(4)
「ただいま戻りました。今日は息抜きの時間をくださりありがとうございます」
ウィルフリッドは目を細め、自分の隣に座るように促す。すると、アリスはウィルフリッドの横にちょこんと座った。
アリスの付けている香油の甘い香りが鼻孔を掠めた。ふわふわした髪が体に触れ、くすぐったい。けれどそれ以上に、この愛しい存在が自分のすぐ近くにいるという幸福感に満たされる。
「楽しんできたか?」
「はい、とても」
「どんな話をしてきた?」
「色々です。おすすめのお店のお話や、最近行った場所、それに面白かった本の話なんかもありました。そうそう、ウィルフリッド様に樹氷を見に連れて行ってもらう約束をしたとお話したら、イリス様がとっても興味を持たれていました。ウィルフリッド様が連れて行くくらいだからきっと素晴らしい場所に違いないので、場所がわかったら是非教えてほしいって」
「叔母上が樹氷に興味を?」
「はい。わたくしが行く前でも行き先がわかったら知りたいだなんて、よっぽど早く見たいのでしょうね」
アリスは話しながら、くすくすと笑う。一方のウィルフリッドはどこか違和感を覚えた。
(叔母上が樹氷に興味を示すなど、珍しいな)
ウィルフリッドの記憶がある限り、一度もそんなそぶりを見せたことなどなかったのに。今は寄宿学校で学んでいる最中の自身の息子が見たいと言ったときでさえ、面倒そうにしていた。
ただ、急に興味を覚えることもなきにしもあらずなので、アリスから話を聞いて行きたくなったのかもしれない。
「そうか。今、どこに連れて行くのがいいか悩んでいるのだが──」
一番のおすすめは、温泉地の近くにある樹氷の景勝地だ。樹氷を見たあとは、温かな湯に浸かりながら雪景色を楽しむこともできる。ただ、やや遠方にあるのでアリスに負担がかかるかもしれないと思い迷っていた。
「ウィルフリッド様が連れて行ってくださる場所なら、どこでも嬉しいです」
アリスはウィルフリッドを見上げ、微笑む。その笑顔を見ると、つい頬が緩んだ。
(可愛いな)
視線が絡むと、アリスは何かを言いたげな顔をしてウィルフリッドを見つめる。
「どうした?」
「陛下は──」
「何?」
「陛下はどうやったら、わたくしのことを女性として見てくださるのですか?」
想像すらしていなかった質問に、ウィルフリッドは呆気にとられる。
「は? 何を言って──」
「だって、もうずっと一緒に夜を過ごしているのに指一本触れてくださらないじゃないですか。わたくしだって、ひとりの女性として見られたい」
「我慢しているからだ。自分から触れたら、もう止められないから」
いつだってアリスには触れたかった。その白い肌に口づけて、思う存分愛したかった。
しかし、それを止めるのはウィルフリッドの中の忌まわしいあの記憶だ。父と兄を殺した自分に、幸せになっていい資格などないと思っていた。
「止めなくても構いません」
アリスの言葉に、ウィルフリッドは目を伏せる。
「俺は、幸せになっていいような人間ではないんだ。俺の血は穢れている」
「穢れていません。その証拠に、陛下はいつもわたくしに優しくて、臣下達にも慕われています。もし陛下の血が穢れているというなら──」
アリスはそこで一息置く。
「私はむしろ、あなたに穢してほしい」
ウィルフリッドは目を見開く。
「俺がこれまでどれだけ我慢してきたと」
「我慢しないでください。どんなあなたも、わたくしは愛しています」
まっすぐに告げられ、ウィルフリッドは息を呑む。
(彼女は、美しいな)
凛としたアリスのことを、心から美しいと思った。こんな自分が手を出してしまっていい存在ではないと思う一方で、ここまで言ってくれたのに応えないなどありえないとも思った。
「今嫌だと言ってくれないと、後戻りできない」
「嫌ではありません」
はっきりと言い切ったアリスの態度に、ウィルフリッドはフッと笑みを零す。
「そうだったな。無粋なことを聞いた」
優しくキスをすると、アリスはそれに必死に応えようとする。その仕草の全てが、ウィルフリッドからすると愛おしい。
「へ、陛下」
「ウィルフリッド」
「え?」
「ウィルフリッドだ。アリスには、名前で呼んでほしい」
「ウィルフリッド様?」
アリスはおずおずとウィルフリッドの名を呼ぶ。自分の名前を呼ばれただけでこんなにも心が満たされたのは、初めてだった。
「アリス。愛してる」
ずっと言いたくても言えなかった言葉を告げる。ウィルフリッドの腕の中で、アリスは幸せそうに微笑んだ。




