EP:\0016\英雄カッパー.txt
職人や錬金術師が活動する工業区は、商業区や居住区から離れた場所にある。深夜も稼働している工房が多く、粉塵や騒音の問題があるからだ。そんな地区にある建物のひとつへ、ロックたちは入っていく。
「カッパーおじさん、いるー?」
「いま手が離せないから、勝手に上がっていいぞ」
工房の中へ足を踏み入れると、裏手にある実験場の方から聞こえてくる低い音。それを頼りに近づくと、耐熱強化ガラス越しに外を見ているカッパーを発見。
ラディッシュブラウンの長い髪と立派なヒゲを蓄え、身長が百二十八センチと低いドワーフ族特有の体つき。手元の計器とにらめっこしながら、側面のダイヤルをゆっくり回す。その動きに連動して、実験場から聞こえる音が、甲高いものへ変化していった。
「何してるの?」
「バックパックにジェット推進装置をつけてみようと思ってな。燃焼実験中だ」
耐爆仕様で隔離された区画には、ショルダーベルトで固定された赤い筐体が、勢いよく噴煙を上げている。台座は黒く焼け焦げ、遮熱されている観測室の温度も若干高い。
「こんなもん背負ったら、臀部が消し炭になっちまうです。浮遊魔法とかイオンクラフトは使わねーんですか?」
「バカヤロウ。ショックダイヤモンドの尾を引きながら飛ぶのが、男のロマンってやつだろ。実用性よりカッコよさを追求しないでどうする」
「確かにそうだよね! このバックパックも上部からミサイルが出たりすると、すごくカッコイイし」
「さすがロック、よくわかってるじゃないか」
ロックとカッパーは、曲げた腕をガシッとクロスさせた。それを呆れ顔で見つめるシエル。
「人類は生身で音速を超えられねーですし、燃焼してるユニットの近くに爆発物を配置するとか、正気の沙汰じゃねーです」
なるほど……この親にしてこの子ありか。ロックの常識が少しズレてる理由、今ならよくわかる。ラピスにはこんな部分、真似してほしくない。シエルは心からそう願う。
もっとも、エルフ族のシトリンですら敵わない魔力量を持つ少女が、無自覚チートしないなんてことは天地がひっくり返ってもありえないのだが……
「ところで、さっきから気になってたんだが、そいつが噂の赤ん坊と偽精体だな」
「はい、娘のラピスと専属になってくれたシエルです」
「ハード面で困ったことがあったら、何でも言ってこい。どんな改造だってしてやるぞ。なんなら右手にドリルを付けてやろうか?」
「そんなもん付けたら、子供が育てられねーです」
「それなら足はどうだ。今ならオマケで膝にもドリルを付けてやるぞ」
やたらドリル推しなカッパーを見て、今まで抱いていた英雄のイメージがどんどん崩れていく。さっきの実験といい、情熱を傾ける方向が間違いだらけだ。優秀な技術者とは聞いていたが、ここまで異端だったとは……
「いい加減ドリルから離れやがれです。頼みてー事があるのに、不安になるじゃねーですか」
「依頼があるなら、何でも言ってみろ。他ならぬロックの専属になってくれたんだ。大抵のことなら聞いていやるぞ」
「ラピスが怪我しねーように、絶対防御のアビリティをインストールしてーんです。次元収納と同時に入れられねーですか?」
「ゼオーン級だから、ボディーのスペック的には問題ない。でもお前は第三世代だろ。必要なスロット数が288になる組み合わせは、他を全部アンインストールしても足りないぞ」
アビリティを入れられる容量は人工精霊に依存しており、第一世代で1024。第二世代だと512に縮小し第三世代は256と、代を重ねるごとに半減してしまう。ちなみに0号体は2048だ。
必要スロット数がそれぞれ144と、最も重い次元収納と絶対防御を同時にインストールするのは、どう頑張っても無理である。
「そんな事はわかってるです。変態技術者なら、なんとかしてくれるんじゃねーかと思って、相談してんですよ」
