22話
あの日から数日、平日のカフェ・センゴクでは客が来ず暇になっている俺と伊音ちゃんがいた。今日は珍しく師匠も店に降り今2階の方で仕事をしている。こうしてやることもないのでいつも通りにチョコバーを頬張る俺、この菓子を作っている奴の顔を思い出せば少々イラッとしてきた。
「……たく」
伊音ちゃんに気づかれないよう静かに舌打ちをし、このやり切れない怒りをどうにか外に放出しようとするも上手くいかない。こうして思い出すだけでイライラが釜の底から吹き上げてくる。
ここまで俺を苛立たせている原因は勿論あの男、オオクワガタの黒い鎧を見に纏い二刀流で鎧蟲を蹴散らす甲虫武者――黒金であった。甲虫武者同士仲良くすべきなのは分かっているが、頭で理解しても心が許せなかった。
(俺はあの男がどうしても甲虫武者と認められない、あぁもうホントムカつく!)
考えれば考えるほど怒りが込み上げてきてどうしようもない、唯一の救いはこうして口全体に広がるチョコバーの甘味、こいつだけが俺の心を調和してくれた。
するとその激しい感情が顔に出ていたのか伊音ちゃんが冷や汗を流しながらこっちを見ていた。いかんいかん、彼女だけは心配させないようにしないと。
「黒金さん……来ませんね」
「来なくていいやいあんな奴」
「まぁ常連さんですから……英さんもお客様として対応しないと駄目ですよ?」
「ぐっ……分かってるよ」
挙句の果てに年下の女の子にまで叱られてしまう始末、あいつがここの客として来る間は俺はこのカフェの店員として下手にしなければならない。それが一番ムカつくのだ。
最初は常連客とその店員として良き関係を築こうと思っていたが蓋を開ければこの通り、俺とは思想も鎧の色も全然違う男であった。これからあんな奴と戦うなんて思うとちょっとした鬱だ。何とかできなかな……
「あ、そうだ!最近うちの新メニューとしてハニートーストを考えてるんですけど、ちょっと味見してくれませんか?」
「そういうのなら大歓迎!お願いお願い!」
すると客もいないので伊音ちゃんがおやつとしてハニートーストを作ってくれることに。甘いものは甲虫武者にとって欠かせないものだ、糖分を摂取すればするほど体は強くなっていく。
黒金の話によるとどうやら鎧蟲たちは甲虫武者に対し色々と対抗策を出し、人間を襲う部隊、その編成の強さを徐々に高めているという。だからその分俺も強くならなければならなかった。
少なくとも、あの男に渡し合えるぐらいには。
「お待たせしました!お味の方どうかお願いします!」
「お、チョコソース!俺好物!」
そうして彼女が作ったくれたのは俺の大好き(になった)チョコソースがアイスの上からたっぷりかけられたキューブ型のハニートーストだ。俺は伊音ちゃんの作ってくれるチョコ味のスイーツが本当に好きで、ここに来てから舌も肥えこの間まで貧乏暮らしをしていたのが嘘のように思えていた。
いざ実食、筒形にくりぬかれた生地の中からカットされ詰めなおされたパンをフォークで刺し、チョコソースを絡ませアイスと一緒に口の中に入れた。
「うっまーい!美味しいよ伊音ちゃん!」
「良かった、甲虫武者の英さんが満足するなら大丈夫そうです!」
ふんわりとしたパンにチョコソースが染み込み、暖かい生地とヒンヤリとしたアイスが絶妙にマッチしている。そしてハチミツの濃厚な味とチョコ味が混ざり合い絶品になっていた。これならいくらでもいける!
しかしこんなに美味いのに何故か伊音ちゃんの顔が優れない、一体何の不満があるのか?
