っている将の一人。見た目実年齢共にまだ少年だが、クリムゾンも【刀持ち】であり強者だ。見た目で判断して返り討ちにされたもの達の数は数え切れないほど。
「じゃあ行ってくるねー。」
手を振りながら帰る天野に対してクリムゾンも同じように手を振りながら天野を見送る。
天野が部屋からいなくなったのを確認した文太は再びクリムゾンに声をかける。
「先ほどの話、本当にやるつもりですか?」
「あぁ。いい加減ガツンとやっておかないとな。」
「そうですね。ですが、名無しの権兵衛さんはこの事を知っているのですか?」
「…あ。」
文太の指摘にクリムゾンは額に手を当てる。
その反応を見て文太は名無しの権兵衛には何も伝えられていない事を理解し、内心面倒くさそうにする。
「私の方から名無しの権兵衛さんに話しておきます。次からは物事を進める前に準備を怠らないようにしてくださいね。」
「悪い、頼む。」
文太の非難混じりの視線を向けられたクリムゾンは申し訳なさそうに両手を合わせて謝罪の意を示す。
「あっ、そうだ。もう一つ頼み事がある。」
「何ですか?」
その直後、クリムゾンは文太に頼み事をしたそうにする。それに対して文太はこのようなやりとりを何度かやっているのか慣れた様子でクリムゾンの話を聞く体制に入る。
「流浪ぶっ殺すの会の奴らの事、出来る限りでいいから調べてきてくれ。」
「構いませんが、理由を聞かせてもらえますか?」
「…最近のあいつら、様子がおかしい気がするんだ。流浪さんがいた時よりも大暴れしている。それに、あいつらの目おかしい。何か、こう、うまく言えないけどグチャグチャな感じがするんだ。」
やや納得性に欠ける言い方だが、文太は返事を変えない。
「分かりました。可能な範囲で調査を行います。その間クリムゾン様は準備をお願いします。」
「おう! こっちは任せておけ。せっかくだ。派手な祭りにして盛り上げておくぜ!」