「あのさシエル。次元収納を消すのはダメなの?」
「次元収納がなかったら、ラピスが必要なものを持ち歩けねーですし、マジックバッグを使えねーおめーに、負担がかかるじゃねーですか。あーしはおめーにもラピスにも、不自由な思いをして欲しくねーんです」
シエルの優しさに触れ、ロックの心に温かいものが広がっていく。そんな二人の様子を見ていたカッパーは、この偽精体にならあの裏技を伝えても大丈夫じゃないだろうか。そんな予感がした。
「なあロック。ユイのことを話してもいいか?」
「あまり気は進みませんけど……」
「もしあいつと同じ事を言ったら、俺はやってもいいと思ってる」
「おめーらさっきから、二人で何を話してやがるです。あーしにもわかるように言いやがれです」
シエルに問い詰められ、ロックは「わかったよ」と白旗を上げる。
「シエルはユイのスロット数、いくつか知ってるか?」
「第一世代だから1024じゃねーんですか?」
「あいつのスロット数は1536あるんだ」
カッパーの言葉を聞き、シエルの思考領域がカーネルパニックを起こす。
即座にマイクロリブートで復帰したものの、衝撃は抜けないままだ。
「どんな魔改造しやがったら、スロット数が1.5倍になりやがるです!?」
「カツ入れと言ってな、無理やり霊核の許容量を広げる裏技だ」
「あーしにもその裏技、使えるですか?」
「どの偽精体でも可能だが、あまりに大きすぎる代償があってな。霊核の寿命が著しく減ってしまう。第三世代のシエルだと、五年程度で活動限界が訪れる」
ロックが浮かべた悲痛な表情にシエルは気づかない。そんな抜け道があるなんて事を知ってしまい、完全に意識がそちらへ向いていた。
「そんな代償くれー、なんの問題ねーです。この子が五歳になれば、あるてーど自分のことは自分で出来るようになるです。そこまで育てられたら悔いはねーです」
ユイと同じ覚悟をするシエルがいたたまれなくなり、ロックはその細い肩を両手でつかむ。
「お願いだからそんなこと言わないで。まだ五歳の子供に母親との別れなんて、経験させたくないよ」
「ちょっ!? おめーなんで泣きそうになってやがるですか」
「ロックにとって偽精体の命は、俺たちと等価なんだよ」
「おめーはそんなことを……」
「ユイのやつも今のシエルと同じ事を言って、ロックがまだ赤ん坊の頃、十年に減ってしまう活動限界を受け入れた。しかし五歳の頃だったか、それがロックにバレちまってな。もう大泣きして手が付けられなくなったんだ」
恥ずかしそうな顔になったロックが、シエルからサッと視線をそらす。当時のユイも子育てと魔力災害の調査を両立させるため、大量のアビリティが必要だったのだ。
「し、仕方ないでしょ。自分のために母親が犠牲になるなんて、受け入れられるわけないじゃないですか」
「8号体はまだ活動してるですけど、一体なにをしやがったんです?」
「見かねたスフェーンが、精霊女王に相談してくれたんだよ。人工精霊も似たようなものだから、劣化した霊核を治せないかってな」
「簡単にはいかないんだけど、ユイ母さんの人工精霊は特別みたいでさ。協力してもらえることになったんだ」
「なあロック。俺の見立てじゃ、ユイとシエルはとても似てる。会いに行ってみたらどうだ?」
「そうですね……シエルはどうしてもスロット数を増やしたい?」
「あったりめーです。やらずに後悔するくれーなら、やって悔いのねー偽精体生をまっとーするほーがマシです」
「わかった、じゃあ精霊界に行ってみよう」
シエルの意思は固いと確信し、精霊女王に会ってみようと決める。
三人は自宅へ戻るため、カッパーの工房を出ていくのだった。
霊核[Spirit Core Unit]
正確には霊核装置ですが、語感が悪くなるためユニットの部分は省略してます。
精霊界へ向かう3人、そこで出会う英雄の一人にシエルは……
次回をお楽しみに。




