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食事を終えて片付けまで済ませると、セイファとサフラテス準研究員は仕事の話を始めた。
ナラは娘との会話を楽しみたかったのだが、肝心のスーはさっさと入浴。その後は友人とウェブ上のリアルタイム通信を約束しているのだという。
仕方なく、仕事の話をしている二人のところに行ってみた。
二人は、ナラが趣味でハイスペックに組み上げた家庭用端末の前で、難しい顔を寄せ合っている。
「どしたの、お二人さん」
「ああ・・・別に良いですよ、せっかくの休日に仕事に加わらなくても」
「家族との時間潰されるわけじゃねぇなら、別に構わんさ。いつもの仕事と違うと、気分転換にもなるし」
「前半は真面目っぽいのに、なんで気分転換とか軽いノリの発言するんですか。だからあんた娘に邪険にされるんですよ」
「オーケィ、俺明日からかっこいいパパ目指す」
「そういうのがダメなのでは・・・・・・なんでもないです」
サフラテス準研究員の引きようが酷い。
「で、言うてみな」
「先日のテロ事件、知ってます?」
「ほう?」
セイファの質問は、ナラをばかにしているわけではない。研究所にこもりっぱなしだと、外の情報が入らないのだ。ナラは市内に家族を住まわせているから気にしているが、そうでなければニュースをチェックする余裕も無い。
「美術館爆破テロだな。レナラストがらみと聞いている。同僚が犠牲になってたな」
「本部から派遣の研究員だったようですが、お知り合いで?」
「いや、片方な。名前を互いに知ってる程度だが・・・まあ、思うところは色々あるさ」
「そうですね」
研究員はテロの対象。
とは言うが、ナラのように普段研究所の外にろくに出られない者は、狙われる確率も低くなる。外との接触が多い対外対策室や、テロリストと直接対峙することもある特殊警備隊員に犠牲者が多い。今回も、これらの部署の者たちが一人ずつ犠牲になっている。
「なんだぁ、もしかして局長、お前らに調査任せたのか?」
「そのまさか。一応聞きますが、この顔に見覚えは?」
端末に現れたのは、若い男の、モンタージュと思われる画像だ。どこにでもいる没個性の顔で、なかなか覚えられそうにない。
「知らねぇな」
「爆破テロの実行犯です。・・・・・・エアノストラの、元学生です」
「・・・ほう」
エアノストラ――正式名称、イスヴィラ国立エアノストラ総合芸術大学である。セイファはここの学生だ。
犯人は、この写真を見る限り二十歳をいくつも過ぎていない。セイファとは在学がかぶっている可能性が高い。
「それで、お前に回ってきたわけか」
「単純に人手も足りないんだと思いますけど」
「なら、イスヴィラの警察に任せりゃいいんだよ。それを研究所へのテロだからって、無理に引っ張ってくるこたぁねぇのに・・・・・・あの局長は、融通がきくのかきかねぇのかわかんねぇな」
いくら特殊技能者の肩書きはあれど、セイファは客員の身分であり、そもそもが大学生だ。畑違いの分野に進んでいるということもある。部外者といっても、差し支えない。
そんな相手にテロ事件の調査を手伝わせるハルゲン局長の神経を、ナラは理解できない。
「まあな、同じ大学に通ってたからこそ見えるもんもあるだろうし、調査するにも怪しまれないって利点はわかる。でも、参考程度に協力を仰ぐ形にだって出来たわけだろ?まったく・・・メディアにバレたら叩かれるな」
「その時は、僕の技能者の肩書き使うか、過去でも引っ張りだしてくるでしょう。もしくはこの準研究員に調査させていて、僕が補助だった、とかね」
「報道されたら平和な生活はもう無理だよせーちゃん。どうするよ、昔のお仲間みたく逃げるか?」
「・・・・・・さあ?」
やれやれ、とナラは内心でため息をつく。
セイファはいつも煮え切らない。芸術の道に進みたいなら進みたいとはっきりさせて、研究所とは縁を切れば良いのに、ずるずると局長の頼みを聞き続ける。
