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「突然ですよ、突然。警戒レベルが上がったので、ランクが低いあなたは関連施設に入れません。外に住むところを用意したのでそちらに移ってください。――信じられます?!着替えを取りに行く暇さえもらえなかったんですよ?!」
サラは愚痴っていた。
向かいに座るセイファは難しい顔で携帯端末をいじっており、聞いていなさそうだ。サラは別に構わない。喋りたいだけだから。
「経費で落ちるっていっても、突然着の身着のままって、ほんと困りますっ。一式揃えて、指定された外のアパートについてみたら、歯磨き粉と化粧用コットン買い忘れてたし!もう嫌になっちゃいます!」
「あの」
「・・・なんですかっ」
「もうちょっと内容をぼかして愚痴ってください」
「・・・・・・」
「聞きようによっては、職業がばれます」
「・・・・・・そうですね」
といっても、騒がしい学食の端での会話だ。向かいにいる者の声すら届きにくいので、大きな問題は無い。だからセイファの言い方もきつくないのだ。
セイファは端末の画面を見つめながら、ティーカップを口元へ運ぶ。中身はもちろんのこと発酵茶。その傍らに、サンドウィッチのプレート。
サラの前には豆とキャベツとベーコンを煮込んだスープと、ふわふわもちもちの白いパン。飲み物は郷に従い発酵茶であるが、やはり物足りない。
「ねえ、セイファはどう思います?突然の立ち入り禁止って・・・・・・」
「さあ。裏切り者のあぶり出しでも始めたんじゃないですか?僕はもともと部外者ですから、こういう扱いでも不思議はないですが」
「・・・・・・」
何が起こったか把握したところで、サラにも手を出す権利は無い。下手に手を出して事態をややこしくすることも避けたい。
「・・・・・・セイファ、何をしているんですか?」
「テロ関連のニュースを検索してます。各メディアが出しているもの一通り目を通しておこうかと」
「でも、報道規制かかってますよね」
「ええ。美術館でテロ。無差別と思われる。以上」
「美術館で無差別?平日の、人もそんなに多くない時間だったのに?そんな無茶な・・・」
無差別で狙うなら、もっと別にいい場所があるに決まっている。どこの誰が信じるというのだ。
「そう、筋の通らない発表しかなかったんです。ところが、これ」
セイファはくるりと端末をサラのほうへと向けた。
「レナラストの絵を所蔵する美術館でのテロであることから、・・・このようには考えられないだろうか?・・・レナラストの芸術を、システム研究所が葬ろうと画策したという噂は枚挙に暇が無い・・・・・・つまりこれはテロに見せかけたシステム研究所の陰謀であると。・・・現在は臨時休館中のイスヴィラ美術館であるが、レナラストの傑作のひとつはすでに失われているのかもしれない・・・・・・はぁ?」
「社説です」
「頭悪い感じですね」
「ええ。低俗な雑誌ならともかく、一応ニュースを扱う場所でこれはないでしょう。しかも、トゥレ出版の子会社ですよ。――ある意味合っているから、嫌になりますね」
研究所側が美術館に、絵の展示をやめるように交渉していたと、セイファから聞いている。テロはその交渉の場を狙っていて、被害者のうち二人は研究所の者だ。
「そういえば、どうしてテロリストはあの日の美術館を狙ったのでしょう?ぶっちゃけ、システムに直接被害は及ばないし・・・・・・血迷ったんですかね?」
「それこそ、昨今のテロの面倒なところでしょう」
「はい?」
「ちょっと前までは、システムを壊すことを目的としたテロが主でした。基地が狙われたり、人材が狙われたり。付属学校が標的になったこともありましたよね?」
