35話
結局武将「勝家」は逃し、犠牲者も大勢出た。今回の事件は一概に勝利と言えるものではなかった。俺たち甲虫武者は急に現れた勝家とその鎧蟲の群れに対処ができず多くの被害を出してしまった。
「アムッ……雄白、奴が出していた蜘蛛の巣を見たか?恐らくあれが奴らの巣穴だ……!」
「ああ……ムムッ、あそこから武器も出していたな」
俺と黒金はカフェ・センゴクでこれからについて話していた。勝家が撤退時に出現させたあの蜘蛛の巣、大気中に浮かぶそれは触れると波紋が生まれ透明な入り口のように別の空間と繋がっていた。
以前黒金は幼い子供を使って奴らの巣穴を見つけようとしたことがある、許せないことだがそれはもう解決した話だ。しかし鎧蟲たちが毎度あれを使って人間の世界に現れてくるとしたら、奴らの巣穴を特定することも難しいだろう。
「あんな好き勝手に出現されたら堪ったもんじゃないよなぁ……甲虫武者の虫の知らせってどれくらいの範囲なんだ?……ウッマ!」
「個人差がある、勿論鍛えればその索敵範囲は広がるが……俺もどれくらいかは知らん。確かめようがないからな」
それもそうだ、鎧蟲たちにお願いして調べるわけにもいかない。あの蜘蛛の巣がどれくらいの範囲で姿を現すのかは分からない、もしかしたら日本全土、いやその気になれば世界中に広げることも可能かもしれない。もしそうだったらどうしようもなかった。
それに勝家はどんな方法かは知らんが俺たちの虫の知らせに見つからないようにもしている。つまり隠れる方法を知っているのだ、それを四六時中されたら見つけようもない。
「俺も巣穴を見るのは初めてだ、まさかあんな風だったとは……」
「どうしたらいいんだろうな?」
「あの……何も食べながら話さなくても……」
そう言って伊音ちゃんが新しいデザートを運んで割り込んでくる。いつの間にか俺の口周りはチョコだらけとなっており持っているフォークとナイフも止まっていなかった。それに対し黒金は全く汚れてなく優雅に食べていた。
「そうだぞ、何せ今日はお祝いだからな!英と黒金の見事なコンビネーションの!」
「お祝いって……何もそこまで盛大にやるものでもないですよ」
そしてにこやかな笑顔を見せてくる師匠に俺は若干引いてしまう。今日は俺と黒金が連携して勝家を撃退した記念のパーティーというやつで、テーブルの上には沢山のケーキ、甘味が続々と乗せられていく。
師匠も席に着き俺たち以上にそのケーキを頬張っていた。俺たちはその空気についてこれずそうして話し合っていたわけだ。
「そうですよ、こいつと連携できたこと自体が奇跡に近いんですから……動きを合わせるのは本当に苦労しました」
「ざけんなッ!こっちの台詞だ!」
黒金はそう言うが本当に苦労したのは俺の方だ、こいつの身勝手で細かい動作に合わせるのがどれ程大変なことだったかは分かるまい。
そう言って再び騒ぎ始める俺と黒金、師匠はそれを傍観しているだけだったが伊音ちゃんは何か思いついたのかウーンと考えていた。
「でも私、英さんと黒金さんは似てると思うなぁ」
「「はぁ!?俺とこいつのどこがぁ!?」」
悩んだ挙句言ったのは耳を疑うことであり、俺と黒金は思わず吹いてしまい急ぎそれを否定する。そのせいで少し彼女を驚かしてしまった。
だけど俺と黒金が似てるなんてことは絶対にあり得ない、俺はこんな冷酷でカッコつけてもないし風評被害にも程がある。冗談としてもそれは認められない。
「確かに性格は全然違うんですけど……こうして熱くなったり声が合ったりする時もあるじゃないですか、全然違うというわけでもないと思うんです」
「伊音ちゃん、それは流石に間違いだ。俺がこんな貧乏人と同格なわけがない」
「誰が貧乏人だ誰が!お前社長だからと言って調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
そうして再開する喧嘩、結局はこういう言い合いになるので似てるということは絶対にない、それは俺でも断言できる。というか黒金の野郎と同じなんて絶対に嫌だ!
