◆ 第五章 出戻り王女、夫を寝室に誘う
秋も深まってきた今日この頃、システィス国では朝晩の気温がぐっと低くなる。
アリスは城下にある病院と福祉施設を視察し、馬車で王宮に戻ってきた。
「ううっ、寒い」
馬車を降りたアリスは自分の体を抱き締めるように腕を回す。今日は晴れているし、まだ季節は秋だ。それなのに、既にアーヴィ国の真冬と同じくらい寒い気がする。
馬車に乗ってじっとしていたから余計に寒く感じるということを考慮しても、やっぱり寒い。
「どうして皆さん寒くないのかしら?」
アリスは両腕を手でこすりながら、ぼやく。町には多くの人々が往来していたし、王宮内にも貴族や女官、騎士がいるが、アリスのように寒さで震えている人は誰もいない。
これまでの人生で自分のことを寒がりだと思ったことはなかったのだが、システィス国にいると自分だけが寒がりのように思えてくる。
(きっと、幼い頃からこの環境で育っているから寒さへの耐性があるのね)
アリスはすぐ横を歩くエマを窺い見る。エマも、アリスよりも薄着なのになんともないような顔をしている。
(寒さへの耐性……)
それは、何年か住めばアリスにも身に付くものなのだろうか。このままでは冬場、寒さのあまりに動けなくなってしまいそうだ。
(あら?)
ふと、廊下の前方から見覚えのある人が歩いてくるのが見えた。長身で逞しい体躯、髪は輝くシルバーブロンドだ。
(陛下だわ)
アリスが立ち止まり頭を下げると、ウィルフレッドはすぐに彼女に気付いた。
「どこかに行ってきたのか?」
「はい。病院と福祉施設の視察に」
「そうか。ご苦労だった」
ウィルフレッドはアリスの顔を見る。わずかに、彼の眉間にしわが寄る。
(どうかされたのかしら?)
何か気に障ることをしてしまっただろうか。
思い当たることがなくアリスが目を瞬かせると、ウィルフリッドは突然アリスの手を取る。
「やっぱり」
ウィルフレッドははあっと息を吐き、指先でアリスの手の甲を撫でる。その仕草にドキッとした。
「あ、あの……」
「冷え切っているではないか」
「あ……」
アリスは慌てて手を引こうとする。しかし、ウィルフレッドにしっかりと握られてそれは叶わなかった。
「唇の色が悪い」
「え? まあ、本当だわ。気付かずに申し訳ありません!」
横にいたエマがアリスの顔を覗き込み、慌てたように謝罪する。
「ううん、気にしないで。わたくしは寒さに弱いみたい」
アリスは慌ててエマをフォローする。そもそも、アリス以外は寒そうにしている人などいないのだからアリスが異端なのだろう。
ウィルフリッドはアリスに何か言いたげな顔をしたが、口を閉じてエマのほうに視線を移す。
「エマ。部屋の暖炉の火を強くしておけ」
「はい。かしこまりました」
エマはウィルフレッドに向けて頭を下げる。
ウィルフリッドはふたりを一瞥すると、すたすたと立ち去って行った。
一日の気温が一番低くなる時間。それは、朝である。
「うう、もうお布団の中で暮らしたい」
「あら? では、お食事をこちらに運びましょうか?」
ぽつりと零した言葉を拾ったエマがアリスに問いかける。
「ううん、平気。そんなことしたら、一生ベッドから出られなくなりそう。あっという間に堕落王妃のできあがりよ。陛下にも怒られてしまうわ」
肩を竦めて首を横に振るアリスを見て、エマはくすくすと笑う。
アリスは意を決してベッドから抜け出すと、窓から外を見る。空はどんよりとした厚い雲で覆われており、余計寒さを感じる。
「今日は雪が舞うかもしれませんね」
「雪? もう?」
「はい。システィス国の冬は長いですから。真冬なんて、本当に寒いですよ。濡れた布など、外に持っていったら一瞬で凍り付いてしまいます」
「まあ、そんなに」
言葉では〝寒い〟と何回も聞いているものの、実際に体験したことがないのでなかなか想像がつかない。けれど、話す人全員が寒いというのだから、本当にとても寒いのだろう。