セイファと仲の良かったラボ・チャイルドたちの約半数は逃げてしまった。おそらくセイファは彼らと連絡を取っているのだろうが、ナラはそのあたりを追及しない。
ナラは彼らにあったことをぼんやりとしか聞いていないが、どちらかといえば彼らに同情的だった。
「それで、この爆破犯がなんだって?」
「美術館との交渉の場は、随分と慎重に設けられたそうです。一介の市民が偶然情報を得たとは考えにくい。爆弾にしたってそうで、美大生の知識では作れませんし、すぐにすぐ用意はできない。こっち、爆弾についての解析結果」
「ほう?」
爆弾の作り方はいろいろある。素人が、日常で手に入る物から作ることも可能だ。しかし解析報告は「非常に高性能。作り慣れた者の手で製作されたと見られる」と締めくくっている。
「素人が手に入れるにはちょいと出来が良過ぎるようだな」
「ええ。こっちが犯人について、今のところ調べがついているもの」
「エアノストラ・・・退学?」
三年前に入学、専攻は彫刻。一年前に退学。理由は一身上の都合。
成績はあまりよくない。もっとも、芸術に対してどのような評価基準があるのかナラは知らないので、ここから人物像は読み取れない。
「で、こいつもレナラストファンか?」
「おそらく。その経歴、レナラストとそっくりですから」
「へぇ?」
「彫刻専攻、二年目に退学、理由は一身上の都合。家で描いていた絵に没頭して、ろくに大学に行かなくなって、教授と喧嘩して、いろいろありましたが自主退学という形でピアが話をつけました。この犯人も、大学の出席率が落ちていって、自主退学」
「まるでレナラストを再現しているようだと?」
「ええ。この人の作品の情報もありますが、レナラストを劣化させて過激にしたような表現です」
セイファは端末にその作品を表示するが、門外漢のナラには評価しようがない。好みを言うなら、好きではない。
「芸術はわからんな」
「参考にしたと思われる、レナの彫刻がこっち」
人間と動物が入り乱れた彫刻だ。種の判別がつかない四足の獣に、人間が膝を抱えて座り、人間が伸ばした手に鳥が舞い降りる。足には蛇。
ふたつは確かに似ている部分がある。比べれば、レナラストの作品のほうがやわらかく繊細で、なおかつ躍動感があった。
「わからん」
どちらか一方を絶対に買えと言われたらレナラストを選ぶが、何事も無ければナラは一生手を出さない品だ。
「レナラストファンなのはわかったから、それで、問題は?」
「爆弾の入手ルートを考えると、単独とも思えないし、過激なファンが集まっただけの弱小テロ組織でもないでしょう」
「でかいところだと?でも、あれ?犯行声明出てなかった?」
「聞いたことも無い組織名でした。自称テロ組織っぽいですが、それを隠れ蓑にした大きなのが後ろにいるんでしょうね。イスヴィラですから、有力なのは〈ガラテア〉とか〈統一世界〉、ですかね」
「つまり、背後にいるのはどこのどいつか。一介の学生が、どうやってテロ組織なんぞと繋がったのか。――知りたいのはその辺か」
となれば、調べるのは難しいだろう。
犯罪に慣れた組織は、痕跡を残さぬように動く。ついこの間まで一般市民だった学生は使いやすく捨てやすい駒だ。
「今回の事件はレナラストファンでなければあまり意味の無いテロです。これに情報と爆弾を提供したとなれば・・・・・・」
「普通はギブアンドテイクだわな。でかい組織側が欲しいのは、マークされていない身軽な身分の人材」
「次のテロが起こりそうな感じがしません?」
「ひしひしと」
しかも次は、研究所に大きな被害をもたらすような狙われ方になる。
ナラは腕を組み、唸る。
「なーんか研究所が騒がしかったけど、これのせいかね?」
「違うと思います。僕が伝える前に、警戒レベルが上がってましたよ。連絡が取りづらいことといったら。・・・ナラも知りませんか?」
「しーらね。俺は一般研究員だもーん。コンピューターとにらめっこしてるのがお仕事だもーん」
研究所の奥深くで働く者に、不必要な情報だ。
「この人本当に四十前の子持ちの・・・なんでもないです黙ります」
