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Ⅱ
どうしてその場――大学の門前で浮いてしまうのか。サラはまずそれについて考えてみた。
年齢は、大差ない。サラは大学卒業したばかり、彼らは現役の学生。皺の数がそんなに変わってくるはずがない。では服装か?――そうかもしれないが、そうでないかもしれない。
美大生たちは、奇抜なデザインを着こなしてみたり、モデルのようなスタイルを惜しげもなく見せびらかしてみたり(というか本当のモデルも出入りしているらしいので、見分けが付かない)、かと思えばぼろきれみたいなものを着た、外見に気を払わない者もいてみたりだ。
サラは普通だと自分で思っている。少なくとも、街中で注目されるようなところはない。眼鏡は少々やぼったいが、そこそこ流行を取り入れた無難な私服姿だ。
大学の門前では、待ち合わせている人の姿も多い。セイファと口喧嘩していた時に注目を浴びてしまうのは当然だが、なぜ待っているだけで「不審者」扱いされるのだろうか。
悪くないと自負している頭で考えてみたが、結局わからなかった。
わからないのは情報が足りないからだと信じて、今日もやはり大学門前にいる。学生たちと自分の違いを見つけるための観察だ。ただし、この間の件を教訓に、門から道を隔てたバス停で、門付近を見つめ続ける。
この瞬間には残念なことに、サラは研究職向きだった。一点集中型で、観察し続ける根気も持ち合わせていた。――にらみつけるような形相で、一瞬たりとも目を離さないその様子が、以前とは別の意味で彼女を目立たせている。本人は気づいていない。
「ねえ、何やってんの?」
唐突に背後から声をかけられて、サラは飛び上がった。別のところに集中していただけに、その衝撃は大きい。
「う、へ・・・っはい?」
「さっきから怖い顔で門のところ見てる。不審者?」
「ち、違います!」
声をかけてきたのは、小柄な青年だった。よく見れば大変個性的な配色の服を、違和感無く着こなしている。サラの分類では少なかったタイプだ。モデル型と奇抜型の間といえる。
人種はよくわからない。少ししゃべった限り、訛りが無いので少なくとも育ちはイスヴィラだ。少しばかり、中央世界の人々と似た印象を受ける。先祖のどこかに、その系列の人がいるのだろう。
そしてセイファに対しても抱いた感想だが、自己主張の強そうな顔立ちだった。――はっきり言って、この大学に出入りしている人間の多くに見受けられる。一見、自信なさげに背中を丸めていても、目の奥がぎらついている。
「で、あなたはなんなの?」
「わたしは・・・・・・ええと、し、仕事で」
研究所の名前は出せない。しかし咄嗟の事で頭が回っていない。
「仕事?」
「え、営業で、こっちに飛ばされたんですっ。古めかしい、経営者一族なんてものが存在する会社でっ!・・・その、上から現地案内の人間を紹介されて」
「それが、うちの学生?」
「はい・・・・・・」
「で、相手にされてない?」
「はい、ちっとも。こっちに居るはずの新しい上司にも、彼経由じゃないと会いにいけないんです。だけど、彼はちっとも動く気が無くて」
話していると本当に落ち込んだ気分が再発しそうになる。けれど、彼はそれを吹き飛ばすかのように、無邪気で明るい。
「ふうん?社会のことはよくわかんないけど、面倒だね」
よかった、世間に疎いやつで。
学生時代からどっぷり研究所に浸かっているサラは、実のところ世間一般の会社がどんなものなのかわからない。授業と本と友人たちの話だけが、情報源だ。
「ただ、俺でもわかることがひとつあるんだけどさ。それって、はっきり言って左遷じゃなくてクビってやつじゃない?」
「ししし失礼な!」
「辞表出せって言ってるようなもんだよね」
「う、うそ!」
この人手不足の時代にそれは無い。それは無いはずだとサラは九割信じているが、青ざめる。セイファから怒られたことなんて、それと比べたら・・・!
