36話
とある日のカフェ・センゴク、客足も落ち着いてきたところで俺は何をしているのかというと、店にやってきた常連黒金に、とある物を自慢げに見せていた。「それ」を右手で持って前に突き出し、店に入った来たばかりの黒金の目前に迫らせる。
「……何だ」
「見ろ!スマホを買ったんだ!」
そう言って黒金は俺のスマホを見る。白いケースで守られたそれは俺が初めて買ったスマホ、後ろでは伊音ちゃんが苦笑いをしている、少々自慢し過ぎたかもしれない。
そのまま黒金を席に案内し話を続ける。その注文はいつものやつだった。
「この店で働き始めて大分経って給料も沢山貰ったから買ったんだ、師匠が勝家を探していた時に連絡取れないのは不便だと思ってな!初スマホだ!」
「それで俺に自慢してきたのか……ガキかお前」
今までの俺の生活においてスマホどころか携帯電話を持つ余裕すらなく、バイト先や私情の連絡は全て家の電話で行っていたが、カフェ・センゴクで働いてからは昼食と夕食を出してくれるという待遇に甘え、少しだけ金に余裕ができたのだ。
なので奮発してスマホを購入、これでもう連絡面で困ることはないだろう。
「自慢してくる割には最新型じゃないのか……中古か?」
「仕方ないだろ!流石に中古じゃないと買えねぇよ!」
でもいくら余裕があるといっても最新のやつを買えるほどでもないので、伊音ちゃんに相談して中古品を買った。まさかスマホだけでもあんなに種類があるとは思っていなかったので、選ぶときは本当に苦労した。
元々そこまで機械に詳しかったり強いわけでもないし、基本的な使い方だけ分かっていれば大丈夫だろう。だけどこれからも彼女に相談する機会はあるだろう。
「俺ゲームとかアプリとかそういうのは良く分かんないだけど、伊音ちゃんは何か入れてる?」
「私は猫ちゃんのゲームとか……それ以外あまり使ってないですね、あとたまにSNSとかも」
猫ちゃんのゲーム、名前を聞く限りじゃのほほんとした可愛らしいゲームであることが伺える。伊音ちゃんって猫が好きなのか、今度出かけた時に野良猫でも見つけたら写真を撮って見せてあげよう。
「俺も最初はSNSとかやろうと思ったんだけど……俺みたいな奴がやると何しでかすか分からんから怖い」
「お前にしては客観的に自分を見れているな、俺も止めておいた方が良いと思う」
「一言余計だお前は、そう言う黒金だって製菓会社の社長なんだからSNSとかやってないのか?」
忘れているかもしれないが黒金の職業は憎たらしいことに製菓会社の社長、フリーターの俺とは天地の差がある地位にいる。会社といえばSNSとかで宣伝をしているイメージがあるがこいつもそんなことをしているのだろうか?
「うちの中の人は代理人がやっている、といっても新商品の広告ぐらいだな」
「うーん、確かにお前にそんなイメージ無いようなぁ……やったとしてもつまらない内容になりそう」
黒金のような堅苦しい奴がSNSなんかやっても華やかさが足りなかったり面白みが無いのが目に浮かぶ。それでも頭の中で絵文字とか使っている黒金を想像してみると危うく吹きそうになった。
会社などの公式アカウントがあることは俺でも知っている。黒金の会社であるブラックダイヤモンドはどうやら代わりの人がそれをしているらしい。
「あ、一応お前とも連絡しなきゃいけない時が来るだろうから、連絡先交換してやるよ」
「随分と上から目線だな……まぁいい、下らん事でかけてくるなよ」
もし虫の知らせの索敵範囲外で鎧蟲が現れた際俺たちのどちらかが連絡をすれば、それは実質的範囲が広がったことになる。なので甲虫武者の仲間として連絡手段は必要だろう。それでもこいつと連絡先を交換するのは本当に嫌だ。
まぁ手段は選んでいられない、それに折角スマホを買ったんだし伊音ちゃんと師匠以外の名前をこいつに入れたかった。
そして黒金は懐から自分のスマホを取り出す。オオクワガタの鎧と同じ色である黒のケースが装着されているそれは、俺のと比べて明らかに新しいものかが分かる。恐らく最新型のものだろう。
「黒金さんのはこの間発売されたばかりのやつですねよね」
「ああ、この会社のスマホは新しいのが出る度に買い替えている」
「えぇ~そんな必要あるのか?」
対する黒金はどうやら新しいタイプが出るたびに買い替えを行っているらしい。話を聞けば壊れたり使えなくなったりというわけでもなく、ただ新しいのが出たら買うようにしているのだ。俺はそれが理解できず軽い混乱に陥ってしまう。
「まだ使えるならそれ使い続けろよ、わざわざ買い替える必要もないし……金とか勿体なくないのか?」
