23話
「新技の名前……どうしよっかな~」
とある朝、俺は自転車で風を感じながらのどかに歌いながらセンゴクへと出勤する。土曜日の早朝故か周りに人もいないので思いっきり歌えた。
技の開発から更に数日、俺は見事新技を完成させたのだ。師匠の水蛇滅多切りのような斬撃を飛ばしまくるもので、実戦で使うその時をワクワクしながら待っていた。まぁその時と言うのは鎧蟲が現れた時の話なので全然良い時間ではないが。
「これなら黒金の奴にも勝てる!……いや、それはまだ無理かぁ」
あの新技なら黒金の金剛砕きにも匹敵しそれと肩を並べることできる……そう豪語したかったがそれはまだ無理のある話であった。新技といってもまだ習得してばかりだし、あれがパワーという意味であいつの技に渡り合えるとは思えない。
黒金との差はこんなもので埋められはずも無く、向こうの方が遥かに経験値を持っている。俺も負けじと新技を編み出したがどうやらまだ足りないらしい。
(あれからずっと考えてるけど……師匠の言う「俺の強さ」は一向に分からないな……)
そして師匠曰くその黒金のパワーに肩を並べるほどの強さが俺にはあるらしい。あいつのような豪快な切れ味ではないことは確かだが、果たして黒金のオオクワ鎧と同じくらいの力が俺のグラントシロカブトにあるのだろうか?
もしかしたら、グラントシロカブトの鎧はくじのようなハズレだったのかもしれない。
「いや駄目だ駄目だ鎧のせいにしちゃ!今更鎧変えるなんてことはできないだろうし、俺はこの鎧で強くなっていくんだ!」
この時点で自分の意志の弱さに気づいてしまう、俺にだって何かあるはずだ。黒金だって最初からオオクワのパワーに気づいていたわけじゃないだろうし、現に黒金は俺の「何か」を驚いていた時もあった。それがグラントシロカブトの秘密に違いない。
それに俺は自分の鎧を結構気に入っている。聞けば白いカブトムシというのは珍しいものらしく、つまり白い鎧はほぼ俺だけってことだ。この自分しかないという感じが何より気に入っていた。
それもあるし俺の一番好きな色は白だ。だから自分の名字の漢字を初めて知ったときは大喜びした思い出がある。
「でも……オオクワガタもカッコいいよなぁ」
カブトムシやクワガタというのは男子諸君なら誰しも憧れを抱いた夢の対象だ、特に黒金のオオクワガタや師匠のヘラクレスオオカブトはそのトップに立つと言ってもいいほどの知名度とカッコよさを持っている。グラントシロカブトと比べられるとイマイチ影が薄くなってしまう。
と言った感じで気づけば黒金と自分を比較してしまう自分にうんざりしており、頭の中がごちゃごちゃになっていた。これが嫉妬なのは認めよう、だけどあんな奴に嫉妬なんかしてる自分が一番嫌だった。
例え……どんな理由があったとしても……
(理由……か)
『あるさ――怒りでどうにかなりそうな程な……!』
そこで俺は何もないところで自転車を止め、腰を乗せたまま考え事を始める。
俺は幼い命より鎧蟲を優先する黒金にイライラし可哀想とは思わないのかと切れ気味で聞いたが、それに対しあいつはもっと怒った様子で返答してきた。あの時の言葉があれ以来何度も頭の中で飛び交っている。
――相当鎧蟲のことを憎んでいるのは分かる。でもどうして?その理由が知りたかった。
「あーもう!最近考えすぎて頭が痛い!これも全部黒金のせいだ畜生め!」
そんな八つ当たりに近い愚痴を零しながら俺再びペダルを漕ぎ出そうとハンドルを強く握る。しかしその力とは別の力が働いてきた。
そしてそれを頭で理解するより先に、視覚的にその正体を捉えた。
「何だあれ……!?」
ここから少し離れた場所――丁度ショッピングセンターがある所の上空に何かの影が飛び交っているのが見えた。鳥にも見えるそれはどうみても見慣れた雀やカラスのものではなく、それより遥かに大きいのが分かる。
当然俺はその正体に気づく。鎧蟲であることは確かだが、問題はその数であった。
「何十匹いんだよ……あれ全部蜂の奴か!?」
ここからでは正確な数も分からないし姿形もハッキリしてないが、両手を使っても数えきれないほどの大群でその姿を現しているのが見える。飛んでいるのを見て多分蜂、だけどあまりにも多すぎる。
「糞ッ!ふざけんなよ本当に!」
それを見た瞬間急いで自転車を方向転換させ急いでそこへと走る。あんなに数がいれば当然襲われる人の人数も計り知れない、もしかしたらもう犠牲者が出てるかも……という焦りが頭の中を一瞬で支配するも、そこで黒金の言葉を思い出した。
(「蜂型は生きたまま人を攫う」――か、今だけはお前の言葉を信じてやる!)