「ええ、はい・・・・・・一人、同級生が巻き込まれました」
幸いにも命は助かったが、片足を失い、顔に傷を負い、退学した。身体を治すことは出来ても、一度味わった痛みへの恐怖心は簡単にぬぐえない。
「・・・・・・そうでしたか」
セイファは目を伏せて、端末を自分のほうへと戻した。
「現在は大きく分けて二通り。前と同じく、システムを壊すことを目的としたもの。これはある程度以上の教育を受けた者がシールド・システムに懐疑的である場合、貧しい地域の者たちが研究所の独裁に不満を積もらせている場合、または外界から攻撃といったものがあります」
ここまでは教科書どおりだ。
「レナラストが理由にされてしまうのは、彼女が残したメッセージのせいだということは、知っていますよね?」
「はい」
「システムを壊したい者というのは今も昔も変っていません。ただ変わったのは、レナラストの言葉と芸術を大義名分にしはじめたところ。これは先日あなたが言っていた通りです」
「ええ」
「でも先日の事件は・・・・・・もう一つのパターン。たぶん、あれはただレナラストファンの仕業です」
「・・・・・・ええ?」
顔が引きつる。
「ただのファンが、爆弾作るんですか?」
「ただの、というと語弊がありますが」
「それ、芸術は爆発だ!とか気取ってます?」
「言いたいことは良くわかります」
サラは、すべてのテロの全貌を知っているわけではない。
情報は規制されている。一般人はほとんど知りえない。大学という閉鎖空間にいたサラはなおのこと世間に疎くなっている部分があった。
しかし一方で、これほどに情報を隠されていたことに驚く。考えれば分かったのかもしれないが、メディアの報道は淡々と伝えるのみで、サラもそれを穿った見方をしたことがなかった。
「レナラストが行方不明になったのは、研究所が幽閉してるとか、そんな噂もあるそうです。すると、熱狂的なファンは、いろいろやらかしますよね」
「うわあああああ・・・・・・」
「そのファンが地下にもぐってテロ組織化したという話がまかり通っているようですが、彼らのほとんどは、システムに害を及ぼすほどの力を持ちません。所詮一般市民ですからね。街を青く染めたり、治安維持部隊に火炎瓶投げつけたり、・・・せいぜい研究員を一人二人巻き込んで自爆したり」
なんだか、嫌だ。
他人を巻き込むその方法こそ間違っているが、テロリストにも主張があるのだと、そう思っていたのに。
ただの趣味が高じて、人を殺す?
「そんなののせいで、特殊警備隊は人員不足なんですか・・・・・・」
「言いたいことはわかりますよ。でも厄介なのはそこじゃないんです」
「ええ・・・?」
「・・・一概には言えませんが、そういうファンをテロ組織が利用しているという場合が多いみたいです。ちょうどいい駒でしょう?今までマークされていない善良な市民だった人たちですから」
「・・・・・・」
「あの事件にも、背後には大きなテロ組織がいるかもしれませんね。でも、実行犯は、きっと熱烈なファンの一人。彼らから、背後を洗うのは至難の業です」
「そう・・・です、ね」
学校教育のなんと薄っぺらなことか。
――いや、学校は主にシステム維持に関する全般の知識を叩き込むところであり、社会の移ろいなど二の次だから仕方ないのだが。
自分のことを、もういい大人だと思っていたのが恥ずかしい。世間での出来事なんて、上辺でしか理解していなかった。たくさん勉強してきただなんて、嘘だった。ここにも学ぶべきことが山のようにある。
「・・・・・・セイファ」
「なんですか」
「あの、・・・あなたが美術館なんて場所に行けと言った理由が、今更わかりました」
「・・・・・・?」