こうしてカフェ・センゴクは客もいないのに賑やかとなり、それが一層店の雰囲気を良く見せるのであった。
そこは洞窟のように薄暗い場所であった。しかし上には紫色の空が広がり岩に挟まれた道も結構幅がある、一応開放的な空間ではあるが人間にとっては息苦しい場所だろう。そんな場所を勝家は闊歩していた。
片手で抑えている傷からはポタポタと緑色の血が流れ、パンくずの目印のように勝家が通った道に点々と存在している。しかしその表情は苦痛に襲われながらも嬉しそうな顔だった。
「くくッ……成長が楽しみだな」
そして今しがた戦った相手である英と黒金、2人の事を思い出し更に破顔する。余程甲虫武者の強さに感銘を受けたのか、笑ったまま傷の痛みに耐える勝家。彼の笑い声が暗黒の中へと消えていく。
そんな狂ったように見える勝家、後ろの岩陰から話しかける存在がいた。
「――勝家様、随分とご機嫌ではありませんか」
後ろから聞こえた陽気そうな声、その上機嫌を嘲笑い揶揄うようなそれは勝家の笑みを消し、一気に嫌な奴が来たと言わんばかりのしかめっ面になる。ヤレヤレと言った感じで歩みを止め、重い溜息を吐いた。
「――猿、何の用だ」
「だからですねぇ、私と毛無猿を同格に呼ぶのは止めていただきたい!私には秀吉という名があるのですよ!」
そして姿を現したのは英が今まで戦ってきたのと同じような蟻、しかし勝家同様陣羽織を纏い自分が同じ武将であることを示していた。背中にはその腕以上の本数の武器が差されており、ただならぬ気配を醸し出している。
秀吉、それがこいつの名前だった。
「フン、足軽上がりが随分偉そうじゃないか……長秀殿の椅子は余程心地良いとみた」
「嗚呼、長秀様……!あの忌々しい黄金の武者に討たれた我が同胞!ただの足軽だった私の事を気に掛けて下さったのに……この地位を託し逝ったあの日の事は忘れまい……!」
すると秀吉はまるで劇の演技のように動き始め、殺された仲間への想いを詩のように語り始める。蟻の目に涙はあるのか、それは分からないが今にも泣き出しそうな震えた声がそこから漏れている。
勝家はそれを見て影響を受けるわけでもなく、呆れて何も言えない様子だった。
「どの口が言うか……亡き同胞の椅子でふんぞり返るのはどんな気分だ?あいつが消えて一番喜んでいるのは貴様だろうに」
「あれ?バレちゃいました?それで、何故そんなに上機嫌なんです?」
コロコロと態度を変える秀吉、道化師にも見えるその奇怪な様子は印象に残るなんて生易しいものではない。何も知らない人間が見ればショックで気絶するかもしれない。
「活きのいい2人の武者と戦った。1人は白の鎧、もう1人は黒の鎧を纏っていた。我も油断してこの始末だ、奴らは更に成長するぞ」
「まぁまぁこれは!信長様の家臣たる者が武者如きに傷を負うなんて……なっさけない話ではありませんかぁ!?」
勝家が自分の傷を見せた瞬間、秀吉は目の色を変えて勝家を罵倒し始める。表面上敬意を払い敬語を使っているが、まるで憎たらしい相手の弱点を見つけたが如く騒ぎ始める。
一見不愉快そうに見える秀吉だが、勝家はそれに対し何もしない。呆れ果てたのか諦めただけなのか、どちらにしろ先ほどからその複眼の目が彼に向くことはなかった。
「――そうだ、その信長様は今どこにいる?頼まれていた物を調達してきたのだが……」
「あの人なら城にいますよ、何を頼まれたんです?」
「毛無猿の服を何着か」
そう言って2人は並んで前に進む。その先には巨大な城が待ち構えておりそこが鎧蟲たちの住処であった。鳥のように視界に入り込むのは蜂の弓兵、時折耳に入る断末魔は家畜の声、しばらく進めば人骨の山がいくつも形成されていた。
場所は変わり人間の世界、もうすっかり日は暮れ誰もが寝静まっている時間帯にて、町の路地裏に1人の蟻が存在している。秀吉のような武将でもなくただの足軽の蟻、鴻大の目から上手く逃れ今に至っていた。
英たちの虫の知らせはこいつに何の反応も示さない。傷だらけの状態で気づかれにくくなっているのか、それとも距離が遠すぎるだけか、兎に角生き残った鎧蟲が人の世界に残っていることは確かであった。
このままだと静かに襲われまた被害者が出てしまう、蟻もまだ生きることを諦めておらず人の姿を探していた。何とか己の任務を完了せんと血眼になっていると、その前に1人の武者が立ちはだかる。
鴻大のヘラクレスオオカブトと似た黄褐色の鎧であったが、その男の方がオレンジ色のように濃く、まるで夕日の空のようであった。
その手に持つのは1本の刀、そしてもう片方の手は鎧と同じ色の大きな盾であった。その盾はお面のように顔が描かれておりその表情は般若の如く牙を立て、偽りであるはずの鋭い目は蟻を捉えている。
蟻はその姿を見た瞬間、目の色を変えて走り出し槍を構える。そしてすぐに貫こうと刃先を飛ばすも、盾を前に出され防がれてしまう。鎧蟲の槍は全く通用しなかった。
そして次の瞬間、蟻の顔に武者の刀が食い込み絶命。その武者はそのトドメ以外に全く傷をつけることなく殺した。それはなるべく苦しまずに殺してやろうなんて優しさから来るものではない、ただ単純にその死骸に傷を入れたくなかったのだ。
「あーあ、虫の知らせが反応したから来てみれば、どっかの甲虫武者と戦った後か。これじゃあ高く売れねぇなぁ」
そう言って男は鎧を消し、その蟻の骸を痣で吸い込むことなく運び始める。こうしてその武者は夜の街へと消えていった。
その夕日の色を纏う武者と英たちが会うのは、そう遠くない未来であった。




