(5)
「あれは、もう初夏になろうというような季節でした。陛下はふたりの王子を連れて、領地の視察に出掛けられたのです。視察自体は滞りなく終了したのですが──」
エマはそこで言葉を詰まらせる。
「帰りの道中で陛下のご一行が暴風雪に襲われて、身動きが取れなくなってしまったのです」
「暴風雪? 初夏に?」
アリスはすぐに強い違和感を覚えた。
システィス国は確かに寒く、冬場は深い雪に包まれる。しかし、夏は半袖で快適に過ごせる程度まで気温が上がり、雪が降ることなどない。初夏になるとかなり気温もあがっているはずだから、稀に冷え込む日があったとしても暴風雪になることはないはずだ。
「目撃された方によりますと、陛下たちご一行がいらした場所だけが暴風雪になっていたのです。そんな異常な気象は、通常考えられません」
「……異能を使ったってこと?」
背中につうっと汗が伝うのを感じた。
エマの話が全て真実だとすれば、暴風雪が発生した原因は間違いなく異能の力だろう。そして、ウィルフリッドは水の精霊の加護を得ている。そして、アリスの知る限り、現在異能を持っている王族はウィルフリッドただひとりだけだ。
「……だから、陛下がふたりを殺したって言われているのね」
「はい。証拠は何もありませんが、当時、多くの貴族がそれを疑っておりました。陛下が即位されることには反対される貴族も多かったのですが、ノートン公爵が後見人として陛下を補佐することで、皆を納得させたのです」
「ノートン公爵が」
ノートン公爵はウィルフリッドの叔父で、前国王の弟だ。今も宰相として、政界に強い影響力を持っている。
「そんなことがあったのね……」
思った以上に衝撃的な話だった。アリスは背もたれに背を預けると、天井を仰ぐ。
もしアリスがウィルフリッドのことを知らない状態で今の話を聞いたら、間違いなく彼が意図的に父と兄を殺した犯人であると判断しただろう。けれど、この数カ月間ウィルフリッドを近くで見てきたアリスにはどうしても納得できなかった。
今日の昼間の、ウィルフリッドの呟きを思い出す。
『俺は本来、国王になるべき器ではなかった。俺の血など、ここで絶えてしまえばいい』
彼は確かにそう呟いた。その姿はどこか自嘲的で、どうしようもない運命に諦めているような雰囲気さえ感じられた。
(多分、陛下はやっていないわ)
何の証拠もないけれど、アリスはそう思った。
(でも、それならどうしてそんなことに?)
何とも言えない嫌な予感がして、アリスはぶるっと身震いをした。
◇ ◇ ◇
アリスと一緒に出掛けた日の夜、ウィルフリッドは夕食の場に彼女がいることに驚いた。今日はアリスと出かけた影響で、執務が遅くまでかかった。とっくのとうにアリスは食事を終えていると思ったのだ。
「陛下。今日もお仕事お疲れ様でございます」
ウィルフリッドがやって来たことに気づいたアリスは、立ち上がると満面に笑みを浮かべて彼に挨拶をする。
「ああ。……先に食べなかったのだな」
ウィルフリッドは困惑した表情で言う。なぜアリスが自分を待っていたのかわからなかったのだ。
「食事をしながら、陛下とお話でもしようと思いまして」
「俺と話?」
「はい。昼間にもお伝えした通り、陛下のことをもっと知りたいのです」
「……なぜ?」
「夫のことを、もっと知りたいからです。だめでしょうか?」
アリスはおずおずと、ウィルフリッドの顔色を窺うように聞いてくる。
「だめではないが」
「よかった」
アリスはホッとしたように表情をやわらげる。
「では、今日はお互いに好きな食べ物のお話をしましょう」
「食べ物?」
「はい。まずはわたくしからお話ししますね。一番の好物はビーフシチューで──」
アリスはにこにこしながら話し出す。
ウィルフリッドは呆気にとられた。何を話すのかと思えば、本当にただのお喋りのようだ。
「陛下は何がお好きですか?」
アリスは一通り話し終えると、屈託のない笑顔をウィルフリッドに向ける。
(どういうつもりだ?)
彼女の意図が掴めず、困惑する。
ウィルフリッドは今まで、特に信頼した人間を除き、人を寄せ付けないようにしていた。父と兄を殺したとして冷酷王と呼ばれる自分と損得勘定抜きに親しくなりたい人間などいないと思っていたし、誰かと仲よしごっこをするつもりもなかったからだ。
けれど、アリスは損得ではなく笑顔でウィルフリッドに接してくれていることが、彼女の態度からわかった。
(彼女は不思議な女性だな)
突き放しても笑顔でウィルフリッドに寄ってきて笑顔を向け、役に立ちたいと努力した結果が実ると子供のように喜ぶ。表情がころころ変わり、目が離せなくなる。
それに──。
『あなたのことを、もっと知りたいです』
アリスが先ほど言った言葉を思い返す。そんなことを言われたのは、生まれて初めてかもしれない。
政治的駆け引きのないただのお喋りに興じたのは本当に久しぶりで、思いのほか悪くなかった。
次章、夫ともっと仲良くなりたいアリスは彼を○○に誘います!
引継ぎお楽しみください。