「レナラストに関する色々を見せてくださった理由も。――私、全然世間のこと知らなかったです」
「・・・・・・ああ、ええ」
「色々と、すみませんでした。もっと勉強します。だから、よろしくお願いします」
頭を下げる。
セイファに初めて会った日には、ただ「よろしくお願いします」と言っただけだった。彼が年下の美大生と知らされて、戸惑いもあったし、納得できてもいなかった。
今は、彼が教官である意味を理解できる。
「・・・・・・僕は、それほど詳しいわけじゃ、ないんですよ」
顔を上げると、少々戸惑った様子のセイファが見えた。目を合わせようとはしない。
「専門の高等教育をきっちり受けたあなたのほうが、きっと基礎から応用まで幅広く知っているはずです。ただ・・・・・・僕は、かなり細密な部分について、教育を、受けています」
歯切れが悪い。
ここは彼にとっての、地雷原なのだろう。
「受けさせられた、と言ったほうがしっくりくるほどです。その教育内容が、たまたま、今のあなたにとって必要な知識を多く含んでいるだけのことです」
いつかの、彼との会話を思い出す。
――「・・・セイファは私よりそんなに、特例が許されるほど研究所やシステムについて詳しいんですか?」
――「ある意味で、あなたよりとても」
華やかな顔から、表情を消し、暗い影を浮かべて。
自分は恵まれていたと彼は言ったが、きっとその恵みの中に、一点の濃い影がある。
「遅くなりましたが、・・・こちらこそ、よろしくお願いします」
セイファがちゃんと目を合わせた。そして、頭を下げる。
サラもあわてて頭を下げた。
初めて、本当に、会話ができた気がする。
ヨハンはセイファのことを「こどもだ」と評した。それで、思い至ったのだ。サラ自身も大人になりきれていなかった、と。
自覚すると、セイファとの関係の築き方も見えてきた気がした。
ヨハンはそれすらも見抜いて、あんなふうに語ってくれたのかもしれない。
「ところで」
「はい、なんでしょうか」
「午後からの予定は?」
「特に優先するようなことはありません。でもさっきの記事が少し気になるので、私もテロ関連のニュースを集めなおしてみようかと」
「そうですか・・・・・・」
セイファはあごに手を当ててなにやら悩んでいる。
「どうか、しました?」
「いえ。自分の才能の偏りを恨んでいるところです」
「はい?」
「僕、意識的に見ないと人の顔を覚えられないんですよね」
「はあ・・・・・・」
唐突に、何か語りだした。サラはぽかんとしながらも相槌を打つ。
「一度描いた人なら忘れないんですけど、どうも・・・・・・ただ同じ教室にいたとかいうレベルだと・・・・・・一年経っても覚えられなくて・・・」
「目ぇ閉じてんですか」
「否定できません。たとえばあなたがやっていた犯人のモンタージュ。あれ、僕には無理ですね」
仮にも美大生が、普段から観察眼を働かせなくてどうする、とも思うが黙る。
「で、唐突になんなんですか?」
「あの犯人の顔・・・・・・見たことあるような気がして。たぶん、大学で」
「ええええええっ」
がたんっ、椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がる。が、騒がしい学食はその音すら吸収した。
次の言葉を待ち構えるサラだが、セイファは視線をまた逸らした。
「あの、セイファ」
「申し訳ないとは思ってますよ」
「じゃなくて、ここの学生だったなら、校内のどこかに写真や名前が残ってますよね」
「・・・・・・そりゃ、そうですが」
「当たってみます」
「僕自身が信じきれないあやふやな記憶なんですが・・・・・・」
「大丈夫です!」
なんだかやる気に満ちてきた。
仕事だ。仕事らしいことが出来る!
