31話
「ほら黒金、これを食え!」
「あ、ありがとうございま――ずッ!?」
勝家から離れた鴻大はその場で鎧を解き瀕死の黒金に無理やりチョコバーを突っ込む。喉元まで突っ込まれえずきそうになるも何とか自分の会社が作ったチョコバーをかみ砕く黒金、するとその糖分補給によって体中に開いた穴はみるみるうちに塞がっていった。
当然服の穴は直らない、つまり今の黒金は穴だらけのスーツ姿である。しかしそれ以外にもう問題も無く完全復活を果たした。鴻大もその様子をホッとしたのか胸を撫で下ろす。
「ハァ……ハァ……助かりました」
しかし傷は完治してもその激痛は消えない。腹を鋭く貫いた槍の一撃はトラウマのように黒金の脳裏に植え付けられていた。それでも黒金は弱音を吐くことは決してなく、燃え上がっていた憎しみも全てとは言えないが落ち着き冷静さを取り戻している。
だがその目の炎が鎮火することはなく、治ったばかりの体でまたどこかへ行こうとする。黒い眼はこの場にいないはずの勝家を睨むように尖り、その場所へ足を運ばせた。
「どこへ行くつもりだ!」
「決まってるでしょう、奴を捕えるんです」
それを鴻大が肩に手を置いて引き留めるも黒金は振り返ろうとしない。冷静さを取り戻したというのはあくまで表面上の話、腹の底ではまだマグマのように怒りが煮えたぎっていた。
「まだ懲りてないのか、俺もあの武将を目にして分かった。お前じゃあいつに勝つのはまだ無理だ!」
「そんなことはありません、さっきは暗闇で目が見えにくかっただけで――ッ!!」
鴻大と黒金、どちらが甲虫武者として経験豊富かと言われたら勿論鴻大の方だろう、なので長年の戦いで磨かれた虫の知らせは勝家の実力を完全に理解していた。鴻大には今の黒金にあの鎧蟲に勝つ見込みは無いと判断している。実力もあるため説得力もあった。
しかし黒金はそれを認めようとはしない、いや頭では理解しているはずが激情した心がその言葉を掻き消しているのだろう。
そんな黒金を引き留めたのは、鴻大の平手打ちであった。
「聡明なお前なら分かっているだろ!今のお前にまだあいつを倒せる力は無い、ここは退くんだ!」
「だけど……折角見つけた家族の仇への手がかりです!黙って引き下がる事なんて……」
鴻大の正論は突き刺さったが、だからといって黒金も長年探していた仇である信玄、そいつを見つけ出す情報源となるだろう勝家を諦めることはできなかった。今ここで捕まえて知っていることを吐かせる、黒金の頭の中はそれで一杯だ。
勿論鴻大もその気持ちを理解している。そもそも今まで確認されたケースが少なすぎる武将をここで見逃すのは勿体ないという考えもあった。今ここで後回しにすれば次に出現する時も分からないまま待つ必要がある。もしかしたらもう姿を見せない可能性も捨てきれない。
「だからこそ俺に任せておけ、あいつは俺が追う。見つけたら必ず連絡する」
「……はい」
そう言って鴻大は勝家を探しに夜の空へと消え去る。既に人間に擬態されているため虫の知らせも反応しない。人の姿に化けているとは想像だにしてない甲虫武者側が発見するのは難しいだろう。
武将捜索に向かう鴻大を黙って見送る黒金、この表情にはその無念さを語るかのようであった。
「――糞ッ!!」
そして怒号と共に足で地面に怒りをぶつける。その怒りは勿論勝家に対してのものと、鎧蟲に負けた自分の弱さへであった。
ここで黒金は、自分が甲虫武者になったばかりの時を思い出す。それはまだ家族も殺されていない頃の話で、英のようにただ人々を守るという志で戦っていた。
初戦こそ蟻の足軽にも苦戦していた黒金だったが、あの時の悔しさと自分の未熟さに怒るその感情を再び胸にしている。自分にもっと力があれば勝家を倒して信玄への足取りを1つ手に入れられていたかもしれない、そんな後悔がずっと続いていた。
拳を握りしめそれを木に打ち付ける、勿論黒金は鴻大のことを信頼していた。しかしもしあの人が取り逃がしたらという危惧もあり、そうなった場合結局のところ自分が戦わなければいけいないのだ。
(どちらにしろ必要だ……奴を倒せる強さが!!)
