19話
苦戦していた鎧蟲に立ち向かう黒金、そのまま身にまとったのは宝石のように輝く黒色の鎧で、まさしく黒武者と呼ぶに相応しい姿であった。
俺ののグラントシロカブトと正反対であるその鎧の名は「オオクワガタ」、昔「黒いダイヤ」とも呼ばれる程高価で価値があったクワガタであり、クワガタの中ではかなりの知名度があったと聞いたことがある。少なくとも俺のカブトムシよりかは知られているかもしれない。
そして武器は二刀流、刀身も真っ黒に染まっている刀が光沢を放ち異様な存在感を放っていた。多分夜に鎧を纏えば黒すぎてどこにいるか分からなくなるくらい黒金は暗黒を見にしている。
あれが黒金の鎧と武器か……一体どれだけ強いのか?
「共食いが3匹か……この間と同じか」
そう言うと黒金は2本の刀を持ち上げゆっくりと歩きだす。向こうは標的を俺からあいつへと移したようで前に出ていた1匹が黒金に向かって走り出した。鎧蟲が全力で走り出しているのに対し、黒金は一向歩行のスピードを上げない。
「ちょ!?何やって――!!」
あいつがどれだけ自分の腕に自信があるかは分からない、けど共食い蟻に対しあの様子じゃ余裕と言うより油断に近い。流石にあんな悠々として共食い鎧蟲を迎え撃つつもりか……!?
そんな俺の危惧も虚しくある程度接近し合ったところで蟻の方から槍を振りかざしてきた。逃げろ!と警告しようとしたその時、黒い斬撃が目に入る。
「ギャッ――!?」
気づけば蟻の左腕が宙を舞っており、持っていた槍も放り投げられて地面に刺さった。何が起きたのか、それは刀を振り払った後の黒金の様子を見ればわかった。
斬ったのか……あんなに簡単に!?
右手で持っている刀に緑色の血が付着しているためそれは間違いないだろう、驚くべきは一瞬で蟻の腕を切断したあのスピード――ではなく、その切れ味であった。
(俺でも共食い蟻の体を切断するなんて白断ちでもないと駄目だ!それをあいつはいとも簡単にやりやがった!)
鎧蟲の共食いはサイズや力が増すだけじゃなくその肌も少々硬くなり刃が通りにくくなる。それは俺の技「白断ち」じゃないと薄皮を斬る程度しかできない程だ。
けど黒金は何の変哲もないただの斬り払いであの筋肉の剛腕を吹き飛ばして見せた。その切れ味はあいつを忌み嫌っていた俺でさえも惚れ惚れしてしまう。
じゃあ鎧蟲たちにとってはどうだろうか?同胞の腕を斬り落としたその一太刀は恐怖心を植え付けるのに十分だった。
「バラバラに切り裂いてやるよ――鎧蟲共」
すると後ろにいた2匹が1匹目の腕の仇を討とうと跳びかかり同時に槍を振り下ろすも黒金はそれを二刀流で受け止め、まるで吹き飛ばすように薙ぎ払った。
そのパワーに成す術も無く蹴散らされていく鎧蟲たち、あの筋骨隆々とした体を飾りだと思ってしまう程一方的な戦いであった。俺もあの圧倒的な強さに驚いてばかりで開いた口が塞がらない。
すると蟻たちはさっき俺にしたように3匹掛かりでの特攻を開始、3本の槍が一斉に襲い掛かるも黒金に刺さる様子は見られない、全て余裕の表情で躱されていた。
虫の知らせ――それは分かったが俺のとは違いすぎる。全く攻撃に当たらないどころか黒金はその隙を突いてカウンターも入れていた。確かに1匹の片腕が無いため俺の時と比べて勢いは無いだろう、けどあいつは完璧に次の攻撃を予測していた。
その光景は群がる鎧蟲の中に黒い突風が蠢いているようであった。元々二刀流、俺より攻撃の手が多いのは当然と言っちゃ当然だが、あれは虫の知らせで敵の動きを全て読み取った上でできる動きだ。それは俺でも分かる。
(ッ!あいつらまた3匹同時に突くつもりか!)
するといくら各方向から襲っても無意味なことに気づいたのか、蟻たちは横に並び跳びかかってきた。今度の3本の槍は同じ方向からのもの、その威力と貫通力は好みで実践済みだ。
それに対し黒金は避ける素振りも見せず姿勢を低くして迎え撃つ態勢に入る。俺より甲虫武者の実践は豊富、ならばあの同時攻撃が凄まじい威力であることは知っているはずだ。真正面からぶつかるなんて無理に決まってる!
「――ハァア!!!!」
しかしその心配は凄まじい風圧に掻き消されてしまう。黒金の二刀流と3本の刃先が衝突した瞬間、何かが破裂したような大きな音と共に数で優っていたはずの蟻たちが弾かれたように後ろへ吹っ飛ばされていった。
何かが起きたか分からない、まさか本当に正面からぶつかりあまつさえそれに打ち勝ったのか!?