「じゃあ、・・・・・・お願いします。僕は授業に行くんで、気をつけて。特にナターリアには近づかないこと。いいですか?」
「はいっ」
「・・・・・・ほんと、いいんですか。無駄になるかもしれないのに」
盛大に顔をしかめているセイファ。
「大丈夫ですよ」
サラはにこりと笑いかける。
「どうせ暇なんですから」
その台詞に、セイファも表情を緩めた。
「自虐的ですね。僕も後で合流します。――それじゃ」
サンドウィッチの最後の一切れを口に放り込むと、セイファは席を立った。
彼の姿が消えるのを見送り、サラも残りの食事を片付ける。
低カロリースープだったせいか、なんだか物足りない。追加で注文してしまおうか。
午後からは、しっかりがんばらなければいけないのだから。
場所は図書館へと移る。午後のやわらかい日差しの中で、真剣に調べ物をしようという学生は少ないようで、閑散としている。
カウンターで申請して、個室を借りた。これには、広めの机や、記録映像を見るための機器、簡単な防音設備がある。
サラは座り心地のいい椅子に深く腰掛け、気合を入れて端末の電源を入れた。
が、しかし。
「・・・・・・出鼻を挫かれるってこれなのね」
個人情報保護法は厄介だ。
データベースを呼び出そうとしたところ、在学生でも卒業生でもないサラはあっさりとはねられた。
数十秒の思案の後、サラは再び検索をかけた。
ここは総合芸術大学。ナターリアのように、在学中から有名になる者も少なくないはずだ。
この大学に縁があって、なおかつ受賞歴がある者を検索する。セイファが見たと言うから、在学しているか、ここ一、二年のうちの卒業生だろう。もしくは退学者もありえる。
ネットワーク上で、多くの記事やウェブ・サイトが候補に挙がってきた。
「芸術に関連する賞を受賞した者の名前の一覧を表示、なお、顔写真が有る場合はそれも表示」
端末の画面は、三秒待たせて一覧を表示した。
「五年内の受賞歴に絞る」
いっきに候補は減った。
ざっと三百弱。恐るるに足りぬ数だ。
「顔写真がある者のみを抜粋、写真判定により十代後半および二十代男性を表示」
さらに数が絞られた。百五十余り。最初に大学関係者を検索条件にしたため、指定した年齢の人が多かったようだ。
人工知能による判定は、人間の感覚をベースにしているので、たとえこの中に「生まれたときの性別は女」とか「実は童顔の三十代」が混ざっていても大きな問題はない。
ここからはサラが判断していかねばならない。
手元にモンタージュ写真等の資料は一切ないが、問題ない。幸いにも、サラはセイファよりずっと人の顔に対する認識能力があるのだ。
一つ一つ丁寧に見たが、記憶と一致する顔は無かった。
「該当なし。この写真と名前の一覧を記憶、以後の検索からこれらを排除」
次は写真が載っていない、名前だけの該当者一覧を呼び出した。
これは少々厄介だ。同姓同名は世の中にたくさんいる。
一人の情報を表示し、その情報を参考にさらに検索をかけて顔写真を探す。
名前、性別、生年月日、出身校。――これらの条件を入力して検索をすると、四割ほどは顔写真が見つかった。
これらも丁寧に見るが、該当する者はいない。
「該当なし。この写真と名前の一覧を記憶、以後の検索からこれらを排除」
写真が見当たらないものに関してはお手上げだ。
しばらく考えてみたが、何も思いつかないので休憩することにした。
伸びをして、首と肩をほぐし、遠くを見て目を休める。
ふと外の時計が目に入った。調べ始めて二時間が経過している。
(このほかに、人の顔と名前が載るところ・・・個人のブログ、は検索から外されるし・・・・・・)
個人が写真をネットワーク上に出したとき、それに写りこんだ第三者の人権が侵害されると問題になったことがある。これを解決するために、人物の写真が掲載されたものは、ニュース等の認証があるもの以外検索から外されるようになった。
もちろん、アドレスを直接入力した場合は表示されるから、解決になっていないという批判もある。
(でも、)
「ソーシャルネットワーキングサービス、ブログ、ウェブサイトより、エアノストラ芸術大学に関する記述があるものを検索」