「如何にも貧乏人の発想だな、スマホだろうが何だろうが最新を揃えるのが一流というものだ」
口を開けば貧乏人貧乏人と、それしか言えないのかと反論したいが本当の事なので何も言い返せない。
だがそれでも新しいのが発売されるたびに買い替えるというのは無駄なことだと思う。俺としてはほぼ金の無駄使い的な行動は見逃せなかった。寧ろ貧乏人発言よりそっちの方が許せない。
「……馬鹿みてぇ」
「聞こえているぞ雄白!誰が馬鹿だって!?」
つい小声でそう呟いたがどうやら聞かれてしまったようだ。だって買わずに済む物をわざわざ買うとか金持ちの気持ちはよく分からない。それは俺が貧乏だからとかいう理由は関係無いだろう。
そうしていつも通りの喧嘩が始まる。例え連絡先を交換しても心までは通じ合わないということを改めて実感させられた。
「そう言えばあれから何日か経ったけど、何か分かったか?」
「……何も、鎧蟲の出現する時間帯、場所に規則性などない」
そして話はスマホから鎧蟲のことに変わる。あれというのは人の言葉を話す鎧蟲「武将」、その1匹である勝家と遭遇した日のことである。
今までの蟻や蜂とは違い確かにコミニケーションが可能で知性も感じられたあの存在は、俺や黒金にとっても衝撃を与えた。そして鎧蟲が如何に正体不明な存在であるかを実感したのだ。
その勝家が去る際、空中に蜘蛛の巣が作りその中へと消えていった。あれが鎧蟲の巣穴であることを確信した俺たちは、あれからというもの鎧蟲が現れる度にその場所、時間帯を調べ何か判明することが無いか調べているのだ。
といっても調べているのは黒金が殆どであるが、単独で鎧蟲と戦った際は顔を合わせた際にそれを伝えていた。しかしこのスマホがあればその情報交換も少しは楽になるだろう。
ちなみにあの日から現れるのはどれも雑魚、勝家は勿論他の武将も姿は現してこない。なので何とか巣穴が出現するタイミングを掴みその際に突入できればと考えていたがそう上手くいかなかった。
まぁ武将ではなくただの足軽程度なら俺たちも簡単に対処できる。昔はあんなに苦戦していた共食い蟻にも圧勝できるようになっていた。
それが原因か、ここ最近の鎧蟲たちは個々の強さより数の多さで勝負してる気がした。
この間の勝家が起こしたような惨劇、もしくは数年前の叡火の惨劇程ではないが一度に現れる鎧蟲の数が目に見えて増えているのが俺にも分かる。簡単に倒せてもあんなに数が揃えられたらいくら俺たちでも堪ったもんじゃない。
前まではより強い兵を前線に出して人間を襲っていたが、数で挑まないと俺たち甲虫武者に敵わないのを察したようだ。奴らは考えて編成している、その内容を決めているのも武将なのだろう。
(もう二度と、あんなことを起こさせてたまるか……!)
大量の鎧蟲に襲われ見るも無残になった街、そこに転がる多くの亡骸。どこもかしこも死の香りしかしないあの場は、今も夢に出るほどのトラウマとなっていた。だがそれ以前にもう二度と起こさせないという硬い決意をさせる経緯になった、それがまた皮肉である。
そのために、日頃の鍛錬は欠かしていない。そろそろもう1つの技を完成させる時だ。
「黒金、今新しい技の考案中なんだけどビビッと来なくてさ。この後修行に付き合ってくれないか?」
「生憎だが俺も忙しい身だ、お前のように暇ではないんでね……悪いが1人でやってくれ」
そう言って黒金はハニートーストをあっという間に平らげ、会計を済まし店を出ていってしまう。少しぐらい付き合ってくれてもいいのに、悪態までつくとは相変わらず嫌な奴だ。
新しい技と言っても一撃必殺とかそんな感じではない、それは白断ちで間に合っている。じゃあどんな技かというと猛吹雪のように敵を一掃できる技が欲しい。
といっても猛吹雪は師匠の水蛇滅多切りから連想して編み出した技、白断ちも渾身の一太刀を振り下ろすだけとあまり芸が無い。そしてこれからも増え続けるであろう鎧蟲を一網打尽にできる技をイメージしてる。
……が、新たな技を最初から作るというのは中々の困難を極め、黒金にヒントを得ようとするも今の通り断られてしまった。
ならばもう一度師匠をインスピレーションにすればいいという話だが、そう何度もあの人に頼るのも間違っている気がする。正真正銘、自分のだけの技も欲しいところだ。
「伊音ちゃん!俺もパンケーキ、チョコたっぷりで!」
「はい、分かりました!」
それで普段あまり使われない頭を酷使したせいか、少し疲れてきた。なので俺は、彼女のハニートーストを食べて糖分補給に勤しもうとする。
この甘味を堪能しながら、考えるとするか。




