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えすえむっ!  作者: 角竜
その覚醒を、誰が望んだ
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15/92

痛いなら、痛いって言え

白い霧の中へ飛び込むと、一歩、二歩、三歩で何も見えなくなった。


「三枝先輩!」


『聞こえてる! 対象は校庭中央!』


イヤホンから三枝先輩の声が返る。


『能力はM/Mist! 霧そのものに毒性は確認されてない!』


「じゃあ安全?」


『視界の先を見てから言って!』


直後、白い壁が横から叩きつけてきた。


「ぐっ!」


身体が吹き飛び、地面を転がる。霧じゃない。大量の水分を含んだ空気そのものが、圧力の塊になっている。受けた衝撃がMomentumのMPへ変わり、身体の奥に少しだけ熱が溜まった。


――一発だけだぞ。


Sが言った。


(分かってる)


立ち上がる。


――今の顔は分かってねぇ。


(ちゃんと避けるよ!)


――お前の「ちゃんと」は信用ならねぇ。


ひどい。でも否定できない。また霧が揺れる。今度は正面。僕は横へ飛んだ。


圧力が、さっきまでいた場所を通り抜ける。


「避けた!」


――報告すんな!


「真白君、独り言!?」


三枝先輩の声が飛ぶ。


「違います!」


――違わねぇだろ。


ややこしい!


霧の奥に人影が見えた。倒れている生徒だ。僕は駆け寄る。


「大丈夫?」


「う……」


意識はある。呼吸もしている。僕はその生徒を抱えて、霧が薄い場所まで運ぶ。一人。次。また一人。


三人目を運ぼうとした、その時だった。


――待て。


(何?)


――いつまでやる気だ。


足が止まる。


(倒れてる人が)


――管理局が後ろから来てる。


確かに、遠くから職員たちの声が聞こえる。


――お前の役目は原因止めることだろ。


僕は校庭中央を見る。見えない。でも、あの子がいる。ずっと人工的に痛みを与えられながら。


「……うん」


僕は走った。今度は、倒れている人を見ても止まらなかった。助けないんじゃない。任せる。それだけなのに、胸が痛んだ。



「来ないで!」


少女の声が近い。霧の向こうにようやく姿が見えた。制服姿で、胸元には赤いランプを点滅させる黒い装置が付いている。


少女は自分の身体を抱きしめるように震えている。


「痛い……!」


装置が光る。


「やだ……もう……!」


霧が爆発する。来る。僕は反射的に腕を構えた。


――避けろ!


身体を伏せる。頭上を圧力の塊が通過した。危なかった。また受けようとした。


「その装置! 外せない!?」


僕は叫ぶ。


「無理……!」


少女が胸元を掴む。


「触ると……もっと……!」


装置が光った。少女が絶叫する。


「ぁあああっ!」


霧はさらに濃くなる。


『真白君!』


白峰主任の声だった。


『装置が痛覚へ直接刺激を送っている!』


「止める方法は!」


『解析中だ!』


「遅い!」


少女が膝をつく。僕は駆け寄ろうとした。その瞬間、霧の向こうで、人影が一つ動いた。


現れたのは、ガスマスクと黒い服の男だった。手には小さな端末を持っている。


「……誰」


男がこちらを見る。そして端末を操作した。少女の装置が赤く光る。


「やめろ!」


僕は走る。男は笑った。


「近づけば出力を上げる」


指がボタンの上。僕の足が完全に止まった。


「そうそう。いい子だ。実験の邪魔をするな」


「実験……?」


「貴重なんだよ」


男は少女を見る。人を見る目じゃない。


「痛覚刺激だけで、M型がどこまでMPを生成できるか」


「この子は苦しんでる!」


「だから?」


その一言で、身体が勝手に動きそうになった。


――待て。


今度はSが止めた。


(でも!)


――あいつの指見ろ。


男の指は端末のボタンにかかっている。僕が近づけば押す。なら、正面からは行けない。


「真白君!」


三枝先輩の声に続いて、通信が入る。


『増援まで二分!』


二分は、この子には長すぎる。


「……僕に付け替えて」


口から言葉が出た。男が「は?」と眉を上げる。Sが低く呼ぶ。


――おい。


「その装置。僕もM型だ」


なら、僕へ移せば少女は苦しまなくて済む。男の目が興味深そうに細くなる。


「へえ」


――湊。


Sの声が怖いくらい静かだった。


――今のもう一回言ってみろ。


(だって)


――言ってみろ。


(この子から外せるなら)


――それでお前につける?