トップページに写真がなければ、検索に引っかかる。多くの人が、検索から排除されないよう、トップだけは写真を載せない工夫をしている。
約五千万件。
恐ろしい数の情報が出てきた。
「同大学の、卒業生、在学生に関する情報が記載されたもののみを選択」
だいぶ減ったが、それでも多い。
これ以上、正確に絞る要素を思いつかなかった。
高度な人工知能ならば、もっと人間的な情報の取捨選択が可能だが、所詮携帯端末である。
「連絡が取れない友人・知人がいるといった内容の記事を検索。・・・・・・少なくとも今日から五日以上前に連絡が途絶えたという内容に限定」
検索条件がややこしい。あまり複雑だと、検索の精度は落ちてしまう。
「うーん・・・・・・」
いまいちだ。「もう三年も連絡とって無いなぁ」といった内容の記事まで含まれている。
約一万件の検索結果をひとつひとつ見ていくよりは、場所を変え、高度な人工知能に頼るほうがいい。許可を得た検索システムならば、顔写真があるページも弾かれない。それ以外で、どんな方法なら確実だろうか。
「まどろっこしいことしてますね」
「うわああっ・・・・・・びっくりしたぁ」
ふりかえれば、摂氏3.98度の空気を纏うセイファがいた。
「なんですか、急にっ。もうちょっと心臓に優しい登場にしてくださいっ」
「結構前からいたんですが」
そう言われると反論できない。サラは集中すると周囲がまったく気にならなくなるのだ。
「在学生や卒業生のリストをあたればよかったのに」
「部外者である私がどうにかできるものではないですよ」
「たぶん、僕でも無理ですよ。個人情報保護法の壁は厚いですからね」
「じゃあどうしろとっ」
「クラッキング?」
「・・・・・・」
あっさりと、犯罪行為を提案してきた。
悪用するわけではないものの、法を犯すという意識はなさそうだ。サラは思わず頬を引きつらせる。
「なにを、言ってるんですか」
「上位の権限を持った人のコンピューターに侵入してIDとかパスワード盗めるでしょう。じゃなければ、プログラムの基幹部分に入り込めば」
「理論上出来ますけどっ!・・・・・・本気で言ってます?」
「けっこう本気で。あなたのほうが詳しいでしょう?」
「知識の応用で、いけるかと・・・・・・セイファ、なんでそんな発想が出てくるんですか・・・・・・」
「さあ・・・?」
「・・・・・・さすが、イーニアス・イーサムと同じ場所で育っただけありますね」
イーニアス・イーサムは世間でも名の通ったラボ・チャイルドだ。というか、世間一般にラボ・チャイルドの存在を広めたのは彼だった。人工知能に関してはあの若さで第一人者。
嫌味のつもりで言ったのだが、セイファは小首を傾げたから「そうですね」と言った。
「は・・・?」
「横で色々見ていたせいかも。ニアス、時々ヨハンに怒られてましたよ。やりすぎだって。思えばニアスって、けっこうエグいことやってましたね」
「・・・・・・」
天才は倫理より興味を優先させることがあるというが、そういうことか。
「ある意味、研究職に縛り付けて正解な人物なんですね」
「そうですね。あそこなら、犯罪に手を染めるまでもなく、知的好奇心を刺激する対象がたくさんありますからね」
「あの大人しそうな顔で・・・・・・」
真面目で気弱そうに見えたが、とんでもない人物のようだ。
「そういえば、セイファ。モンタージュ写真のことは、上には報告しているんですか?」
「・・・一応。今日になってですが」
「なんでまた今日」
「だって今日、ここに来て思い出したんで。思い出したとも言い難い、微妙な線ですが」
「じゃあ、正式な調査が入るんですね」
「はい。どうします?」
研究所ならば様々な権限を使って、大学の卒業生・在学生の一覧を見ることも容易い。
正式な調査があるならば、ここで犯罪に手を染める必要も無い。
「犯罪には断固として反対なので、別の、何か役に立てることをしたいと思います」
「残念、そうはいきません」
「へ?」
セイファは彼の端末画面を、サラのほうへと見せた。
「正式に僕に指令が下ったので、僕の管理下にあるあなたはそれに付き合う義務があります」
