↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
えすえむっ!  作者: 角竜
俺の名前は、俺が決める
PR
43/97

一人で二つ使えるから、強いとは限らない

英語の小テストの三番を、僕は解けなかった。


――B。


(教えないで)


――昨日、一緒に見た単語だろ。


(自分で思い出すから)


「真白。独り言は終わった?」


「すみません!」


教室から笑い声が起きた。朝倉まで肩を震わせている。隠れて口を動かしたつもりでも、考える時間が長いほど顔に出るらしい。


世界のどこかには、二つの能力を一人で使えると記録された人間がいる。もう一人を従わせてまで、完成品と呼ばれた人が。


僕たちは単語一つで揉めている。


――ほら、時間切れ。


(次の問題やる)


採点後の正解はBだった。


――相棒への信頼が足りねぇな。


(答案にまで共存を持ち込まないで)


悔しいけれど、こういうことで言い合えるのは悪くなかった。



放課後、管理局へ行くと、M-32は病室の椅子に座っていた。膝には、食事の希望を記入する紙がある。


「声は、どうですか」


「いる。少しだけ話せる」


「何か言ってます?」


男は気まずそうに紙を見た。


「俺がうるさいって」


僕は思わず笑った。


――気が合いそうだな。


(どっちと?)


――黙って聞かされてる方。


いつもの理不尽だった。


男は今朝、夢を見たという。白い部屋にいて、誰かと戦わされていた。中の声は、ずっと逃げろと言っていたらしい。


「信用できるか、まだ分からない」


「今、全部信じなくてもいいと思います。僕たちも、いまだに意見は合わないし」


――三番の答えは合ってただろ。


(それ、まだ言う?)


男が僕の顔を見て、小さく笑った。


直後、廊下の表示灯が赤に変わった。


『医療区画、退避開始。搬入口から侵入者』


三枝先輩が扉を開けた。


「真白君、その人と奥へ。追いかけないで」


僕は立ち上がり、男へ手を差し出す。男は自分で立って、その手を支えに歩き出した。


避難路の先で、重い金属音がした。


防火扉が内側へ折れ曲がる。その向こうから、黒い服と白い仮面の人物が現れた。


仮面の男は、まっすぐM-32を見た。


「回収する」



三枝先輩が二人の間に立った。


「両手を見せて。そこから動かないで」


男は手ぶらだった。それでも先輩は槍を構えたまま、僕らに下がるよう合図する。


「M-32。失敗個体」


仮面の男の声に、隣の人の肩が跳ねた。


「戻れ」


「嫌だ」


返事は、意外なほどはっきりしていた。


「俺たちは、戻らない」


俺たち。


その言葉を聞いた瞬間、僕の中でSが短く笑った。


――いいじゃねぇか。


仮面の男は反応しなかった。


「失敗個体に意思は不要」


踏み込みが見えたのは、最初の一歩だけだった。


S型の反応が跳ね上がる。三枝先輩の槍をすり抜け、男はM-32へ迫った。


すでにSPを持ってきているのか。それとも別の能力なのか。僕が判断する前に、M-32が身を捻った。


拳は壁へ突き刺さり、コンクリートが欠ける。


M-32が反射的に相手の腹を殴った。


「やめ――」


三枝先輩の声に、端末の警告音が重なる。


【M系反応上昇】


男の身体がわずかに折れた。次の瞬間、床へついたその手を中心に衝撃が広がり、M-32が後方へ投げ出された。


僕はその身体を受け止めきれず、一緒に壁際へ倒れた。肩に鈍い痛みが走り、少量のMPが溜まる。


「二つ……!」


『Mirrorとは波形が違う。能力名を決めつけるな!』


通信の向こうで白峰主任が叫んだ。


Sのように高速で動き、Mとして被弾を力へ変えたらしい。その間、人格が替わったようには見えなかった。


――完成って書いてあった奴か。


(まだ分からない。でも、危ない)


仮面の男が僕へ顔を向ける。


「SM-01も来い」


「行きません」


反射的に答えた。床へついた手は震えていたけれど、返事を変える気はなかった。


「それと、僕たちを番号で呼ばないでください」


「識別に問題はない」


「こっちにはあります」


男が一歩進む。


三枝先輩が横から牽制し、その進路を狭めた。


「後退。次の扉まで」


僕はM-32を支えながら動く。相手を殴れば、相手のMPを増やす。殴られれば、相手のSPを増やす。


殴り合いを続けるほど、向こうの選べる手が増える。


――だから、付き合うな。


Sの声に頷き、僕は溜まったMPを床へ流した。男を吹き飛ばすためではなく、倒れた資材棚を押してずらし、追跡路を細くするために。


「M-32さん、歩けますか」


「……歩く」


答えと同時に、僕の肩へかかる重さが減る。


仮面の男は棚を蹴り割ろうとした。そこへ三枝先輩のMeasureが重なり、能力による加速が一瞬鈍る。


資材が砕ける前に、僕たちは次の区画へ入った。


「閉めて!」


警備員が隔壁を下ろす。三枝先輩も潜り抜け、反対側へ槍を向けた。


これで勝ったわけじゃない。扉を壊せば、向こうはまたSPを得る。今の抑制も、いつまでも続けられない。


けれど、負傷者と人の多い病室からは遠ざけられた。


僕はM-32を救護員へ渡した。自分の肩から手を離すのが怖かったが、ここは任せた方がいい。


「奥へお願いします」


仮面の男は細い観察窓の向こうで立っていた。首元の小さなランプが点滅し、指が一度だけそこへ触れる。


「……帰還指示」


「誰の指示?」


三枝先輩が問う。返事の代わりに、男は床へ小型の発煙筒を落とした。


白い煙が向こう側を覆う。


「追わないで!」


先輩が警備員を止めた。敵を追うより、救護区画の入口を守る方が先だった。


非常通路で金属の破断音が響く。監視映像に男の姿が映った時には、すでに外壁側へ抜けられていた。



搬入口を開けたのは、偽装された古い保守命令だった。調査班が旧権限を切り離し終える前に、その隙を使われたらしい。


以後、医療区画の扉は外部命令を受けない運用へ切り替えられた。Sは「最初からやれ」と怒ったけれど、僕も同じ気持ちだった。


男が通った廊下には、細い金属札が落ちていた。裂けた服の留め具が残っている。


【D-01】


僕が近づくと、Sが止めた。


――触んな。何仕込まれてるか分かんねぇだろ。


(分かった)


調査員が札を回収する。その間も、Sは妙に静かだった。


(あの人、知ってる?)


――知らねぇ。


返事は速い。けれど、それで終わらなかった。


――ただ、あいつの踏み込み。


僕は、最初に姿が消えた瞬間を思い返した。


――俺と同じだった。


僕たちの足元に残った白い粉塵へ、Sの視線が落ちる。


能力が二つあることより、その一歩を知っていることの方が、今はずっと気味が悪かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。