爆弾でも爆発したような威力だった、最早パワーが凄いなんて一言で片づけられない。かといって他に言い表せなかった。
「雄白の奴……思ったより戦えていたようだな。あそこまで派手に飛ぶとは思わなかった」
「ギ……ギギ……?」
どうやらあんなに吹っ飛んだのは鎧蟲たちがパワーダウンしていたせい、そしてそうさせたのは俺、つまり威力が凄かったのは一応俺の手も加わっていたようだ。だけどそれだけじゃあの吹っ飛びようは説明がつかない。現に地面に転がっていた蟻たちは何が起きたか分かっていない顔をしている。
まず1匹の鎧蟲が起き上がろうと震える両足を無理やり立たせていた。あの斬撃は想像以上に体の内部まで浸透するようだ、あんなに弱って混乱している鎧蟲の姿を見るのは初めてだ。
しかし起き上がったところで無駄とでも言いたいのか、黒金は翅を開き低空飛行で一瞬でその蟻の目前まで飛ぶ。そしてその首元に2本の黒刀を突き刺した。
「ギガッ……!?」
「まずは1匹」
頸の中で黒金の刀が交差しうなじまで貫通する。その隙間から蛇口のように蟻の血がジョロジョロと零れ、いつしか蟻の目、口からも緑の液体が溢れ出した。
そして黒金はそのまま一気に左右へ斬り、蟻の首を切断する。露となった首の断面から噴水のように血が噴出されあいつはそれをただ浴びた。やがてその死骸は音も無く崩れ落ちる。
「ギギッ――ギィイア!!!」
「次は――お前だ!」
すると仲間を殺されて怒ったのかそれを見ていた蟻が勢いよく立ち上がるも、所詮2匹目の犠牲となるだけに終わる。
2本の刀をその腹に刺されそのまま一気に切り開かれた。結果上半身と下半身が別々となり息絶える。
さっきから硬くなっているはずの肌が豆腐のように簡単に切り裂かれているその光景を俺は黙ってみることしかできない。
すると最後の1匹が無謀にも黒金に跳びかかった。その黒く光る刀が振りかざされるまでの挙動も気にせず、ただの特攻であった。
「オオクワガタ……」
「ギィイイイイイイイイイイイイイッ!!!!」
「――金剛砕きッ!!!」
最後の雄たけびだろう甲高い鳴き声が刹那途絶える。気づけば蟻の体は斜め掛けで3つに裂かれており、同胞の仇を討つが勢いのそれは虚しく終わりを告げた。
辺りに散らばる無残な死骸、その中心に立っている黒金がこちらを視線を刺しその亡骸を指差してくる。
「俺は要らん、お前が食うといい」
「……ああ」
俺にその死骸を譲ってくれるという。多分これは、こんな量を食ったところで俺と互角にはなれないという、俺が今悔しさを感じていることを察しての行動だろう。
さっきは素人じゃないと息巻いて否定していたが、今となっては口だけの発言になるのが分かっていた。だからこそ悔しい、まだまだ自分は未熟であるということを実力差で叩きつけられたのだから。
この人は何か気に食わないと思っていたが改めた方が良いだろう。例え俺と同い年とはいえ向こうの方が格上、性格が悪くとも黒金の方が強いので俺に言い返す資格は無い。
だからこそ今ここで正直に死骸を譲ってもらい、更に強くなる必要があった。あいつに追いつけるように少しでも強くなる必要があるからだ。
俺は鎧姿のまま右手を翳す。すると籠手の甲の部分にカブトムシの痣が浮かび上がりいつも通りに鎧蟲の骸を吸い込み始めた。すると見る見るうちに鎧と体の傷が修復されていき、全てが治った状態になる。これで一件落着……というわけではない。
(……そう言えば、鎧蟲はとっくに倒されたのに虫の知らせがまだ反応してるな……ッ!!)
その違和感が何を意味しているのかは俺でも分かった。思えば俺は蜂の数を正確に見極めていない、つまりまだ生きてる鎧蟲がいるってことだ!
無論それは黒金も分かっているはず、慌てて起き上がり2人で辺りを見渡す。すると虫の知らせで何かが近くにいることを察知、見上げると空に何かいた。
「あれは――蜂が子供を運んでる!?」
すぐにそれが弓兵の蜂だと気づけたが問題はそれと重なっているもう1つの影、形状から人間の子供であることは分かった。
鎧蟲が何のためにそんなことをしているのかは分からない。だけど虫が自分より小さい生き物を運んでいるということは、あの子がどうなるかも何となく分かった。
「くっそ!急いで助けないと!」
俺は目の色を変えて翅を開き、空を飛んでその蜂を追う。あの子が蜂に何かされる前に何とか助け出さなければならない、俺は更に加速し自分の刀を構える。まずは蜂の首を斬り落として素早く子供を回収、そういった救出方法を思いつき早速実行しようとしたその時、俺の前に黒い影が割り込んできた。
黒金だ、こいつも空を飛び俺の進行を邪魔してくる。こんなことをしているうちにどんどん誘拐蜂との距離が遠ざかっていく。
「何してんだアンタ!子供が攫われているのが見えてなかったのか!」
「見えてる決まっているだろ、あのまましばらく放っておくぞ」
「ハァ!?」




