君を味わう
題(リップクリーム/枕/鉛筆削り)
味わう http://ncode.syosetu.com/n3613bd/2/ の続き
図書館の机の向かい側で、小田嶋が鉛筆削りに差し込んだ鉛筆をくるくると回している。しゃ、しゃ、という小さな音が俺の耳に届く。高校生で鉛筆を使ってるやつなんか、一人もいない。小田嶋ってやっぱり変だ。
研ぎ終えたら、俺の宿題の進みぐあいを見て鼻で笑って、腕を枕にして眠り始めた。俺は「自分でやりなよ」と言って見せてくれない小田嶋に気付かれないよう、そうっと彼女のノートを手元に引き寄せた。
数学の宿題の答えを期待してページをめくっていく。ふと、それまでと違うページを見つけた。そのページには、左側に授業の内容が書かれていて、右側にはスケッチのようなものが描かれていた。スケッチは教室の風景で、教室中央の一番後ろの席から描かれている。輪郭が曖昧な先生や生徒たちの中で、一人の背中だけ、ブレザーの皺にいたるまで丁寧に写し取られている。
……見なかったことにしよう。
俺はまた、ページをぱらぱらとめくっていく。
そして最後のページ。今の今まで宿題をやっていたと思っていたページには、またスケッチ。
『真面目な顔なんだろうけど なんかバカっぽい』
左上の余白にそう書いてあった。
「勝手に見るな」
いつの間にか小田嶋が顔を上げていて、俺の手元からノートを引っ手繰った。頬杖をついた彼女は特に恥ずかしがる様子もなく、俺を軽く睨んだ。
「終わったの?」
「いや、まだ」
「書き写そうと思ってたのに」
自分でやれよ、といつもの声量で言おうとして、ここが図書館だということに気付いた。言葉を飲み込み、小田嶋を見返す。
「手」
言われた俺は、自分の唇を触っていたことに気付いて、離した。無意識に、荒れ気味の唇を触っていたようだ。俺は筆箱の中に手を入れ、リップクリームを取り出した。リップクリームのキャップを、さっき小田嶋が鉛筆削りでやっていたように、回して開けた。
ひびきれた部分を中心に塗り終え、キャップを閉じ直してから、机に置く。小田嶋がリップクリームに手を伸ばす。
何をする気だ、と思ってみていると、小田嶋の唇に、リップクリームが押し当てられた。その透明な軟膏はやけにゆっくりと小田嶋の唇を這う。小さく開いた口から覗くピンク色の舌が、妙に煽情的に見えた。
リップクリームを机に戻したあと、小田嶋は自分の唇を一通り舐めた。
二か月ほど前、クラスメイトのいる中で、怪我をした俺の左手を小田嶋が舐めたこと――冗談のような話だけど本当だ、あのあと散々友人にからかわれた――を思い出しながら、俺は小田嶋を見ていた。
小田嶋は何秒か目を閉じ、
「私、変態かもしれない」
目を開いたかと思えば、真面目な表情で、言った。
「わざわざ言わなくてもわかってるから」
「君の体と、君の体に触れたものを舐めてるとき、すっごく落ち着くんだよね」
「それが日常みたいに言うのはやめろ」
なんでこんな変態と貴重な高校生活の時間を潰しているのか、自分でも不思議だ。
……でもまあ、小田嶋のそういうおかしな行動をどこかで楽しんでいる俺も、きっと変態なんだろう。
小田嶋を眺めながらぼうっと考えていると、
「いま、何、考えてる?」
彼女は軽く首を傾げ、微かに笑んだ。
「君のこと、もっと、味あわせて」
(2012/5/13)