三話 お行儀よくしよう
名無しの権兵衛とカミツキウルフの【ツジキリ】が終わった後。
名無しの権兵衛だけが元いた場所に戻ると、遠巻きで見ていた他の【写し持ち】達がこぞって男性を通して名無しの権兵衛への【ツジキリ】の申し込みをしているところだった。
【合戦場】では画質は荒いが試合を視聴する事ができる。先ほどのカミツキウルフとの試合も多くのもの達に見られていたようだ。
「名無しの権兵衛さーん。みれいさーん。また【ツジキリ】をお願いします。」
受付係りも務めている男性に呼ばれた名無しの権兵衛は言われるがまま、次の試合場へと転送されていく。
名無しの権兵衛はこの日だけでも十数回ほど【写し持ち】達と殺し合いをし、途中で一対十で殺し合いをしたが、その全てに勝利を収めた。
戦いが終わった後、名無しの権兵衛は疲労感を感じ、明日もまたやるのかと思い気が重くなった。
◆◇◆◇◆
次の日
「次は俺だ!」
「おい割り込みするな!」
「痛い痛い! 順番は守れ。」
「みなさーん。大変危険ですので順番は守ってくださーい。」
現在、名無しの権兵衛は多くの人達の視線に晒されながらこれから戦う予定の【写し持ち】達を見ていた。昨日よりも遥かに人数が多い。気性が荒いもの達が多いため今にも喧嘩が始まりそうだ。
想像以上に人が集まってしまったため、通行人の邪魔にならないよう急遽大通りの近くにある広場へと移動し【ツジキリ】の申し込みを受ける事になった。簡易ではあるが受付場を設置しそこで男性が忙しそうに受付を行なっている。名無しの権兵衛はその後ろで【写し持ち】や遠巻きで見ている一般人からたくさんの視線を感じていた。
「どけ! お前達。」
騒ぎがさらに大きくなる。
どうやら後からやってきた集団が並んでいる人達を押し除け自分達が先に受付を済ませようとしているようだ。
ちゃんと並んでいる他の【写し持ち】達は集団の横暴な態度に怒りを表す。
「あぁ? なんだお前ら! 順番はちゃんと守れ!」
「あっ、俺こいつら知ってる! 流浪ぶっ殺すの会の奴らだ!」
流浪ぶっ殺すの会というのは流浪に怨みを抱える者達の集団だ。
流浪を殺すためならなんでもするため、周囲からの評判はかなり悪い。今やっているように行列の横入りをしようとするのは当たり前で、過去には流浪と交流のあるもの達を人質にしようとしたり試合前に流浪に毒を盛ろうとしたりとかなり悪質な行為が目立つ。何度も何度も注意され処罰を受けても止める気はない。流浪がいなくなるまでの間あの手この手を使い流浪殺害に力を注いできた。
「何でお前らがここにいるんだよ。あそこにいるのは名無しの権兵衛っていうやつで流浪じゃねぇぞ。とっとと失せろ。」
「確かにその通りだ。だが、やつは流浪が持っていた【無名】を手にしている。」
「それがどうしたんだよ。」
「流浪が我々の目の届かない所で死んだ今、我々の恨みは、先代達の怨みは一体どうやって晴らすのか?」
「知るか。」
会話が微妙に成立していない。
並んでいる【写し持ち】達は鬱陶しそうにし、流浪ぶっ殺すの会のもの達は自分達の主張をするだけで他のもの達の話にあまり耳を傾けてはいない。
「答えはそこにいる名無しの権兵衛を殺す事だ! 流浪の刀を持つやつに流浪の分、責任をとってもらわなくてはならない! 一刻も早くやつを殺さなければ!」
「だったら最後尾に並べよ。」
「貴様らがどけば済む話だ!」
「何でそうなるんだよ!」
自分達の目的を果たすためなら他者などどうでもいいと言わんばかりの態度にきちんと並んでいるもの達の怒りが今にも爆発してしまいそうだ。
名無しの権兵衛も流浪ぶっ殺すの会の存在は聞いた事あるが、ここまで礼儀知らずの連中とは思いもしていなかった。気性は荒いが他の【写し持ち】達の方が礼儀を弁えている。
受付をしていた男性や応援に駆けつけてきた人達が何とか宥めている様子を見て名無しの権兵衛はこっそりとため息をついた。
◆◇◆◇◆
数日後
名無しの権兵衛は居心地が悪かった。
何せ五十人以上の多種多様な種族の人間や妖怪が全員自分に向けて血走った目で見ているのだ。そんな目で見られて平然でいられるほど名無しの権兵衛の心は強くない。
名無しの権兵衛のそんな気持ちに気がつかない巫女服を着た少女、みそらは地面すれすれの低空飛行をしている円盤の上で明るい声で両者の間に入っている。
「はいはいはーい! 今回の相手は流浪ぶっ殺すの会の人達バーサス名無しの権兵衛さんの対決でっす! みなさんがんばってくださいね!」
「おう! まずは俺達からだ。」
「ちゃんと十人以内に収めましたか? それを超えちゃうと【ツジキリ】はできませんよー。」
「無論だ。」
「はーい。それでは転送しまーす。」
「あっ。少し待っててくれ。」
この戦いから逃げられない事は分かっている。そうだとしても名無しの権兵衛はこの場から立ち去りたかった。
名無しの権兵衛には関係の無い怨嗟の声を間近で聴く事になるのは簡単に想像がつく。
そしてなにより。
「行くぞお前らぁあ!」
「「「「「「「「「押忍!」」」」」」」」」
「声が小さい! そんなんで我らの怨みが晴らせるかぁ! もう一度!」
「「「「「「「「「押忍!!」」」」」」」」」
「まだまだぁ! 我らの怨みはこんなものでは無い! もう一度行くぞ。行くぞお前らぁぁあ!!」
「「「「「「「「「押忍っ!!!」」」」」」」」」
「すみませーん流浪ぶっ殺すの会の皆さん。早くしてください。」
名無しの権兵衛はこのようなのりは苦手だ。