(8)
一方のウィルフリッドは、アリスと別れたあと執務室に戻った。
先ほどのアリスとのやり取りを思い出し、ウィルフリッドはため息を吐く。
(気が緩んでいた)
人前でうたた寝するなど、ましてや膝枕をしてもらって寝たことなど初めてのことだ。目を覚ましてアリスの青い瞳と目が合ったときは本当に驚いた。
何事かとすぐに飛び起きたが、だんだんと頭が冴えてくるのに従い、記憶も鮮明になる。
(たしか、また父上と兄上の最期の夢を見て──)
自分がアリスを引き留めたことも思い出し、頭が真っ白になる。
(夢じゃなかったのか)
情けない姿を見せてしまった羞恥から、耳が赤くなるのを感じる。
アリスはいつもウィルフリッドに笑顔で接し、決して彼を怖がったりしない。最初は煩わしく思っていたのに、いつしかアリスの笑顔を見ると、心が安らぐようになっていた。
(俺は──)
ウィルフリッドはぐっと拳を握る。
ずっと自分の気持ちを誤魔化してきたが、ウィルフリッドはアリスに惹かれている。彼女を抱き寄せて心から愛することができたら、どんなに幸せだろう。その欲望は日増しに強くなる一方だ。
アリスはウィルフリッドの妻なのだから、本来であれば彼が彼女をどう扱おうが、自由だ。
(いや)
そこでウィルフリッドは頭を横に振る。
(俺は幸せになどなってはならない。幸せになる資格などない)
ウィルフリッドは今の人生を、自分への罰だと思っている。
十二歳のウィルフリッドを襲った突然の悲劇。いや、悲劇と言うのもおこがましい。
国王と王太子を殺したのは、ウィルフリッド自身だ。自覚がないだけで、あの事故の原因はウィルフリッドが異能を暴走させたことである可能性が高いのだから。
あの事故の夢を見るたびに、父と兄が自分を恨んでいるのではないかと良心の呵責に苛まれる。
(俺にもっと力があれば、もっと異能を操る能力が高ければ、父上と兄上は助かったのに)
ウィルフリッドを襲うのは、自分の能力の低さへの絶望と、あのとき視察について行くと言ってしまった自分の浅はかさへの懺悔の思いだ。
だが一方で、アリスは何も悪くない。たまたま能力が高かったゆえにウィルフリッドの目に留まり、こんな雪深い辺境の国に嫁ぐことになった。
嫁いだ初日に子供を持つことも愛されることも諦めろと言ったウィルフリッドの言葉は、本当はアリスではなく彼自身に向けた言葉だ。
「彼女に対しては悪いことをしたな」
せめて、ここでの生活は不自由のないものにしてやりたいと思う。好きな男ができたなら離縁にも応じるつもりだ。
だが、ウィルフリッド自身はこの呪いともいえる呵責感から一生逃れられないだろう。
「頭がおかしくなりそうだ」
ウィルフリッドは両手で頭を抱えてぼそりと呟くと、銀色の髪を掻きむしる。
(もういっそのこと、おかしくなってしまえばいいのに──)
出口の見えない苦しさで、気を張っていなければ今にも押し潰れてしまいそうだった。
その日の夕食時、アリスに「大事な話がありますのでリビングルームに来てください」と言われた。いつにない真剣な様子に、ウィルフリッドは困惑した。
思い当たることと言えば、今日アリスの膝で寝てしまったことだ。
(文句を言われるだろうか)
そう思って緊張の面持ちでリビングに向かうと、なぜかアリスも緊張したような表情をしている。
(どうしたんだ?)
アリスは先ほどから、何かを話そうと口を開きかけては閉じるという行動を繰り返していた。
「アリス、一体どうし──」
「陛下! 今日からわたくしと一緒に寝てください!」
意を決したようにアリスが言った言葉を聞き、ウィルフレッドは呆気にとられた。
「は? 一緒に?」
「その……お布団が寒いです」
「布団をもう一枚出すように伝えておこう」
「いえ! そうじゃなくって!」
アリスは慌てたようにウィルフリッドの服の裾を掴む。
「隣にどなたかが寝てくださらないと、よく眠れません!」
アリスは真っ赤になりながら、そう叫ぶ。
「……俺は抱き枕か」
ぼそりと呟いた言葉に、「そんなことは思ってないです」とアリスは慌てた様子を見せる。そのあたふたした様子が可愛らしくて、ウィルフリッドはくくっと笑う。
「一緒に眠るだけでいいのか?」
耳元で囁くと、アリスは首まで真っ赤にしてこくこくと頷く。
国王を抱き枕にするなど、世界広しといえどもアリスしかいないだろう。そう考えると、またくくっと笑いが漏れた。
次章、ウィルフリッドの鋼の忍耐力が試されます。
引き続きお楽しみください!




