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歯車が回り始める時  作者: 黒虹
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腕の中に落ちる

静かに横になっていた彼女が小さな唸り声とともに寝返りを打つ。


意識が浮上したのだろう。


勢いよく体を起こしたと思ったら、頭を抱えてベッドに沈んでいく。


泣いた後は頭が痛くなる。きっと彼女がその状態なのだろう。そういった頭痛は頭を動かすと痛みが増すのは知っている。


「…急に起き上がるから」


そう声を掛けると、唸り声が消えた。


ぴたりと動きを止めた彼女はしばらくすると今度はゆっくりと体を起こした。


こちらを見ることはなく、俯いたまま。その表情は見えなかった。


彼女の表情が見たくて、体を壁から離すと不安そうに彼女がこちらを向いた。


「ひどい顔」


青白い顔に腫れた瞼。


お世辞にもかわいいとは言い難いのだろうけど、それでも切なくなるほどにそのすべてが愛おしく感じる。


「寝れてないって、光輝に聞いた」


本当は聞いたわけじゃないけど、知っている。


青白い顔はそのせい。寝不足の時の顔色はよく知っている。


傍に寄ってこめかみに張り付いた髪を梳けば、びくりと体が震える。


笑いが込み上げそうになる。


その反応は、俺を一人の男として認識したからだよね。


「その分だと食事もろくに取ってないでしょ。作るから、リビングにおいでよ」


そう言って足をリビングに向けて、ふと立ち止まった。


「急に出てったりしないから、そんなに心配そうな顔しないでいいよ」


彼女が心配しているのはそこだろう。安心できるかどうかは分からないけど、彼女に向かって少し笑む。


あんまり上手に笑えなかったかもしれない。


そんなことを思いながら、キッチンに立つ。


冷蔵庫を開ければ、俺が出て行った夜のままになっていた。本当に、何も食べていないのかもしれない。


俺が体調を崩した時に侑奈さんが作ってくれた卵雑炊を思い出す。


今度は俺が彼女に作ってあげたいとそう思って作り始めた。


背後に彼女の気配はするのに、部屋から出てくる様子がない。


「そんなところに立ってないで座りなよ。」


苦笑してテーブルに着くように促した。


おずおずとしながらも素直に俺の言ったことに従う彼女を可愛いと思った。きっと弱ってなかったらこんな侑奈さん見る機会無かったんだろうなと思うと、こんな状況でも嬉しく感じる。


