34話
「あれはあの時の黄褐色の武者……奴が相手じゃなくて助かったかもしれなんな」
「それは……俺たちなら楽勝って言いてぇのか」
後ろの方で鎧蟲の群れと戯れている師匠を見ている勝家は零すようにそう呟いた。どうやら師匠の強さはこいつも理解しているらしい、しかしその言い方だとあの人には勝てなくとも俺と黒金には勝てるという意味になる。
まぁそう思われても無理はないかもしれない、初めてこいつと出くわした時は手負いだったとはいえボロクソに負けたのだから。だが俺も黒金もそんな挑発染みたことを言われて引き下がるほど優しくはない。
「舐められたものだな――その余裕も今の内だぞ!」
黒金も黒刀を突きつけて勝家を威嚇する。こいつにとって勝家は家族の仇の手がかり、勝家を逃がしたくない気持ちは同じだった。
「お前を倒して!とっ捕まえてやる!!」
「そして――信玄のことを聞き出す!!」
それぞれの思惑を叫び奴の前に立ちはだかる俺たち。俺ももう迷わない、こいつたがこれからも人間を襲い続けるというなら容赦はしない。全ての鎧蟲が人間狩りを止めるまで戦い続けてやる!
俺は人を守るためにグラントシロカブトの鎧を纏った。無駄な戦いを避けたいがためにそのことをすっかり忘れていた。
「ならば見せてみろ――毛無猿の強さとやらを!!」
すると勝家は矛を構えたまま翅で加速、目にも止まらぬ速さでこちらに突撃してくる。この前までの自分ならその先の動きを予測することなんてできなかっただろう、しかし今の俺たちは虫の知らせを鍛えた後。避けれずとも次の一手が分かった。
真正面から突っ込んでくる刺突、それに対し俺たちは自分の刀を前に出し盾にする。計3本の刀が奴の瓶割矛を受け止めた。
「ぐぐぐ――ッ!!!」
まるで列車のような勢いでこちらに突っ込んで来たため刃は防げてもその威力を殺すことはできず、そのまま2人揃って後ろに押されてしまう。加速によるタックルは猪も可愛く見える程だ。
俺たちは後ろに押されながらも両足に踏ん張りを利かせてブレーキにし、何とか自身を制止させる。そしてカウンターとして素早く刀を振りかざした。
「「――はぁあ!!」」
「ぬうお――ッ!?」
そこから始まる俺たちと勝家による斬り合い、刀と矛が衝突し合い圧倒的な攻防の中で激しい金属音と衝撃を生み出していく。
俺は白い斬撃を泳がすように素早く斬り放つ、奴にスピードで逃げる暇も与えないよう斬り続けていった。といっても勝家のように速く動けるわけでもない、その殆どが矛先で弾かれていた。
しかし俺の刀でその動きに生まれた隙を黒金が狙う。切れ味抜群の黒刀が俺の横をすり抜けトンボの体に浴びせられ、奴に大きなダメージを与えていった。実質今の俺は黒金と勝家に挟まれている状態だが、この白い鎧に刃が到達することはない。
――分かっていた、俺の動きを。目隠しによる特訓で俺たちの虫の知らせはお互いの動きを完全に覚えている。つまり黒金は次に俺がどう動くかを予測し、そこに当たらないよう刀で斬りかかっているのだ。
そしてそれは俺も同じ、あいつならこう攻撃するだろうという予測が自分の体を動かす。黒金の邪魔をしないようにしている。もう完全にコンビネーションができていた。
これこそが、特訓の成果だった。
――何か来るッ!大量の殺意!
「俺が受け止める!」
「――分かった!」
すると俺たちの虫は勝家が何かしてくるのを察知、この感覚は見たことない技だ。
そこで俺が名乗り上げてその攻撃を受けることに、グラントシロカブトの鎧の強度なら並大抵の攻撃を受け切れるだろう。大量の糖分補給によって硬さもパワーアップさせているから大丈夫だ。
黒金もそれを感じ後ろに引いて俺に任せてくれた。そして勝家は姿勢を低くし矛を素早く構える。
(――複眼の矛、一之眼!障子破り!!)
