狼の射止め方 おまけ
血は止まっていたものの、掌にくっきりと走る赤い筋が痛々しい。
引き寄せた掌に顔を近づけ息を吸い込む。傷口から一際強い芳香が漂っていた。
本能が刺激されて止まらない。
血も、涙も、汗すら蜜となるのが《花》。全身舐め回したくなるのが《狼》だ。
さらに相手が《主花》なら舌もとろけんばかりの甘露となる。
《恋花》の甘さや、《寧花》の爽やかさとは違う。《希花》は癖があるというが、この背筋が痺れるようにゾクゾクする独特の香味がわからないなんて、可哀相な狼もいるものだ。
――分かち合いたくもないけどね、と少数派の希狼は唇を湿した。
狼は独占欲が強い。
相手が主花となればなおさらだ。興味のあるなしに関わらずアマリネを見ることすら許容しがたいのに、この香りを嗅がせる? 想像だけで相手の鼻面に拳を叩きこめる。
彼を受け入れてくれた花は、潤む瞳でこちらを見上げていた。
透明な水を湛えた青。ハールベリスの海より、故郷の山が脳裏によみがえった。
吐く息が白く立ちのぼる朝、山肌を這うように流れる小川で口にした、あの清冽で透き通った水を。
(……よし、今度作る指輪の構想が決まった。アマリネの瞳を写したような貴石を見つけないと)
「君を見ていると創作意欲が湧いてしかたないなぁ」
「あたしのせいにしないでっ。レジスが彫金バカなだけでしょ!」
頬をふくらませた花はそっぽを向いて、「……また工房にこもっちゃうの?」と可愛いことをいうものだから、口元が緩むのは不可抗力だろう。
「君をないがしろにはしないよ」
「嘘つき。レジスはのめり込んだら食事も忘れる典型的な《工》の狼じゃないの」
「ええと、それはね……」
傍にいると手を出してしまいそうだから現実逃避だった、と告白したら殴られた。
双属から距離を置く狼、とんだ腰抜けめと他人事なら笑えるのに。
華奢な拳を受けたところでさして痛まない狼の身が申し訳ない。
「お詫びというわけではないけれど、君に贈りたいものがあるんだ」
ポケットを探り、しゃらしゃらと鳴る鎖を取り出す。工房から直接部屋へ戻ったのでズボンに入れっぱなしだったのだ。
夜目の利かない花は怪訝そうに目を凝らし、指で触って首をかしげた。
「……これってお昼の鎖? でも、売り物なんでしょう?」
「また作るよ。君が気に入ってくれたから文字を彫っていたんだ」
「落としてもわかるように、あたしの名前を入れたの?」
「いいや。君が迷子になっても帰る場所がわかるように、僕の名を」
白い肌の上で、金色の鎖が鈍く輝く。
己が生み出した装飾品で主花の身を飾る誇らしさは、《工》の狼以外味わえまい。
「どこにいても君が誰の花か知らしめたい」
アマリネは首飾りか首輪か正しく趣旨をつかんだようで、「……今まで放っておいたのはなんだったの?」と呆れた目をして呟いた。




