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(6)

 ──それは、ビクルス国のパーティーに招かれたときのこと。

『大丈夫ですか?』

 少し離れた席から女の声が聞こえてそちらを見ると、小柄で可愛らしい雰囲気の若い女が横に座っている貴婦人に声を掛けていた。

 貴婦人は四十過ぎぐらいに見え、衣装から判断するに賓客だ。対する若い女性は、ビクルス国の伝統衣装を着ていた。蜂蜜色の艶やかな髪に髪飾りを着け、年齢はまだ十代に見えた。

『これ、すごく固いのよ』

 貴婦人は、慣れない異国の料理に戸惑っているように見えた。

『海のない国では海産物は見慣れないですよね。これは、殻の中だけを食べるのですが──』

 若い女はビクルス語ではない言葉を流ちょうに操りコミュニケーションをとると、周囲を見回す。そして、一番近くにいたメイドに料理の殻を外して食べやすくすることと、ふかした芋を持ってくるように伝えていた。

(なんでふかした芋なんだ?)

 そんなウィルフリッドの疑問はすぐに解決する。どうやら、貴婦人の祖国の主食がふかした芋で、おかずと芋を一緒に食べる風習があったようだ。

 貴婦人は大層感激して感謝の言葉を伝えていたが、女は照れくさそうに『気になさらないでください』と笑っていた。

 なんとなく彼女が気になり、そのあともちらちらと見る。彼女は別の来賓と別の言語を使って楽しげに話し、相手の国について熱心に質問していた。

(随分と、他国に対する知見があるのだな)

 彼女は少なくとも、ビクルス国以外に二か国語を流ちょうに話し、諸外国の風習や文化についてもよく知っているように見えた。事前に勉強したのかもしれないが、それでも大したものだ。

(彼女は何者だ?)

 彼女自身に興味持ったちょうどそのとき、女と話していた賓客が『アリス様はどこの国のご出身なのですか?』と尋ねるのが聞こえた。

『アーヴィ国です。クリス様に嫁いで、もう四年になります』

 女はにこにこしながら答える。それで意図せず、女がアーヴィ国出身の王太子妃──アリスであることを知った。


(ビクルス国の妃たちはこんなにレベルが高いのか?)


 驚いたウィルフリッドはたまたま近くに座っていた別の妃に声を掛けた。しかし、その妃は他国のことはおろか嫁ぎ先のビクルス国のことすらろくに勉強していないようで、その差にがっかりした。


 そして二年が経過し、ウィルフリッドは未だに結婚していなかった。


『陛下。今日もこんなにたくさんの釣書がきましたよ。もう、一番好みの女で手を打ちましょう』


 ロジャーはうんざりした様子で見合いの提案を持ってくる。その数は日に日に増えており結婚を渋るのもそろそろ限界であることはわかっていた。

 だが、自分の過去を思い返し、どうしても結婚する気になれなかったのだ。


 ウィルフリッドがアリスについて思い出したのはそんなときだった。ビクルス国の王太子──クリスが失脚しハーレムを解散、妃は全員祖国に戻されたという情報が入ってきたのだ。


 ウィルフリッドは少し逡巡してから、ロジャーに告げる。『結婚を申し込みたい王女がいる』と。


 出戻り王女であるアリスは、恐らくもう良縁を望めないだろう。しかし、ウィルフリッドは博識な彼女は王妃にするにはちょうどいいと思った。

 それに、どの国内貴族とも縁がないのもしがらみがなく都合がいい。


 一部の臣下は、アリスには子供を産めない疑いがあるとして、大反対した。

 だが、ウィルフリッドはそれらの意見を全て一蹴し、宰相のヴィクターもウィルフリッドの意思を尊重すべきだと彼を支持してくれた。


 子供を持てないなら、むしろ都合がいい。ウィルフリッドは一生、子供など持つつもりがないのだから。


(こんな血、途絶えてしまえばいい)


 ウィルフリッドは自嘲気味に笑った。 


 多くの来賓が見守る中、結婚式は聖堂で行われた。

 新婦となるアリスを迎えるべく、ウィルフリッドは祭壇の前に立つ。


(彼女はどんな気持ちで嫁いでくるのだろう)


 ウィルフリッドはその即位の経緯から、酷い悪評がある。その噂を聞き断られる覚悟もしていたが、アーヴィ国からの返事は【是非この話を進めたい】という前向きなものだった。


(もしかすると、祖国で厄介者扱いされているのかもな)


 異国の王族に嫁いだ王女が出戻ってくるなど、滅多にある話ではない。厄介者扱いされても不思議ではないから、システィス国からの結婚の打診は渡りに船だったのかもしれない。


 アーヴィ国王に伴われて三年ぶりに再会するアリスは、あのときと変わらず小柄で可憐な女性だった。実年齢の二十二歳よりも、少し幼く見える。


 アリスは緊張からか強張った表情で、ウィルフリッドを見つめる。


 怖がられているのかと思ったウィルフリッドは、敢えて彼女から視線を逸らした。差し出した手に重ねられた手は、力を入れれば骨が砕けてしまいそうなほど華奢で、とても小さかった。



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