(5)
「ウィルフリッド様か……」
アリスはシスティス国へ嫁ぐことが決まってから、可能な限りシスティス国とウィルフリッドについて勉強した。
──国王だった父と王太子だった実の兄を殺害し国王の座を手に入れた、冷徹な王。
若き国王である彼にはそんな黒い噂が実しやかに囁かれているようだ。
国王に即位した十三年前、ウィルフリッドは弱冠十二歳だったという。まだ子供だったウィルフリッドを補佐して国が正常に回るのを手助けしたのは、彼の叔父──ヴィクター・ノートンだ。そのヴィクターは今も宰相としてこの国に絶大な影響力を持っているとも、読んだ資料には書かれていた。
「ヴィクター様って今日挨拶したわね。それにしても、まさか陛下の叔母上がルシア様の妹君だなんて」
人の縁とは、どこで繋がっているのかわからないものだ。
「陛下、遅いな……」
アリスは日中のウィルフリッドの様子を思い返す。
冷徹王などと呼ばれていたからどんな暴君かと覚悟していたが、今のところは普通の青年に見えた。ただ、どこか孤独を思わせる寂しげな瞳をしているのが気になる。
時計を見ると、そろそろ日付が変わる時刻だ。結婚を祝う臣下たちと話しているにしても、さすがに遅すぎる。
(まさか、今回も初夜にほったらかし?)
今日のウィルフリッドの様子を見る限り、嫌われてはいないと思っていたのだが。
(もしかして、陛下もわたくしが好みと外れているのかしら)
顔? もしくは体? まだほとんど会話もしていないのだから、性格ということはないはず。
アリスは自分の体を見下ろす。
胸は普通にあるのだが、着やせするタイプのようで傍から見ると体型も子供っぽく見えるだろう。それに、童顔だ。
「わたくし、そんなに女性として魅力がないのかしら?」
正直、二回も初夜に夫に放置されることになるとは思ってもみなかった。これでも、アーヴィ国では『花のように可憐な姫』と持てはやされていたのにさすがにショックだ。
「落ち着くのよ。水でも飲みましょう」
アリスは気を紛らわせようと水差しからグラスに水を移し、それを一気に仰ぐ。
(あら? これ、もしかしてお酒?)
水だと思ったものは、水ではなかった。気付いたときには時すでに遅し。
急激に体温が上がり、頭がふわふわする。
「うふふっ。二回も初夜すっぽかしにあう王女なんて、世界広しと言えどわたくしだけではないかしら?」
なんだか妙に楽しくなってきて、アリスは再びグラスに酒を注ぐとぐびっとそれを飲んだ。
ふわっとあくびが漏れる。今回の輿入れは昨晩遅くにアーヴィ国から到着し、翌日に結婚式を行うという強行軍だった。実を言うと、もうくたくただ。
「……ちょっとだけ寝ましょう」
アリスはベッドの端に横になる。意識はすぐに、闇に呑まれた。
◇ ◇ ◇
今日の日中のこと。ウィルフリッドは浮かない表情で、新郎の控室にいた。
大きな鏡には銀色の髪を丁寧にセットされ、すっきりと顔が見えている。だが、その表情はおおよそ今日結婚式を迎える新郎の表情ではない。
結婚など、一生するつもりはなかった。
だが、王妃が空席になっていることで王妃選びを勧める、もっと言うと自分の縁者を王妃に推薦する貴族たちがあとを絶たず、政権運営に悪影響が出てきたので娶らざるを得なかったのだ。
「陛下。そろそろ時間です。王妃様は神官が呼びに行きました」
「ああ、わかった」
ウィルフリッドは呼びに来た側近──ロジャーに返事すると目を閉じる。そのまま息を吐き、目を開けるとすっくと立ちあがった。
(行くか)
ウィルフリッドがアーヴィ国に対し、王女を妃に娶りたいと打診したのは約半年前のこと。ビクルス国のハーレムが解散され、各国の王女が祖国に戻ったという情報を得たすぐあとだった。
ウィルフリッドの決定に臣下達は驚き、出戻り王女など娶るべきではないと反対する者も多かった。しかし、それを押し切ったのは他でもないウィルフリッド自身だ。
ウィルフリッドがアリスを見かけたのは、三年ほど前のことだ。
たった一度だけ、それも、直接言葉を交わしたわけでもない女性。そんなアリスをウィルフリッドがよく覚えていたのには、理由がある。




