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【書籍化】元・最下位の妃、ニ度目の政略結婚で氷の冷酷王に嫁ぎます  作者: 三沢ケイ


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(7)

 ◇ ◇ ◇


 アリスがこのリビングルームに来たのは十分ほど前のこと。ソファーで本でも読もうとそこに行くと、先客がいた。


(陛下? 珍しい)


 ウィルフリッドは書類を片手に持ったまま、眠っていた。彼がうたた寝しているところなどこれまで一度も見たことがなかったので、アリスは意外に思う。


(起こしたら申し訳ないから、部屋に戻ろうかしら?)


 そう思って戻ろうとしたそのとき、「うっ」と苦し気な声がウィルフリッドから漏れた。


「……陛下?」


 アリスは心配になってウィルフリッドに歩み寄る。目は瞑っているので眠っているようだが、表情は険しい。額にはびっしょり汗をかいており、苦し気な声がときおり口から漏れていた。


(すごい汗。悪い夢でも見ているのかしら)


 アリスは持っていたハンカチを取り出すと、ウィルフリッドの隣に座り、彼の額の汗を拭く。拭き終えたのでそっと腕を引くと、それを追いかけるようにウィルフリッドの手がアリスの手首を掴んだ。


「陛下?」


 びっくりしたアリスはウィルフリッドの顔を見る。


「行くな。側にいてくれ」


 胸がドキッとする。

 薄っすらと目を開けたウィルフリッドはそれだけ言うと、がくんとアリスのほうに体ごと倒れた。


「きゃっ、陛下⁉ え? もしかして、寝ていらっしゃる?」


 ちょうどアリスの膝に頭を置くように倒れ込んだウィルフリッドは、眠っているように見えた。


(もしかして、今のは寝言?)


 側にいてくれだなんて言われてどきどきしてしまったが、寝言であれば納得だ。アリスと誰かを勘違いしていたのかもしれない。


 アリスは自分の膝の上に頭を乗せて眠るウィルフリッドの顔を覗き込む。ウィルフリッドは規則正しい寝息を立てていた。


「よっぽど疲れていらっしゃるのね。寝かせておいて差し上げましょう」


 アリスはウィルフリッドの寝顔を見つめ、彼が魘されていないことにほっと息を吐く。額にかかった前髪を指で避けてやると、美しい銀髪はさらりと横に流れ、ウィルフリッドの顔がしっかりと見えた。


「綺麗なお顔」


 寒い地域に住んでいるからだろうか。男性にしては白い肌はシミひとつなく滑らかだ。そのくせ、決して女々しく見えるわけではなく、むしろ精悍な印象を受ける。高い鼻りょうはまっすぐに通っており、整った造形はまるで美術館に置かれた彫刻のようだ。


 ウィルフリッドを膝枕したまま本を読んでいると、ふいに部屋のドアをノックする音がした。


「陛下。そろそろお戻りに──」


 ドアを開けたのは、ウィルフリッドの側近──ロジャーだ。ロジャーは部屋にアリスもいることに気づくとハッとした表情をし、ウィルフリッドがアリスの膝に頭を預けてすやすやと寝ている姿を見て目を丸くした。


 ロジャーと目が合ったアリスは、もう少しだけ寝かせてあげてほしいという意味を込めてそっと人差し指を口元に寄せる。ロジャーはアリスが言わんとしていることをすぐに理解したようで、口元に笑みを浮かべるとドアを閉じた。


 結局、ウィルフリッドは十分ほどで目を覚ました。上から顔を覗き込むアリスの顔を見上げ数回目を瞬かせ、ハッとしたように飛び起きる。


「これは一体⁉」


 動揺したように辺りを見回し、自分の持っていた資料がテーブルに置かれているのを見つけると額に手を当てた。眉間にしわが寄り、不機嫌そうだ。


「寝てしまったのか」

「はい。わたくしがここに来たときには既に。お疲れのようですが、すこしすっきりしましたか?」


(側にいてほしいと陛下から言われたことは、黙っていたほうがいいわよね?)


 アリスがそういうと、ウィルフレッドは記憶を辿るように視線をさ迷わせる。そして、はあっと息を吐いた。


「少し気が緩んでいたようだ。俺は仕事に戻る」

「はい。行ってらっしゃいませ」

「……迷惑をかけたな」

「いいえ。全く迷惑ではありません。お体を大切にしてくださいね」


 アリスは立ち上がって、ウィルフリッドの背中に向かってぺこりとお辞儀をする。


(あら?)


 心なしか、髪の合間から覗くウィルフリッドの耳が赤い気がしたのだ。


(もしかして、照れていらっしゃる?)


 眉間に寄った皴と少し機嫌が悪そうな表情は、バツが悪いのを隠すためだろう。

 意外な一面に、アリスは頬を綻ばせる。


(それにしても、陛下はきちんと眠れていないのかしら?)


 魘されていたウィルフリッドの苦し気な表情が蘇り、心配になる。確か以前、眠りが浅くほとんど寝ないとも言っていた。


 ウィルフリッドは周囲に自分の弱さを見せようとしない。それは国王としての威厳を守るうえで大事なことであることはアリスも理解している。けれど、いつも気を張っていて夜も寝られないのでは、いつか倒れてしまう。


(心配だわ)


 せめて、魘されているときに横に寄り添ってあげられれば先ほど膝枕したときのように、ウィルフリッドを穏やかな睡眠に導いてあげることができるかもしれない。


 しかし、ウィルフリッドはアリスに愛と子供は望むなと言った。初夜以降、夜も共にしていないのでそれも難しい。一緒に眠ることができれば、なんとかすることもできそうなのに。


(そうよ! 理由は何でもいいから、一緒に眠るように誘導すればいいのよ!)


 理由など、こじつければなんとかなるはずだ。



 ◇ ◇ ◇



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