勿論そうとは限らない、というより俺はそう言って黒金を否定した。だけど今だけはそうであってほしい、どうか人に被害が出る前に間に合ってくれと言う希望が強かった。
やがて数分かけてそのショッピングセンターへと辿り着き自転車を乗り捨て、そのまま急いで中へと急ぐ。早朝であるためまだオープンはしていない、なら巻き込まれた人はいない――という俺の願いも次の瞬間耳に入った人の悲鳴で打ち砕かれた。
「た、助けてくれぇえ!」
「店員さんが……くッ!」
準備をしていたであろう数名の店員が上空で包囲網を展開している蜂の大群に、追い込み漁が如く襲われていた。数匹の蜂が逃がさないよう地面スレスレを飛行し囲み、残り全部は上空で待機している。
どうやら蜂たちに今ここで襲うという気が無いのは本当らしい、弓を構えていないのを見て分かる。だけどどうみても攫う気満々と言わんばかりに店員さんたちへ詰め寄っていた。
「――止めろッ!!」
空にいる大量の蜂に絶句しながらもまずはあの人たちを助けなければ、いち早く彼らに手を付けようとしていた蜂の後頭部を蹴飛ばし、他の奴らも殴打で引き離していく。
ここがショッピングセンターでよかった、入り組んだ構造が逃亡に役立つだろう。
「早く逃げて!」
「は、はい!」
男女含めた5名が俺の作った逃げ道から避難していくのを見て取り敢えず安堵した。今さっき虫の知らせをフルパワーにしたところ彼ら以外に逃げ遅れた人はいない、これで思う存分戦えるわけだ。
店員さんたちを見届けた後、俺は意気揚々と前を向く。しかしその光景に思わず後ずさってしまった。
「うッ……!」
俺を突きつけられるのは無数の眼と蜂の顔、地上にいた奴も空の奴らも一斉にこちらを睨みつけていた。それで改めて数の多さを実感し冷や汗がドバドバと流れ出る。蛇に睨まれた蛙……いやこの場合は蜂に睨まれたカブトムシか?
いくらなんでも多すぎだ、こんな凄まじい群れを形成しているところを見るとまるで……
「どうやら俺の言ったことを正しかったようだな?雄白」
「……黒金!」
噂をすれば何とやら、この状態を予想していた男である黒金もここに駆けつけてきた。ポケットに手を入れたまま余裕の表情で歩き俺の隣まで移動してくる。
「さっさと巣穴を潰さないからこうなるんだ、大方数で俺たちを潰しに来たんだろうな」
「……ッ!」
悔しいが黒金の言う通りだった、鎧蟲たちは人間捕獲を邪魔する俺たちを倒すべくここまでの数を揃えてきた。確かにあの日黒金の言う通りに巣穴ごと鎧蟲たちを殲滅できていればこんなことにはならなかっただろう。
流石にこんな大挙を前にそれを否定することはできない、それ程までにその蜂の軍隊を多かった。
「流石にこの数は異常だ、これ以上誰かに見られる前に全て斬る」
「……分かった!」
「流石にあの蜂には勝てるだろ?」
「当然!」
だけど向こうの方が鎧蟲出現時の対応に慣れているのもあってか、その指示は少なくとも俺より的確であった。こんな数を放っておけばいつしか町に繰り出し大量の被害者が出るのは明白。
今だけはこいつと共闘しよう、俺は手袋を外し黒金も自分の痣を見せたところで2人同時にそれを翳した。
「出陣!」
「開戦!」
そして両者蛹の中で甲虫の鎧を身に纏い姿を見せる。俺は輝く白い鎧を、黒金は光沢のある黒い鎧を蜂たちに見せつけた。こうして黒金と肩を並べて鎧蟲に立ち向かうのは始めた。これが甲虫武者同士の本来の助け合いなのかもしれないが、あくまで鎧蟲を倒すことを重要と思っているだけでこいつのことはまだ認めてない。
「我こそは、グラントシロカブト!」
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我が名は――オオクワガタ!」
そう名乗りを上げた後翅を使い空を飛び蜂の群れに突っ込んでいく。向こうは一斉に矢を放ち俺たちを迎え撃ってきた。
俺たちは虫の知らせでその間を掻い潜りそれぞれ1匹の蜂に接近、まず最初に1匹の首を刎ね黒金も持ち前の切れ味で他の蜂を木っ端微塵にする。鋭い矢が飛び交う中で飛び回るという空中戦が今始まった。
「だありゃああ!!」
群れの中を縦横無尽に動き続け、矢を躱しつつ確実に蜂を斬っていく。翅を使った空中戦や虫の知らせにも慣れたものだ、今はこうして蜂の攻撃もスラスラと避けられていた。
「――セイヤァ!!」