「本当に俺がいないと食事適当になるよね。冷蔵庫、俺が出てった時のまんまじゃん」


いつものように食事の用意をする俺を、彼女の視線が追ってくる。


まるで幼い子供みたいだ。


「食事、ほとんどしてないんでしょ?卵雑炊、少しは胃に優しいでしょ」


「なんで…」


彼女に器に盛った雑炊を差し出せば、そんな言葉が返ってくる。


それはここにいる俺に対するものなんだろう。何故、ここにいるのかと。


でもそれを今は説明してあげない。それよりも、確かめたいことがある。


「なんで泣いてたの?」


その答えを知りたい。


俺が考えている通りなのか、それを自覚してるのか。


質問の意味がわからなかったのか、呆けたような表情の彼女にもう一度問う。


「侑奈さんはなんでそんなに瞼が腫れるまで泣きはらしたの?」


「…なんで、って…」


自分でもわかっていないのだろうか、俺の言葉に動揺しているように見える。


逃がしてあげられない俺を許してほしいと思いながら、追い詰めるように言葉を紡ぐ。


「俺のことが心配だった?」


そう問えば戸惑いながらも頷いた。


「心配なだけでそんなに泣いたの?」


今度の問いには首を傾げるような仕草をする。肯定のうなずきがないことに安堵しながらさらに問い掛ける。俺はその裏にある侑奈さんの感情が知りたい。


「寂しかった?」


俺が何でこんな問いをしているのか分からないのだろう。続けざまに問う俺に困惑している。そんな彼女に苦笑が漏れる。


「俺がこんなことした理由、聞きたい?」


もう後戻りなんてしないし、彼女にもさせてあげない。


「…こうでもしないと、侑奈さんきちんと考えてくれないでしょう。……泣いたのはなんで?俺は侑奈さんにとってどんな存在?」


そう問いかけて、彼女は息を飲んだ。


その表情を見て、よかったと思う。彼女は理由に行きついた。


俺が考えていたのと同じ所に。


小さく首を振る彼女は、行きついた理由を受け入れられないのだろう。


それでももう、俺は逃がすつもりはない。


「分かってると思うけど、俺は保護者の顔が欲しいんじゃないからね。世間体を気にしたまっとうな答えなんて欲しくない。…侑奈さんはなんで泣いたの。」


逃げ道を塞ぐように言葉を伝えれば、彼女は耐えるように唇を噛みしめる。


「…言って。侑奈さんが強情なのは知ってる。でも、自分の気持ちには嘘をつかないでよ。言って。」


「言えるわけが無いでしょう!」


言葉を誘導する俺に反発するように叫ぶ。


「 認めろって言うの?認められるわけが無いでしょう!?そんなことしたら、私、最低の人間じゃない…」


違う、最低なのは俺のほうだ。泣きそうな彼女に心が痛む。


「それでも、俺はそれを望んでる。あなたを一人にはしたくないから。」


「やめて…」


立ち上がり逃げ出そうとした彼女を追いかけて、部屋に逃げ込む前に腕を掴んだ。


「どうして?どうして保護者のままでいさせてくれないの?」


震えた声と同時に彼女の頬に涙が零れ落ちていく。


「…俺が嫌だった。そんなことしたら、侑奈さん簡単に俺から離れていくでしょ?」


「そんなことしない!私は…」


「するよ!俺の気持ちを否定し続けて、自分の気持ちに気づかないで俺のためだって言いながら保護者の顔のままで俺の前から消えるんだ!」


俺の言葉を否定しようとした彼女に、少しの苛立ちが募る。


今日、光輝に俺を手放す意思を示したのは侑奈さんだ。ほんのついさっきまで、自分の気持ちにすら気づかずに。


「それなら自分から掴み取りに行くしかないじゃないか」


腕を強く引いて侑奈さんを自分の腕の中に閉じ込めた。


「俺が消えても、侑奈さんが変わらなかったら本当に戻らないつもりだった。でも、こんな状態のあなたを見せられて、諦めろって言うほうが酷だよ。」


そう、戻らないつもりもあった。それでも、侑奈さんの心も自分にあると知ってしまったら、手放すことなんて出来るはずがない。


「蓮司…」


小さく首を振って俺の胸を弱々しく押し返す。


抱きしめる腕を緩めることなんて出来るはずがなかった。


「お願い、言って。それが罪だって言うなら、俺が一緒にその罪を背負っていくから。侑奈さんの気持ちを、ちゃんと言って。」


祈るように言うと、侑奈さんが小さく息を吸うのがわかった。


「…苦しかった…まだ、一緒に、いると思ってた、から。」


小さな声でたどたどしくつぶやかれる言葉。止まってしまわぬように先を促すと、ぽろぽろと零れるように言葉が繋がっていく。


「……美弥と、崇さんの、忘れ形見。…自分の子供だと思って、育ててきた、つもりだった。」


そう思ってくれているのは、痛いほどに知っている。


「大事、なの。何よりも。離れることが、耐えられないくらい。…疑似家族していたかったの。知らない振りしなきゃなんだって、思ってた。蓮司が離れて行ったらって、恋人ができたらって考えたらたまらなかった。嫌だって思ったことがあった。でも、知らない振りしたの。そうじゃないといけないから。」


今にも泣き出してしまいそうなほどに、声が震えていた。紡がれる言葉が嬉しくて、泣かないでいいのだと伝えたくて柔らかな髪をゆっくりと撫でる。


「蓮司のことが、大事なの。……好き、なんだと、思う。子供としてではなく…」


躊躇しながらも、きちんと言葉を伝えてくれる彼女が愛おしい。そして、その言葉の全てが俺を幸せに押し上げる。


自然と腕に力がこもる。


もう二度と離さない。


「すごい不安にさせたよね。ごめん。でも、俺は嬉しかった。ひどい言い方かもしれないけど、侑奈さんがこんなになってくれなかったら、きっと俺は帰ってこれなかったから。…俺、これからも侑奈さんの傍にいてもいい?」


夢でなく現実であると感じたくて、彼女に問いかける。


「…いてくれなきゃ、こまる」


縋るように俺の上着を握りしめる彼女の行動に、嬉しさで暴走しそうになった自分をすんでのところで押しとどめて耳元で囁いた。


「…それなら、覚悟しておいて。たぶん、我慢効かないと思うから」


それなのに意味が分からないというように呆けながら俺を見上げる彼女にほんの少しムッとした。


だからそれを行動に移す。


「こういう意味、分かってる?」


短く触れただけの唇。抑えているのが精一杯なのだと分かってほしい。


瞬間、顔を真っ赤にした彼女に効果はあったのだと嬉しくなる。


「分かってる、けど。頭、整理する時間くらいは欲しい、です。」


恥ずかしがるように軽く胸を押される。だから、少しだけ体を離した。


俺の暴走にストップをかけたいのだろうけど、今迄見ることが叶わなかったこんなに可愛い姿を見せておいて、それは無理というものだと思う。


「善処します。でも、できるだけ早めにお願い。これでも健全な男子大学生なので。」


「どこが健全よ!!」


言葉だけで妥協を示すと、怒りの声が飛んでくる。


「一応成人するこの年まで我慢したんだから、褒めてほしいくらいですけど?」


本当に。嬉しさで今にも押し倒したいと思っているのは健全な証拠だと思うが、そんなことを言ったらさらに怒られそうだ。


「ほら、怒ってないでご飯食べなよ。もう冷めちゃったんじゃない?暖めなおそうか?」


顔を赤くしたまま首を振る彼女が本当に愛おしい。


これ以上触れていたら本当に押し倒しそうだ。


名残惜しいが、彼女を椅子に座らせて、自分もいつもの定位置に戻る。


今はテーブルという防波堤がないと自分を抑えられない気がする。


狂おしいほどに望んだ相手が、自分の腕の中に落ちてきてくれたのだと、今すぐにでも確認したい。


それと同時に、やっと、守られる側から守る側に移れたのだと、これからは自分が彼女を守るのだと強く決意した。



これで全て終了になります。


同じ場面の視点違いの話を重ねてしまいましたが、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しく思います。


光輝の話はこの続きにするには些か暗すぎる上にハッピーエンドにはなりにくいので、気が向いたら別の話として投稿します。


…暗くなるので、書くだけ書いて投稿はしないかもしれません(笑)


色んな伏線が回収しきれなかったのが心残りではあります。


その後のおまけを光輝の独り語りとして一話投稿したら、本当に終了になります。


ここまでお読み頂き、ありがとうございました。


黒虹ユエ。

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