「でもパンは買ったのじゃなくて自家製の方が良いんですけど……私パンの焼き方知らないんです」
「ああそんなことか、俺が教えてあげよっか?」
「え、英さんとパン焼けるんですか!?」
「昔パン屋でバイトしたことあるから一応焼けるよー」
「ぜひお願いします!」
こうして可愛らしい伊音ちゃんと特製ハニートーストの優しい甘味のおかげでどうにか自分の怒りを鎮めることができた。それにしてもチョコのハニートーストか……イチゴや他の味も作れば大人気間違いないだろう。
「おーい英!そろそろ今日の分の修行始めるぞー!」
「あっはい!ごめん伊音ちゃん、また後でね」
「はい!頑張ってください!」
そのまま彼女にパンの焼き方を教えようとしたその時に師匠が2階から降り、今日の修行の時間が訪れた。勿論糖分を得るだけじゃ強くなれない、こうして体を鍛えなければならない――ということを師匠から学んだ。
「英、そろそろ別の技も作ったらどうだ?」
「別の技……ですか?」
虫の知らせ習得からの修行の内容は、棒で殴り合うタイプのものが多くなってきたが今日は別のことをやるらしい。別の技……つまり「白断ち」以外の技を編み出すための特訓になった。
「お前の白断ち……確かに良い威力だが如何せんそれだけだといつか詰まる。ここいらで新しい技を考えるのもいいと思うな」
「新しい技……そんなこと言われてもな……」
正直言って俺の唯一の技である白断ちもそこまで試行錯誤して生み出されたものでもないし、甲虫武者としてまだまだ経験が浅い俺にとってできることの範囲も狭い。確かに新しい技という響きはカッコいいが全然そのヒントが浮かんでこなかった。
こういうのは師匠をお手本にした方が良いかもしれない。確か助けてもらった際にこの人は2種類の技で蜂の鎧蟲を蹴散らした。その中に1つ、気になるものがある。
「師匠の技の……一振りでシュババッと斬撃みたいなの飛ばすのがあるじゃないですか」
「……えっと、あ!水蛇滅多切りのことか!」
俺の特殊な擬音の使い方に師匠は一瞬だけ困惑した表情を見せたが、すぐに何の技か教えてくれた。確かそんな名前だったはずだ。
無数の斬撃が蜂の体をバラバラに切り刻んだあの光景は今でも忘れられない。あれで師匠の強さを実感できたのだから。
「あれみたいに斬撃飛ばしまくる感じの技があれば便利かなぁ……と。それに敵に一切の隙を与えずにこう……斬りまくるやつもあれば……あとあと!」
「どうした?さっきは乗り気じゃなかったくせに急に思いついてきたな」
次々と技の案を出す俺を不思議に思ったのか師匠がそんなことを聞いてきた。確かにちょっと焦っていたのかもしれない、最初に技という単語を聞いて思い浮かんだのは師匠だけじゃなく、あの黒金の技もだった。
「黒金の金剛砕き……俺もあれくらい凄い必殺技が無いと、これからの鎧蟲戦で勝てるかどうか不安になっていたんです……」
黒金の技――金剛砕きはあの共食い蟻の体を綺麗に切り裂くという圧倒的なパワー技。あんな技が俺にもあったらどんな鎧蟲が来ても苦戦しないだろう、一撃で仕留められる必殺技、俺はそれが欲しかった。
宋でもしないと俺はあいつを見返せないだろうし、鎧蟲から人々を守ることもできないだろう。そんな危惧が無意識のうちに俺を焦らせていた。
「俺もあのパワーが欲しいんです!師匠、黒金の奴はどんな修行をしてあんな凄い技を編み出したんですか!?」
「おいおい落ち着け、まぁお前の気持ちが分からんでもない」
徐々に興奮していく俺を落ち着かせる師匠、自分でも今のは焦りすぎていたという自覚がある。だけど新しい技が必要なのは変わらない、糖分の身体強化だけじゃ追いつけないと思うからだ。
一体黒金はどんな鍛え方をしたのか、それが気になってしょうがなかった。
「でも金剛砕きは、あいつの鎧がオオクワガタだからできる芸当だぞ?例えお前がパワー重視に鍛えまくってもああはならないと思う」
「オオクワガタだから?一体どういう意味ですか?」
「あいつのオオクワは元から力強さが特徴なんだ、甲虫武者の鎧は元になった甲虫の種類の他にも強さの個人差がある。お前のグラントシロカブトにオオクワ並みのパワーはないだろうなぁ……」
「……そんな」
つまり、どうしようもないということだ。あの豪快な切れ味はあいつがオオクワガタの甲虫武者だからできる技、そして師匠曰く俺のグラントシロカブトはそこまで力が凄いわけでもないという。
一気に絶望へ叩きつけられた気分だ、だったら俺は何を極めればいいのだろうか?
「でもお前の鎧が弱いとかいうのは決してないぞ、グラントシロカブトにはグラントシロカブトだけの強みがあるはずだ。何か心当たりはないか?」
「俺だけの強み……?」
だけど何もできないというわけでもないらしい、グラントシロカブト……俺だけの強みとは何だろうか?その心当たりを見つけるべく今までの戦いを思い返した。
一番印象的なのは日が浅い黒金とのバトル、あれが俺にとって初めての甲虫武者同士の戦いで自分以外の存在もこの身で味わえた貴重な時間だと認識している。不思議とそこに答えがあるような気がした。
……そう言えば、俺と黒金が自分の技をぶつけ合った時あいつは何か驚いていたような顔をしていたな。思い当たる節は全くない、俺は無意識のうちに甲虫武者として先輩でもあるあいつを驚かせるようなことをしたのだ。
多分それが、俺の強さに違いない……!
「でもまぁ技増やすことは悪いことじゃない、まずは斬撃を飛ばすことから始めるか!」
「え、聞いておいてなんですけど斬撃ってそんな簡単に飛ばせるんですか?」
このままずっとそれについて考えたかったが、急遽斬撃を飛ばすという雲をつかむような内容の特訓が始まった。
だけど答えは何となく分かってきた。黒金にはない俺だけの強さ、それを絶対に見つけ出してやる!