すると後ろから複数の矢が飛んでくるのを察知、振り向きざまに刃を走らせ弾いた後一気に加速しその矢を撃ってきた蜂たちをまとめて斬り落とす。虫の知らせを使えばこの通り、不意打ちにも対応できた。
しかしうんざりとするその数は一向に減っていく様子を見せない、どこを見ても視界に数匹の蜂がひしめきその羽音が耳から離れることは無い。絶え間なく飛び交う矢に虫の知らせをフル稼働に使っていたためか少々頭が混乱してきた。
「あーもう!うざったい!新技で一気に斬ってやる!」
こうなったらあれをするしかない。今こそ新技の見せ所、これなら全てとはいかないが相当な数を減らすことができるだろう。
俺は一旦蜂の群れから退避し刀を振りかざす。すると一か所だけ蜂がやたらと集まっているのが見えた。多分向こうにいる黒金に集まっているのだ。丁度いい、あそこを狙うか。
「グラントシロカブト――猛吹雪!!!」
今さっき思いついたばっかりの技名を叫び俺が刀を何十回と振ると、そこから無数の斬撃が放たれ次々と進行方向の蜂を切り裂いていく。その勢いはまるで吹雪――疾風のように走っていった。
師匠の水蛇滅多切りを参考にした斬撃を飛ばす技「猛吹雪」、あの人のように一振りで沢山の斬撃は放てないが、それでもかなりの数を飛ばすことができる。
斬撃などと言う不確定な存在をこの身で出せるようになるのに苦労したが、ここは俺の努力の賜物だ。黒金への対抗心のおかげと言っても過言ではない。
「しゃっ!上手くいった!」
「フン……馬鹿でも一応対抗心があったか」
「誰が馬鹿だ!聞こえてっぞ!」
小言で言ったつもりだろうがちゃんと俺の耳は捉えた。折角追いかけていた蜂を蹴散らしたというのに礼も言えんのかこいつは。
今の技でかなりの数を減らすことができたがそれでも蜂は残っている。しかしその勢いが徐々に弱くなっているのは一目瞭然であり、これなら無理やり押し切ることもできる。
そしてその力業に相応しい人物が、そこにいた。
「――ハァア!!!」
2つの黒刀が躍るように扱われまるで猪の如く黒金は翅で飛んでいく。その黒い突風とも呼べる姿に素通りされた蜂はいつのまにかバラバラに切り裂かれており、まるでミンチのようにその肉塊が辺りに降り注ぐ。
そのパワーに蜂だろうが矢だろうが何でも吹き飛ばされ次々と緑の血桜が咲き誇る中、俺はただそれを見つめるだけしかできない。
「改めてすっごいパワーだな……ホントにあれに勝るくらいの力が俺にあるのか……?」
この場合の「力」とは怪力の事ではなく強さ全体を表す意味だ。さっきも言った通り俺にはあのパワーと同じくらい凄い力が俺にはあるらしい。再度黒金が野菜のように蜂をバッサバッサと斬り殺していく光景を見て、戦闘中にもかかわらず自信を失いかけてしまった。
「考えてる場合か!俺も倒さない――と?」
負けじと俺も活躍し目にもの見せてやろうとしたその時、振り向いた瞬間俺の横を何かが高速で通過する。弾丸のようにも思えたそれはそのまま向こうにいた黒金に激突し、そこ初めてその形状を確認できた。
「ガハッ――何ッ!?」
「黒金!何だあれ……馬鹿でかいボール!?」
灰色の球体、しかも直径3mはありそうな物が突如として出現、回転しながら黒金に命中しそのままショッピングセンター2階通路に叩き落とした。
ガラスの手すりにぶち当たって粉砕させそこにあった店の自動ドアまで転がる黒金、まだ店も開いてないのでそのドアが開くことはなく非情にも落ちてきたあいつを拒む。
「おい大丈夫か黒金!?」
「何だ……一体……!」
俺も同じ場所に降り立ち急いでその安否を確認する。言動ではまだまだ余裕を持っているように装っていたが、その黒い鎧には腹部を中心に広がっている亀裂がある。恐らくあの球体に衝突した時についたものだ。
問題は硬いはずの甲虫武者の鎧に傷をつけたあの球体、それはそのまま雨除けを突き抜けて俺たちの前に落ちてくる。そして花がつぼみを開くように球体から人型へと開いていった。
「……ダンゴムシ!?」
灰色の甲殻を鎧のように肌に付け、人型になって見せたその顔は虫のダンゴムシ、つまりダンゴムシの鎧蟲だ。
2本の長い触覚を頭から伸ばし左右に開く口を咀嚼させながらこちらを見つめている。その体格は俺たちを軽々と超えておりその手も剛腕と例えるに相応しい太さである。
見たことも無い怪物が――俺たちに襲い掛かってきた。