画面に表示されているのは、ラウド・ハルゲン基地局長のサインが入った電子メールだ。
「先ほど、届きました」
仮に犯人が大学生、もしくはそれに近しい人間であるならば、同じく学生であるマキ・セイファが調査に当たることで、犯人グループに悟られずにすむ可能性がある。
必要な情報を引き出すために、研究所の権限の一部を使うことを許可する。
権限は、客員特殊技能者、ランクBに準ずる。
サフラテス準研究員に関しては、教官が安全を保障できる範囲でのみ、調査に加わることを許可する。
「え?!うわ、・・・まじですか?!」
「どの辺に疑いを持ったのか知りませんが、マジです」
セイファは端末を戻した。
「私っ、参加して良いんですか?!」
「何度も言わせないでください」
「初仕事!正式!」
「・・・・・・」
セイファがため息なぞついているが、無視。
サラはとにかくうれしかった。
なぜかイスヴィラにとばされ、毎日毎日大学の門前で待ちぼうけ、キャンパスに入れるようになったかと思えば、市内でテロに遭遇。――窓際にすらいられない窓際族など、笑えもしない。
「で、ここで問題です」
「はい?」
「僕は平和な大学生活を送るため、大学側に研究所とのつながりを知られたくありません」
「はあ・・・」
「あなた一人で、事務室でうまいこと言って、学生のデータをもらってきてください」
「了解ですっ」
「・・・気持ち悪いくらい素直ですね」
「お仕事ですからっ」
セイファの嫌味などまったく気にならない。摂氏3.98度だろうが、273.15Kだろうが、関係ない。今のサラは最強の断熱材を手に入れたも同然なのだ。
「じゃあ、行ってきますので、ここで待っていてもらえますか?すぐに戻ります」
「・・・よろしくお願いします」
セイファの歯切れの悪さや、なんともいえぬ表情に見送られて、サラは個室を出た。
事務室では、いつかの嫌な事務員がいたが、今回は三秒でだまらせた。
真面目な顔を取り繕って、「ご協力を」と言ったら、あとはこちらのもの。
ラウド・ハルゲン基地局長のサインですべてが通るのだ。これぞ、権力。平面世界の独裁組織と言われるだけはある。
そんな権力を、この世の中の末端にある大学の事務室で振りかざすことに、多少びくついていたのだが、サラはポーカーフェイスでやり過ごした。
案内された固定端末の前に座り、眼鏡のブリッジを押し上げ、問題のデータを呼び出す。
過去十年間の入学、卒業者のリストを見つけ出して、サラの記録媒体に移す。こちらは研究所に属するものが使う特殊な媒体で、研究所の許可した専用の端末でなければ見ることが出来ない。
これで、大学側に、個人情報を持ち出しても安全だと保障するわけだ。
――もちろん、絶対に不可能、というものはないのだが。
しかしやろうと思えばサラでさえ侵入できる大学の設備よりはしっかりしている。
必要なものを手にして、事務室を出たところで、耳元で通信が入ったことを知らせる音が鳴った。
耳元のスピーカーに触れて、通話を開始する。
セイファからだ。
『終わりました?』
「はい。今、事務室を出てきたところです」
『そうでしたか。――場所を変えましょう、扱うものがものですから、図書館ではさすがに無防備かと思うので』
「確かに。・・・どこか良いところでも?」
『ええ。ちょうどいいところを見つけました。今さっき』
「は?」
『詳しいことは、後ほど。門で待ち合わせましょう』
セイファは一方的に通信を切った。
いい断熱材を手に入れた、はずだったのに。――ふと気がつくと、やはりセイファの言動には小さな苛立ちを覚える。明らかな嫌味ではなくて、ただの会話の端々で、だ。
セイファは知られたくないことを山のように抱えていて、それに触れずに物を言おうとすると、どうしても言葉が足りなくなるのだと、今は理解している。
テロの後の色々で、多少は心理的距離が縮まったと思う。たくさん話す前と後では、言葉の不充分がかなり減った。
しかし、苛立ちがすべて消え去ることは無い。
落ち込んでも仕方がない。気持ちを切り替えて、歩き始めた。