「なッ――!?」
その瞬間、1本だったはずの矛が俺の目前で無数に数を増やす。数えきれない程のその刃先はどれも俺に向かって突き立てられていた。
いや違う、これは残像だ。あいつの動きが速すぎて矛が何本のように見えるのだ。つまり、それぐらい速い乱れ突き――!
「ぐあああッ!?」
体中に刃先が刺さりマシンガンで撃たれているかのような衝突が走る。何とか刀で顔面に命中することは防げたが一瞬で何度も突かれたため大きく吹っ飛ばされた。
だが刺されたといってもその殆どが鎧の硬さに弾かれ肉に届いていない、大きな傷を負うことはなかった。
「我の障子破りを受けて尚まだ立つか……貴殿の鎧、余程の硬さと見た」
「いったぁ!硬くても痛いものは痛いな!」
「弱音を吐いている場合か!」
すると後ろにいた黒金が再び前線に戻り勝家と対峙する。二刀流の黒武者は絶え間なく斬りかかり矛によるカウンターを許さない、その猛攻に勝家は押され気味であった。
「貴殿の刀も見事だ!」
「虫けら風情に褒められるまでもない!」
奴もこのまま防戦一方になるのは不味いと思ったのか、俺のカバーから抜け出して空へ避難する。当然俺たちも翅を開きその後を追った。
全員が離陸し宙に体を置くと向こうの方で鎧蟲の群れが花火のように散っているのが見えた。師匠が次々と太刀で切り裂いているのだ。あの人がいるからこそ俺たちは勝家と思う存分戦うことができる。
俺も負けてられない、そう思い力強く刀を振りかぶった。
「グラントシロカブト――猛吹雪ィ!!!」
そして斬り放たれたのは大量の斬撃、それらが全て勝家の方へと向かっていく。隙間も少ししかないその斬撃の弾幕に対し、勝家は一層4枚の翅を羽ばたかせた。
そのまま斬撃の間を潜り抜け、1つも掠ることなく俺の目前まで迫ってくる。矛で弾いたりはしていない、正真正銘スピードだけであれを掻い潜ったのだ。
「なッ――俺の猛吹雪を全部――!?」
「二之眼――鬼眼ッ!!!」
俺が驚いている隙に勝家はその懐に潜り込み、黒金の金剛砕きを打ち返したという渾身の一撃が俺の腹部に命中した。
黒金を超えた技と俺の鎧、果たしてどちらが勝つのか。あいつには負けたくないので全然効かなかったと豪語したいところだが、その刃先は鎧を貫通し腹筋まで到達してきた。
「ガハッ……!!」
俺の体内に深く突き刺さる瓶割矛だがその矛先が貫通し背中から現れることはない。腐っても防御力自慢のグラントシロカブト、これくらいで穴が開いたら堪ったもんじゃない!
(我の鬼眼を受け止めた――!?)
「なんてね……全部を躱されるのは分かっていたさ……黒金ェ!」
自分の技が通用しなかったことに驚いている隙に黒金が背後から接近する。あの猛吹雪は俺の方に誘導するためのもの、硬い鎧を持つ俺がこいつを惹きつけその隙に黒金が斬りかかるという算段だ。
勝家も背後から飛んでくる黒金に気づきそれを矛で迎え撃とうとするも、思うように矛が動かなかった。
(抜けない――ッ!!)
「今だ――やれぇえええ!!」
「オオクワガタ――翠玉裂きッ!!!」
俺が矛をガッシリと掴み動かないようにしているのだ。そしてその間に黒金が勝家の体に黒い斬撃を走らせる。緑色の血が派手に傷口から溢れ空に散っていく。
(翅を斬り落とすつもりだったが――直前で身を反らし直撃を阻止したか!)