(僕ならMomentumで)


――関係ねぇ。


声が強くなる。


――痛ぇのは同じだ。


僕は黙った。


――またそれか。誰かが苦しい。じゃあ俺が代わります。それしかねぇのかよ。


「でも!」


思わず声に出た。男が怪訝な顔をする。


「何だ?」


僕は少女を見る。泣いている。苦しんでいる。助けたい。その気持ちは間違ってない。でも、僕が代わりに苦しむことだけが助けることじゃない。


――使え。


Sが言う。


(何を)


――俺を。


心臓が鳴った。


「……分かった」


僕は男を見る。一回。それだけ。計画的に。


「S」


――おう。


(任せる)


――任された。


意識が切り替わる。



「はぁ」


Sが肩を回した。男が一歩下がる。


「人格交代……!」


「見世物じゃねぇぞ」


「来るな!」


男が端末へ指を伸ばす。Sは動かなかった。Speedを使うためのSPがない。今のSは、まだ速くない。


男が気づいて笑う。


「何だ。大したこと――」


Sが足元の石を蹴った。男の顔へ。


「うわっ!」


反射的に男が顔を庇う。その瞬間、Sは走った。普通の速度で。


「なっ」


Sは男の腹へ一発だけ拳を叩き込む。


「ぐっ!」


攻撃が入った。得られたSPは少量。


「一発」


Sが呟く。溜まったSPを全部Speedへ。世界が少しだけ遅くなる。それで十分。男の指がボタンを押すより一瞬だけ速い。


Sは端末を奪った。


「返――」


追撃はしない。男を蹴り飛ばしたい。殴りたい。もっと殴ればSPが増える。もっと速くなる。でも。


――S。


頭の中で僕が叫ぶ。


(もういい)


「分かってる」


端末を見る。赤いボタンに、出力、接続、解除。どれが正解だ。


「主任!」


『右上! 黄色いアイコン!』


「分かりづれぇUI作んな!」


『私が作ったんじゃない!』


黄色いアイコンを押す。少女の装置からランプが消えた。


「……っ」


霧が止まり、ゆっくり薄くなっていく。少女の身体が前へ倒れた。Sが受け止める。


「大丈夫か」


「……痛い」


少女が小さく言った。Sの表情が少しだけ固まる。


「そりゃそうだ」


「え……」


「痛ぇ時は、痛いって言え」


少女が目を丸くする。


「我慢したって、誰も得しねぇから」


――それ、僕のこと?


(絶対僕のことだよね?)


「うるせぇ」


少女が少しだけ笑った。



三枝先輩が到着した時、霧はほとんど消えていた。黒服の男は拘束され、少女は救護班へ運ばれている。僕たちは校庭の端に座った。身体を動かしているのは、まだSだ。


短時間で戻らない。それが三枝先輩との約束だった。


「他は?」


Sが聞く。先輩の表情が少し曇った。


「三十二校すべてで発生。二十七校は鎮圧済み」


残り五校。まだ終わっていない。


「被害は」


「分からない」


Sの中で僕が何か言おうとする。


――行くとか言うなよ。


(……)


――おい。


(言わない)


少し苦しかった。でも言わない。僕たちが今から行っても間に合うとは限らない。ここを離れていたら、この子も助けられなかったかもしれない。


(S)


――何だ。


(僕たち、一校しか助けてない)


Sは少し黙ってから、


「違ぇだろ」


口に出した。三枝先輩が「何が?」と聞く。Sは校庭を見る。救護されている生徒。泣いている少女。


「一校は助けたんだよ」


僕は何も返せなかった。でも、その言葉を忘れないようにしようと思った。


「全部を助けられなかった」と「一つも助けられなかった」は、同じじゃない。


その時、白峰主任から通信が入った。


『装置のログを解析した』


三枝先輩が端末を開く。学校名、覚醒人数、適性、成功、失敗。大量の数字の中に、生徒たちがまるで試験結果のように並べられていた。その一番下に、僕たちが止めた少女の記録がある。


【M適性――87%】


その横に、見慣れない項目が追加されていた。


【選抜対象:適合】


「選抜……?」


三枝先輩が呟く。白峰主任の声が低くなる。


『Mass Testは、覚醒させることだけが目的じゃない』


画面には三十二校の一覧が並び、その中からいくつもの名前が抽出されていく。


『人工覚醒に耐えられる人間を選んでる』


僕はその名簿を見つめた。学校を襲ったのは実験だった。でも、それだけじゃない。誰かが、もっと大きなことを始めるために能力者を選び、集めようとしている。


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