サフラテス準研究員が何かぶつぶつ言って、すぐにナラから目を逸らした。
「セイファ、一応この人の名前と顔で検索をかけてみたんですが・・・」
サフラテス準研究員は研究所からの配布端末を、ナラの家庭用端末に繋いで動かしている。
本来、一般的な家庭用端末と接続すれば配布端末が拒否するのだが、ここはナラの家である。しっかり研究所の管理下に置かれている。例えば成人向けのウェブサイトを見ようものなら、勤め先にばれて、次回の出勤時に女性の同僚から氷点下の視線を受けることになるのだ。
その代り、ナラの所属コードで認証をクリアすればここからでも最低限の仕事が出来る。休暇中に緊急事態が起きた場合に、応急処置だけできる程度だが。
セイファたちが研究所の外で調べ物をするならば、ここでの接続がもっとも効率のよいやり方だろう。
「SNSの利用はいくつかありますが、いずれも大学を辞めるよりも前から更新されていません」
「ここからわかる人物像もありますから、一応保存を」
「はい。それから、彼名義の端末による通信の記録です」
通信端末には所属を入力する。大学生ならば、大学の名前や学年、専攻までもが入っているはずだ。入力なしには通信端末を使えない仕組みがある。明確な所属が無ければ、地方自治体がその所属先となる。住民票のある役所での手続きだ。
「・・・・・・大学を辞めて、それ以降の記録がありませんね」
「ええ」
通信がどこで行われたかのリストのようだ。
記録はほとんどイスヴィラ市内。それ以外も、すべて国内である。特定の地方に何度も行っている様子は無い。イスヴィラ市内の記録からも、普通の生活を送っていたように思われる。
「端末なしの生活、できます?」
「しろと言われれば、できなくはないと思いますが」
「不便ですよ。少なくともイスヴィラでは、公共交通機関を使うのも手間がかかります」
「うーん・・・?」
公共交通機関を使う場合、確かに端末の自動通信が使われる。乗り降りに切符や整理券が要らず、小銭を出すことも無い。
うっかり電池切れとなれば、補助的な端末やカード、現金を使うが、乗車時にいちいち身分証の提示をしなければならない。――テロリストには非常に住みにくい街なのだ。
「でも、引きこもってない限り、バスや電車、使いますよね?生活するとなれば、ある程度、行動がパターン化されてきます。バスに乗るとき、いちいち身分証を提示するだなんて、変に思われますよ」
「他人の端末使えばいいだろ。テロリスト同士、融通できるんじゃね?」
「それもありますね。あと、役所に行ったら、こういうものくれますよ」
二人の意見に対し、セイファがポケットから簡易端末を取り出した。
薄くて軽くて手のひらサイズ。作りはかなり甘い。そこにカードが入っていて、セイファがそれを引き出した。クレジットカードのようだ。
「なんですか、これ」
「イスヴィラ市内の公共交通機関用の端末です。生活保護世帯はこれが配布されてますね。端末を買う余裕の無い移民や出稼ぎ労働者、あまり積極的に端末を使う習慣が無いお年寄りなんかが、こういうのを使ってます」
「・・・それをなんでせーちゃんが持ってるの」
ナラはセイファの手から簡易端末を受け取って、細部を眺める。
本当に、簡単な作りだ。特定の情報の送受信だけで成り立つ。誤解を恐れず言えば、偽造できそうだ。
「僕、メインの端末の自動通信切ってますから」
「えー、なんで」
「嫌いなんです、記録されるの。どこから個人情報が洩れるともわからないし」
「神経質だよなぁ、相変わらず」
潔癖な性質をそこかしこに見せるセイファだから、そういうこともあるのだろう。
「とにかく、そういった簡易端末の申請があったかどうか調べたり、毎度身分証を提示してバスなんかを使っていた人がいないか調べれば、彼の空白の一年がわかるかもしれないということですね」
「うーん・・・・・・」
サフラテス準研究員は前向きに結論付けているが、ナラは唸ってしまう。
ここから先の調査は、聞き込みなどの顔が知られてしまうものまで含まれてくる。