しかしその刃が翅に到達することはなく、寸前の足搔きにより翅ではなく脇腹に当たってしまった。だが痛手であることには変わらず、勝家は苦しそうにその傷を抑えた。
地面に叩き落とすことはできなてもこれはチャンスだ。そう言わんばかりに黒金が再び斬りかかるも勝家は俺を蹴って無理やり矛を抜き、2回目の斬撃をそれで受け止めた。
「三之眼!視野嵐ッ!!!」
「――ッあが!?」
そして勝家は瓶割矛を回すように扱い黒金の刀を逸らしその黒い鎧を体ごと切り裂く。赤と緑、2色の血が空に咲き逆に黒金が地面に落とされてしまった。俺も穴が開いた腹を抑えながら急いでその場に駆け寄る。
「無事かオイ……!?」
「ぐッ……穴開きのお前に心配されるなんて……俺もまだまだだな」
大分苦痛に顔をしかめているが一応悪態を零す程の余裕はあるそうだ、心配して損した。俺と黒金は何事も無かったかのように背筋を伸ばし、体の激痛を堪えながら精一杯の敵意を上空の勝家に向けた。
すると向こうも地上に足を置き、黒金に斬られた傷をぼんやり眺めている。初めてこいつにまともな傷を入れることができた……その達成感は尋常じゃない。
「……我の記憶が正しければ、貴殿らは互いにいがみ合っていたと思ったが……先の白武者の言葉を聞くに……ようやく互いを認めたか」
「……は?」
「その証拠にあの連携の取れた攻撃――天晴れだった。相当鍛錬を行ったな?」
すると何の前触れもなく俺たちのコンビネーションのことに触れてきた。確かにその通り俺と黒金は勝家を倒すために共に修行し、その動きを体に叩きこんだ。その傷だってあのトレーニングをしてなきゃ付けることもできなかっただろう。
だけど、俺と黒金が……認め合った?
「「――誰が!こんな分からず屋(馬鹿)を認めるか!!」」
「――は?」
「確かに共同で訓練はした!それでコンビネーションができたことは認めるが……だからといってこいつのことなんか全然分かるか!人の命より鎧蟲退治を優先するし普段は冷静なくせに師匠の警告は無視するわで最悪だ!」
「この男はな、お前ら虫けらと和解しようとする程の馬鹿だ!鎧が硬いせいで単純な動きしかできないのに加え小学生に思えてくるほどの知性の無さ!いつまで経っても甘いことしか言えない素人、そんな奴を誰が理解できるか!」
「言いすぎだろお前!」
「事実だ!」
そして目の前に武将がいることも忘れ喧嘩を押っ始める俺たち、勝家はその様子を遠くからポカーンとして眺めているだけだった。頬をつねり刀を置いて殴り合う。流石に小学生の知能は言い過ぎだ!
「と、兎に角!俺がこいつを認めるなんてゼッテーあり得ねぇ!!」
「こっちの台詞だ!貧乏フリーターが!」
「……では何故、あそこまで連携できる?あの動きは互いのことを信頼でもしない限りできないものだ」
するとただ純粋に疑問に思った勝家がそんなことを聞いてきた。よっぽど俺たちのコンビネーションは見事だったらしい、まだ2回しか会ってないが小難しい性格のこいつが敵の俺たちにこんな正直に聞くなんて相当だ。
それに対し俺と黒金は一瞬だけ目を合わせるもすぐに逸らす。
「確かに認めてないさ、でも信頼はしてる。虫の知らせで分かったんだ、黒金は本当に凄い甲虫武者だってことが」
「……こいつを褒めるのは嫌だが、あの強度の鎧は正直言って羨む物だ。お前の一突きを受け止めきった時は感服もした。だが雄白なら、絶対に防ぐと思っただけだ」
特訓の成果は何もコンビネーションの達成だけじゃない。心の中で嫌う心がありながらも皮肉にその強さも実感していた。確かに俺たちが思想で分かりあうことはないだろう、だけどその強さへの信頼は絶対に揺らがないものだ!