そして勝家のあの強さがもし武将クラスの鎧蟲では普通となれば、信玄どころか他にも存在しているであろう武将も倒せないことになる。自分の手で勝家を倒すか鴻大に倒してもらうか、どの道今より強くなる必要があった。
ここで黒金は今度こそ冷静さを取り戻しこれからのことを考える。奴は用があると言っていた、ならば近いうちに再び出現する可能性も少なからずある。それが恐らく最後のチャンスだろう。
ではその間にどうやって勝家を倒す力を手にいれるのか?大量の糖分補給ではあの実力差は埋められない、そう考えた黒金は何か策は無いかと頭を捻った。
そして浮かび上がったのは、間抜けそうな顔であった。
「……結局、お父さん帰ってきませんでしたね」
「ああ、何かあったのかな……?」
トンボの武将、勝家との遭遇から1日。奴を探しに行ってからまだ帰ってこない師匠を心配しながらも俺はテーブルを拭く。伊音ちゃんはキッチンの方で皿洗いをしていた。
今さっきまで大盛況であった客足はある程度落ち着いている、新メニューのハニートーストが大人気となってくれたからだ。レシピ考案者として鼻が高い。
それよりも一向に帰ってこない師匠の方が大事だ。伊音ちゃんを俺に任せて探しに行ったはいいがまだ帰ってきてない、俺に伊音ちゃんを任せたまま何の連絡も来てなかった。
もしかしてあの武将にやられたのか?あの人に限ってそれは無いと思うがそろそろ帰ってきてもいい頃だと思う。
(黒金の奴も無事だと良いんだが……)
そして黒金も師匠の警告を無視し勝家を探しに行った。まずあいつの連絡先を知らないが無事の報告も来ていない。
本当に2人の身に何かあったのか?黒金も師匠も強い、2人ならば例え武将の鎧蟲と言えど負けるとは思えないが……
勝家は強かった。目にも止まらぬ速さでこちらを翻弄し鋭い矛でこちらを攻撃してくるあの強さは忘れられない。俺たちは手も足も出せずに敗北し、あと少しのところで殺されそうになった。
そして俺が初めて見た武将――言葉を喋る鎧蟲でもあった。人間のように話せる鎧蟲の存在を知った俺は、無駄な戦いを避けるために勝家を説得しようとした。
しかし結果は失敗、鎧蟲と人間の考え方には大きな違いがあるのを勝家自身、そして黒金と師匠から教えられた。互いが理解し合うことは決して不可能だということを――
(――住む世界が違う、か……)
それは師匠が俺に言った言葉、あの人は鎧蟲との共存という俺の甘い考えにどう思ってそう言ったのか?呆れか怒りか、黒金は激怒していた。
確かに俺は鎧蟲がどこで育ったのか、そこにはどんな文化、思想があるのかは知らない。だけど俺は諦めきれなかった。言葉さえ通じるのであれば、共存とはいかなくとも意思疎通はできるはずだ。
だけど黒金はそうもいかない。あいつは家族を武将に殺され完全に鎧蟲都市う存在を敵としか捉えていない。そして勝家も俺たちの事を餌としか感じていないのだろう。
俺なんかが復讐は止めろなんてことは簡単に言えない、あいつの気持ちもアッサリと否定することもできないのだ。
「……伊音ちゃんはさぁ、どう思う?」
「え?」
正直俺みたいな馬鹿が1人で悩んでも答えは出ないと思う。なのでありのまま思ってることを彼女に話してみた。伊音ちゃんも憎しみとはいかないが一応虫という大きなジャンルで鎧蟲を嫌っている、もしかしたら何かヒントをくれるかもしれないと踏んだのだ。
「私は……英さんや黒金さんのように戦ってるわけでもないし、もしその武将と会っても多分気絶しちゃって話なんかできないと思います」
「まぁ……そうだろうね」
そして伊音ちゃんは自分では何もできないという皮肉のようなことを言ってくる。己を卑下するようなその発言を否定しようと思うも、実際この子が言葉を話す鎧蟲など見ればどうなるか分かったもんじゃない。否定はできなかった。
だけどだからこそ欲しかった、甲虫武者ではない彼女の意見が――
「でも……お父さんや黒金さんが言うように、絶対に無理とは私も思えません。英さんのなるべく戦わないようにしようというその考え方は、とても素晴らしく思えます」
「あはは……ありがと」
彼女にも否定されると思っていたがまさかこんなにべた褒めされるとは予想外だったので何だか恥ずかしい。俺はそんなに立派な人間じゃない、黒金の言う通りいつまでも甘い男だ。
俺だって勝家が人間を襲うならどんな理由があれそれを止めるつもりだ。なので次は完全な敵としてじゃないあいつと顔を合わせたい。
その為にも、あの言葉の意味がどうしても知りたかった。
――我々という種族が繁栄するためには毛無猿を狩る必要があるのだ。
(どんな理由で……やっぱり食うためか?でも人間じゃないと駄目なのか?)
考えたくないが鎧蟲が人間を狩るのは食うためと仮定してもいいだろう、しかし俺たち甲虫武者に何度も返り討ちにされてまで人間に執着する理由が分からない。共食いもしているから人間以外は食えないというわけじゃないだろう、何故他のものを食べないのか?
そんなことを考えていると鈴の音が後ろから鳴る。お客さんが来た、持っていた布巾をしまい接客しようと後ろを振り返った。
「いらしゃいま……黒金!無事だったか!」
「黒金さん!」
噂をすれば何とやら、昨日から勝家を探しに行った黒金がやってきた。外見に目立った違和感はない、どんな傷も糖分さえ取ればすぐ直るので傷の心配は無用だが無事に帰ってこれたらしい。
「黒金……あの後どうなったんだ?」
「……修行だ」
結局あの後勝家と戦ったのか、師匠と会ったのか、色んなことが聞きたかった。しかしその質問は突拍子もない単語に打ち消されてしまう。
いきなり来て何を言ってるんだこいつは、修行?まさか……
「付き合え雄白、あの武将を倒すためにトレーニングをする」
「俺と……お前が!?」
そしてその提案は、俺と伊音ちゃんを驚愕させるには十分なものであった。




