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ナラが娘を寝かしつけてから居間に戻ると、客人二人は休憩していた。
ナラよりもこの家の台所に詳しいセイファは、夜食まで作ったようだ。テーブルの上には、お茶とサンドウィッチが置いてあった。
「スーは黎逢にいたころ、ラボ・チャイルドだったんですよ。僕とも少しだけ時期がかぶってて、それで、懐かれて」
「セイファでもこどもに懐かれるんですねぇ」
失礼なことをしみじみといったていで言ってのける新人。ナラは呆れと感心半々で彼女の後姿を見つめた。
セイファはセイファで、気にもしていないらしい。優雅に発酵茶を飲んでいる。
「スーは十歳って言ってましたから・・・セイファとは、十歳違い?」
「ええ。かぶってたのは三年ってところかな。スーは学習室に入ってきたとき、まだ二歳くらいだったかと。――ですよね?」
所内学習室――〈チルドレンズ・ラボラトリィ〉のことである。簡単に言えば、託児所と前期中等教育までをカバーする学校が一緒になったものだ。
「そうそう。奥さんの育児休暇が終わったところで入れたからね」
話を振られたナラはうなずいた。
「俺にももらえる?腹減ったし」
「どうぞ」
ポットから発酵茶が注がれる。妻のハーブティーをブレンドしたようで、ふわりと香る。混沌としたハーブティーも、こうした香り付けだけならば悪くない。サンドウィッチの具は、ハムとスクランブルエッグ、夕食の残りの温野菜だ。
「そうそう、スーと奥さんの明日のお弁当、作っています。奥さんにそう伝えてください」
「お前すげぇな」
「なんでそんな嫌そうな顔で言うんですか」
「呆れてんだよ。そこまで気ぃ使うこたぁねぇのにさ」
「休日なのに仕事手伝わせましたからね、その分のお礼も含まれてます」
「そうじゃねぇって」
サンドウィッチにかぶりつく。シンプルで、優しい味。セイファの料理は難しくないものばかりだが、ちょっとした手間を惜しまない丁寧な作りだ。
「俺ら、結構長い付き合いじゃん。それこそお前がひょろい豆もやしみたいなころから」
彼はよく泣いていた。
大人しくて、人見知りで、そもそも他人と交わるのを嫌った。所内学習室では孤立気味だったと聞く。
こだわりが強く、潔癖の気があり、とにかく相手にするには面倒なこどもだった。成長期に差し掛かる頃には、親への反発やコンプレックスからか、より面倒になっていった。
けれど、スーはセイファになついた。セイファもよく相手をしてくれた。
今でこそ一人前の顔をして、一人前の口をきく。しかしナラにとって、セイファはまだこどもだ。息子のようだとまではいえないが、年が離れた弟のような、いつまでたっても大きくならない対象である。
「もっとさぁ、ずうずうしく甘えてくれてもいいよ?むしろ、あんま他人行儀にされると傷つくっていうか」
なぜかセイファは眉間に皺を寄せた。
「ずうずうしくって、今でも充分ずうずうしいでしょう。普通は、ひとの家の台所使いませんよ」
「・・・まあね。お前はちょっと方向性が違うのかも」
「方向性?」
「気にするな」
天才たちと共に育ったから、その感覚がずれるのは仕方ないのかもしれない。
これを見ていると、つくづく思う。スーを所内学習室から出したのは正解だと。
セイファが悪いわけではないし、所内学習室という場所が悪いわけでもない。合う合わないがあるし、その時集まったこどもにも因る。
「そろそろお暇します。ナラは、明日は?」
「休みだよー。夕方には戻るけどね」
「忙しいですね」
「仕方ねぇよ。でも俺、遊んでるほうだし、これ以上文句は言わんさ」
「知ってますよ」
セイファは呆れ調子だ。
二人は荷物をまとめると、何度目かの礼を言って帰っていった。
閉まったドアを見つめながら、ナラは安堵した。
あの二人、上手くいっていないのかと思っていた。だがセイファにしては上手くやっているようだ。あの重度の人見知りはだいぶ緩和されたのだろうか。
人見知りと言うと、少し違う。一種、厭世的ともいえる性質だ。セイファや、イーニアスもそうだが、「あの時期」のラボ・チャイルドたちは全体的にそういう傾向があった。大人に対して――今は彼らも大人だが――、妙に頑なで攻撃的な一面がある。
その理由――あの時の所内学習室でなにがあったのか、ぼんやりとだが聞いている。
所内学習室は、研究者のこどもたちが学ぶ場所。そこで親の血を引き天才として生まれた少年少女は、才能を開花させた。させすぎたといってもいい。ろくに心が育っていないのに、考えることだけは一人前だった。
自分の娘を所内学習室に置いておきたくないと思ったのも、セイファたちのことを知ったのがきっかけだ。
妻の仕事に都合がついてすぐに、ナラは娘を研究所の外に出した。普通の学校に行って、普通に暮らしていけばいいと思った。研究者の身内と知られれば、テロリストに狙われる危険もあるから迷ったが、妻はナラの意見に賛成した。
ろくに家族に会えないのはつらい。出来るなら娘の成長を日々見守りたい。
でも、自分の欲求よりも娘の健全な成長のほうが大事だと思うのだ。
ふいに、家の呼び鈴が鳴った。居間の入り口に設置されたモニターに、妻の顔が映る。満足そうな表情だ。友人との食事は充実したものだったらしい。
ナラは立ち上がった。
妻をとびきりの笑顔で迎えるために。