そうして俺たちは刀を再び持ち、息を荒げながらもそれを勝家に突きつけた。
「来いよ勝家!俺たち白黒コンビが相手になってやるぜ!!」
「……ネーミングセンス皆無かお前」
「だってこういう時良く言うじゃん、白黒つけてやるって」
「馬鹿が一丁前に難しい言葉を使おうとするな、言葉の方が赤面する」
相変わらず酷い言い草だ、勝家のおかげでやっぱこいつとは仲良くなれないのが分かった。その点だけは感謝しよう。
だがそれとこれとは話が別だ、俺と黒金なら例え武将でもぶっ倒せるはずだ!
「――ハッハッハ!成る程、益々もって面白い!相容れぬ仲間に信頼を寄せ共に戦う白と黒の武者とはな!」
すると勝家は大声で笑いながらその矛を肩に乗せる。そして空いた片手を翳すとその背後に以前見たことのある蜘蛛の巣が浮かび上がった。水面のように大気へ波紋を広げ、人1人潜れる程の大きさを見せる。
「良い土産話ができた。きっと我が主も興味を示すことだろう……今は退かせてもらう。貴殿らは兎も角、あの黄褐色の武者を相手にするのは骨が折れそうだ」
「ヘラクレスオオカブト――水蛇滅多切りィ!!」
勝家がそう言うと向こうの方で師匠の斬撃が再び舞う。それで勝家以外の鎧蟲は全て倒されその死骸が地面に降り注いだ。
いやそれよりも今は勝家だ、その言葉を聞く限り俺たちから逃げようとしてるじゃねぇか!
「待て逃がすか!お前には信玄の事を――!」
「さらばだ、武者諸君」
黒金も急いでそれを止めようとするも、勝家はそのまま後退し蜘蛛の巣へと消えていく。どういう理屈かは分からないが兎に角あれが「入り口」だ、俺たちもそこに入ろうするもその前に消えてしまった。
「――糞ッ!!」
(あの先に……鎧蟲たちの住処があるのか……?)
何度も見てきた空中に現れる蜘蛛の巣、あれが鎧蟲の住処と繋がっているのだろう。今までの蟻や蜂もあそこを通ってこっちの世界に来ているのだろうか?
だとしたら特定の入り口がどこに存在しているわけでもない、あの蜘蛛の巣が適当な場所に現れてそこから鎧蟲が出ているのだ。黒金がしようとしていた巣の場所の発見も難しくなる。
けどそれよりも勝家を逃がしてしまった。あともう少しで倒せた……というのは自惚れかもしれない。だけどいいところまで追い詰めていた、あの調子なら次現れた時に倒せるかもしれない。
「よっ!逃げられちゃったか」
「師匠……お帰りなさい、連絡くらいすればよかったのに……伊音ちゃん心配してましたよ」
「すまんすまん、そんな暇なかったんだよ。黒金もどうやら吹っ切れたらしいな。凄かったぞ!あのコンビネーション!」
「……もう二度としません」
兎にも角にも一件落着――とはいかない。黒金と師匠が戯れている間俺が鎧蟲に襲われた人達の遺体を眺めた。無残に転がる痛々しい死体、目を背けちゃ駄目だ。これが現実なのだ。これが鎧蟲の本質なのだ。
俺は戦いが止むまでこの白い鎧を纏い続けることを決意した。けどやっぱり、戦わなければこんなことにはならなかったと思ってしまう。
じゃあこれ以上の犠牲者を出さないようにするのはどうすればいいのか?そんなの、戦う以外無かった。この状況を一変できる程の力が無い自分に怒りを覚え、強く拳を握りしめる。