「ま、どうでもいいんだけど。隣、座っていい?俺、バス待ちなの」
「もちろん」
「俺、ナターリア」
さらりと自己紹介される。――その名前に、サラは驚いた。
「えっと・・・プラッツィエあたりの出身ですか?」
驚きを隠すために、出身の話題に切り替えてみる。
すると、ナターリアは盛大に笑い始めた。
「あなた、おもしろいね。ナターリアは本名じゃないよ。芸名?ってやつ」
「はあ・・・最近は男性に女性名をつけるのが普通なのかと焦りました」
「俺の作品ね、女性的って言われることが多かったの。だから、いっそ女の名前にしておこうと思って。ちなみに出身はイスヴィラのグノーエだよ」
「なるほど・・・、私はサラです」
「出身は?」
「ガリアスのパン」
「そのわりに、あんまり訛らないね。ガリアス人は、もっと鼻にかかる発音しないっけ?」
「十二のときに、イスヴィラに移り住んだんですよ」
「こっちに飛ばされたって言ってなかった?就職はガリアスで?」
「いえ、高校は大陸の連邦に、大学から黎逢」
「で、現地就職したと思ったらまたイスヴィラに?世界の端から端へ、忙しい人生だね」
またナターリアが笑う。
「サラが待ってる人は、会社の経営者の親戚かなんか?」
「さあ・・・よくわからないんですよね。ぜんぜん話してくれないし」
実際にそうだった。セイファはハルゲン基地局長の知り合いで、それもかなり親しい間柄であるらしいことは聞いているが、それだけだ。どうしてただの美大生と、大規模な研究所の権威ある技術者が知り合えたのか、そこからして疑問である。
「ナターリアは、大学でなにをやってるんですか?ええと、私、詳しくないんですけど・・・」
「いろいろ。彫刻をメインにね。あなたが待ってる人の専攻は?」
「それが、知らないんです」
残念そうに眉を下げたが、本当は聞こうという気持ちにもならなかった。芸術に触れてこなかったうえに、あのセイファの専攻だ。興味が湧かない。
「名前は?」
「セイファ。えっと・・・・・・セイファ・マキ」
「セイファ?」
ナターリアがその名前を確かめるように繰り返した。そのとき何の偶然か――噂をすればと言うが、タイミングを計ったかのように門のところにセイファが現れた。
「あ、来ました」
いつもはサラの姿を見つけてすぐに嫌な顔をするのに、セイファは遠目にわかるほどに驚いていた。なぜだろうか、とサラは首をかしげる。
セイファはこちらへと速度を上げて近づいてくる。
「じゃ、私行きますね、ナターリア。お話してくれてありがとう」
「うん、ばいばい」
笑顔でナターリアに別れを告げ、サラの方からもセイファへ向かって、道路を渡った。
セイファがすぐさまため息をついた。
「・・・・・・なんで懲りずにこんなところに居るんですか、あなたは」
「仕事ならがんばれるんです」
本当は、びくびくしている。彼が怒るポイントが、いまだにはっきりわかっていないのだ。そして年下で畑違いの意味不明な上官ではあるが、怒られて落ち込まないほど図太い神経ではない。――しかしそれを悟られたくは無かった。
「変ながんばりしなくていいです。真面目に言ったことをこなしてくれれば・・・・・・」
あきれ調子のセイファだったが、ちらりとサラの背後を見た。その瞬間だけ、嫌に鋭い視線になる。
「ナターリアと話してました?」
「ええ。知り合いですか?」
「いや。あっちが有名なだけ」
「えっ、有名なんですか?!」
思わず道の向こうを振り返ると、視線に気づいたナターリアが軽い笑顔でぴらぴら手を振る。そこへバスがやってきて、ナターリアの姿は視界から消えた。
「・・・で、あなたは懲りずに何のつもりで?」
「失礼なっ。前回のことを反省したんですよ、私。だから、どうして大学門前で浮いた上に不審者扱いされたのか研究のために、学生さんを観察していました」
「・・・・・・」
セイファは頭を抱えた。
「なんですかっ!観察は研究の基本ですよっ!」
「そういうことじゃなくて、頭とか労力の使い方を間違ってるんじゃないかって話です」
答えるセイファの声は冷たい。――と、思うまもなく彼はサラから視線をはずし、歩き始めた。サラはあわてて追いかける。
「セイファっ!」
「なんですか、もう」
面倒だと言わんばかりの返事。歩みは一瞬たりとも乱れない。
「話を聞きたいんです。くだらないことでもいい、仕事に直結しなくてもいい、ただ、自分がかかわることの一面だけでいいから、知りたいんです!」
訴えながら、心のどこかであきらめていた。また冷たい無視か、よくて「ご勝手に」くらいの言葉が返ってくるだろうと。
しかし、セイファは歩みを止めて、振り返った。
「なら、一緒に来ますか?」
「え――ええ?」
「あほ面さらしてると、置いて行きますよ」
すぐに彼の歩みは再開される。
サラは面食らって三秒ほど脳も体も機能停止に陥っていた。我に返り、彼の言葉を反芻し、そして足が動くようになったとき、すでにセイファとは十メートルの距離が出来ていた。
「ままま待ってください!行きます!ていうかあほって何ですか失礼なっ!」
彼の背中を目指して走りながら、サラは思う。
(――初めて言葉が通じた気がするわ)