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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第九章:強者蠢く乱世
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89話

「最近暑くなってきたよなぁ……この間窓全開のまま冷房つけてクーラー逃がしちゃったんだよね」


「沖縄県民かお前は、そして馬鹿か」


夏の始まり、クーラーの効いたカフェ・センゴクの店内にて従業員の英と客の黒金が席と厨房の間を挟んで何気ない会話を続けていた。その話題は徐々に上がっていく気温に釣られそれに関連したものになっていく。


「クーラー買う金が無くてさぁ、家にいても蒸し暑いだけだからこういうバイトの時間は救われる」


「そう言えば給料を何に使っているんだお前」


「勿論家賃とかに、といっても最近はここに泊ったり飯も食わせてもらってるからあんまり帰ってないな」


「……殆ど居候だな」


ちなみに今日は土曜日で先ほどまでは客で溢れかえっていたがそれも落ち着き、店長である鴻大もそれを見計らって買い出しに出かけた。そして伊音もおらず、英に店を任された状態である。

そして英の家についてだが、この頃全くと言っていいほど帰っていない。それもそのはず、あの六畳だけの部屋より元物置部屋でもここの方が環境が整っているからである。神童家のご厚意を遠慮なく貰いこの夏を乗り越えようとしているその姿は、黒金にとって哀れ以外の何物でもない。


ちなみに給料の使い道についてはこれも全然使われていない、元々貧乏暮らしの身にとっては余裕のある残高を手にいれたとしても何に使ったらいいか思いつかず、そのままにしているのだ。


「こんにちわー!ちょっと寄りに来ました!」


「おー象さん!いらっしゃい!」


そうこうしているうちに客が入ってくるも、それは見知った顔だった。

エレファスゾウカブトの甲虫武者である象山豪牙、あの森ノ隅学校襲撃事件からしばらく経ちカフェの面々にも大分慣れ親しんできた。保護者と教師という関係であった鴻大とも気さくに話せるようになり、英は少し年上の彼を兄貴分のように慕っていた。

こうして偶に店に寄ることも多くなるも、黒金がいる店に来たのは初めてかもしれない。この2人はあの時の話し合い以来だ。


「あーえっと黒金さん?お久しぶりです」


「……呼び捨てでいいです。敬語も別に構いません」


「そうか?じゃあ俺のことも好きに呼んで結構だ!」


一応年上であるため黒金も普段の態度を隠し敬語で接し、向こうに敬う必要は無いと言う。豪牙は遠慮することも無くアッサリとそれを受け入れ、逆に自分相手にも気さくにしていいと慣れ親しんだ関係を築こうとしてきた。別にそれは悪いことではないがその軽さが少し苦手であった。


「何飲む?コーヒー以外なら大丈夫だぞ」


「あーお前のコーヒーはなぁ……紅茶とモンブランケーキで」


ちなみに豪牙も英のコーヒーの不味さは経験済みで、今日のような英以外いない日に何も知らずにそれを注文し案の定その洗礼を受けた。普段からコーヒーを飲み仕事に勤しむ豪牙もあまりの不味さにそれから数日は普通のものにも拒絶反応を示していた。

そして彼が好む甘味はモンブランなどの栗系、その為カフェ・センゴクのメニューに新メニューの開発が進められている。


そうして英の作ったモンブランと紅茶を堪能する豪牙、グビグビと飲み豪快にケーキを口に入れていく。その品性の欠片も無い食べ方は別に咎められる程ではなかったが隣の机の黒金を更に不快な気持ちにさせた。


「そう言えば今日神童は店にいないのか?」


「今日は友達と遊びに行くって言ってた。確か木村さんと土井さんって人と」


「そうか……!あいつら仲直りできたか」


その言葉を聞いた瞬間豪牙の破顔が甘味を味わったこととは別の理由で加速する。その表情には若干の安堵も見られ胸を撫で下ろすかのようだ。

木村と土井はかつて工藤たちと共に伊音と小峰のイジメに加担していた女子、しかし学校襲撃の際彼女に助けてもらったことに感謝し無事和解できた。今となってはこうして休日を共に過ごすことも少なくない。


また伊音も襲われる恐怖により内気となっていた性格も前回の一件で吹っ切れたのか、どこかに出かける際にも誰かの許可を取ろうとしなくなった。どんな場所でコーカサスたちに襲われたとしても絶対に助けてくれると信頼を寄せているからだ。また英たちもその想いに応えようと日々鍛錬を欠かさない。


「そういう象さんはあれからどうですか?鎧とか翅とか」


「鴻大さんやお前が教えてくれたおかげさ、まさか空を飛ぶ日が来るとは思ってもいなかったがな!」


そして豪牙には最初の頃の英と同じく甲虫武者の体に慣れてもらう為丸一日をその修行に費やした。背中の翅の存在、第六感の虫の知らせ、これから激化していくであろう戦いについてこられるようになる為ありとあらゆる知識と技術を教え込み、今となっては完全に鎧姿を使いこなせるようになっている。


「これなら戦える!神童だって守れるさ!」


英と鴻大がここまで豪牙に尽力するのも当然、彼には学校での彼女の護衛もお願いしておりいざという時にちゃんと守れるだけの力は身に着けてほしいのだ。当然豪牙自身もそれを承知の上、彼女や学校の生徒をしっかり助けることのできる武者を目指していた。