研究所関連施設で警戒レベルが上がっている今、無防備な二人にそんな調査をさせていいものだろうか。
「ここまで調べ上げたら、充分助けになってるだろ。後は、あっちに任せても良いんじゃねぇの?」
「でも、私、暇ですし」
「暇だからって、スリル求めてるわけじゃないんでしょ?」
「それは、そうですが・・・」
「顔が知られると、厄介だよ。今後も露出が多い部署なんだし、今からリスクを背負うこたぁないだろ。特殊警備隊だったらいくらか武器もらってるだろうけど、最新の装備があっても死ぬときゃ死ぬぞ」
実際に、美術館爆破テロでも特殊警備隊員が一人死亡している。
歴戦の特殊警備隊員でさえそうなのだ。噂の新人とはいえ、年若い彼女が危険に身をさらすことはないとナラは思う。
「でも・・・」
サフラテス準研究員はそれでもやる気を見せる。
こんな頃が、自分にもあった。ナラは在りし日を懐かしむ。
背後からノックが響いた。気まずくなりかけていた所に、天の助けのようなタイミングである。
「お茶淹れたんだけど、飲まない?」
娘の声である。
中では秘密満載の仕事の話をしていると知っていて、勝手に入ってくることは無い。出来た子だと感心する。
サフラテス準研究員は、端末に表示していた資料の類を閉じた。セイファも懐へと自分の端末をしまっている。
「入っても大丈夫だよ」
セイファの入室許可を受けて、そろりとドアが開いた。
「まだお仕事は続きそう?」
盆に載せられたティーカップを置きながら、スーが言う。
「ひと段落ついたところ」
「そっか。――パパ、このクッキー、あたしとセイファで作ったの」
「マジで?!すごい!スーちゃん天才!」
美しい形と色のクッキーが皿に並んでいる。
手作りとは思えない出来栄えだ。セイファがほとんど作ったのだろうという予測はできるわけだが、しかしナラには娘を褒める言葉しか浮かんでこない。
「スーは器用だからね」
「うん。技術者は手先が器用じゃないとね」
「そっか、技術室に入るのが夢だもんね」
セイファと和やかに会話するスーの発言に、上機嫌は一転、ナラは青ざめた。
「え?スーちゃん、将来の夢はお嫁さんでしょ?」
「何年前の話をしてるのよ。私は、パパと同じように研究者になるの。でも一日中コンピューターと繋がってるとか絶対に嫌!パスカル小父様みたいな技術者がいいの」
「嫌!ダメ!こんな身を削るお仕事やったら、スーちゃん死んじゃう!――セイファてめぇ何吹き込んだんだよ!」
「僕は何も。良いじゃないですか、パパと同じ仕事は絶対嫌!とか言われなかったんだし」
「いや、さっき絶対に嫌って言われたよ!」
「管理維持室が嫌なだけでしょ。僕も一番嫌な部署です」
少しばかり役割は違うが、同じく管理維持室所属のサフラテス準研究員は、呆れた様子でナラを見る。
「私も管理維持室の維持部は嫌ですが・・・でも、技術室って、十歳児にしては渋い選択ですね」
確かに、ナラにとっても意外だった。
メディアへの露出もある対外対策室や特殊警備隊は、華々しいイメージがあって、研究者を目指す十代の若者は多くがこの部署を挙げる。――大学生になると実態がわかるためか、激減するのだが。
「あたしの憧れはパスカル小父様なの」
「そのへんもなかなか渋いですよ」
「そう?でも落ち着きあって、パパよりもずっと素敵でしょ。職人さんって感じで!」
「はあ・・・本人を前にしては、何事も言いづらいです」
スーの進路よりも、この瞬間はスーと新人の会話のほうが気になった。
「意外と言いやがるな、新人」
「特に発言した覚えはございませんよ」
「ほほう、そうかいね」
サフラテス準研究員とは視線が先ほどから合わない。親しみやすい先輩と評判のナラに対し、かなり距離をとる。ちょっとだけ腹立たしい。
「あたしね、パパのそういう他人に偉そうなところ嫌い」
「え」
「ねえ、サラ。思うでしょう?」
「そうですね、誰にでも礼儀正しい方は、好ましいと思います」
うまく話をすりかえる新人。
背後ではセイファが空いたカップを片付け始めた。
*パスカル小父様=ピアのこと。序章、六話参照