しかしそれに物申す男が1人、隣の黒金であった。


「……守るためだけの力か、やはりお前は雄白と同じ甘い人間のようだな」


「なんだよ黒金、伊音ちゃんが大事じゃないっていうのか!」


豪牙への罵倒、そして伊音のことを蔑ろにする発言に英はムッとし豪牙に代わって反論した。すると黒金は席から立ち上がり、詰め寄るように2人に近づいた。


「そういう意味じゃない。俺だって彼女は守りたい、だけ()()()()()()()()()()()と言っているんだ」


「……どういう意味だよ」


「甲虫武者の力が何のためにあると思っている――殲滅だ、鎧蟲共を1匹残らず根絶やしにする。それがこの力の正しい使い方だ!」


その目は鎧蟲の恨みだけを宿し、英と豪牙に訴えかけるその言葉はまるでその感情を忘れないよう自分にも言い聞かせているかのようであった。拳を強く握りしめ、その強い感情を更に焚きつけた。

英としてはその事情を知っている為強く言い返せず、豪牙はその豹変ぶりに若干困惑している。


「象山豪牙、お前が甲虫武者の力をどう使おうが勝手だ。ただしこれだけは言っておく、守るだけじゃ戦いには勝てないぞ」


「戦いって……別に俺は、そんなこと考えて……」


「それが甘いと言うんだ!守るというなら鎧蟲を絶滅させるぐらいの意志は見せろ!」


豪牙にそんな闘争心は無く、今はただ自分の生徒を守る事だけを目標としている。なのでそんなことを言われてもピンと来るものは無くそれが一層黒金を苛立たせた。寧ろつい最近覚醒したばかりの者にそんな大義を抱けと言うのが無茶は話かもしれない。

そのまま黒金は会計を済まそうとレジに移動、場の不穏さに冷や汗を掻く英がそれに対応した。


「お、お前……もう少し言い方ってもんがあるだろうに」


「今の言葉はお前にも向けたつもりだ。鎧蟲たちを屈服させる為に戦う……実にお前らしい、中身の無い浅はかな考えだ」


黒金は最後に英にもそう言い残し、振り返ることなく店を後にした。その場には呆然と立ち尽くす英と何が起こったのか分からない豪牙がポカンとしているだけで、和やかな空気は一気に静まり返ってしまった。

英や鴻大のように、黒金は豪牙のことをまだ認めたわけではない。たった数日の関係で意気投合しろというのが些か無理な話かもしれないが、少なくとも自分との差別化をしているのは確実であった。


「……俺、何か悪いことでも言ったか?」


「あーどうだろうこれ、話してもいいのかな?実は……」


しかし英の目にはただの八つ当たりにしか見えなかった。それにこのまま豪牙を迷わせるのも可哀想だとも思い、本人の了承を得ずに話すことは若干の罪悪感があるが黒金の過去を話した。

蜂の武将「信玄」に家族を殺され、それ以来その復讐ばかりを考えていることを。なので彼にとって鎧蟲とはこの世から消し去りたい程の憎悪の矛先、仇でしかなかった。


「そうか、家族を……ならああなっても仕方のないことだな」


「ま、それが原因で一度喧嘩になったこともある。俺たちとは見てる世界が違うんだと思う」


英と豪牙、そして黒金、同じ甲虫武者でもその志は大きく異なる。そもそも背負っている物の重さから違っておりそう言う意味では黒金の方が強いとも言えた。家族の仇を討つ、それは良い意味でも悪い意味でも黒金大五郎の人間性をしっかりとしたものにしていた。

一方豪牙はどうだろうか?生徒を守るという決意は確かに素晴らしいものだ。しかし本人でも抽象的になっている節があることに気づき大きな目的というわけでもなかった。


「……俺はどっちかというとコーカサスたちが許せない、あいつらを止めることも俺のやるべきことだと思う」


「そうか……具体的な目標が無いのは俺だけか」


そもそも現状敵は2つ存在しており、英と黒金は片方ずつその打倒を目指していた。その抗争の中にいきなり巻き込まれた豪牙としてはどちらに加担すればいいか悩むのは必然的だ。鎧蟲に家族を殺されたわけでもなく、外道の甲虫武者に大切な仲間を殺められたわけでもない。何も無いのが一番のことだが何か使命を持たなければという焦燥感が豪牙を襲う。


「そう言えば今日土曜だけどスーツ姿だよな。仕事帰り?」


「ああ、家庭訪問のな。()()()()()()()()()()()()()()らしい、それで詳しい話を聞きに行った」


「工藤……って、確か伊音ちゃんを苛めてた子の……」


学校襲撃のほとぼりも冷め森ノ隅学校は既に登校を再開させている。学校の修理も大方終え以前とそう変わらない日々が続いていた。しかし苛めの主犯である工藤、そしてその取り巻きである山内と岩下も自宅不在になっている。

勿論伊音を苛めていたからといって態度を変えるわけもなく、彼らもまた自分の大切な生徒としてその捜索を行っていたのだ。


「全くどこにいるのやら、また何か問題を起こしてなければいいんだが。親御さんも心配していた」


「家出かぁ……俺は高校の時にそんな大それたことできなかったかも」


黒金によって張り詰めた空気は徐々に解れ、すぐに何気ない日常に戻る。夏の始まりを告げているのか、蝉がうるさく鳴り始めた。

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